第四十六話 旅立つ君に
大掃除も終わり新年を迎える準備が整った
近藤、山南、土方の三人は挨拶まわりと
今後のことで奉行所や朝廷に出向き忙しくしていた
瑠璃たちは年明け二日にはここを離れる為
それぞれの引き継ぎと荷物の整理に追われていた
沖田ら組長は残る隊士たちに稽古をつけている
今後の組の構成や新選組としての心構えを伝授する為だ
ところが瑠璃だけは暇を持て余してた
建前上、土方の小姓であり一般隊士との面識は皆無に等しかった
女という事も伏せていた為、する事が無いのだ
「あぁあ、あと三日もしたらサヨナラか、寂しいなぁ」
「おや?瑠璃くんじゃないか」
「井上さん、お疲れ様です」
「ああ、ご苦労さん。ここで何をしているんだい」
「実は暇を持て余していまして」
「そうかね。それなら私に少し付き合ってくれないか。買い物が少し残っていてね」
「買い物ですか?はい!お伴します」
井上さんと二人で町に出るなんて今まであったかな?
巡察くらいで、のんびり歩いたことは無かったなぁ。
「井上さん、何を買われるんですか?」
「ん?ああ、ここだよ。瑠璃くんはどの色が好みかな?」
そこは女物の小物が多数売っている店だった
誰かに贈り物でもするのだろうか
瑠璃は首を傾げながら思案する
「えっと、何方かに贈り物でしょうか?私の好みで選んでも良いのですか?」
「勿論だよ!櫛以外なら構わんだろう。さて、どれがいいかな」
「(櫛はダメなんだ)えっと、私はこういう緑や蒼色が好きてす。女らしくないですけど」
「いや、とても綺麗な色だよ。これにしよう」
井上さんは濃紺の生地に控えめに描かれた椿の刺繍が入った
襟巻きを選んだ
おお!センスいいよ井上さんっ
そして、帰りに甘味屋に寄った
「美味しい!温まりますね」
「瑠璃くんを見ていると、こっちまで温かくなるよ」
「え、そんな」
「そうそう、忘れないうちに。これ、貰ってくれるかい?」
「えっ!これさっき買った物では」
井上は先ほど買った襟巻きを瑠璃に貰ってくれと言う
「はは、驚かせてすまん。あれは瑠璃くんにだよ。ここへ来て不便な事や辛いことが沢山あっただろう。でも、いつも笑顔で頑張ってくれた。私たちにはお日様のような存在だったよ。これからもっと大変になるだろう?旅の餞別だと思って受け取って貰えないかい?実は私からだけでなく局長と山南くんのほんの気持ちでもあるんだよ」
「いいんですか?嬉しいです」
「櫛はね、この時代では求婚の意味があってね。我々が瑠璃くんに贈るには恐れ多くてな」
「ふふ、そうだったんですね。これ大事にします!」
後で、近藤さんと山南さんにもお礼言わなくては
茜色に染まる京の町を二人で歩いて帰った
近藤「おお、源さんに瑠璃くんじゃないか!珍しい組み合わせだな」
山南「もしかして、行ってきてくださったのですか?」
井上「ああ、いい物が見つかったよ」
瑠璃「有難うございました。とても素敵な物を戴いて。ずっと、ずっと大事にします!」
土方「…?」
送り主でもある近藤と山南に包袋を開けて見せる
瑠璃「この襟巻きは洋装にも合います。寒がりの私には凄く有り難いです。ほら、ここに椿が。少しは女性らしくなりますよね?」
土方「ほう、いいな!似合ってるよ。源さんいい趣味してるよ」
近藤「瑠璃くんがこんなに喜んでくれるとは。源さんでかしたな」
山南「とてもお似合いですよ」
沖田「何してるんですか?楽しそうですね」
瑠璃「総司ぃ、聞いて!これね…」
瑠璃が嬉しそうに話す
後で三日で、暫くはこうした時間も取れなくなるだろう
この時間を忘れないよう胸に刻もうと誰もが思った
「瑠璃」
「あっ、一さん!見てください。これ、近藤さんたちが。選んだのは井上さんですよ?どうですか?」
「よかったな、似合っている」
皆から護られている、そんな気がした
寒い京の冬、思い遣り思い遣られることの喜びで
心は春の様だった




