第五十六話 帰郷〜江戸〜
慶応四年一月中旬、私たちは江戸に足を踏み入れた
ここは土方さんや総司が生まれ育った場所だ
双子である私も此処で生まれたのだけれど、幼少期の記憶はない
うっすらと残っているのは総司とどこかで何かをして遊んでいた事だけ
だから江戸と言われてもこれと言って特別な気持ちは湧かなかった
瑠璃「わぁ、外国人もけっこういますね」
永倉「ああ開国して以来、かなりの異人が出入りしてるぜ」
時折、欧米人とすれ違う
江戸時代後期に開国をしてから港では貿易が盛んなのだそうです
瑠璃「ねえ、山崎くんは江戸に詳しいの?」
山崎「残念ながら俺より島田のほうが明るいかと」
瑠璃「へぇ、じゃぁ得意の先回りが出来ないね」
山崎「どういう意味ですか」
瑠璃「山崎くんが道に迷って右往左往する姿が見られるのかなって」
山崎「・・・」
沖田「はは、僕も見たいな」
山崎「斎藤さん!この双子をどうにかしてください!」
斎藤「俺にどうにかしろと言われても・・・総司はともかく瑠璃に悪気はないと思うが」
山崎は大きな溜息を吐いた
斎藤に助けを求めたのは間違いだったと、彼は瑠璃に対して非常に甘い
かと言って、他の者たちはどうか
土方に至っては「そうならねえようにしねえとな」と憎まれ口を叩かれるだろう
原田はどうだ「お前ら仲がいいんだな」と話を逸らされるに違いない
沖田は腹黒い所があるが、瑠璃に関しては物事を考えずに発する所がある
恐らく斎藤が言うように悪気はないのだろう
山崎はもう一度溜息を吐いた
新選組が解散し、これまでの副長・組長などの呼び方は廃止した
この八人で副長も組長もないのだ
慣れない斎藤と山崎がいつもの癖で「ふくっ、土方さん」と言うあたりが微笑ましい
彼らの忠誠心は他の者に比べて非常に固い
土方「暫くは此処を拠点に動く。幕府の動きと新政府軍の動き次第になるが、俺たちも独自に情報収集しなければならねえ。江戸に知る者がいればそれとなく探りを入れてくれ」
原田「昔の知り合いが居るはずだ、俺はそいつを探してみる」
永倉「俺もこの辺は割と詳しいからな、平助一緒に行くか」
藤堂「そうだな、馴染みの道場とかにも顔出してみるか」
土方「あんまり目立つような真似はするなよ。山崎は島田と連絡を取り合って新政府軍の動きを頼む。斎藤は俺と同行してくれ、役所関係を当たる」
斎藤「承知しました」
沖田「僕たちは何をすればいいの」
土方「総司と瑠璃はその辺をぶらぶらしとけ」
瑠璃「え?」
沖田「何それ」
土方「本当に遊ぶんじゃねえぞ。普通の町民を装っていた方が案外上手く情報が手に入るもんだ」
沖田「なるほどね、じゃあさ瑠璃は娘の恰好しないとね」
瑠璃「娘の恰好?」
土方「そうだな、着物を着て町を歩いてこい」
瑠璃「でも、女物の着物はもってないですよ?」
土方「そう言えばそうだな。総司、お前適当に見繕ってやれ」
沖田「りょーかい」
斎藤「・・・」
土方は斎藤の複雑な表情を見逃さなかった
(最近はやけに表情をころころ変えやがる、本人は気づいちゃいねえんだろうがな。くくっ)
瑠璃の娘姿を早く斎藤に拝ませてやりたいと思っていた
土方「なあ、斎藤」
斎藤「何か」
土方「楽しみだな」
斎藤「!?」
斎藤は一瞬にして顔を紅く染めた
最近の土方は偶に斎藤をこうして弄って楽しんでいる
斎藤の変わり具合に関心を見せる土方自身も随分と変わったものだ
浪士組として江戸から京に上がってからは、にこりとも笑わない日々が続いた
隊士募集、給金計算、組織の構築、局中法度、交渉・・・殆どを一人でこなしていたのだ
それが瑠璃が現れてからは彼女の心配や胸中を探るなど、人間らしくなったものだ
原田「なあ総司」
沖田「なに」
原田「土方さん変ったよな、変わったっつうか戻ったが正しいのか」
沖田「誰かさんの影響をもろに受けたんじゃない?鬼の土方は何処に行ったんだろうね」




