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第五十七話

本日二話目の更新です。

56話を見ていない方はまずそちらを

「……帰ってきたらなんでこんな賑やかになっているんだ……?」


 治癒魔法使いの少年が住んでいる場所が分からなかったので、キリハ達の住む寮に運び込んでしまった。今は少年が寝ている部屋の中でキリハとキョウに問い詰められているが、正直、彼を僕が借りている部屋に寝かせたのは良いが、家主であるキリハにどう説明していいか素直に困った。


「別にその子を連れてきたことは責めてないよ。どう見ても大丈夫な顔をしていないのは分かっているからね……」


「本当に助かるよ……」


「で、ソイツは一体どうしたんだよ?連れてきたのには理由があるんだろ」


 ベッドに寝る少年を指さしたキョウが説明を求めてきたので、今日あの広場で起こったことを話してみる事にした。説明を続けるにつれ、キョウとキリハの表情が苦虫を噛み潰したものへと変わる。


「ウサト、そいつはミーナだよ……」


「俺が言うのもなんだけど、お前は面倒事に首突っ込むのが好きなのか?」


「し、失礼な!僕だって好きで巻き込まれている訳じゃないよ!?」


 心外だ、まさかキョウに呆れられるとは露とも思わなかった。どっちかというと広場の件は犬上先輩が企てたものだ。

いやそれよりも、あの少女はミーナという名前だったのか。高飛車というか我儘っぽい雰囲気だったけれどその通りの人物なのか?……キリハとキョウの表情からしてかなり性質の悪い子に思えるけど。


「はぁ……それで、そのミーナって?」


「貴族の娘だよ。……あまり良い噂のない小娘だ」


「……」


「多分だけど、ウサトもその子を助ける時に見ただろう?アイツは相手がどんなに傷ついていようとも笑って魔法を当てるような奴だ。たっぷり甘やかされて育ったんだろうね……常識の欠片もない」


「おまけに執念深いときたもんだ。目をつけられると碌な事にはならねぇぞ?」


 キリハも初めて会った時は殴り掛かってきたけど、あれは自分と仲間を守るために行ったことだ。そこにはちゃんとした理由もある。

 でもミーナという少女にはモラルが無い。取り巻き達も笑っているあたり面白がってやっているようだが、こちらからしてみれば悪質極まりない。正直、少年の現状を度外視するのなら、彼らをしばいて歯向かえなくするべきなんだろうけどそれは先輩の言う通り根本的な解決にはならない。


「ま、やるだけやってみるよ」


「大丈夫なの?一週間でその子を強くすると言っても、今日と当日の七日目を差し引いたら実質五日しかないじゃないか?」


「一応だけど、方法がないわけじゃない。かなりの無茶をしなくちゃならないけどね」


「無茶……ねぇ」


「僕が上司から受けた訓練を彼に施す。幸い治癒魔法を扱える状態でスタートできるから僕の時よりは苦しくはないけど……無茶な事には変わりない」


 僕とはスタート地点が違うから大分楽だとは思う。

 しかし、大事なのはこの子の意思、この子が戦う事を拒否すれば無理強いはしない。

 無理だと言われたら、後であの少女に謝りに行く。……報いを受けさせるとか怖いこと言っていたのが中々に怖いけど。


「まずはこの子が起きないことには始まらないね」


「………じゃ、もう一つあんたに聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」


「ん?別にいいけど」


 さっきとは違い微妙な表情で質問しようとしているキリハ。なんだろうか、何か他に気になる事でもあったのかなー、としらばっくれつつジト目の彼女から目を逸らす。

 あえて目を合わせない僕に嘆息したキリハは背後の扉を開け放つ。


『それから私はウサト君と共に魔物がはびこる森を脱出したのさ!』


『凄い凄い!二頭のブルーグリズリーを撃退するなんて!イヌカミもウサトもおかしい!!』


「あれ、どうするのさ?」


 開いた扉の隙間から、居間の方から聞き覚えのある声と聞き覚えがあるが明らかにテンションそのものが違い過ぎている声が聞こえてくる。

 しょうがないとはいえ、先輩を此処に連れてきてしまったのは不味かったかなぁ。獣人であるキリハとキョウにとっては僕以外の人間が増える事はあまり好ましくは思えないだろうし。

