第五十七話 着物を買って貰いました
沖田は土方に言われたように、瑠璃を反物屋に連れて行った
沖田「瑠璃はどんな色が好みなの?だいたい想像はつくけど」
瑠璃「ねぇ、高いんじゃない?普通のでいいからね、あんまり良い物だと着負けしそう。それに・・・」
沖田「それに、何」
瑠璃「着物、一人で着れないから」
沖田「え、嘘でしょ」
瑠璃「・・・」
屯所にいた頃は毎日が袴だったし、途中で洋装に変わった
未来では着物は成人式か結婚式で着るくらいで
しかも、それは他人が着せてくれる
着物が一人で着れる女性はステータスが高いのだ
沖田「まあ、仕方がないよね。決まったらこの店で着せてもらえばいいし、後は僕が着せてあげてもいいけど」
瑠璃「総司、女物の着付けできるの!?」
沖田「普通の着物なら女物も男物も変わらないじゃない。まあ確かに男物よりは面倒かもしれないけど」
何着か着てみたけれど、着すぎて逆に分からなくなってしまった
結局、殆どを総司に見立ててもらい着付けまで完了した
瑠璃「どう、かな?」
沖田が瑠璃に選んだのは名の通りの瑠璃色の着物だった
蒼のような深い翠色のような、日の光でどちらにも見える
それがとてもよく似合っていた
沖田「へぇ・・・」
店主「とても良くお似合いですよ。この着物が合う女性はそうはいません」
瑠璃「あ、ありがうございます」
(歩けるかな私、歩幅が異常に狭いんですけど・・・)
買い手が見つかっただけでも儲けものだと店主は言い
本来の値からかなり安く勘定された
沖田「瑠璃は運がいいよ」
瑠璃「そうかな、これを見つけた総司のお手柄だよ」
この瑠璃の着物姿を見たら、皆はどんな反応をするのだろうか
にやけ顔を隠せない沖田と緊張して歩く瑠璃が戻ってきた
沖田「ただ今戻りました」
藤堂が走って来た、いち早く瑠璃の着物姿を見るためだ
瑠璃「ただいま平助」
藤堂「おっ!おっ、おかっ」
永倉「おいっ平助、お前抜け駆けは…なっ!瑠璃ちゃん、か?」
沖田「ちょっと退いてもらえませんか。ほら、早く上がって」
瑠璃「うん」
二人の妙な反応に瑠璃は急に不安になった
やはり似合ってなどいないのだと
沖田「土方さん居ますか?今、戻りました」
土方「おう、入れ」
瑠璃「失礼します」
土方「気に入ったのがあったか」
土方は手を止め顔を上げる
いつもの眉間の皺は見る見る伸び、切れ長の目が大きく開かれた
土方「こいつは驚いたな…見違えたよ。よく似合ってる」
瑠璃「本当ですか?お世辞は駄目ですよ」
土方「身内に世辞を言ってどうするんだよ」
そこへ原田が戻ってきた
原田「土方さんいいか?」
土方「おお」
原田「江戸も随分変わっちまったよなぁ…って!瑠璃か!」
瑠璃「はい」
原田「おまえ、すげえ別嬪になっちまって。そのまま歩いて帰ってきたのか!総司、変な輩に絡まれたりしてないだろうな」
沖田「僕が付いていてそれは有り得ないでしょ」
原田は瑠璃の側に来て目を細めて見つめる
その反応から瑠璃がどれほど美しく変貌したかが分かる
沖田「一くんは?」
土方「そろそろ戻る頃だと思うが」
沖田「じゃあさ、瑠璃は一くんの部屋で待ってなよ」
瑠璃「えっ!」
沖田「お帰りなさいませって、三指つくんだよ分かった?」
三人は斎藤の驚く姿が見たくてたまらなかった
感情表現の薄い斎藤がどう反応するのか
瑠璃は緊張が最高潮に達していた
斎藤は自分の姿を見て何と言うだろうか
期待と不安で心臓が恐ろしく早く鳴っていた
(どうしよう、緊張してきた。はぁ・・・深呼吸、深呼吸)
すると斎藤が戻ってきたようだ
斎藤「ただ今戻りました」
土方「おう、変わったことはなかっただろ。さっさと部屋に戻って休め」
斎藤「は、はぁ」
どこかいつもの土方とは違うような、妙な雰囲気だった
特に報告もなかったので斎藤は部屋に戻って行った
廊下を進み自室の前で立ち止まる
(ん?これは瑠璃の気配だな。待っていてくれたのか)
静かに障子が開けられる
斎藤「今かえっ・・・誰だ!」
背を向けて座る一人の女がいた、何故俺の部屋に居るのだ
もしや、物の怪か!
斎藤は刀の鞘に親指を掛けた、少しでもおかしな事をすれば斬捨てるつもりだ。緊迫した空気が部屋を包み込む
「誰だ!」の鋭い声に瑠璃は思わずビクリと肩を揺らす
うそ!今、刀に手を掛けた? 気づいてないの!?
女は顔を伏せたまま、ゆっくりと振り返り三つ指ついてこう言った
「お帰りなさいませ・・・一さん」
そして、笑顔で斎藤に顔を向けた
斎藤「・・・、・・・、・・・」
瑠璃「一さん?瑠璃ですけど、分かりますか?」
斎藤「・・・」
瑠璃「はじめさーん、聞こえてますか?」
斎藤は瞬きもせず、ただ瑠璃を見ていた
初めて瑠璃を見た時に似たような感覚だ
体が痺れたように動かないのだ
見かねた瑠璃が斎藤の前まで行く
瑠璃「やっぱり似合っていませんよね・・・」
瑠璃の顔が曇る
(そうではない、そうではないのだ!美しすぎて言葉にならんのだ!)
そう、心の中で強く叫ぶ斎藤がいる
瑠璃「一さん、それを声に出していただかないと不安になります」
斎藤「なっ!す、すまん。その、あれだ・・・よ、よ、よく似合って・・・」
瑠璃「ふふふっ、もういいですよっ。何だかこちらこそすみません」
明日から暫くこの姿で過ごすのだから、早く慣れてほしい
そう、瑠璃は思った
二人の様子を廊下から覗う五つの影は
とても幸せな気分になったらしい
藤堂(俺、一くんの気持ちすげえ分かる・・・)




