第五十八話
少し用事が立て込んでしまい更新が遅れてしまいました。
第五十八話、更新します。
ウサトが治癒魔法使いの少年、ナックを連れてきた。
連れてきた理由が理由だけど、あたしたち獣人を見る彼の瞳からは恐怖とほんの少しの困惑が見て取れた。しかし、衰弱している彼をこのまま帰らせるというわけにもいかなかったので、そのまま泊まらせることにした。
ナックは合同訓練の際に顔を合わせることが多く、自己紹介の必要はなかったけどあたしにとって接しにくいことこの上ない。あたしたちは獣人だから避けられる理由になるけど、ナック自身、ミーナから一番被害を受けている少年、それだけであたしたちが避ける理由にもなり得るからだ。
それはあくまで接しにくいというだけの問題なのでさして気にすることでもないけど、問題は五日以内にナックをミーナを倒せるレベルにまでウサトが鍛え上げるといっていることだ。
ミーナはあんなんでも同年代の中では強い方だ。発展途上とはいえ炸裂魔法という通常の火の魔法よりも瞬間的に強力な威力を発揮する魔法を使う。素の身体能力が破格なレベルのウサトと違って、ナックは言っては悪いが貧弱の一言に尽きるだろう。
そんな彼をどうやってミーナのレベルにまで引き上げるか……。現実問題無理と思いつつも、あらゆる意味で予想を超えてくるウサトはどんな訓練をナックに施すのかと気になる。
「………確か昨日は、街の中でって言ってたよね……」
学園に通う学生の一日はそれぞれ異なっている。
ある程度の必須の授業を受ければ自由に学びたいことを学べる此処の授業は、うまく調整すれば普通の時間よりも早く終えることができるということになる。
「本当にこんな街中で訓練を?」
「昨日はそう言っていたんだけどね」
あたしたち姉弟はほぼ同じ授業のため始まる時間も終わる時間もほぼ同じ。
午後の早い時間に一日の授業を終えたあたしとキョウは、ルクヴィスの街中でナックという少年を訓練しているウサトの様子を見に来た。
訓練というのがどんなものかは分からないけど、昨日の早朝に見たウサトのストイックさを見るからには相当にハードなものと思える。それに、彼がハルファとの戦いで見せた怪力からしてまともなものとも想像しがたい。
どちらにしろ、怖いもの見たさという気持ちも入っている。
「姉ちゃんも朝はウサトともう一人のほうは見かけていないんだろう?」
「うん、少なくともあたしが起きるより早くにウサトとナックは訓練とやらのために外に出ていたらしい」
昨日、ウサトに言われてテーブルの上に置いといたパンがなくなっていたからちゃんと朝食も食べてるようだし、後から起きたアマコもいつもの?厩舎の方へ行くといって出て行った。
あたしとキョウとサツキの三人……ある意味で元の人数になった状態で朝食を食べたはいいが、少し寂しい思いに苛まれたのは自分でも意外と思った。昨夜はイヌカミという奇天烈な勇者が加わったことでいろいろな意味で騒がしかったからそう思ったかもしれない。
「サツキはイヌカミの所に?」
何より驚いたのはサツキとイヌカミが意気投合し、水を得た魚のように騒々しかったのが昨夜一番印象に残った。
あたしの質問に苦虫をかみつぶしたような苦々しい表情を浮かべた彼は額を抑える。
「ああ、『イヌカミに会ってくる!だから先に帰っていいよ!』だってよ……あいつはなんでこう、走り出すと止まらないんだろうなぁ……」
「ま、まあイヌカミも短い間しか此処にいられないから今のうちに沢山会っておいて損はないよ……」
奇天烈とはいえ勇者、きっとサツキにとって好い影響を与えてくれる、はず。
サツキについては大丈夫として、もう一つ驚いたことがある。それはキョウがウサト……人間に対して少しだけ心を開いたように見える事だ。
キョウもここで色々な悪意というか色々なものに晒されてきたから、人間のことを好意的に思っておらず、あたしと違ってそれが表に出やすい性格なんだけど、昨日の夜からどうしたのかウサトに対しての棘が驚くほど無くなっていた。
「なに?俺の顔をじっと見て」
「……いいや、なんでもない」
元より優しい弟だ。
むしろ今までの尖った態度からして結構な無理をしていたのだろう。
よかった、そう素直に思う反面に自分は?とも思ってしまう。
