第三十四話 少しの後悔と傷心と
そして日が昇り、屯所に朝が訪れた。
瑠璃が目を開けると、斎藤が目の前で眠っていた。
(ああ、なんて綺麗な人なんだろう)
そんな事を考えながら斎藤を見つめる。
「瑠璃、起きていたのか」
「ふふ、はい。つい先程ですけど。もう少し寝ていてください、遅かったんですから。私は朝餉当番です」
「ああ、そうか。いや、俺も手伝おう。あまり寝ると夜が眠れなくなるからな」
「え、いいんですか?」
「ああ」
斎藤と瑠璃は炊事場に行く。
本来は百合と当番であったことを、思い出す。
台所に着くと、野菜がちょうどよい形に切られ米も研がれた後なのだろう。それもザルに上がっていた。
あとは米を炊き、湯を沸かして味噌汁を作るだけ。
百合だ!
「っ!・・百合ちゃん・・・ううぅぅ(泣)」
もう泣かないって決めたのに。
涙が溢れて、流れて、私は動くことが出来なかった。
「一さん、百合ちゃんが、百合ちゃんがこれ全部。いつも皆の事ばかり。もう居ないのに!」
「真田はもう行ったのか」
斎藤は溢れてくる瑠璃の涙を拭う。
「はい、夕べ。神田さんとサキュバという悪魔の足跡を追うために、百合ちゃんは羅刹女としてけじめを着けたいと。身を売られた両親の為に、そして、乱された人の世を取り戻すために。でも、私はただ見送る事しか出来なかったから…」
「そうか」
「でも、瑠璃はちゃんと百合の気持ちを受け止めてやったじゃねえか。百合は嬉しかったと思うぜ」
「左之」
「夕べ、遅くに百合は此処を神田と出て行った。それを一人見送ったのが瑠璃だった。俺はたまたま気づいただけだが、瑠璃にしか出来ねえことだったと俺は思う」
「そう、だな」
「俺も何か手伝うぜ」
「ありがとうございます」
こうして三人で朝餉の準備を終わらせ、いつものように、いつもの顔ぶれに配膳する。
それはいつも百合としていたことだった。
瑠璃は泣きすぎたせいで目が腫れ、顔は赤い。
気を許せば、今にも涙が出そうな状態を耐えていた。
彼女を見習って、強く、もっと強くなるのだと自身に言い聞かせながら。
原田が大方の事を先に話してくれていたお陰で誰もその話題には触れてこなかった。
ただ一人を除いては・・・
藤堂「おーい!大変だってぇ。百合がどこにもいねえんだよ。誰か知らねえか?なぁ・・・あれ?」
広間ではいつもより静な雰囲気が漂っている。
沖田「はぁ、平助くん。いいから、静かに座って食べなよ」
藤堂「なっ、なんだよ。どうしたんだよ!皆は百合が心配じゃねえのかよ!」
土方「平助。百合はな出て行ったんだよ。神田と一緒にな」
藤堂「はあ?なんでだよ。何で誰も止めなかったんだ!」
瑠璃「っ-!」
その単純明快な問いに身体が跳ねた。
やはり止めるべきだったのだろうか・・・と。
ドカッ、ダン!
藤堂「痛ってぇ・・・何するんだよ!」
原田「平助、ちょっと来い!」
原田が藤堂を引きずるようにして、広間から連れ出した。
瑠璃「あ、あの。お茶、入れてきます。」
耐えきれずに、思わずそんな理由で席を立つ。
はぁ、瑠璃は一人深い溜息をついた。
すると、先ほど連れ出された藤堂が顔を出す。
藤堂「瑠璃、ごめん。俺、知らなくて」
瑠璃「あ、平助。ううん、気にしないで。私が平助の立場だったら同じこと言うと思うから」
藤堂「おお、そう言ってもらえると助かる・・・」
藤堂はそう言い残し、広間へ戻った。
瑠璃はただお湯が沸くのをじいっと見ていた。
沖田「土方さん、出番ですよ?」
土方「あ?」
沖田「こういう時は副長の土方さんが瑠璃ちゃんを励まさないと。僕たちでは役不足なんですよ。怖い鬼の副長が励ました方が戻って来やすいでしょう?」
原田「土方さん悪いな」
永倉「だよな、土方さんじゃなきゃ無理だな」
斎藤「副長、お願いいたします」
土方「ああ?俺が行くのか!ったく」
土方は舌打ちをするも後ろ頭を掻きながら腰を上る。
瑠璃にどう言ったものか思考を巡らせているのだろう。
そんなことになっているとは知らない私はぼうっと竈の火を見つめていた。
脇から大きな影が近寄って来たと思うと、その大きな影が私の頭をそっと撫でている。
横目で確認すると、そこに居たのは土方さんだった。
「はっ、ひじっ」
「お前はよくやったよ。俺だってお前と同じように、真田の背を押しただろう。それがあいつの為だと信じてな。気にするなって言っても無理だろうが・・あれだ、お前が大人しいとどうも調子が出ねえ。さっさと上がって来い!やらなきゃならねえことは山積みだ。分かったか!」
口振りは乱暴に聞こえるが、声がひどく優しい。
この男もまた相手が瑠璃となると、どうも甘くなる。
「はい!分かりましたっ」
「やっぱりお前はそのでけえ声と無邪気な笑顔が似合ってるよ。茶沸いたか?早く飲ませろっ」
みんなの心配した顔が目に浮かぶ。
そうだ落ち込んでいる暇はない!
新選組としてやるべき事が沢山あるのだから!
「土方さん、これ持ってください」
「あ?俺も持つのか?」
「え、手伝いに来てくれたんじゃなかったんですか?いつもはこれ二人で運んでたんですよ?百合ちゃんと・・・」
「分かった。分かった。そんな顔するんじゃねえ」
「へへっ」
「なんかお前と総司が時々被って見えるんだが・・気のせいか」
土方と二人で茶を運ぶ。
皆の表情が安堵に変わったのを感じ取りながら。
沖田「ええ!土方さんからお茶いただくなんて、痺れ薬とか入ってないですよね」
土方「おまえを痺れさせても何の得もねえよ。ばか」
瑠璃「ふふふ。兄弟みたい」
沖田「ちょっ、やめてもらえるかな。僕はこんな鬼じゃないよ」
土方「誰が鬼だ!」
瑠璃「ふふふ」
土方「瑠璃、お前も笑いすぎなんだよっ」
原田「なあ。あの三人、本当は血が繋がってんじゃねえのか」
永倉「おい、左之。怖いこと言うんじゃねえよ」
藤堂「でもさ、似てるよな。総司と瑠璃って・・・」
斎藤「兄弟。。。」
山南「面白いですね。不器用な長男に群がる甘え上手の弟と妹、と言ったところでしょうか」
近藤「ああ、トシは末っ子だからな。弟や妹が出来て嬉しいんだろう」
井上「トシさんも楽しそうでなによりだね。たまにはこういうのも、いいもんだ」
土方「だから俺たちは兄弟じゃねえって!勘弁してくれよ」
皆顔を見合わせる・・瑠璃が笑った。
ほんの一時の事なのに随分久しぶりに見たような。
彼女にはいつも笑っていてもらいたい、そう皆が思っていた。