 ……というより何であの人は、サツキと談笑しているのだろうか。サツキもサツキで朝の寡黙な様子とは違った笑顔を見せているし……一体何をしたんだ……。


「アマコから勇者の事は聞いているから、悪い人じゃないのは分かっている。けど…サツキとこんなに相性が良いなんて思いもしなかった」


「なんだか俺、あの女は苦手だ……」


 キョウが消沈するようにそんなことを呟いた。

 多分だけど、この部屋に来るまでにテンションの高い先輩に色々話しかけられたのだろう。あの人は一応年上だし、年下であろうキョウの抵抗の言葉なんて簡単に受け流して自分のペースに持ち込むことも容易だろう。


「悪い人じゃないのは本当、むしろ凄く良い人なんだけどね………うん、もう少ししたら帰らせるよ」


「いや、せめて夕飯くらいはご馳走するよ。折角来てくれたんだし………断られないよね?」


 何で不安そうに聞いて来たのか気になるけど、あの先輩が嫌がる筈がないので大丈夫と伝えると、彼女は安堵するような笑みを見せ「よかった」と呟いた。

 その言葉の意味をどう捉えていいのかは分からず少しだけ疑問に思ってしまうが、キリハが夕食の準備に取り掛かるために部屋を出て行ってしまったのでその言葉の意味を聞きようがない。部屋に残されたのは僕とキョウと未だ眠っている少年のみ。


「さて、と」


 やることといえば、この少年の様子を見て看病するしかないんだろうけど、なんだか妙に居心地が悪い。扉の隣の壁に背を預けているキョウが後ろからジッと見ているからだろうか。


「なあ」


「ん?」


 暫しの沈黙が部屋の中を支配した末に、遠慮気味な声でキョウが僕に声を掛けた。何気なく声を掛けてきたのかなー、と思いつつ寝ている少年の方を向いたまま生返事を返す。


「悪かったよ。初めて会った時、勝手な事言っちまって」


「………え」


 突然のキョウの謝罪に思わず彼の方へ振り返ってしまう。振り返った視線の先にいる彼は照れ臭そうに頬を掻き目を合わさずにそっぽを向いていた。

 これまでの態度とはうってかわっての彼の発言にただただ驚いていると、照れくさそうにしていた彼がそのままぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした。


「最初は……お前みたいな貧弱なやつがアマコを守り切れるか疑ってた。でもよ、今日のお前の戦いを見て考えを改めさせられた。弱い治癒魔法使いなんかじゃない、悔しいけど……アマコがお前を選んだのは正解だった」


 ……この場合、不幸中の幸いというのかな。

 ハルファさんとの模擬戦は意外な効果をもたらした。面倒な事態を引き起こしていたばかりではなく、彼に僕を認めさせる要因にもなっていた。初めて此処に来た時はどうでもいいと言ったけどずっと険悪な仲は嫌なものだ。だから彼の言葉は素直に嬉しい。

 昨日の夜の時のような敵意満々の目つきはとうに消え去っている彼に思わず笑みが零れてしまう。


「な、何で笑うんだよ……」


「いやぁ、君は本当にアマコのことが好きなんだなぁ、と思ってね」


 それに、アマコの事を本当に心配している所も微笑ましい。


「はぁ?」


 しかし、返って来た反応は照れるでも怒るでもなく、困惑。まるで何言ってんだと言わんばかりに僕の方へ顔を向けた彼は、呆けた表情で僕を見た。

 少々予想とは違う彼の反応に僕は思わず、「え、違うの?」と呆けた声を出してしまった。


「勘違いしているようだが、俺はアマコが好きな訳じゃねーよ」


「そうなの、僕はてっきり君がアマコの事が好きだとばかりに思っていたんだけど」


 少し過剰すぎるくらいにアマコを心配していたからそうだとは思っていたのだけど、違っていた?