「ん?唐突に思い出したんだけど、姉ちゃんってさ昨日ハルファがウサトに腹ァぶん殴られた時とあの的を貫いた時さ、やけに怯えてたけどアレなんだったんだ?」
「き、昨日のか……」
唐突なキョウの言葉で思い出されるのは昨日、ハルファがウサトに投げたボールの如く殴り飛ばされた光景と、あの頑丈な的を素手で貫通させあろうことかそれを引っこ抜いた光景。
ウサトと初めて会った時、自分がもしかしたらああなっていたかもしれないと思ったら、どうしても震えが止まらなかった。
踏み込みとか完全にあたしに攻撃する時と同じ力加減だったし、しかもその後にアマコが止めに来たというのが問題だ。
ある程度先を予知できる彼女が止めてくれなかったら、あたしは結構大変な事になっていたのかもしれない……治癒魔法の有無に関係なく。
「……なんでもない」
「なんでもないって……大丈夫ならいいんだけどさ」
若干含みのある言い方になってしまったが、これでいい。
少し疑わしげな眼であたしを横目で見たキョウだが、すぐに前を向く。こちらも少し安堵しながら前を向く、と少し街の様子がおかしいことに気付く。
「…………ん、なんだろう」
「確かに……何かあったのかな」
ざわざわと道の端にいる店員や学生達があたしたちが歩いている道の先を見て何かを噂している。
………何事だろうか、いつもは活気のある道だから騒がしいのはおかしくはないのだけど、この騒がしいは何か違う。
「………うえっ」
「キョウ?」
隣にいるキョウが前方を見て嫌そうな声を出したのでそちらを見る。
人の行き交う通りの中で嫌に目立つ灰色の髪と笑みを絶やさないうさん臭そうな女顔の男がそこにいた。
「ハルファ……」
「む、おやおや」
思わずあたしも嫌そうな声で名前を呼んでしまった。
先日、ウサトと模擬戦を行った男、ハルファ。
あたしたち姉弟はこいつが苦手だ。魔法使いとしての戦い方に容赦がなく屈折した実力主義な所が好きじゃないし、こいつの強ければ誰でも友好的に接しようとする異質さが何より気持ち悪い。
キョウと同じく微妙な表情を浮かべたあたしとキョウに気付いたハルファは、こちらが嫌そうな顔をしているにも関わらずにこりと笑みを向け手を挙げこちらへ近づいてくる。
「やぁ二人とも、帰りですか?」
相変わらず遠慮の無い奴だな。
だが何でこんな学園から離れた場所にハルファが居る?こいつは学園内の寮に住んでいるから滅多にこっちまで来ない筈だ。
「………ああ、あんたは昨日、怪我とかはしなかったのか?」
「フフフ、ご心配なさらずに、ウサトさんの攻撃はみな治癒魔法が通った安全なものなので」
『衝撃は想像を絶するものでしたけどね』と若干嬉しそうに言った彼が自身の腕をさすっているのを見てあらためてこの男が戦闘狂だということを再認識する。
気になるのは何故この戦闘狂が此処にいるかだ。
「で、何でこんな所にいる?学園長から頼まれたのか?」
学園内に住んでいる彼が此処に来ること自体稀、こいつは魔道具とか使う柄じゃないのは良く知っているし、授業で何かが必要とは聞いていない。
可能性としては学園長の指示。
ハルファの魔視はいろいろと便利だ。魔力の量や流れ等の様々なものを見る事が出来るので、本来は戦闘には用いないタイプで一部の魔法の研究者の中ではかなり重宝される希少魔法。
彼自身の実力と相まってグラディス学園長から信頼を寄せられている数少ない生徒の一人。恐らくだが、滅多にここまで来ないハルファが此処に来たのは学園長の指示と考えるのが自然だろう。
こちらの問いかけににっこりと笑みを深め頷いた彼は通りに目を移しながら、あたし達へ言葉を返す。
「察しの通りです。学園長から急遽ウサトさんを呼ぶように頼まれたのですが……」
「急遽……?」
「知らないのですか?」
首を傾げるとハルファが驚く。
学園長に呼ばれるほどのことをウサトはしてしまったということなのか?いや、自分から騒ぎを起こそうとする人には見えないけど。……少し天然っぽい所もあるしもしかしたらってこともあるけど。
「私自身、事情の方は詳しく理解していないのですが、早朝からこの街を駆け回っているとのことで、苦情……のようなものが学園長の耳に届いたので」
「……」
「……」
な、何をしているんだアイツは……?
駆けまわる?街中を?しかも苦情が来るほど駆けまわるって……え?
