第四十話 広い背中の思いやり
斎藤「瑠璃、何故このような事になったのだ」
瑠璃「急に夢魔が三体も龍馬さんに向けられて、あの黒服が現れたんです!彼が夢魔を操っていました。私二体も斬りました。初めて刀で人を」
斎藤「斬ったのは瑠璃ではない。俺だ」
瑠璃「え?」
斎藤「俺の刀で斬ったのだろう?ならば俺が斬ったも同然。瑠璃が気に病むことではない」
瑠璃「私は、一さんと一緒に戦ったんですね」
斎藤「ああ」
この後、龍馬さんから薩摩と長州の話を聞かされることとなる
ああ、歴史が随分と変わってしまった
瑠璃「土方さぁん、お風呂っ、お風呂に入っていいですか?血だらけで吐きそうです」
薄暗い灯りだというのに、瑠璃の身体に付いた返り血が
黒黒と無数の染みを作っているのが分かる
土方「おまっ、派手にやりやがったな。さっさと入って来い!」
瑠璃「ありがとうございます!」
そして、お風呂へ行こうと踵を返した時
土方「おい!」
瑠璃「はい」
土方「お前、心配させんじゃねえ」
瑠璃「すみません」
土方「よくやった」
瑠璃「へ?」
土方「よくやったって褒めてんだよ。ほら、さっさと洗って来い!」
土方の乱暴な口調は声と全く合っていない
僅かに眉を下げ困ったような苦笑いを見せた
鬼の副長とまで呼ばれた男が
こうまでも心配するものだろうか
瑠璃は土方に対する印象が此処へ来た時とは
比べ物にならない程に変わっていた
沖田「また余計な事考えてるでしょ。さっさと清めてきなよ。一くんが正座して待ってるよ」
瑠璃「あ、急がなきゃ!サンキュー総司!」
沖田「さん?さんきゅ?」
あまりのんびりと入っていられない
なぜならば、夜の巡察組が戻ってくる時間だからですっ
すっきりしたぁ、さっぱりしたぁ、生き返った!
でもお風呂入ったら疲れがどっと来た
眠い・・・目を閉じればすぐに眠れる自信がある!
髪を手ぬぐいで拭きながらのろのろ廊下を進むと
夜の巡察組が帰隊したようだった
「おお、瑠璃。今日は大変だったそうじゃねえか」
「左之さん!はい、派手に暴れてしまいました」
「よく頑張ったな」
原田は瑠璃の頭をよしよしと撫でる
余りにもの心地よさに、限界を感じた
「左之さぁん」
「ん?どうした」
「お風呂入ったら、疲れと睡魔が襲ってきて、左之しゃんがよしよしして・・・もうだ、め」
「おいおい、なんだそれ。俺がとどめ差したってのか」
瑠璃は今にも崩れ落ちそうだった
「しょうがねえな。ほら、来いよ」
原田は目の前で背を向け屈んでいる
瑠璃は思考停止の為、どうしたらよいのか分からずにいた
「おい、早くしねえと気が変っちまうぞ」
「あっ、えっと。こう?」
瑠璃は原田の背に乗っかった
「軽いな。もっと飯食わねえと、飛ばされちまうぞ」
左之さんが何か言っている
広くて温かい背中がとても心地よくて、瞼を開けてられない
む、無理。本当に寝るぅ・・・
「・・・」
「瑠璃?寝たのか?」
「・・・」
「そうとう気を張ってたんだな(苦笑)」
瑠璃の部屋に運ぼうとしたら
さっき帰ってきた平隊士たちがまだいやがる
困ったな、これで出て行ったらあいつら騒ぐだろ
瑠璃の寝顔を晒すわけにはいかねえからな
原田は一番近い、斎藤の部屋に向かった。
「斎藤、起きてるか?なわけねえか(まだ夜明け前だ)」
「左之か、どうした」
「おお、よかった。ちょっと荷物を届けにきた」
静かに障子が開いた
「左之、巡察帰りか。ご苦労だっ・・・瑠璃?」
「ああ、風呂場から覚束ねえ足取りで歩いててよ、声かけたら眠いって言ってこのざまだ」
「すまん」
「いや斎藤が謝ることじゃねえよ。それにこいつの部屋行くにも平隊士がまだ残っててよ、お前の所しかこいつ置いていけるところねえだろ」
「ああ、なるほどな 」
「可愛い妹の寝顔をあいつらに見せるわけにはいかねえからよ。じゃあな、頼んだぞ」
原田は瑠璃を斎藤に預け部屋へ戻っていった
「可愛い妹、か。瑠璃は皆に大切にされているのだな」
斎藤は自分の布団へ瑠璃を寝かせ、自分も隣に入る
夜明けまではまだ少し時間がある
目が覚めた時、瑠璃はどう反応するのだろうか
そう考えると口元が緩んでしまうのだった
朝。
よく寝ているな、よほど疲れていたのだろう
朝餉の当番だ、先に起きるか
「ん…。寒い…」
目を覚ますと、いつもと違う風景だった
ここ、あれ?どこ?
「目が、覚めたか」
「ん?あれ…一さん!」
左之さんに会ったのは覚えている
けど、その後どうしたっけ??
「私、とうとう夢遊病になったんですね。一さんの部屋に勝手に入ってきて、しかも…お布団取ってる」
「瑠璃、まさか覚えておらんのか?」
「一さん、私、変なことしてないですよね?」
「ぷっ…ふふはは」
「一さん?」
「すまん、瑠璃を運んだのは左之だ。風呂から上がって眠そうにしていたところをおぶって来た」
「あ…」
「俺は朝餉当番だ。先に行く、もう少し寝ているといい」
「はい」
「ああ、それから」
「はい?」
「瑠璃は皆から妹のように想われている」
「なんで、ですか?」
「左之が言っていた、可愛い妹の寝顔は他の者にみせたくない、と」
「そ、そうですか」
「俺は妹とは思っていない」
「え?」
「兄弟でこのような事は許されんだろ?」
斎藤は瑠璃を引き寄せて口付けた
静かに離れた斎藤は、瑠璃の真っ赤になった顔をしばらく眺め
ふっと笑い部屋を今度こそ後にした
「ちょ、ちょっと…」
一さんは突然スイッチが入ってしまう
そして、いつの間にかオフになっている
彼のスイッチは何処に隠されているのだろうか




