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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第三章 生と死を操る魔物 
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第七十八話

お待たせしました。

第七十八話です。


ネアとアマコの内面を重く書き過ぎてしまったので、少し書き直していました。



 父様は生きた人間は私たちのえさだと言った。

 母様は死んだ人間は私たちの玩具だと言った。

 偉大な吸血鬼の父とネクロマンサーの母から生まれた私。双方の種族の長所のみを受け継いだ私に父様と母様は大変喜んでいた。

 その吸血鬼の在り方、ネクロマンサーの在り方。

 魔物としての本能、人間とは絶対的な敵対関係にあるなどと色々なことを教えてくれた。

 両親はとても優しかった。今は遠い記憶になっている三人の生活には寂しさなんて無かったし、幸せだった。

 しかし、そんな両親が人間に殺された。

 私が数えで10歳になった頃だった。

 人間に害と見なされて殺された二人は、魔素となって地に還っていなくなった。

 今に思えば当然のことだった。父様も母様もやり過ぎたのだ。食物連鎖の域を逸脱し、遊びで人間の命を奪いすぎた。

 幼い私に残されたのは、母が保有していた蔵書と父が支配していた一つの小さな村と、私たちが住んでいた大きな館だけ。

 なにをすればいいか分からなかった。

 復讐? 二人を殺した人間は相討ちの形で既に息絶えてしまっていたし、そんなことをする意味なんて見出せずに、私は何日もむせび泣くことしかできなかった。

 でも、誰もいなくなった館は広すぎて、夜の魔物である吸血鬼であるはずの私はたった一人での暗闇を恐れた。

 だから、しょうがなかった。

 寂しかった。

 飢えに似た人恋しさが衝動的に私に襲い掛かったから。


 孤独に耐えきれなかった私は父様が支配していた村の娘として潜り込んだ。


 まず思ったのは、人間はなんて弱い生物なんだろう、ということだ。子供は怪我をしたくらいで泣くし、大の大人でも魔物に襲われれば簡単に大怪我を負ってしまうのだ。

 けれども、不思議と私は人間との奇妙な共同生活に寂しさを感じなかった。

 最初はある家族の長女の妹として、

 二回目は一人暮らしの少女として、

 三回目は両親を亡くした少女の姉として、

 四回目は村を見守る梟として、

 五回目はまた別の家族の娘として、

 六回目は身寄りの無い彼女の親代わりとして、

 七回目は娘と夫を亡くした彼女の娘として、

 記憶を弄んで溶け込み、三〇〇年、長い時間を過ごして来た。

 その間に魔術を三つも習得することができたし、蔵書の本もほとんど読み切ってしまった。だけれども私は、この館と村を行き来するだけの狭い世界に飽きてしまっていたのだ。

 二百年前から始めた、人の記憶を聞くことにも限界を感じてしまった。

 なにせ、刺激が無い。誰もが普通の人生を歩み、私の心を躍らせるような楽しい話をしてくれる人がほとんどいないのだ。

 だから、今度の獲物は逃さない。

 異世界からやってきた治癒魔法使いと、世にも珍しい予知魔法を持つ、時詠みの姫。

 どんな手を使っても絶対に捕まえる。

 そう、思っていたのに―――。




「―――けほ、あーあ、私も父様と母様のように終わるの、ね……」


 体中ボロボロで動かない。かろうじて体は起こせるが、右腕しか動かせない。それほどまでに邪龍の力は凄まじく、少し握られただけでここまでの大怪我を負ってしまった。

 ウサトはよくあんな化け物に散々攻撃されて生きていたものだ。握りつぶされ、叩きつぶされただけでこの様なのに、私以上の攻撃を受けた彼が外で激戦を繰り広げたと考えると、やっぱり彼は普通の人間とは違うと思い知らされる。


「ウサトは、邪龍を倒したのね……」


 ついさっき、外から感じる禍々しい気配が消えた。

 邪龍が倒されたという事実に、安堵するように罅割れた壁により体を預ける。

 自分の切り札を倒されてそんなことを思うのはお門違いも良い所だろうけど、どうしてもそう思わざるをえなかった。邪龍を蘇らせてしまった愚か者は自分で、その邪龍によって今の状況に追い詰められているのもまた自分なのだから。

