第四十九話 血に飢えた時
翌朝、伏見の人たちを見送り、私たちは再び町の様子を見ていた
伏見奉行所は焼け落ち、町全体が荒れ果てしまった
朝霧が立ち込めるその先に
異様な雰囲気をかもし出す黒い影が見える
それは徐々にに大きくなり、赤い光が二つ、四つと増えていく
瑠璃「あれは夢魔!」
沖田「こんなに!?」
朝だというのに大量の夢魔が伏見の町を歩いていた
何が目的で今になって現れたのかが疑問だった
山崎「報告です。町を夢魔が徘徊し家屋を片っ端から開けて何かを探しているように見えます」
土方「なんでこんな朝っぱらから動き回っているんだ」
斎藤「まさか、血に飢えているのでは」
原田「人を漁っては血を吸うこんたんか」
藤堂「夕べ、逃がして正解だったな」
永倉「ああ、想像しただけでも吐き気がするぜ」
瑠璃「ありえない。もう人の心は持っていないの?」
沖田「たぶん、もう自分が何なのかすら分かってないと思うよ」
ざっと見積もって夢魔は二百を越える
土方「なあ、このまま血が吸えなかったらどうすると思う」
斎藤「何が何でも探すでしょう」
瑠璃「と言う事は隣の町も・・・」
沖田「不味いんじゃない、それ」
原田「ここで止めなきゃならねえってわけか」
永倉「・・・だな」
藤堂「二百だろ?斬ってもキリがねえ。刀が、もたねえって」
山崎「・・・」
此処には八人しかいない
どれだけ腕が立とうと、二百を越えた夢魔と戦うのは無理だ
その時、山手から鹿が飛び出してきた
恐らくいつも餌を求めて里へ下りてきているのだろう
その鹿を見た夢魔は一斉に襲いかかった
僅か四、五頭の鹿に刀で切りかかる
瑠璃「うっ」
斎藤「瑠璃、大丈夫か」
沖田「鹿を奪い合ってる」
鹿の血の奪い合いで、今度は夢魔同士が斬り合いを始めたのだ
そして想像しなかった悍ましい光景が目の前に映った
永倉「あ、あいつら共食いしてやがる!」
藤堂「ありえねえ」
斎藤「っ//」
瑠璃「・・・」
瑠璃は目を覆うことも、声を出すことも出来なかった
目の前で繰り広げられる光景はもはや地獄絵図だ
元人間が元人間を斬り、血をむさぼる
腕を、足を引き千切り、しゃぶる様に血を吸う
腹が満たされるまで繰り返す
心臓を刺さないのは灰になってしまえば血が吸えないと分かっているのだ
原田「瑠璃、大丈夫か。後ろで休んでろ、刺激が強すぎる」
斎藤「ああ、瑠璃こちらへ」
瑠璃の震える手を斎藤が取り、後ろへ連れて行く
瑠璃「すみません」
斎藤「いや、謝る必要はない。俺とてあんな物を見たら、気分がすぐれん」
満たされた夢魔は煙のように消えて行った
土方「しばらくは人を襲わなきゃいいんだがな」
この鳥羽伏見の戦いで幕府軍は敗走を強いられ、将軍慶喜は大阪城へと退いた
新政府軍の圧倒的な軍事力に事実上の敗戦となったのだ
その軍事力に夢魔が含まれている事が問題だ
私は百合ちゃんを想った
彼女と神田さんたちは、今何処でどうしているのだろう
こうして戊辰戦争と呼ばれる、新政府軍と旧幕府軍の戦争が始まったのだ
だが、夢魔と言う非道なものを使う事は決して許されない