 思わず腕を組み考え込んでしまった僕に、呆れた様にため息を吐いたキョウは「しょうがない……」と呟き口を開いた。


「俺がアマコの事を気に掛けていたのは……なんつーか、俺たちとアマコが会ったとき、アイツは凄く危なかっしい奴だったからだ。このままフラッとどっかに行ったら、そのまま消えちまうんじゃねぇかって位にな」


「……アマコが……?」


「放っておけねぇ、そう思ったが俺じゃあアマコを止めることができなかった。ったくよ、母親を助けるのも大事だけどよ……自分が駄目になったら元も子もねぇじゃん……」


 いろんな国を点々としてきた彼女が遠く離れたルクヴィスに来るのはとても辛い道のりだったに違いない。キョウの話の一端を聞くだけでも彼女が当時どれだけ危うい状態に居たかがよく分かる。

 リングル王国に居た二年間は、彼女に安心できる場所が出来ただけではなく、荒んでしまった彼女の心を癒す時間にもなったのかもしれないな。


「認めたくはなかったけど、アマコの母親を助けられるのも、アマコ自身を助けられるのもお前だけだ。……俺じゃあ絶対に無理なことだ。だから……ウサト、頼む」


 彼の言葉にしっかりと頷く。

 キョウは僕が思っていた以上に優しく、素直な人だった。思えばハルファさんとの模擬戦の時も真っ先に忠告してくれたのは彼だ。

 彼が言っていたことはみんな僕に対してのきつい言葉だったが、その実は仲間達を心配してのものばかりだった。ただ少しだけ粗暴に見えるけど、根はとても優しい人なんだなぁ。


「………というより、何で俺がアマコを好きにならなくちゃならねーんだ?年下だしどうみても年不相応に貧――――――いってぇ!?」


 突如大声を出してその場から飛び跳ねるキョウ。僕も驚いて思わずのけぞってしまう程の大声を上げた彼はその場で尻を抑えて蹲り苦悶の表情を浮かべている。

 何者かの襲撃、そんな考えが僕の脳裏によぎるが、次の瞬間にはそんな懸念はすぐに氷解した。蹲った彼を背後からアマコが無表情で見下ろしていたからだ。


「……キョウ、それ以上言ったら怒る」


「あ、アマコ……お前……尻尾を思い切り掴むのは反則だろ……っ」


 手をワキワキとさせながら見下ろしたアマコの瞳は何処か空虚さを感じられる威圧感を放っている。心なしか何時もの彼女とは違うスゴ味がある……キョウはアマコの逆鱗に触れてしまったのか……。

 女性にそう言う話題は禁物とは聞いたことがあるが、まさかアマコがこんな風になるなんて……今度からアマコをからかうのはやめよう、ああはなりたくない。

 呆然とその場を見守っていると隙を見計らって扉から逃げ出そうとしたキョウが、アマコに足払いをかけられ転ばされていた。逃げ出す事すらも不可能な程の予知魔法の使い方に僕は恐怖しか抱けない。


「ちょ、ちょっと待って」


「誰が貧相?私でも我慢できない時もある、次言ったらただじゃ済まない」


 冷たい目でキョウを見下ろしたアマコにキョウは怯えるような声を上げる。


「わ、悪い!悪かったって!!」


 尻尾を抑え、へこへことアマコに許しを請うキョウ。その姿にさっきまで僕に謝罪をしていた潔さは何処にもない。なんだか見ていて虚しくなる光景だ……。

 密かに戦慄していたが、このままではキョウの立つ瀬がないことに気付いた僕は目の前の彼を少しだけ憐れに思い助け舟を出すことにした。


「あー、アマコ?何か用かな?」


「……うん」


「キョウ、僕の代わりに先輩の様子を見に行ってもらってもいいかな?僕はちょっとアマコと話すから」


「わ、分かったっ」


 尻尾を押さえのそりと起き上がったキョウは肩を落とし部屋から出て行く。悪いのは失言をしたキョウなんだけど、あの哀愁漂う背中を見ると憐れに思ってしまう。

 僕の機転でこの場を離れることができた彼の背を無言で見送ったアマコはこちらを向く。ジッと訝しむような視線に晒された僕は、そっと顔を斜め上に向け目を合わせないようにする。


「………」


「な、なに……?」


「別に……もうすぐその子が起きる頃だと思って」


 数秒ほど無言で見つめた彼女だが、視線だけ寝ている少年の方へ向けるとそう言い放つ。予知している訳じゃなさそうだが、何か含む言い方だな。


「顔見知りなの?」


「……予知で顔を合わせた事がある」


「どんな子だった?」


「誰からも信じて貰えなくて、誰も信じられなくなってしまった可哀想な子。私が二年前に見た予知の中の彼は自分の現状をただ甘受するだけの人だった。私より年下なのに……厳しい今を生きている」


 ……重くない?

