第七話
ローズにモンスター蔓延る、デンジャラスな森に投げ飛ばされた日の夜。
僕は、パンツ一丁で木の上で体を休めていた。
日が落ちてから数刻、腹の空き具合から見て現在は20時から、21時ぐらいと見ていいだろう。
周囲は真っ暗。頼れるのは元の世界の数倍は大きい月の光。夜行性のモンスターが活動しているのか、けたたましい鳴き声が聞こえてくる。
「……火も点けられないな」
火を点けるとモンスターに気付かれる可能性がある。
火を怖がって寄ってこない可能性もあるけど、生憎リュックの中には携帯食料、ペットボトルくらいの大きさの水筒と、刃渡り20㎝ほどのナイフ、ペンに手帳しか入っていなかった。
そもそも、火を点けられる道具がなかった。
それにしても、まさか中身がほぼ携帯食料だとは……食料の心配はしなくていいのは分かるけど、これは大丈夫なのか?
「いや、大丈夫じゃない」
思わず独り言を呟いてしまう。
僕が現在座っている枝はとても太く、リュックを背負っている僕の重さを支えることができる程の強さを持っている。
グランドグリズリーとブルーグリズリーから逃げてから、3時間ほど走ったり、隠れたりしていたのだけど、一向に撒けない熊共に疑問を持った僕は、ようやく臭いで追われているという考えに至った。
そうならば、この体の臭いを水で洗い流せばいいと考え、水辺のある場所を探した。すぐに滝のような場所を見つけた僕は、迷いなくそこに飛び込んだ。
結果、熊は撒いたが服がびしょ濡れになってしまった。
「……」
これからどうすべきか。
最終目標はグランドグリズリーの討伐。でも、いくら身体能力に自信があっても、僕がその体を十全に生かせない。
それなら、どうする?
「今の所使えるのは……」
ナイフに、手帳に、ペン。
とりあえず、乾ききっていないズボンを履いてナイフをベルトに差す。
「敵を討つには、まず相手を知らないと。……ペンは剣よりも強し、ってね」
とりあえず計画を立て、今いる場所を拠点にする。
幸いこの場所の近くには川がある。寄生虫がいないか心配だけど、この際いないことを祈るしかない
「幸先悪いな……でも……絶対乗り越えて見せる」
疲労した体に微弱な治癒魔法を展開し体を休める。
おっとその前に――――腰からナイフを引き抜き、自分の乗っている木に横一閃に斬る。
「一日目……」
森に放り込まれた僕の、たった一人の戦いが始まる。
●
翌朝、硬い携帯食料を水筒の水で流し込んだ僕は、Tシャツと長ズボン、水筒、ナイフを装備し森の中を頭を低くしながら移動していた。
ポケットには手帳とペンがいつでも取り出せるように準備してある。
「……どこだ?」
木にナイフで目印をつけつつ、周囲を探る。
ここに来る前に川で体を洗ってきたから、臭いの心配はない……はずだけど、見つかってしまえば意味はない。
「………」
この森には、グランドグリズリーやブルーグリズリー以外にも沢山のモンスターがいる。
だけど僕は、グランドグリズリーとブルーグリズリーしか見つけていない。まあ、どうせ嫌でも他のモンスターに会うことになると思うけど。
「………ッ! これは……」
木に付けられた三本の傷。
なにか大きい生物が爪とぎした跡。この大きさからして、昨日のグランドグリズリーの可能性が高い。
慎重に周囲を探索しなくちゃ……。
前を向き、歩き出そうとした瞬間、前方の草陰がガサガサと音を立てる。
「っ!?」
何かいるのか?
僕はナイフをゆっくりと引き抜き、音を発している草陰に近づく。
額に滲んだ汗を乱暴に拭う。凶暴な奴だったらすぐに逃げる。
ごくりと唾を飲み込みながら、ナイフを持つ方の手とは逆の手で草をかき分けると――――
「きゅ……」
そこにいたのは黒い毛玉であった。
「なんだこいつ……ウサギ、だよな?」
毛玉に見えたのは、黒色のウサギであった。
ローズから渡された本に載っていない種だ。
アンテナのようにちょこんと立てられた耳と黒い毛並みが特徴的なウサギ。
そのウサギは、地面に横たわりながら赤い瞳で僕の方を見てくる。
つぶらな……瞳……。愛らしい外見に、心が揺り動かされそうになるけど、グッと堪えて動けない様子のウサギを確認する。
「お前、怪我してるのか?」
「きゅ」
こくりと頷くウサギ。
言葉が通じている事に敢えてツッコまない。ここは異世界だから、元の世界の常識で考えてもしょうがないからだ。
ウサギの傍まで近づき、どこを怪我しているのかを見る。
脚に切り傷のような物がある、モンスターにやられたのか。
「じっとしてろよ」
手に淡い緑色の光を放出させ、後ろ足の傷口に添える。
数秒ほどして、手を離すと傷口は跡形もなく無くなる。
これが僕の訓練の成果、ほとんど自分にしか使ってはいなかったけど、第三者から見たらこんなにも回復速度が高いのか。
こういう面を考えると、この魔法はとんでもないと改めて認識する。
「治したよ。もう怪我しないようにね」
ウサギから離れる。
愛らしい姿に思わず連れ帰りたい気持ちにかられるが、僕の目的はグランドグリズリーの討伐―――ウサギにかまけている暇はない。
しかし、離れた僕に近づいてくるウサギ。
無言で一歩さがる僕、近づいてくるウサギ……え、何これ。
「ほらほら、僕と一緒にいたらグランドグリズリーに襲われるよ?それとも君はグランドグリズリーの場所を知っているのかい?」
「……きゅっ」
こっちへ来いとばかりに首を振り、走り出すウサギ。
どこの花咲か爺さんだと思いつつ、試しに後をついて行ってみる。
このウサギは何か信頼できる――――根拠はないけど、自ずとそう思えた。
「きゅっ―――――っ!」
ぴょんぴょんと音を立てずに跳ねながら森を進んでいくウサギ。その最中、ぴんっと張られた耳がアンテナのように一方向を向いている事に気付く。
……あの耳はレーダーのような役割を果たしているのかな?
そう思いながらウサギを追いかけること10分ほど過ぎた頃、軽快に走っていたウサギがいきなり立ち止まる。
「どうした?」
「きゅきゅ」
「うわっ! な、何だよ?」
突然、足から僕の肩まで昇って来るウサギ。
黒い毛並みが首元に触れてくすぐったい。それに意外と重くない。
何だよこの子、可愛いすぎかよ。
ウサギが耳を前方に折り曲げ何かを示唆する。
「きゅ」
「……前を見ろって?」
このウサギ、やはり僕の言葉を分かっている。
でも可愛いから許す。
前方の藪をガサガサとかき分け、前方を見る。そこには暗い洞穴と二頭のブルーグリズリー……ぃぃ!?
「おまっ」
自分で口を押える。
ここで叫んだらあの熊共にバレてしまう。あの洞穴が奴らの巣って事だな。
僕は肩に乗っているウサギに小さい声で話しかける。
「……ありがと、助かったよ」
僕の言葉にウサギは照れるように毛づくろいを始める。
照れ屋さんめ。
洞穴の場所も分かった事だし、手帳とペンを取り出す。
「きゅ?」
「ん、これがなんだって?」
普通に熊と戦って楽に勝てるはずがない。
それなら、相手の隙を突くしかない。それならば―――
「観察日記」
さあ、命がけの日記を始めようか……!!




