第三十三話 百合との別れ
アレを見てしまったせいか食事があまり喉を通らなかった。
思い出すだけで、吐き気がしそうだった。
瑠璃「すみません、今日はお先に休みます」
山南「大丈夫ですか?今夜は寝付きが良くないかもしれませんね…身体を温めて寝るとよいですよ」
瑠璃「はい。ありがとうございます」
私は皆より先に部屋に戻った。
原田「昼間のアレ見ちまったんだ、食欲なくなるよな」
斎藤「ああ、屍をまともに見たのはアレが初めてだったろう」
沖田「さすがに僕たちだってアレはちょっと、ね」
永倉「寝れねえって、斎藤付いてやれよ」
斎藤「そうしてやりたいが…今夜は当番だ」
藤堂「俺も夜当番じゃん!怖えぇ!」
原田「百合と相部屋だ、大丈夫だろ」
瑠璃はとにかく忘れ、早く眠ろうと思っていた。
百合と他愛のない話をし、昼間の事は考えないように。
瑠璃の話をいつもの穏やかな笑顔で聞く百合、二人は直ぐに眠りについた。
「ん、…ん?」
どれくらい寝ただろうか、目が覚めた。
朝までは程遠い真夜中だ。
ふと隣を見ると、一緒に寝ていたはずの百合がいない。
「厠にでも行ったのかな。はっ、まさか神田と!?」
私は部屋を飛び出した。
百合ちゃん、何も言わずに行くのはナシだよ!
(ん?誰だ、俺の部屋の前走って通ったやつは)
嫌な予感は当たるもの、裏庭には神田と百合が居た。
瑠璃「待って!」
百合「えっ!瑠璃さん?」
瑠璃「百合ちゃん!何してるの?」
百合「…」
神田「随分と鼻が効くのだな。確か前にもこの様な事が合った気がするが…」
瑠璃「百合ちゃん決めたの?」
今にも泣きそうな瑠璃の声は震えていた。
百合の元へ静に歩み寄り、抱きしめる。
百合「瑠璃さん、どうして…」
瑠璃「前に、言ったでしょう?百合ちゃんが決めたことを応援すると。離れていても心は繋がっているから大丈夫だと。でも、見送りくらいさせてよ」
百合「瑠璃さん…私、夢魔を生み出したサキュバが許せないの。同じ系統の愚神だけど、私たちは違う。両親を彼らに売ったのは人間だけど、でもその人間がまた私をここまで育ててくれたの!サキュバが現れなければ人間だって狂いはしなかった。でも、私の力はここでは上手く使えなくて…」
瑠璃「うん、神田さんと居ると百合ちゃんの力が発揮できるんだよね。彼と居ると心も力も落ち着くんでしょう?」
百合「はい。私は私たちのやり方でサキュバを止めようと思います。それが、両親の魂を救う手段と信じて。人の世が人として生きられるように願って」
瑠璃「百合ちゃん…」
百合「私はほんの少し前まで人間だと思っていました。羅刹女だと知った時は絶望感でいっぱいでした。皆さんは選ばれた神の申子です。歩む道は違いますけど、目的は同じですから寂しくはないです。瑠璃さん有難うございました、次に会うときまでお元気で」
私は百合ちゃんから少し身体を離した。
瑠璃「…分かった。私たちもいづれ夢魔を生んだサキュバに辿り着くと思う。お互い後悔の無いよう、必ず生きて会うと誓って」
涙を出さないように、唇を噛み締める。
神田「瑠璃…おまえはやはり面白い奴だな。おまえも足掻けるだけ足掻け。おまえはまだ真の力に気づいておらん。我らがお前はには逆らえん程の力なのだ。その力が目覚めるかどうかは、おまえ次第だがな」
瑠璃「まだ眠っている力があるっていうの?勘弁してほしいな。でも、せいぜい足掻かせていただきます。それが私の運命ならば」
神田「ちっ、番犬に気づかれたようだな。百合、行くぞ」
百合「…はい」
瑠璃「神田!私の可愛い妹を絶対に守ってよね」
神田「言われるまでもない」
百合の涙があの穏やかな笑顔が遠くなる…
百合は振り返ることなく旅立った。
私はその場に膝をついて座り込んだ。
我慢していた涙が滝のように流れるのに、声は出なかった。
百合ちゃんが居なくなった事だけが悲しいんじゃない。
百合ちゃんが自分の運命に向き合い、そして羅刹女としての自分を受け入れたからだ。
彼女と私は差して変わらない運命を背負っている。
ただ、自分が信じた正義の為に尽くしたい。
私は彼女の様に自分を受け入れられているのだろうか。
原田「・・・瑠璃」
瑠璃「!?、左之…さ、ん」
其処に居たのは原田だった。
原田は何も言わず、いつものように頭を撫でる。
瑠璃の目からは涙が溢れて止まらない。
原田「本当はよ、瑠璃のこと抱きしめてやりてえんだ。けどよ、その役目は俺じゃねえから。これで、勘弁な?」
瑠璃はうんうんと頷いて、その優しさに答えた。
暫くして、原田は瑠璃を部屋に送っていった。
でも、その部屋は百合は居ないのだ。
原田「なあ、瑠璃」
瑠璃「はい」
原田「もうすぐ、斎藤たちが帰ってくるだろ。お前、斎藤の部屋で待っててやれよ。」
瑠璃「え?」
原田「昼間のアレの後だろ、夜も相当気を張ってるはずだ。多分あいつ眠れねえって。添い寝でもしてやれよ」
瑠璃「左之さん…、ありがとうございます」
原田「ばか、泣くなよ。目が融けちまうぞ」
瑠璃「うぅ…」
原田の優しさが胸を締め付けた。
瑠璃は斎藤の部屋に行く。
夜の巡察組は明け方近くまで戻ってこない。
しかし、戻ってくると分かった上で待つのならば不安も寂しさも悲しみも和らぐ気がしていた。
一さん、驚くかな
(何故、瑠璃がここに・・・)なんて言って 。
布団を敷き横になったら、だんだん眠くなってきた。
一さんの匂いに包まれて少しだけ温もりを取り戻した気がした。
その後すぐに巡察組が戻ったことに私は気付くことなく眠っていた。
廊下を進み、自室の部屋に入ると小さな気配を感じた。
俺はそれが瑠璃であるとすぐに分かった。
(何故、瑠璃は俺の部屋にいるのだ。真田と一緒に寝ているはずではないのか)
奥の襖を開けると布団の端で小さく丸まった瑠璃がいる。
自分も休もうと夜着に着替え、静かに横に入る。
瑠璃の何も言わぬその背から不安と悲しみが見えた気がして、堪らず後ろから抱き寄せた。
「・・・ん、」
身じろいでこちらを向いた瑠璃の頬には涙の跡が見えた。
(泣いた、のか?)
「んん--。ん?はじめ、さん。お帰りなさい」
瑠璃はふわりとほほ笑んだ。
どこか儚げで切なくなる。俺は瑠璃の額、頬にと唇を寄せる。
何かか言いたげに僅かに開いた唇を、己の唇で塞いだ。
「ん、ふっ。一さん?」
「今、帰った」
「はい、あっ、すみません。お布団占領してしまって」
「いや、温めてくれたのだろう?すぐに眠れそうだ」
斎藤は目を細め、ひどく優しく微笑んだ。
「一さん」
「まだ、明けるまで時間がある。このまま寝てもいいか」
「はい」
瑠璃は斎藤の胸に頬を当て、再び目を閉じた。
どうした、何があったと聞かない優しさが瑠璃の心と身体を温め再び眠りへと誘う。
(目が覚めたら、一さんに話そう)