 それ僕にどうにかできるレベルの少年には思えないのだけど……?ローズなら無理やりなんとかしようと考えるんだけど、僕にはあの人のような暴虐ができるとは思えない。


「大丈夫、ウサトならできる」


「簡単に言ってくれるよ」


 今更無理といってもしょうがない。

 まずは話してから、この子の意思を聞かなくちゃ始まらない。額を押さえ、天井を仰ぐと少年の顔を覗き込んでいたアマコが、部屋の隅にある木椅子を僕の隣に引っ張り座る。


「起きるよ」


 こちらを向いたアマコがフードを被りながらそう言った。

 今度は予知で見たからこその言葉と判断した僕は、彼女に頷き少年の方へ体を向ける。数秒ほどすると、寝ている少年が唸るような声と共に目を開ける。

 乱雑に切られた髪の毛から覗く瞳には隈が酷く、よく見ると碌に食べ物を食べていないのかげっそりとしている。どう見ても健康体に見えない彼の瞳がギロリと僕とアマコへ向けられる。


「………」


「………」


「………」


 僕を含め、一様に無言。

 話してみないと分からないとは言ったが、近くで見ると凄い眼力だな、目をギリギリ覆う髪の毛のせいで割増しに怖く感じる。正直、初めて門で会った時睨まれてるとは思ったけど勘違いなのかもしれない。そう思えるほどの目力だ。

 ……ま、僕は慣れてるから大丈夫なんだけど。


「昼間の事は覚えている?」


「……う……うん」


「君の名前は?」


「ナック……。貴方は……ウサト、でしょ?同じ治癒魔法を使う……隣の人は分からないけど……」


「ハルファさんとの模擬戦を見ていたなら僕の事を知っていて当然か……ああ、隣のこいつは気にしなくても良い。……まずは君が気絶した後の事を説明するよ。落ち着いて聞いてね」


「は、はい……」


 彼が気絶した後の話、犬上先輩が取り付けた勝負について事細かく説明する。彼の顔からどんどん血の気が引いていくように青くなる。

 話し終えると、彼は恐怖を押し隠すことなく自身の腕で体を抱きしめ、震えだした。


「お、オレ、何でそんなことに……」


 案の定、ショックを受けるナック。

 その反応もしょうがない。僕だって勝手に勝負を取り付けてしまった事には責任を感じている。でも、それ以上に彼の現状は危うかった。


「そうしなくちゃ君が危なかった」


「それはっ、オレは治癒魔法使いだから……」


「いいや、僕が来た時には相当痛めつけられていたんだろう?どれだけの間痛めつけられていたかは分からないが、魔力切れを起こす程に酷使した君にミーナはさらに攻撃を加えようとした。……断言するよ、君はあのままミーナに魔法を撃たれ続けていたら死んでいた」


 学校をさぼってまでする事じゃない。

 魔力切れさせるまで集団で攻撃を加えるなんてここの学生は暇なのかと思う程の呆れ具合だ。


「……っ」


「でも………君があそこまで痛めつけられる原因を作ってしまったのは僕だ。僕の軽はずみな行動が君を危険に晒してしまった。本当にごめん」


 膝に両手を乗せ頭を下げる。

 僕が頭を下げ慌てるナックだが、僕が謝らなくちゃいけないのは当然の事だ。恐らくだけど、あの苛めっ子集団による暴行はあそこまで過激じゃなかったはずだ。毎度毎度あんなものならとうの昔にこの子は死んでいる。

 僕がこのルクヴィスという魔法主義の国で治癒魔法使いとして【力】を見せてしまったばかりにミーナのプライドを傷つけた。だが、ハルファさんに勝った僕に手を出せないと見た彼女はその言い様の無い怒りを、同じ治癒魔法使い……ナックへと向けた。


「た、助けて貰ったから……大丈夫です!だからっ顔を上げて、ください……っ」


 慌てたナックの声で顔を上げる。

 これは僕の責任、だからこそ僕は彼に選ばせなければならない。顔を上げた僕は彼と目を合わし、


「じゃあナック、単刀直入に聴く。君は一週間後……ミーナと戦うことができるか?」


「…………」


「正直に答えてくれ」


 そう言葉を投げかけると少年は俯き、自身にかけてある布を強く握りしめる。まるで何かしらの感情を押し殺すかのようなその所作に言い様のない心情になるも、少年、ナックが口を開くまで待つ。