 恐らく、彼らはここに来るだろう。

 私という害ある魔物を討伐する為に。


「ふ、ふふ……」


 所詮、私は人間を遊び道具にしてその末に殺された父様と母様と同じだった。

 生きた村人と死んだ村人を操って、訪れて来る者を捕まえ、拘束し、飽きたら記憶を消して逃がす。そこまで恨まれるようなことはしていないと思っていたけど……程度は違えど、私のやっていたことは両親となんら変わりなかったのだ。


「もう、私は必要ないのかもしれない」


 というより、もう消えたい気分だった。

 調子に乗って蘇らせた邪龍に追い込まれて、結局はその邪龍もウサト達によって倒されてしまったのだ。邪龍を蘇らせるまでの展開に誤算は無かった。あるとすれば、邪龍が自分が思っている以上に破壊と死にまみれた怪物だという事を理解していなかったということ。

 侮っていたのだ。

 魂の無い死体だと、何百年も放置されていた剥製だと。言い訳がましい話だけれど、魂を持つ死体なんて今まで見たことも聞いたこともなかった。そもそも魂とは生きた肉体に宿るものである。言うなれば生という要素を以て肉体という器が動き、その器に収まっているのが魂。


「……何者かの、作為で……邪龍の魂をこの世に縛り付けた……」


 そう考えるのが自然だろう。

 魂をこの世に縛り付けるなんて、普通は無理。だが、それが可能だった人物はいる。この大陸に伝わる伝説の一人の英雄、その強大な力を以て魔王すらも封印せしめたバケモノ。

 手帳に彼の行動が、誇張も何も無く記されているとすれば、魂の封じ込めも彼にとっては容易なことだったのかもしれない。

 それを確かめるすべはもう残ってはいないが。


「どうせ、私には関係のないことね。今となっては……」


 今更、何百年も前に死んだ人間のことについて考えても意味はないだろう。

 結果だけを見れば、浅はかな自分のせいで、私の村が滅ぼされそうになった……それだけだ。


「私は、要らない」


 そう言葉にすると、途端にこの館に一人残された遠い記憶を思い出す。

 頼りになる両親を殺され、孤独に怯え泣いていた私を。

 私が、ネアという少女が消えた村はどうなるか―――、ふとそんなことを考えて、途端に馬鹿らしくなって自嘲気味な笑みがこみあげる。

 元からいなかった存在が消えて何が変わるというのだ。

 さっき自分で呟いたじゃないか、もう自分は必要ないと。もうあの村を利用することもないし、わざわざゾンビを蔓延らせる必要も無い。

 どうせ自分はここで始末されるのだから。


「……!」


 階段を上がる足音。

 下から響いてくるその音にごくりと生唾を飲み込んでしまうが、この体じゃほぼ満足に動けないので逃げる事もままならない。

 私は、自分の運命を受け入れるかの如くゆっくりと目を瞑るのだった。



 暗い洋館の階段を昇る。

 予知をしながら歩く私の後ろには、アルクさんとウサトがついてきている。ブルリンは、いざという時の為に外で待っていてくれている。


「アルクさん、やっぱりブルリンと一緒に居た方が……」


 ウサトがアルクさんにそう言う。

 少し気になり、後ろを振り向けば、先程館の中に落ちていた鞘に収められた剣を支えにしながら階段を昇っているアルクさんが、苦笑しているのが見えた。


「いえ、魔力こそ尽きかけてはいますが、体を動かすにはなんら支障はありません。ウサト殿こそ、ずっと戦っていたのでしょう? 体の方は……」

「僕は……まだ大丈夫です。魔力もまだ少しだけ残っていますし」


 まだ大丈夫、という言葉に僅かに眉を顰めてしまう。

 操られていたアルクさん、邪龍という強敵を相手にしての連戦。しかも邪龍に至っては毒という厄介な攻撃をしてきたので、私が考えている以上にウサトは精神的にも肉体的にも消耗している。


