第百十話 新しい時代を生きる為に
土方たちが五稜郭を脱出し、暫くすると新政府軍は函館総攻撃を開始した
圧倒的な軍事力の下、旧幕府軍は次々と降伏し
明治二年五月十八日、榎本武揚率いる軍が降伏
函館戦争が終結した およそ二年かかった戊辰戦争に終わりを告げた
「山崎、瑠璃は何処に行った」
「土方さん、今日は沖田さんと一緒だと」
「そうか」
あの後、瑠璃は三日も眠り続けた
昼も夜も交代で誰かがついた
目が覚めた時、斎藤が居ないと気づき取り乱すことを心配して
だが、そんな心配はいらなかった
目覚めて一か月が経ったが俺たちが思った以上に穏やかに過ごしている
「歳三兄さん、お帰りなさい」
「あれ、今日は帰りが早いんですね」
「まあそんな日もあるさ、瑠璃と総司は何処に行っていたんだ」
「今日は隣町の・・・・」
こうやって今日あった事を、以前と変わりなく話してくれる
俺たちの前では一言も寂しいとか悲しいと言う言葉を口にしない
一生懸命に笑顔を作っている
そんな瑠璃を見ると心が痛くて、苦しくて堪らなかった
「なあ兄貴、そろそろ役所に行かなきゃなんねえんだろ」
「ああ、戸籍と言うやつを作るらしい」
「戸籍?なにそれ」
「政府が家族構成を記録するんだと。それがねえと仕事も結婚も出来ねえんだと」
「ふうん。面倒ですね」
「明日、山崎と行ってくるつもりだ」
明治政府が発足するとこれまであった身分制度が無くなった
それと同時に廃刀令が下された
武士がどうのと言う時代は終わったんだ 刀を持つだけで罪になるらしい
「戸籍・・・か」
「土方さん、改名されるのですか」
「改名?」
「ええ、今後を生きていき易くするために改名する人が多いらしいです」
「なるほどな、俺たちも良くも悪くも有名になっちまったしな」
瑠璃は未来で育ってこっちに戻ってきたんだったな
あいつが育った時代ってもっと進んでるんだろうな
そんな事を考えながら、役所に出かけた
「おい瑠璃、何してんだ」
「左之兄、五稜郭を見ていました。この家からも五稜郭が見えますから」
「そうか。なんだっけ?星形、だったか?」
「はい、空の星をああいう形で表すんですよ」
「おもしろいな」
「ふふ、考えてみたら変ですね。本物はごつごつした石なのに」
「そうなのか!?」
「今見える星はもう実在してないんですよ」
瑠璃は宇宙について話してくれた、こんな話はしたことがなかったな
生きていた時代が違うと知識までも違うもんなんだな
そんな事を考えながら斎藤の事を思った
あいつはそんな瑠璃の一面をを知っていたのだろうか
瑠璃は何を思いながら五稜郭を見ていたんだろうな
俺はまだそれを聞く勇気がなかった
「二人とも何してるの、歳三兄さんたち戻って来ましたよ」
「おう、今行く」
瑠璃は日に一度必ずこうして五稜郭を見ているんだ
瞬きをすることを忘れたかのように、じっと見つめている
見つめる先にはきっと、一くんがいるんだろうね
「瑠璃も入ったら?何か発表があるらしいよ」
「発表?」
役所から戻った土方がこう言った
「戸籍を登録する為に役所に行ってきた、それで問題があってな」
「なんだよ問題って」
「俺たちは兄弟なんだが、ま、母親は違うが・・姓がばらばらだろ」
「それが?」
「家族として暮らすなら統一しろって言うんだ」
「で、登録できなかったのか」
「いや、登録してきた。良く聞けよ、今から戸籍の発表をする」
「なにさ改まっちゃって」
「ふふ、総司、そんな風に言わないで聞きましょう」
土方が登録した内容はこうだった
長男、歳三。二男、左之助。三男、総司。長女、瑠璃
「姓は佐伯にした」
「佐伯!?」
「今までの名前は人に知られ過ぎた、それに俺たちは家族だからな」
「家族・・・」
「で、山崎くんは?」
「お、俺は独り者ですし、世間に知られていませんから山崎烝で今後も生きて行きますっ」
山崎は兄弟ではないので独立した戸籍を持ったのだ
そして、歳三が無言で一枚の紙を瑠璃の前に差し出した
それを見た瑠璃がはらはらと涙を流す
拭いても拭いても溢れてくる涙は止まらない
「歳三兄さんっ、ううぅ。うあぁぁぁ」
それもまた戸籍を表す紙だった
そこに書かれてあった名は 斎藤一
彼は確かに生きている、その証を歳三は作りたかった
瑠璃はその紙を胸に抱えて幼子の様に泣いた
それをただ黙って見守っていた
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その頃、神の世界では彼らの父親でもある主が大和大明神に呼ばれていた
「お前の子どもたちは良くやってくれた、お前に褒美をやりたいが」
「戦ったのは私ではありません。彼らに与えてください」
「残念だが我ら神は彼らと関わることは出来ない、だから代わりにお前に与えるのだ」
「それも規律、ですか」
「そうだ」
「・・・ではお願いがあります」
「言ってみよ」
「私を此処から追放してください!」
「なんだと」
父親は突然、神の世界からの追放を願い出た
その真意はいったい・・・