「無理……です」


「……理由を聞かせて貰ってもいいかな?」


 出来ないのではなく、無理。

 明らかな拒絶とも取れない言葉に首を傾げつつ理由を問うと彼は、自身の手に治癒魔法の光を灯しそれを僕に見せる。


「貴方は、ちゃんとした(・・・・・)治癒魔法使いなんでしょ……?欠陥品の、オレの治癒魔法じゃ……無理、なんだ」


「欠陥品……?」


 欠陥品?治癒魔法がそう呼ばれているのではなく、ナックが扱う治癒魔法がそう言われているのか?

 どういう意味だ、文字通りの欠陥品ということを指しているのか、また別のことなのか……僕の困惑を察してか彼は自らの掌を見ると、悔しげな表情でポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。


「オレは、自分しか治せない……ここに来る前は治せたはずなのに……出来なくなっちゃったんだ……」


 他者に治癒魔法を行使できなくなった?

 治癒魔法の系統強化の副作用の逆のようなもの……?僕のように系統強化をするような子ではあるまいし、それはありえないが―――。


「……いつから?」


「気付いたのは、一年位前……いつも通りにミーナ達にいじめられて……帰りに怪我をした誰かの使い魔が傷ついているのを見て……それで」


「治癒魔法が自分以外に作用しないと知った……と?」


 僕の言葉に頷くナック。隣を見ればアマコも困惑しているということは彼女も予想していなかった事態ということになる。

 だが、何で治癒魔法が他人に使えなくなった?ローズからそういう例は聞いたことがない。魔力の濃度が極端に薄くなったから?……いや、突然はないだろうし、オルガさんのように生まれつきでもないし、何より彼の手に燈っている治癒魔法の光は僕とそれほど変わらないものだ。

 考えられる可能性は、集団でのいじめによる心因性の何か……?


「………」


 ……深く考えないようにしよう。

 これ以上考えると、僕が冷静にいられる自信がない。今は彼の治癒魔法の問題の所在よりももっと考えなくちゃならないことがある。


「治癒魔法は、人を治すだけの魔法だから……オレの魔法は壊れて……使えなくなっちゃった……」


「ウサト……」


 アマコはこの状況がまずいと感じたのか、こちらを心配そうに見上げてくる……が、こと明日から行う訓練に関しては彼が他人を治すことは必要ない。

 僕は陰鬱な表情で俯くナックに笑いかけ、彼の肩に手を置く。


「大丈夫だよ。君を強くするには他人を治す治癒魔法は必要ない」


「え?」


「僕が君に聞いているのはミーナと戦う覚悟があるか……そして五日間、僕の訓練に耐えられるだけの意思があるかどうかだ」


 問題は治癒魔法じゃなく、覚悟の問題―――正直、明日から行おうとする訓練は君にとっては地獄になるだろう。……割とシャレにならないレベルで。

 だからといって僕は手を緩めるつもりもないし、優しい言葉をかけるつもりもない。そんな厳しい訓練を最後までやり遂げる意思と覚悟があるかどうかを今、僕は君に問い掛けているんだ。

 それに―――。


「壊れて使えなくなった?欠陥品?人を治すだけの魔法?それに……僕がちゃんとした治癒魔法使いだって?全部的外れ。ナック、君は治癒魔法を正しく使おうとし過ぎている」


 間違っちゃいけない。

 僕はちゃんとした治癒魔法使いなどではない。本当に正しい治癒魔法使いとはオルガさんやウルルさんのような人を治す事だけに特化した治癒魔法使いの人達のことだ。


「僕が師匠に当たる人から施された訓練でまず始めた事はただひたすらに自分を治す事だった。だから……それだけで良いんだ。それだけ出来るのならば君をいたぶって来た連中をぶっ飛ばす為の訓練をするのに十分すぎる」


「は?……え?」


 僕の言葉が衝撃的すぎたのかナックは口を半開きにして呆けている。

 苦笑しつつも、続きの言葉を紡ぎ続ける。


「ま、ようするに……君に治癒魔法を教える訳じゃない。五日間であの小娘を圧倒できるレベルにまで鍛え上げると言っているんだ」


「オレが……ミーナを?」


「勿論、簡単じゃない。明日から僕が君に課す訓練は想像を絶するほど地味な事に加えてきつい。血反吐を吐こうが、泣きわめこうが、気絶しようが、僕の治癒魔法がそれをさせない。もう一度聞くぞナック、君はミーナと戦う覚悟があるか?」