「ここで迷惑が掛かるレベルって尋常じゃないぞ。一体ウサトは何をしたんだ?」
「あたしにもさっぱり」
若い年代の子供が集まる分、ルクヴィスは他の国よりも騒がしい国だ。街中で魔法が飛び交っても道行く人々は気にも留めずに各々の日常を送っている。
「聞いた話によるともうすぐここを通るというので待っているんですよ」
「だから此処に居たのかお前」
「ええ、流石に町中を走り回るウサトさんを見つけるのは骨が折れますからね」
まいったなと言わんばかりに困ったように頭を搔くハルファ。
「今日は随分と話してくれますね」
「あぁ?」
「何時もは話しかけてもまともに会話すらしてくれなかったので、正直とても驚いています」
「………」
確かに……普通に話していたが、確かにハルファとこれだけ話すのはそうそうないことだった。
あたしもキョウもクラス内には友人なんて居ない。全員知り合い程度には顔見知りだが、進んで話しかけてくるようなもの好きはハルファだけだ。
例外としてカーラ先生が居るが、彼女は人間では珍しい差別をしない先生というだけで特別仲が良いわけではない。
「オメーと話すのは今でも嫌だよ。俺達とまともに会話してーならニヤニヤすんのやめろ」
「ははは、相変わらず手厳しい」
フンッと鼻を鳴らしたキョウの言葉に困ったような笑みを浮かべるハルファ。
彼の言うとおり、何時もは話しかけられても無視するか最低限の会話しかしないあたし達が、こうやって人と話すこと自体珍しいことかもしれない。
自分自身無意識だからか自覚することはなかったけど、多分アマコとウサトが来たからだと思う。
まだ会って二日しか経っていないけど二人の存在はあたしとキョウに決して少なくない影響を与えた。
『こっちに来るらしいぞ!?』
『つ、使い魔を隠せ!』
『うそ!?』
感傷のようなものに浸っていると、通りの奥の方から叫び声に似た声が聞こえる。
なんだ?と不思議に思っていると、周りに数人いた使い魔持ちの学生は自分の使い魔を後ろ手に隠し、怯えた様な声を出し始めたではないか。
「え、なに?どういうこと。何この危険な魔物が近づいてくる時みたいな反応」
「何で皆使い魔を隠しているんだ?」
え、え?と戸惑ったように周りを見たキョウとあたし。
明らかに異様な空気が場を支配したその時、大きくなっていく喧騒と共にズンッズンッという鈍い足音が次第に近づいてきた。
人よりも大きな魔物が近づく音に似ている。こんな街中ではありえないだろうけど、一応ローブから両腕を出し何時でも戦えるように籠手を出しておく。
同じく警戒しているキョウと共に通りの奥が見えるように道の先を覗き込むが……道の先はただ大きな門が見えるだけで何もない。
「てか、何でついてくる」
「いやぁ、私も気になって……」
無手のままついてきたハルファを少し睨みながらも再度前を向く。大通りは都市の門にまで道が続いているから先の方まで見渡せる。多少人がいようとも獣人の目を以てすれば鮮明に見える。
ぼんやりとしながらも道の先を見ていると、曲がり角から小柄な何かが飛び出した。
『ヒッ……グェ………ハッ………ハぁッ……』
「ん?ありゃぁ……」
「ナック……?」
飛び出した小柄な何かの正体はナック。
かなりの勢いであたしたちのいる大通りに出た彼は、転びそうになりながらも危なげな足取りでこちらを向き走り始める。
そんな彼の顔は涙やら鼻水やらをたらしているやらで酷い有様だった。とにかく死にもの狂いでこちらへ走ってくる彼を見て何か嫌な予感を抱く。
怪訝に思っていたあたしだが、彼の背後に見えた―――否、いましがたナックが飛び出してきた曲がり角から姿を現した青い塊を見て思考が停止する。
曲がり角から出てきた青と白の塊は、地面を抉られんばかりに地に足を打ち付け急停止しぐるんとこちらを向く。
「え……えええええええええ!?」
こちらに注がれる『一人』と『一頭』の眼光に晒されたあたしはようやく、何が現れたのかを理解すると同時に抑えきれない声を上げてしまった。
重なり合うような二重の眼光。
青と白の二重模様。
恐怖の声を上げ逃げる少年を無表情で追いかける奇天烈怪奇な青白い巨体の正体。
それは大きな熊の魔物を軽々と背負い、死に物狂いで逃げる少年を追いかける異国の治癒魔法使い、ウサトその人であった。
●
「グラディスさんが僕を呼んでいる?」
ウサトの衝撃の訓練光景を垣間見たあたし達。
あたし達に気づかずに訓練を続けようとしていたウサトを呼び止めたハルファは学園長が彼を呼んでいるという旨を伝えた。
そのことを聞いたウサトは、背から降ろした魔物、ブルーグリズリーを撫でつけながら悩むように腕を組んだ。
「………分かりました。じゃ、直ぐに向かいます」
「そうしてくれると幸いです………それで、彼は大丈夫なのですか?」
「ん?ナックのこと?」
ハルファがやや戸惑いがちに見たのは、ブルーグリズリーの背の上で力なく気絶しているナック。
死に物狂いでウサトから逃げていたナックだが、ウサトが彼を呼び止めると助かったとばかりに安堵の表情を浮かべ、その表情のままバタリと地面へ倒れこんでしまった。
「大丈夫ですよ。まだ半日しか走らせていないし、治癒魔法をかけておいたから心配はないと思う。今、休憩を取ったし少し休めば大丈夫さ」
「いやいやいや、そういうことじゃないだろアンタは鬼か!」
普通の訓練方法じゃないのは分かっていたけど、これは明らかに可笑しいだろ!!
