第五十二話 新選組の大阪入り
その頃、新選組は一部の隊士を京に残し大阪へ移動した
近藤、山南、井上が隊を率いて来たのだ
誠の旗をなびかせている
鳥羽伏見の戦いから敗走した旧幕府軍の半分は
淀にて新政府軍を討とうと足掻いている最中であった *淀の戦いという
負け戦と誰が見ても分かる、時間稼ぎにも見えた
近藤「まだ戦が続いている、これでは楽に大阪に入れんな」
いつもは穏やかで楽観主義者の近藤も
険しい表情をしている
あくまでも町の治安維持だ
この戦で隊士を減らすわけにはいかない
山南「我々はこの戦には関係ありません、遠回りですが避けて抜けましょう」
井上「その方が賢いだろう」
近藤「うむ」
近藤率いる新選組は淀を避けて山を抜ける方法を取った
暫く山道を進むと、戦から逃げる村人たちを見つけた
近藤「我々は新選組である。敵ではない、心配なさらぬよう」
村人「新選組!それなら安心です。もし宜しければ此処を抜けるまで、ご一緒しても宜しいでしょうか」
近藤「ああ、構わんよ。その方が心強いだろう。あなた方も苦労されておるな」
近藤の見た目とは違う物言いに村人たちは驚いたが
噂通りの人たちで心底安心していた
小さな子どもを連れての移動
状況が理解出来ない幼い子どもはキャッ、キャッと騒いでいた
しかし、事態は皆が思っているほど易くはなかった
草むらがガサガサと音がし、銃口が向けられる
それに気づいたのは井上源三郎だった
井上「いかん!」
前を歩く幼子を庇うように、抱き倒れ込んだ
バーン…
乾いた音が一発響く
近藤「皆、伏せろ!動くな!」
山南「前方鉄砲隊!」
ダーン、ダーン ・・・ドサッ
黒い影が倒れる、弾は命中し男は既にに事切れていた
旧幕府軍から逃げた者だろう、恐らく追手と思い撃ったのだ
隊士「井上組長!!」
隊士が叫ぶ
井上は子どもを庇い背に弾を受けたのだ
近藤「源さん!大丈夫かぁ!」
山南「気を、気をしっかり持ってください!島田くん!」
島田は素早く止血し、井上を背負った
だが、弾は背から入り深くめり込んでいるようだ
サラシからは血が止めどなく流れる
井上「子ども達は無事かね」
島田「はい、怪我一つありません」
井上「そうか、ね…」
そのまま井上は気を失った
山南「局長、一刻も早く彼を医者に」
近藤「ああ分かっている。大阪には松本先生が居るはずだ!島田くん、急ぐぞ!」
島田「はいっ」
近藤の言う松本先生とは松本良順
蘭方医でもあり、政治に明るく西洋式の武器にも詳しい
彼ならなんとかしてくれる、それが僅かな希望だった
隊士「局長、お言葉を挟んで申し訳ありません!あの…佐伯殿ならば治療が可能なのではと思いまして…」
七番組組長補佐である井上だ、彼は源三郎の甥に当たる
山南「佐伯くん達は我らより遥かに重い任務を背負っています。彼を呼び戻しても、井上組長は喜びませんよ」
近藤「君の気持ちはよく分かるよ。しかし、源さんの武士としての信念は曲げることは出来んのだ」
井上・甥「はい…申し訳ありません」
瑠璃なら容易く治すだろう
だが、それを井上は受け入れないと知っていた
(行ってしまったな)
(ええ)
(私たちは彼らの足を引っ張ってはならないからね、何があっても自分たちで誠を守り抜くんだ。彼らとこの御旗に誓って)
(ああ、新選組は誠の為に命を掛けるのだ)
あの日、皆を見送った時の決心は揺るぎない物なのだ
近藤らは松本の元へ急いだ