「それに僕自身、ケリをつけなきゃならない。この厄介事の発端たる彼女に会って、ね」


 館に入る前、皆に応急の治癒魔法を施しているウサトに、ネアが邪龍に捕まった時のやり取りを話した。

 彼は無言で私の話を聞いてくれていたけど、何を考えているかは私には分からない。……それもこの階段を昇ればすぐに分かることだ。

 この先に邪龍にやられたネアがいる。

 そして―――、


「……間違いない」


 予知で見た光景が近づいている。

 傷だらけの壁も、砕け散ったシャンデリアも、吹き抜けになった窓も―――ウサトの影で壁に寄りかかる様に倒れ伏していた奴がネアだ。

 ウサトも分かっているのだろう。

 彼は抜けている所があるけどバカではない。私が彼に話した予知の状況で、今訪れるであろう状況が合致していっていることに気づいている。

 その上で、彼はネアの元へ向かおうとしている。


「この先か」


 階段の奥を見据え、そう呟くウサト。

 私も今一度、気を引き締めて階段を昇り、ネアがいるであろう場所、三階の広間の前に辿り着く。突入時にウサトが蹴り飛ばした部屋に脚を踏み入れる。

 すると、そこには―――、


「来た、わね」


 罅割れた壁にもたれかかり、ボロボロになったネアが薄ら笑いを浮かべ私たちを見据えていたのだった。




「……随分と、やられたようね」

「その言葉をそっくりそのまま返すよ」


 呆れた様なため息を吐いた彼は、ネアの前にまで移動する。

 あまりにも不用心に彼女に近づいた彼に思わず制止の声を掛けようとするも、皮肉気に笑ったネアの姿を見て息を吞む。

 邪龍にやられた彼女は重傷と言っても差し支えの無い状態だったからだ。彼女が耐久力に優れた魔物ではないということもあるかもしれないが、額は真っ赤な血に濡れ、左手と両足は痛々しくはれ上がり、どうみても満足には動けない状態だった。


「はぁ―――、君には本当に散々な目に遭わされた」


 一方のウサトも相当なみなりであった。

 彼の着ている団服は煤にまみれ、額と頬には血の跡が見え、傷こそ治癒魔法で完治しているだろうけどその顔色は決して良いものではなかった。


「……にしては、あまり怒っていないように見えるわね」

「は? 怒ってるに決まってんだろ?」


 ハハハ、とからかうように笑っていたウサトの雰囲気が一瞬にして剣呑なものに変わる。

 私たちから彼の顔は見えないが、目の前にいるネアはギョッとした表情を浮かべ、瞳から僅かに涙を零し、怪我で動けない体をガクガクと震わせはじめた。


「君のせいで危うく大事な旅が台無しになるところだったし、操られたアルクさんに取り返しのつかないことをさせようとしたし、何より―――」


 そこで一旦区切り、腕を組んだウサトは震える彼女に言い放つ。


「あの邪龍を蘇らせて沢山の人の命を危険に晒したことが何より許せない」


 もし、ウサトがあの邪龍を倒せていなかったらどうなっていたか。

 いの一番に彼に一緒に逃げる様に提案した私だけど、そうなった時、たくさんの人達が邪龍によって殺されてしまっていたのかもしれない。

 そんな邪龍を安易な気持ちで蘇らせてしまったネアを、彼は許せないのだろう。


「……」

「ああなるとは思わなかったんだろう? だけど、そんな言葉で済まされない事態が起こりかかったんだよ」


 口を噤むネア。

 そんな彼女にウサトはもう一度ため息を吐く。


「……君はどうして邪龍から村を庇ったんだ? あの村に住む人達はただの操り人形じゃなかったのか?」

「……そうよ」

「なら何で利用しなかった? 村人の命を盾にすれば僕なんて易々と捕まえられたはずじゃないか。君はアルクさんから僕のことを聞いているんだろう? 僕が救命団っていう人を助ける組織に入っている人だから操られているだけの村の人達を人質にされたら手出しできないってことを」


