第三十五話 勘違いのないように
山崎の情報で、長州の高杉晋作の死亡を知る。
彼もまた結核に冒されていた。
大政奉還を待たずにこの世を去ったのだ。
「あぁっ!!」
「おい!瑠璃!いきなり大声出すんじゃねえ。手元が狂っちまったじゃねえか…」
「ご、ごめんなさい!」
「あゝ、やり直しだ!くそっ、」
「うぅ…だから、ごめんなさいって」
机に向かって書き物をしていた土方だったが、突然大声を出した瑠璃に驚き手元か狂ったのだ。書状の紙が黒く滲んでいる。
「瑠璃くん、副長の邪魔だけは止めてくれ」
「別にわざとじゃありませんよ。山崎くんが高杉晋作が死んだとか言うから…」
「お、俺の所為ですかっ!」
「それ聞いて、ちょっとした事件を思い出したので」
二人は、作業を止め瑠璃にに視線を向ける。
「おい、今度は何が起きるんだ」
「あれ?土方さんもう書くの止めたんですか?」
「今書いても、またお前にヤられたくねえだろ。で、何を思い出したんだよ。」
「えっと、大政奉還直後に坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに暗殺される事件です」
「なんだと!ちょっとした事件じゃねえじゃねえか!」
「瑠璃くん、それは確かか!」
「はい、とても有名な事件ですから。しかも、彼を殺したのは新選組の原田だという人が出てきて新選組内でちょっとした騒ぎが起きました」
「はぁ?原田が?」
「勿論、左之さんではないんですけど、誰かからの妬みで新選組を落とし入れるための嘘だったようです。誰だったっかなぁ…」
「なんか、厄介だな」
「ぁ…、御陵衛士の誰かですよ!でも、そもそも新選組の運命が変わってしまった今となっては、そういう事件は起きないのかな?だって、伊藤さん暗殺してないですし」
「っ、お、おまえ何言ってんだ」
「本来の歴史では伊藤さんと袂を分かち、平助が伊藤さん側に付くんです。そして、彼らは密かに近藤局長暗殺計画を立てるんですよ。その計画を暴く為に間者として一さんが潜入したんです。でも、ほら。平助も一さんも行ってないし。どうなるんだろう?」
「き、君は…恐ろしいな」
「瑠璃、おまえ少し休んでこい」
「は?どうしてですか、私は別に」
「これは副長命令だ、休んでこいっ」
瑠璃は土方に休息を言い渡されたのだ。
これまでは一度もこんな扱いをされた事は無かった。
瑠璃は土方に対して無性に腹が立って仕方がなかった。
「山崎」
「はい」
「伊藤の動きと、坂本龍馬を調べてくれ」
「了解しました」
苛々を隠すことなく自室へと向かう瑠璃。
「あれ、瑠璃ちゃん何て顔してるの」
「総司、何て顔ってどういう意味」
「土方さんみたいに、ほら、此処」
沖田は瑠璃の眉間を指で伸ばすように触ってきた。
気づかぬ内に皺を寄せていたようだ。
「だって!」
「はは、瑠璃ちゃんも子供みたいに拗ねる事があるんだね」
「私だってそういう時ぐらいありますよ。いつもへらへらしてるわけじゃないですから!」
「いつになく苛々してるね。土方さんから何か言われたとか?」
「うっ…、ふんっ」
(もういい!部屋で寝る!誰も邪魔しないでっ、苛々してるから)
瑠璃ずんずんと廊下を進む、何人かとすれ違ったが無視して部屋に戻った。
藤堂「お、瑠璃じゃん」
瑠璃「・・・」
永倉「瑠璃ちゃん団子食わねぇ、か・・・おっ!?」
瑠璃「・・・」
ガシャ!ザー、パシッ!!