半日しかってどんな訓練!?体力をつけるだけならそんなことしなくていいじゃん!?しかも今休憩ってその言い方だと朝方からぶっ続けで走り続けているようにも聞こえているんだけど!?
第一、ブルーグリズリーは獰猛で強力な魔獣として有名な魔物なんだよ!?背中に乗せる魔物じゃない!!
自身の性格すらも崩壊させながら内心そんなことを叫んでいると、目の前にいる鬼畜は何を言われているか一瞬分からないと言った表情を浮かべ困ったように頬を搔いた。
「え、いや……僕程度で鬼はないよ」
あたしの言葉にきょとんとするウサトだが、苦笑いを浮かべそんな事を言い放つ。
え、嘘、本気でそう思っているぞこいつ。
引いている私とキョウ、一方で感心したような笑みを浮かべたハルファは目を遠いものにさせうんうんと頷くだけ。
「…………ええ、流石はウサトさんです」
「お前は思考を放棄するな……!」
癪だけどキョウを除いたこの状況で一番まともな部類のお前が現実から目を逸らすのは許さん……ッ。
というより流石だとかそういうレベルじゃないだろ。通りの学生たちが騒ぐのも無理ない。
基本的にここで学ぶあたし達は野生の魔物とは滅多に戦わない。戦っても大した強さのない魔物か使い魔ばっかりだ。ブルーグリズリーといった強力な魔物は魔素の濃い地域に生息しているから普通じゃ会えない。よしんば会ったとしても、分厚い皮膚と鋭利な爪とその巨体に為す術なく殺されてしまうのが普通だ。
でも今目の前でそんな存在を軽々と背負い鈍い足音と共に街を駆けていた変態治癒魔法使いはなんなんだろうか。前提として人間かどうかを疑うんだけど……。
「ふぁ……おぇ……げはっ…………ぅ」
それに気絶して尚今にも死にそうな状態の彼は大丈夫なのか。
訓練というよりは拷問とか罰ゲームみたいなものだ。
喉に出かかった言葉を飲み込み引き攣った笑みを浮かべたあたしを怪訝な顔を見るウサトは、何を思ったのか得心がいったとばかりに思い付いた表情を浮かべると傍らにいるブルーグリズリーの頭部に手を置いた。
「ブルリン……あっ、こいつの名前なんだけど一緒にこの都市に来た相棒で昨日ようやくグラディスさんから許可を貰えたから連れ出してあげたんだ」
「グルァー」
『良い感じの重さだから重りとして便利なんだ』とどこかズレた発言と共に、一声鳴いたブルリンの頭を撫でつける。対して撫でられたブルリンは煩わしいとばかりにウサトの脚にその腕を叩きつけている。
ブルーグリズリーにガッ、バシッ、と音にならない衝撃音が聞こえるほどの打撃を脚に叩きつけられても尚、彼の穏やかな顔を見て、さらに引く。
「そのブルリンの事は分かったけどよ。何で真昼間から魔物背負ってそいつを追いかけまわしてんだ?辛い修業っていうもんだからもっと別なものを想像したぞ。いや、お前のやってるやつも相当頭おかしいけど」
「ブルリンについては僕の訓練も兼ねてるからおまけなんだけどね。走る事に関してはナックを五日間で強くするには訓練内容を限定するしかなかったからなんだ」
おまけ……あれが?
