第六話 泣いていいんだよ
「こんな所で何やってるの」
「わっ、びっくりした。総司か、月を見ていました」
「そう」
「はい」
総司は縁側に座って黙って月を見上げた。
「こっちの月とあっちの月は同じ?」
「うん、同じ。でもこっちの月の方が綺麗かな」
「ふうん」
「空気が澄んでいるから月がよく見えるし、とても近い」
「家が恋しくなった?」
「どうかな、懐かしいとは思うけど」
いつになく総司は穏やかに話しかけてくる。
普段はからかってばかりなのに、きっと人の感情に敏感なんだろうな。
「瑠璃ちゃんって、頑張り屋さんですばしっこっくて、ちょっと強くて、がさつで、不器用で、笑顔は可愛いけど。たまには寂しいよって泣いてもいいと思うよ?」
「えっ」
「弱音吐いてもいいって言ってるんだよ」
「うん、」
「僕の肩貸してあげてもいいけど、みんなから怒られちゃうかな?瑠璃をひとりじめするなって、ね」
「なんですか?それ。でも、ありがとう」
「いつでも言って、僕は喜んで貸してあげるから」
そう言って、総司は部屋へ戻って行った。
なんだ、ばれてたんだ。泣きたいときは泣いていい、か。
「なぁ左之さん」
「ん?」
「瑠璃のやつ最近元気なくねえ?」
「なんだ平助、瑠璃ちゃんどっか悪いのか?」
「いや、具合が悪いとかじゃなくてさ。なんか辛そうというか寂しそうっていうか」
「たまに遠くを見てるしな」
「帰りてぇのかな、元の時代に」
「そりゃ誰だって帰りてぇだろ、てめぇの居た場所によ」
「何かしてやれること、ねえのかな」
「そうだな・・・」
「おい、瑠璃はいるか。なんだお前らだけか」
「土方さんが人探しか、珍しいな」
「瑠璃に用があるんだがいねえんだ。何処に行った?」
「副長、いかがしました」
「斉藤、瑠璃を知らねえか」
「瑠璃ですか?瑠璃なら山崎と薬草を取りに出かけましたが、そろそろ戻る頃かと」
「そうか、戻ったら俺の部屋まで来るように言ってくれ」
「はい、承知しました」
いったい土方は瑠璃に何の用があると言うのか、皆が不思議そうに顔を見合わせた。
草をこんなに真剣に見たことなかったなぁ。楽しかった。
山崎君は薬草に詳しい、夢中で歩き回ったらあちこち擦り切っている。
お風呂入ったらしみるだろうな。
なにげなく傷を撫でる。
「うそっ、傷がなくなってる!」
「どうしたんですか」
「や、山崎君!傷が治ってる、撫でたら消えました!」
「言っている意味が分からないのですが」
「だから、あっ見て、山崎君のここ傷があるでしょ?」
瑠璃は山崎の擦り傷を上から触れるか触れないかの位置で何往復かして見せた すると・・・
「こ、これはっ!」
「私、怪我を治せるのかも?」
「君はいったい何者なんだ」
混乱した山崎は瑠璃を睨みつけたが、すぐに眉を下げた。
瑠璃の瞳が不安そうに揺れていたからだ。
「す、すまない。別に君を軽蔑しているわけではない。驚いただけなんだ」
「大丈夫です。分かっています」
微妙な空気の中、屯所に帰り着いた。
門をくぐると、斎藤が出迎える。
「瑠璃、副長が呼んでいた。片付いたら部屋に行くように」
「はい、承知しました」
「瑠璃」
「はい」
「何かあったのか?その、いつもと違う気がするが」
「え、あぁ、また私の変な力を発見してしまって 」
「変な力?」
「では、土方さんの所に行ってきます」
「あぁ」
俺は山崎に聞いた、瑠璃の不思議な力の話を。
驚いたが、それ以上に瑠璃の事が心配になった。
不安を強がりで補おうとしているような。
土方の部屋に行くと、瑠璃に給金を出すという話だった。
特別な仕事はしてないから給金は貰えないと頑なに拒む、けれど彼もまた頑固な男だ。
「ここでは平等を保たねばならない。給金がやれなければ頼みごとも、仕事も与えるわけにはいかねえんだが」
「でもっ」