 確かにそうだ。

 邪龍を操ったことしか頭に無かったけど、ネアが村の人達の命を人質に取ればいくらウサトでも従うしかない。彼の治癒パンチでも、一斉に大勢の人を助けられる訳ではない。


「彼らは必要ない。そう私が判断しただけよ……結果的に見れば判断ミスだったわ……」

「ふぅん」


 訝し気な相槌をするウサト。

 構わずネアは自嘲気味な笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。


「こんなはずじゃ、なかった……アイツがちゃんと操れていれば、全部うまくいってたのに……」

「ハッ、それはないな。どちらにせよ命令通りにしか動かないゾンビなんかにやられる僕達じゃない。君が命令を下すその前に、僕が君を撃ち落としているさ」

「あなたって、本当に化物―――」

「話をすり替えるなよ」

「……っさっきからなんなの!? 私に何を言わせたいの!?」


 彼の意味不明な言葉にネアが取り乱すように声を荒げる。

 ウサトはそんな彼女の剣幕に全く動じずに言い放つ。


「後悔しているんだろ。こんな状況になって」

「それはっ!! ……そうね。でも、私は欲しいものの為に力を尽くしただけよ。その行為に後悔はしても反省なんて―――」

「違うな。僕が言っている後悔はそんなものじゃない。君は邪龍を蘇らせたことを後悔しているけど、それは僕を捕まえられなかったことからのものじゃない」


 まるで確信があるかの如く、慄く様に息を吞む彼女を睨みつける。  


「君が後悔しているのは、村の人達を危険に晒したことにだ」

「……なんで、私がアイツらのことを気に掛けなきゃならないのよ」

「ただの道具なら必死こいて邪龍を説得しようとはしないだろ。戦ったからこそ分かるけど、アイツ滅茶苦茶怖いんだぞ? あんな奴を目の前にして村の心配をするなんて余程大切なんだろ?」

「たい、せつ……? ち、違うの、あそこは私の……」


 ウサトの言葉に目に見えて動揺するネア。

 その様子に嘆息したウサトは「気は進まないけど」と小さく呟いた。

 何が気が進まないのだろうか、と後ろで気になっていると軽く息を吸った彼が動揺するネアに向かって口を開く。


「直ぐに分かったはずだ。邪龍が解放されたらまず最初に何を狙うのかを。人の集まっているあの村は、邪龍によって踏み潰され、噛み潰し、毒に侵され、腐らされ、原型を留めないほどに蹂躙される。奴の放つ毒を吸えば体が内側から破壊され、喉がただれ、肺が溶け、最後には息もできなくなりもだえ苦しんで息絶える。奴の振るう腕と尾は地面に大きな亀裂を入れる程に強く、その一撃を食らえば大の大人でも押し潰されてしまう。そして、最も厄介なのは奴の狡猾且つ残忍な性格にある。奴にとって眼前の生物は一切合切破壊と殺戮の対象であり、老人、女子供問わずに――――」

「やめて……っ!!」


 彼の言った光景を想像したのか。

 表情を悲痛なものに変えたネアが子供の様に唸りながらウサトの言葉を遮る。彼も気分の良いものでは無かったのか、後悔するように髪を乱暴にかく。

 だけど、ネアが村人を意識して戦わせようとはしなかったことは分かった。それを差し引いても彼女が私たちにしようとしたことは無かったことにはできないけど、今目の前で怯える彼女を見て、なんとなくだけどかわいそうな子と思えるようにはなった。

 しかし―――、


「君はバカだな」

『君はバカだな』


 その一言で私は頭をガツンと殴られたような錯覚に陥った。

 私が三日前に見た予知と、今彼が口にした言葉が重なったからだ。咄嗟に周りを見れば、近くで剣を支えにしているアルクさんと、瓦礫だらけの広間にぽっかりとあいた穴から見える満月。


「後悔しているなら、何でもっと早く気付かなかった。君が欲していたものは既にその手にあった。だけど、事もあろうにそれを手放そうとした。君の意思とは関係なくね」


 焦燥する私をよそに、彼がまた予知通りの言葉を紡ぐ。

 彼の名を呼び、止めようとする―――が、前に居る彼はこちらを振り向かずに掌で待ったをかける。

 ウサトは、これから予知で起こった事が現実になることが分かっている……でも、なんでわざわざ自分から飛び込むような真似を……。

 混乱しながらも動けないでいると、ウサトがネアの目の前にまで近づく。


「別に君を殺そうだなんて思ってない」

「……え?」

「なんだその意外そうな顔は」


 心外だ、とばかりに肩を竦めた彼は、気だるげにネアと目線を合わせる様にしゃがみこむ。


「ネクロマンサーを倒すお願いだって君が仕組んだことだからね。その時点でそのお願いも意味を成さなくなった。だけど、もう二度とこんな人を攫うようなことをするな、それを誓えるなら、君はあの村の娘のネアさんとして生きて行けばいい」


 時々確認しにいくからな? と、おちゃらけたように言う彼にネアは目を丸くした。

 もしかしたらウサトが刺されるという未来が変わった?

