第二十話 新選組って誰の為?
気が付けば、瑠璃がこの時代に来て一年が過ぎた。
茹だるような暑い夏、何時の時代も京は恐ろしく暑い。
「暑いぃぃ。稽古なんてしたら死んじゃうよ、シャワー浴びたい」
「くくっ。暑くて死にそうか」
「うわぁぁ!土方さん!気配消して近づかないでくださいよ」
「前にも言っただろ、屯所内だからって無防備過ぎるんだよ」
「無防備でしたか?ところで何かご用でしょうか?」
「ああ、また長州が騒動を起こす。新選組も会津藩の命にて出動する」
「ふうん…あっ、蛤御門のやつですね」
「ん?知ってるのか!」
「お忘れでしょうけど、私こちらの人間ではないので大まかには知っています」
「なら、都合がいい。午後から会議だ」
「はい」
禁門の変と呼ばれ、長州が天皇を連れ帰ろうと企てる事件。
蛤御門にて互いの軍が激しくぶつかり合ったのだ。
瑠璃は思った新選組はどういういう立場なのか?
今ひとつ立ち位置が分からないでいた。
「一さん」
「どうした」
「午後の集まりなんですが、いまいち新選組の立場というか目指す物が掴めていなくて」
「うむ、瑠璃はここに来て一年だったな。分からなくても仕方があるまい。皆も迷っておるからな」
「えっ。そうなんですか!一さんも?」
「俺は副長に従う。それだけだ」
「副長に従う、か。では、副長に聞いてみます」
「瑠璃、本当に聞くのか」
「はい!こんな状態では戦い辛いですから。それに、新選組には新選組の道を突き進んてもらいたいんです!不安定なお上と共倒れする訳には行かないんです!」
「瑠璃!」
私がこの時代に来たからには、捨て犬のような扱いはさせないから!
気合いだ、気合いっ!
「土方副長っ!!」
スパーンっと勢い良く障子を開ける。
「ぶっ、な、なんだ!瑠璃じゃねえか。」
さすがの土方も瑠璃の威勢に驚き、茶を吹く。
先に来ていた百合が甲斐甲斐しく拭っていた。
「あっ、すみません。勢い余って」
「おいおい、俺にまでかかってんじゃねえか。なんでそんなに威勢がいいんだ?」
「左之さん、重ね重ねすみません。」
原田は笑いながら軽くたしなめる。
「あの、局長が来られる前に確認したい事があります」
「なんだ」
「えっと…」
「失礼します。」
斎藤が静かに入ってきた、瑠璃の隣に腰を下ろす。
「なんだ、言ってみろ。さっきの勢いはどこに行った」
「では、遠慮なく。此処にお世話になって一年が経ちます。隊士の皆さんの治療をしたり、こうして重要な会合にまで入れて頂きとても感謝しています。しかし…しかし、私は肝心な新選組の目指す物が分からないんです。治安を乱すものを取り締まるだけではないんですよね?派閥が幾つかありますが、何処かに分類されるのですか?それとも、ひたすらに幕府を守る立場ですか?」
「瑠璃、お前は此れから先の新選組の行く末を少なからずとも知っているんだろ?それを知って、どう感じた?」
「……。」
「土方さん!」
「原田は黙ってろ、瑠璃は俺たちに何か言いたいことがあるんだろ?怒ったりしねえから、言ってみろ。」
「正直にお話します。もし、私のする話が間違いで、新選組に相応しくなけばここを出ていきますから。」
「瑠璃っ!」
一さんが目を見開いている。
左之さんが拳をにぎりしめる。
百合ちゃんは今にも泣きそうだ。
土方さんは目を閉じている。
話さなくては。
「私は未来から来ました。私が学んだ歴史の通りにこの時代は進んでいると思います。このまま、進めばどうなるのかも学んだ通りになると思います。近く、幕府は倒れます。私が新選組に対して感じた事は、なんて惜しい人たちだったんだろう、と。幕府の都合の良い様に扱われ、捨てられるんです。私は皆にはもっと、もっと己の信念を貫いてほしいんです。だけど、今はこれまで面倒を見てくれた藩への恩義も返さなければならない。あちらを立ててはこちらに嫌われ。でも、どこかで切り離さないと駄目だと思います。恩義を返すために疾走して、遠回りをして、迷走して…結局新選組は…ううっ」
彼らの行末を思うと泣けてきた。
涙が滝のように頬を伝う、拭う事も忘れ瑠璃は土方を睨みつけていた。
静かな広間で瑠璃の嗚咽だけが聞こえる。
誰も何も言わない、何も言えなかったのだ。
「申し訳ございません!失礼します!」
皆に背を向け、広間を後にしようと立ち上がった。
「瑠璃」
土方が口を開いた、瑠璃は背を向けたままだ。
「私は、どうしてこの時代に来たのでしょうか?私は一体何者なのでしょうか?余計な知ったような口ばかりきいて、煙たがられに来たのでしょうか?私は、何の役にも立ててないっ!」
沸騰した気持ちを冷ます事が出来ずにいた。
原田が何か言っている、斎藤が、百合が…
でも、誰の声も聴こえてこなかった。
その場を逃げるように飛び出した。
途中で沖田とすれ違った。
何か言われたようだが、瑠璃には届いていなかった。
屯所の門を飛び越えて。ただ、ひたすらに走った。
何処にも行く当てはないのに、私は馬鹿だ。
気がつくと、大きな樹の下にへたり込んでいた。
「ここ、何処?」
樹の幹に身体を預けると、せせらぎのような音が聞こえる。
だんだん眠くなってきて、それを逆らうことが出来なかった。
世界が茜色に染まって見えた。