これまで見た事がない程の迫力でウサトとブルーグリズリーが重なって突進してきた光景は絶叫ものだったよ……。
「僕に課せられた訓練をするには時間も足りないし、僕自身が非情になりきれないからどうしても不十分なものになってしまう。それに万遍なく全身を鍛え上げるなんてそれこそ足りない。……だから彼の足だけを鍛えようって思ったんだ。やることはただ走るだけの単調なものだからそんなには難しい物じゃないよ。怒鳴られもしないし蹴とばされもしない、気絶すらも許される、泣いて許しを請うても聞き流される事もないからね」
『本当の理不尽は人の形をしているんだよ』とカラカラと笑っているようにはみえない笑みを浮かべるウサト。
その顔の壮絶さに、あたしは本物の治癒魔法使いとは恐ろしいものだと認識する。
故郷に帰ったら「治癒魔法使いはヤバイ」と皆に言おう。
「ま、足を鍛えれば、逃げられるし、体力もつく。僕が所属するリングル王国救命団の基本は走る事から始まる。僕が今こうして生きていられるのもその訓練のおかげだし、沢山の人達を助ける事が出来たのも訓練のおかげさ………でもまあ、流石に僕と同じことをナックにはやらせようとは思わないけど」
「因みにウサトさんはどんな事を?」
「魔物蔓延る森に十日間ぐらい放置でその上グランドグリズリー狩ってくるまで帰れない、終わりの見えない重りを乗せての腕立て伏せ、団長の拳を躱せるまで受け続ける訓練、後は―――」
「……いえ、もういいです」
「今の今まで何で生きていられたんだお前……」
内心、こいつ本当に人間か?と疑ってしまう程の体験をしているウサト。団長ってアレだよね、ウサトに治癒魔法を教えたって人だろ?人の皮を被った悪魔じゃないのか……?
頬を引き攣らせるあたしに困ったような笑みを浮かべたウサト。
「最初のうちはつらいとか、逃げ出したいと思った事は何度もある。でもそれも全部必要な事だったから後悔はしていない……と思う。確かに言えることは、ブルリンと会えたのは訓練のおかげってことだね」
色々あった、ということなのか?
どういう経緯でブルーグリズリーと現在に至るような関係になったのかは凄く気になるけど、きっと壮絶なものだったのだろう。それを感じさせるほどの信頼関係が傍目で見て分かる程に築かれている。
主と使い魔という間柄とは違う関係が見て取れる一人と一匹。
彼とブルーグリズリーが映るあたしの視界の中、ぼうっとしていたあたしは―――
「いいな」
無意識にそんなことを呟いてしまった。
その声が聞こえたのか、キョウとハルファが二人してこちらを見る。キョウはともかくハルファに変な気取られ方をしてほしくないので、慌てて取り繕う様に手を横に振る。
「え、あ……いや、その子がかわいいって思ったから……」
「え、まじかよ姉ちゃん。怖くねぇのかよ」
正直、何でこんな取り繕い方をしたのか言った後から後悔した。
キョウはうぇーと言いながら引いているし、ウサトに至っては「そうだよねっ可愛いよね!?触ってみる?」と体をずらしブルリンを見せつけて来る。見せつけられているブルリンはふんっと鼻を鳴らしこちらを睨んでくる。
………。
「い……いや、今は遠慮しておくよ。ウサトも学園長に会わなくちゃいけないから忙しいんだろ?」
「………それもそうだね。ナックの訓練もあるし別の機会にしようか」
ほっと内心で安堵する。
いくら大人しいって保証があっても大きな魔物を触るのにはそれなりの勇気がいる。
「そろそろ僕は行くよ。ハルファさんもグラディスさんのところに行く?」
「私は少し買いたいものがあるので、今日はここでお別れですね」
「そっか、じゃあキリハもキョウも……あ、今日は暗くなったら帰るから……後、申し訳ないけど一応ナックのご飯も用意してもらってもいいかな?」
「構わないよ、一人や二人増えてもあまり変わらないから」
「ありがとう。行こうかブルリン」
そう言うと彼は安堵するような表情を浮かべ礼を言うと、ブルリンに一声かけ学園のある方へ体を向ける。
白い服を着た治癒魔法使いの少年と大きな熊の魔物が……捕まえた獲物のようにもう一人の治癒魔法使いを背に乗せて、横に並んで歩み始める。……なんというか、凄い異様だなぁ。
そんなに長くは話していないのにどっと疲れたような気がしたよ……。
「色々すげぇな、ウサトって……」
「うん、でも、あれは見習っちゃいけない凄さだと……思う」