 未来が変わる、選択肢の無い予知では無かったことだけど、何事にも例外はある。もしかするならば、これがそうなのかもしれない。


「フ、フフフ……村の娘としての、私……ね」


 俯く彼女はブツブツと何かを呟く。

 しかし、安堵したのも束の間、ウサトの背から見える俯き、前髪に隠れた口元が三日月の如く酷く歪んだ。


「ウサト!!」


 ネアの右手には刃物ような尖ったものが見え、それが振るわれる。

 それと同時にウサトの左手が目にも止まらない速さで動く。未来は変わった―――ありもしない憶測を抱いた瞬間に起こった出来事にパニックになった私の目に見えたのは、彼の足元にポタリと落ちる血の滴であった。

 慌ててアルクさんと共に二人が見える位置にまで近づく。

 しかし、私の目に飛び込んできたのは予想していた光景とは違ったものだった。


「お前……今、何をしようとした……?」

「フフ? 何を、だって?」


 見ればウサトの手は確実にネアの手を掴んでいた。

 刃物に見えたそれは、二十センチほどにまで伸ばされた彼女の爪であり、その矛先はウサトにではなく彼女の喉元へと向けられていた。

 滴った血は、彼女の喉に僅かに突き刺さった爪から、ウサトの手を伝って落ちたものだった。


「ウサト殿、これは一体……」

「……こいつ、自分の首にコレを突き刺そうとしたんですよ」


 苛ただしげにそう言った彼は、ネアの喉を僅かに傷つけた爪を見せる。

 状況からして、ネアは自殺を図った、ということなのだろうか。

 どうしてそんな凶行をするに至ったのか全く理解できないけど、そもそもがウサトが刺される予知では無かった。そのことに安堵しつつも、二人のやり取りを見やる。


「父様と母様と同じように殺される覚悟もしたのに、どれだけ私をバカにすれば気が済むの? それに、私に村娘として過ごせですって? あそこを危険に晒した私が今更戻れると思っているとしたら大間違いよ」

「はぁ……」


 面倒臭そうにため息を吐くウサト。

 だが、一方のネアは自殺を止められたにも関わらず不敵な笑みを浮かべる。


「だから、貴方に止められてようやく決心がついたわ」

「……え? 何の?」

「血は情報、契約、対価―――、貴方が手を掴まなければ私は死んでいた。でも、私の手を取ってしまった貴方の―――自らの血にまみれたその手によってもう一つの条件を満たした」

「は、はぁ?」


 伸ばした爪を収め、ウサトに掴まれた手を握り返すネア。

 そんな状態で何ができる、とたかをくくっていた私も彼女が何をしようとしているか分からず首を傾げる。


「―――魔と人、伏し者と仰ぐ者、互いの血の証を以て、古き契約を今、結ばん」

「ちょっと待て、その不穏な呪文はなんだ」


 瞬間、ネアに握り返されたウサトの手から大きな白色の光が発せられる。

 見覚えのある光、この光は―――、彼女が発動しようとしている『契約』を見て私は血相を変える。

 彼女が行おうとしている契約はウサトには害はないだろう。

 だけど、それ以上に厄介なことになりかねない。


「ウサトっ! 離れて、こいつは―――ぅ!?」


 傍に駆け寄り、ネアを引き離そうとすると、突然に体が動かなくなる。床を見れば、彼女の床の絨毯を通して、ウサトを拘束した魔術が発動されている。

 こいつ何時の間に……!? なんて執念……ッ!?

 アルクさんは!? 同じく駆け寄ろうとしたアルクさんを見れば、頭を押さえ何かに抗おうとしていた。


「お前! またアルクさんを!!」

「ゲホッ、少し大人しくしてもらっただけよ」

「っ!」

「あら、いいの? このまま殴ったら死ぬわよ? 私。死に体の私を殴っても大丈夫な魔力は残ってないんじゃなーい?」

「くっ……」


 血反吐を吐きながらそう返した彼女は、苦渋の表情で拳を震わせるウサトを見て笑う。


「私を見逃したことを後悔しなさい!! 一生付き纏ってやるんだから!!」

「は、はぁ!? なんだその不穏過ぎる台詞は!? このっ離せ!! いってぇ!? 爪を立てるな!!」


 血まみれのまま大きく口を開けて笑うネアの手を振り解こうとするウサトだが、そうはさせまいとばかりに深く爪を食い込ませる。

 瞬間、交わされた手から発せられる光はより一層に光を増し、闇夜を照らすかのごとく広間全体を大きく照らした―――。

結局、最後に笑ったのはネア(重症)ですね。


ネアがどのような契約を行ったかは……次話の第三章最終話にて説明致します。

第二章にて少しだけ話題には出していたので、もしかしたら察してくれている方がいるかもしれませんね。

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