障子の開け閉めもつい力が入ってしまう。
斎藤「!?」
(な、なんだ。)
斎藤はただならぬ気配を感じ部屋を出た。
藤堂「一くん!こっち来て」
斎藤「なんだ、そんな顔して。新八も一緒か」
永倉「おい斎藤、瑠璃ちゃんだけどよ。何かあったのか?」
斎藤「何か、とは?」
藤堂「なんかさ、すっげえ怒ってたんだよ。声かけてもよ、無視されたんだ」
永倉「いやぁ、思わず後ずさるくらい怖かったぜ」
斎藤「思い当たらんが」
沖田「あれ?そんなところで何の相談?」
藤堂「総司ぃ、瑠璃がさぁ」
沖田「すごく怒ってたんでしょ?」
永倉「お前、知ってるのか」
沖田「僕も詳しくは知らないんだけど、たぶん土方さんとヤリあったんじゃないかな」
斎藤「副長と?」
沖田「うん」
近藤「お、揃って何の相談だ?」
沖田「近藤さん、お帰りなさい」
近藤「ああ、それはそうと瑠璃くんを知らないか?部屋か?行ってみるか」
沖田「近藤さん、今は行くの止めておいたほうがいいと思います」
藤堂「ああ、そうだな」
近藤「ん?どうしてだ。」
永倉「あーその、ご機嫌がよろしくないっていうか」
斎藤「・・・」
近藤「そ、そうか、なら出直すとしよう。しかし、誰が怒らせたんだ?斎藤くんか?」
斎藤「っ、い、いえ俺では」
近藤「ふむ」
沖田「土方さんの部屋から出てきたのが最後でしたけど。土方さんなら何か知ってるんじゃないですか?」
三人「そ、総司っ」
近藤「トシ、か。女子を怒らせるなんぞイカン!いかんぞ」
近藤は土方の部屋へどしどしと音を立てて向かう。
何も知らない瑠璃は不貞寝をしていた。
土方「勘弁してくれよ!なんだって俺が怒られてんだよ。どんだけ皆あいつに弱いんだ」
斎藤「す、すみません」
沖田「なんで、一くんが謝ってるの。で、土方さん経緯は分かりましたけど、どうするんですか?」
土方「何がだよ」
沖田「ほら、瑠璃ちゃん放っておくわけには行かないでしょ。誤解きちんと解いてきてくださいよ」
土方「また、俺が行くのかよ!」
沖田「え?だって元はと言えば、ねえ?」
全員「あ、ああ」
土方「ちっ、行きゃぁいんだろ俺が!」
土方は皆の痛いほどの視線を背に、瑠璃の部屋に行った。
「おい。瑠璃いるか?」
「んー」
「入るぞ」
瑠璃はご丁寧に布団まで敷いて寝ている。
「さっきは悪かったな」
「…」
「おい、起きて飯行くぞ」
そっと布団を履ぐと瑠璃は猫みたいにに小さく丸まって寝ていた。
(ちいせえな…)
「んん…、だぁ~。」
「なんだ」
「やだぁ、お布団取っちゃやぁ」
「なっ、なんだとっ」
「ん…」
(起きねえ…、どうすりゃいいんだ。斎藤っ!)
「おい、瑠璃、頼むから起きてくれ」
土方は肩を揺する。
「やぁだぁ」
そう言いうと、瑠璃は土方の腕を抱き込んで擦り寄った。
「おいっ」
さすがの土方も焦った。
これは不味いんじゃねえのか?妙に温ったけえんだよ瑠璃の身体が!
眠ってる奴に、しかもこんな小娘に煽られてる場合じゃねえぞっ!
「ううん…。ん?えっ?ひゃっ!」
「ようやくお目覚めか」
「ひ、ひ、土方さん!」
「おう、飯だ」
瑠璃は激しく動揺していた。
まさか土方が起こしにくるなど夢にも思っていない。
しかも自分は土方の腕に絡み付いていたからだ。
油断していた 斎藤だとばかり思っていた。
驚きと端正な顔立ちの土方を間近で見た所為で瑠璃の顔は真っ赤になっていた。
「す、すみません。わざわざ」
「いや、さっきは悪かったな」
「え?あっ、いえ。気にしないで下さい」
「そうか」
「はい」
「お前、無防備すぎだぞ。無意識に男を誘ってんじゃねえ」
「え、さ、誘ってました?」
「ああ、雌猫みたいにな。行くぞ、あいつら煩えんだ」
心無しか土方の顔も赤く見えた。
気のせいだろうか。
戻って来た二人の様子がどこかぎこちない。
沖田(ねえ、あの二人の空気、何?)
原田(何だよ土方さんの顔、デレデレじゃねえか!)
永倉(なんか間違いでもあったか)
藤堂(ばか、一くん見てみろよ!俺知らね)
斎藤(何故、ふたりは顔が赤いのだ!副長に限って間違いは起きんはずだが)
この後、事情を知った斎藤にこんこんと説教される事となる。