感嘆するキョウの隣、あたしは視線の先を歩いていく一人と一匹の後姿を見据えてそんなことを呟くしかなかった。
●
ナックの訓練の途中に会ったキリハ達と別れ、僕とブルリンは気絶したナックを連れてグラディスさんの居るルクヴィス学園へと赴いた。
気絶したナックと魔物であるブルリンを外で待たせて、学園の中にある学園長室へ移動した僕はグラディスさんと顔を合わせた瞬間に、彼女に大きなため息を吐かれてしまった。
「滅茶苦茶です」
「はぁ」
困惑したようなグラディスさんの言葉。
やっぱり街中で訓練はやりすぎたか……、リングル王国と同じ感覚でやってしまったけど駄目だったか。
「すいません、次は別の所を走らせます」
「そうじゃなくてですね……?あの、もしかして分かってない?」
「……街中で訓練をしたことをですよね?ブルリンに関しては昨日許可を貰いましたし……思いつくもので言ったらそれくらいしか……」
「確かにブルーグリズリーを連れ出していいと許可は出しましたけどっ!それを歩かせるのではなくあなた自身が背負ってっ!ましてやそのまま街中を走るなんて誰が予想できるものですか!?」
……確かによく考えたら異常だった。
リングル王国の人達に慣れちゃったからだな。いや、魔法の都市なんだから魔物を連れて練り歩く人くらいたくさんいるから走るくらい大丈夫かなと思ったんだけど……うーむ。
「少し、取り乱したわ…………貴方の話は私の方にも届きました。昨日の騒ぎの事も知っているので大体の事情も察しているのだけど、できれば貴方がそのような行動に至った経緯を聞かせてくれないかしら?」
「分かりました」
昨日の広場の騒ぎから、ナックの訓練に手を貸すまでの流れを簡単に説明する。
大体を説明し終えると、グラディスさんは軽く目頭を押さえ困惑するような表情を浮かべた。
「……申し訳ないわ。此処の生徒が貴方に迷惑をかけてしまって」
「いえ、僕が勝手に首を突っ込んだようなものですから……」
「それを抜きにしても彼女……ミーナ・リィアーシアの横行を野放しにしたこちら側の落ち度よ」
あの少女はグラディスさんに問題視されるほどの子なのか。
ガキ大将みたいな雰囲気の子だとは思っていたけど思ったよりもナックが目をつけられていた存在は厄介なようだ。
「学園側から何か言う事は出来なかったんですか?」
「複雑なのよ。責任者という立場にいる私達からすれば援助を頂いているお家のご息女への粗相は信頼の裏切りを意味するの。貴族というのは厄介な存在よ、様々な交流を通じて情報交換を行っている彼等にとって学園の不祥事はそのままの伝搬を意味する……。ルクヴィスは個で成り立つ国ではないわ。多くの貴族や有権者からの寄付で維持されている」
「つまり、あの子には迂闊に注意することも指導することもできないと?」
「そう、なるわ」
何だそれは。
滅茶苦茶過ぎるだろ、グラディスさん達が強気に出れない理由は納得した。この都市の存続に関わる事だからしょうがない。でもミーナが好き勝手するのは違うだろう。
ここが僕の元居た世界の学校ならば、ミーナは我儘放題の問題児でその後ろに居る貴族の親はモンスターペアレントとでも言える。ここが元居た世界の学校だったのならば、まだいくつか救いがある。
だがルクヴィス学園は違う。貴族やそのほかの有権者の後ろ盾が無ければ都市を維持することができないんだ。
ルクヴィスは元居た世界の学校と似ている。いや似過ぎているからこそ、周りとの整合性が取れてないように思える。なんというか皮肉な言い方だけど、時代を先取りしすぎたというのが率直な感想だ。
「……治癒魔法使いの彼を鍛える場所が必要なのね?」
暫し黙りこんでいたグラディスさんが唐突に質問してくる。
「……え、まあ、はい。街中を走るのは流石に自重しようと思ったので別の場所を見つけようかなと」
「それなら訓練場を使うといいわ。少なくとも街中を走るよりは整った環境で彼を鍛える事が出来る筈よ。此処の責任者という立場として生徒間の私闘に口出しすることはできないけど、私個人としては治癒魔法使いの子を応援しているわ。当事者の彼にとっては都合の良い話に思えるかもしれないけど」
確かに都合の良い話だ。
手が出せないとはいえミーナの横行を見て見ぬ振りしたことは言い訳のしようが無い事実。でもそれを糾弾する権利は僕にはないし、責めようとも思っていない。僕なんかが言わなくてもグラディスさんはちゃんと分かっているからだ。