「でもも、くそもねぇ」
「くそなんて言ってないです、けど・・・」
「ちっ」
土方の睨みは怖くなかった。
彼なりの優しさだと、瑠璃は解釈していたからだ。
自分が鬼役をかってで、近藤が動きやすいように皆が新選組として生きていけるように、自分だけが面倒を被ればいいと思っていると。
「土方さっ、うっ、ふえぇっ。ありがとうございますっ」
なんで土方さんの前で泣いているのだろう。
泣くなら総司とか左之さんの方がよかった。
どうせ怒られるんだろう、ピーピー泣くなと。
堰を切ったように涙が溢れてくる、拭っても拭っても止まらない。
すると土方さんが静かに立ち上がり私の腕をぐいと引き、文机の後ろへ連れ行く。
そして自分の背に私を隠すように座りなおした。
「外に声が聞こえちまうだろ。暫くそこにいろ」
何もなかったかのように、また書き物を続ける。
これもまた彼なりの優しさなのだろう。
「うっ、す、すみません・・・うううぇぇぇ」
瑠璃は子供のように泣いていた。
こいつは自分の存在に悩み始めていた。
何者なのか、何のためにここに居るのか迷惑ではないのか、と。
お前は知らねえだろうがとっくに俺たちの仲間になってるんだよ。
「みんなお前の笑顔と突拍子もない案に救われてんだ。 皆同じもんだよ、ここにいる者皆が自分の居場所を探して、目的を探して迷っているんだ。お前だけじゃねえよ」
どうやら聞こえてなかったみたいだな。
瑠璃は泣き疲れ俺の背に寄りかかったまま寝ちまってる。
「まったく俺の背で寝るなんざ、大した奴だな。」
起きないようにそっと瑠璃を支え、敷きっぱなしの布団の上に寝かせた。
ガキだと思っていたら二十三だとか言いやがる。
よく見たら一人前の女なのかもな。
土方の部屋に行ったきり、瑠璃が戻ってこない事にざわつく者が数名。
「瑠璃なんかしでかしたのか?まだ戻ってこねえぞ」
「あ?まだ戻ってねえのか」
「さっき土方さんの部屋の前通ったんだけど、妙に静かだったんだよね」
「もう居ねえんじゃねえのか」
「いや静かだけど、確かに気配はあったんだよね。二人の」
「まさかっ・・・なぁ」
「なにっ!?」
「一くん落ち着いて」
廊下を静かに歩く五人の男たち、原田、沖田、斉藤、藤堂、永倉。
「副長、少しいいですか」
「あ?あぁ、後にしてくれ」
「・・・(はっ、やっぱり)」
「土方さん、ちょっとだからいいでしょ」
「後にしてくれって聞こえねえのかっ」
慌てた様子で、土方は部屋から出てくる。
「っ、なんだお前ら」
「土方さん、まさかとは思うがここ屯所だぜ?あんた副長だろ?」
「ありえねえ!」
「おまえら何が言いてえんだよ!!」
「副長!瑠璃と、その、ここで… 」
「……」
「なるほどな。お前らばかかっ、手出すわけねえだろ!」
言い終わるのも待てずに全員が部屋になだれ込む。
其処には気持ちよさそうに眠る瑠璃がいた。
誰が見ても泣きながら寝たのだと分かるほどに頬に涙の跡がついていた。
「ガキのように泣いたと思ったら、寝ちまった。」
沖田「瑠璃ちゃん、僕の肩貸すって言ったのに、なんで土方さんの前で泣いちゃうのさ」
原田「俺らは仲間だろ、ひとりで我慢してんじゃねえよ」
藤堂「もうひとりで悩むなよな」
永倉「いつでも頼れよ、俺たちをさ」
斎藤「・・・瑠璃らしい、がな」
すると、廊下で声がした。
「土方さん、真田です」
「入れ」
「土方さん、瑠璃さんは・・瑠璃さん!」
百合が瑠璃に抱きつて泣いている。
さすがに煩かったのか瑠璃が目を覚ました。
「瑠璃さん、みんな瑠璃さんが大好きです。一人で悩まないでくださいっ!」
「百合ちゃん、あれ、みなさん居たんですか?」
泣いたらスッキリしたようで、もやもやした気持ちがなくなっていた。
でも、一番驚いたことと言えば副長の布団で寝ていた事だ!