思考を切り替えて、新しい訓練の場についてだ。
訓練場というのは昨日、僕とハルファさんが戦った場所だろう。あそこはかなり広いからナックとブルリンを走らせても大丈夫そうだ。
どのくらい使っていいか、とか授業に出ている学生が来ないか、とか何回か質問すると月一の模擬戦の一週間前は訓練場は常時開放しているので学園が閉まるまでの時間なら使用していいことに加えて、同じ理由で授業での使用も制限されるらしいから使い放題とのこと。
「……それなら早速訓練に戻りますか。ではグラディスさん、騒ぎを起こしちゃってすいませんでした」
「もう街の中を走らないようにね」
柔和な笑みを浮かべ手を軽く振った彼女にお辞儀し、扉を開き出て行く。
さあて、寝ちゃったナックを起こして訓練の再開だ。結構な時間を休憩したからナックももう大丈夫だろうし、僕も僕でナックの訓練の側らで色々試せることはやっておこう。折角の魔法学園だ、僕自身の治癒魔法と系統強化に磨きをかけるのも悪くはない。
我ながら訓練大好きだなと、苦笑しながら元来た道を歩く。
すると、前方から見覚えのある長身の女性が歩いてくるのが見える。
「どうも、カーラさん」
「おぉ、ウサトじゃないか。どうした学園長に用事でもあったのか」
「用事と言うより呼び出されたって感じですね。もう終わりましたけど」
ローズを彷彿とさせる男勝りな口調の女性、カーラさん。
まあ、此処を通っているという事はカーラさんはグラディスさんに用があるのだろう。邪魔するのも悪いので話を切り上げて先を急ごう。
軽く頭を下げてそのまま彼女の横を通って先に進む。そのままナックとブルリンの元へ行こうとすると、何故か行く方向を変えたカーラさんが僕の横に並ぶように歩調を合わせた。
……え、なぜに?
「あの……」
「少し話をしてもいいか?……ああ、私の事なら心配ない。学園長への用もそう急ぐものでもないからな」
それなら構わないのだけど……緊張するな、少し丸くなったローズが隣に居るような気がして落ち着かない。
それに、この人が僕に個人的に話したいことがあるとするならば思い当たることは一つしかない。
「もう気付いていると思うが、私は君の師匠を知っている」
「……ですよね」
僕の上司であり師匠である彼女のことぐらいしか思い浮かばない。
治癒魔法についても理解があるようだから僕としても気になっていたところだ。この機会に色々聞いてみるか。
「団長を知っているという事はリングル王国に居たんですか?」
「ああ、今では此処で教鞭を取らせて貰ってはいるが元はリングル王国の騎士をやっていてな。その折に彼女、ローズさんを知った。その頃の彼女は最年少、しかも女性ながらにして大隊長の地位に上り詰めた実力者でな。彼女は私の憧れでもあり、目標でもあったんだ」
なんとなく救命団の前はそれなりの役職にいたというのは気づいていたけど、大隊長というのはそれほどすごい地位だったのか。今のローズの実力を考えればなんらおかしくはないな。
あの人基本、理不尽だし。
「直接の面識は?」
「あったよ。もう五年以上前になるが今でも覚えている。私は彼女の部下ではなかったが、何度か彼女の手ほどきを受けた事がある。強かった、ひたすらに練り上げた彼女の身体能力は鋼の剣すらも容易に砕いた……」
「うへぇ、あの人どんだけ化け物なんですか」
鋼を素手で叩き割るとか僕でもやったことないわ。機会がないというだけだけどやれと言われても木や岩じゃない限りできる自信はない。
ローズの凄まじい武勇伝にドン引きしたように苦い表情を浮かべていると、そんな僕を見たカーラさんはカラカラと楽しげな笑い声をあげた。
「ははっ、君が言うか? 私から見ても君も相当な部類だぞ? 第一、彼女の治癒魔法の訓練を乗り越えた君はもう常人と言う枠から逸脱していることを理解した方が良い」
「僕はまだ半人前ですよ。少なくとも団長にとっては」
言外に僕も怪物染みてると言われて、少しムッとなる。
確かに僕自身、自分の体がどれだけ強くなっているかは理解している。でも流石にローズと一緒のカテゴリーにいれられるのは、ローズにも失礼だし僕自身納得いかない。
別に彼女のような『強さ』を手に入れたいわけじゃない、僕は僕なりに彼女の救命団というスタンスを尊敬していて、そんな彼女に治癒魔法使いとしての自身を認めてもらうのが目下の目標なんだ。
今の僕では彼女が決めた合格ラインには程遠い。悔しいことにね。
「私から見れば、君は十分すぎるほどの実力を持っているんだがな。少なくとも君ほどの年齢であそこまでの系統強化をしたものは見たことがない」
「………どういう経緯で団長は救命団を?元は大隊長っていう凄い地位にいたんですよね?」
無償の称賛ほどこそばしいものはない。
これ以上褒められると舞い上がってしまうので照れながらも、話題を変えることを試みる。しかし聞いたことが不味かったのか、一瞬意表を突かれたようなギョッとした表情を浮かべたカーラさん。
「えと、何かマズい事でも聞いてしまいましたか……?」
「いや……彼女が救命団という組織を作ったのは魔王が復活する前になる。今ほどではないがリングル王国はその前から魔族と小競り合いをしていてな。こちら側から仕掛ける事は決して無かったが、元から相容れぬ種族同士、顔を合わせた次の瞬間には剣を抜くことも少なくは無かった」
魔王が復活するその前から魔族とのいざこざはあったのか。
しんとした廊下の先を見据えながらその時の、平和であっただろうリングル王国の風景を思い浮かべてみる。……思ったより今と変わっていなさそうだな。変わらずに賑わっていそうだ。
「今と変わらずに亜人との確執はあれどそれでも平和だった。だが、あんなことが無ければ……」
「あんなこと?」
「……いや」
疑問の声にしまったとばかりにそう返したカーラさんは誤魔化すようにコホンと咳払いをする。なんだそのさも何か隠してますよ的な態度。怪しい、怪しいよカーラさんっ!
問い詰めてみようかな、と思い聞いてみようと口を開こうとするとそれよりも早く隣を歩いていた彼女が足を止めた。
振り返ると、神妙な顔をしたカーラさんが僕を遠くを見るような目で見ていた。
「やっぱりこれは私が話していいことじゃない。聞きたいならば、本人から直接聞くべきだ。ただこれだけは言える、君は………ローズさんにとってとても大事な存在だ」
「そんな大袈裟な……」
冗談を言っている風ではない。
一体、彼女が知るローズに何があったのだろうか。
……分からん、どんなに考えても全く見当がつかない。第一、僕が大事な存在ってどういう意味だ。大事な団員……とういうのは似合わないけど、そう言われたほうが分かるのだけど。
って、そうこう悩んでいるうちにカーラさんが反対方向に歩いて行ってしまった。ひらひらと手を振って廊下の先へと消えてしまった彼女を茫然と見送る。
「…………はっ!立ち止まっている場合じゃなかった!!」
ナックを訓練する時間が無くなってしまう。
今日は軽く走らせて体を慣れさせなきゃならないんだ。せめて明日には治癒魔法と走る両方の動作を並行してできるようにしないと。
バッと後ろを振り向いた僕は小走りで先を急ぐ。
カーラさんとの会話で思ったより時間を潰したのか、一分と経たないうちに入口付近にいるブルリンとその背にグデーっと布団のように乗せられているナックのもとにたどり着く。
「待たせたね、ブルリン。……さーて、ナックを起こさなきゃ」
何十分も体を休めればもう大丈夫だろう。
全く、僕も甘い。ローズなら確実にこんなに休ませはしなかっただろう。
白目を剥きよだれをたらし寝ている?ナックを声をかけつつ揺する、数秒ほどのそれを繰り返すとうめき声とともにナックが目を覚ました。
「大丈夫?」
「あ、あれ……ウサトさん?お、俺……何で寝て……あ、ああ、そうだ今怖い夢が……怪物に死ぬほど追いかけられて………」
「んん?」
どうしたのだろうか。
怖い夢と言っているけど、短時間の睡眠の方が悪夢を見やすいって聞いたことあるし気にするまでもないか。見たところ体は大丈夫だし、早速移動しようかな。
「じゃ、行こっか」
「え」
「え……って、やるんでしょ?」
僕の顔を見て硬直するナック。
まるで何を言っているか分からないといった表情を浮かべている彼に首を傾げる。そしてようやくブルリンの背にいることに気付いたのか、自身が手をついているブルリンの背を見ると再度の硬直。
ギギギッと擬音が付きそうな鈍い動きで僕を見るナック。
「やる、とは?」
「訓練の続きだよ」
瞬間、ナックの瞳から光が消えた。
日記を予想してくれた人もいるかもしれませんが、今回からはそのままナックの修業編に移りたいと思います。