 流石に血反吐は誇張したけど、嘘は言っていない。……僕は吐かなかったから大丈夫。

 十数秒ほどの沈黙の後に口を瞑んでいたナックが遠慮気味に口を開く。


「あの……それ、ミーナと戦うよりも訓練の方が怖そうなんですけど……」


 ………………うん。


「……否定は、できない」


「ウサト……」


 アマコ、僕を残念な人みたいな目で見るのはやめて。

 実際問題、ナックを強くするには僕と同じようなローズ印の訓練をするしかないから。というよりそれ以外の魔法の訓練を知らないからこれしかない。でも絶対僕の時より楽だから、大丈夫なはず。


「ま、まあ……嫌なら僕が頭を下げて来る。だから無理して戦う道を選ばなくても良い」


「………」


 俯いたナック、どんな答えが出ても何も言うつもりは無い。

 勝たせるうえでは君を訓練しなくちゃいけない立場にある僕がこういうのもなんだけど、実の所、訓練で地獄を見た僕のような経験をさせたくないという気持ちもある。

 走っては気絶、そして治して走る、その繰り返しを延々と繰り返すことが救命団の治癒魔法使いの基本。これの本当の地獄は先の見えないことにある。朝から晩まで休みなしに延々と走り続けさせられる精神的苦痛。治癒魔法で疲れても怪我してもないのに、足に痛みを感じさせる違和感。

 ―――精神をすり減らす過酷な訓練。

 だが、それには必ず結果が伴っている。……凄く複雑だけど。


「こんなオレでも……勝てるの?」


「絶対とは言い切れない。でも決断に見合う結果は必ずついてくる。僕がその証明だ」


 流石に殴り飛ばす訓練はしないけど。てか、あれをやったらナックが死んじゃう。

 僕の言葉を聞いたナックは、少しだけ躊躇する素振りを見せつつも意を決したようにこちらを見上げる。その目は相変わらず暗く、淀んでいたが、微かな光が灯っているように見えた。



「やる……。やってやる……オレ、ミーナを倒すよ……っ、だからオレを……オレを強くしてください……!」


「よく言った!」


 僕がローズの代わりに成りえるなんて思ってはいないが、同じ治癒魔法使いとして彼を……ナックを救命団印の治癒魔法使いとして鍛え上げる。

 僕はそう心に誓うのだった。






 





「訓練は明日から始める。今日はちゃんと栄養を取ってしっかりと睡眠をとるようにね」


 彼がミーナと戦う事を決意したが、最初の問題はナックの体の状態。

 多分だけど、碌に何も食べていない状態だったのだろう。顔色も治癒魔法で大分良くなっているが、治癒魔法で補えない程の不健康さが目立っている。

 治癒魔法で疲労は治しても栄養とかを補えるわけじゃないから、食べる事は大事だ。

 僕も訓練の後は、栄養を取る事の重要さに気付いたね。もう体の細胞が食べ物を欲していると叫んでいるあの感じ、本格的な訓練が始まったその日の夕食なんて思わず涙してしまったほどだ。いやぁ、トングに飯を横取りされた時は、もうこの世界に来てから一番キレたと言っても過言ではなかったなぁ。


「あの……」


 懐かしい思い出に耽っていると、不意に周りをきょろきょろと見回しだしたナックに気付く。そういえばここが何処だか説明するのを忘れていた……って、あ。


「ここって……どこなんですか?」


「あー」


 どう説明しよう。

 素直に此処がキリハ達……獣人の子達が住む家と教えていいのだろうか。

 この子が亜人を虐げるような子ではない事は見て分かるのだが、どうしようか。


「ウサト」


「ん、どうしたのアマコ」


 何時もの如く僕の服の裾を引っ張る彼女に呼ばれそちらを向く。フードを被り顔の下半分しか見えない彼女は、扉の方を指さそうとするもしまったとばかりに固まってしまった。


「ごめん、遅かった」


 え、何が?

 そう聞き返そうとしたその瞬間、背後にある扉が勢いよく開け放たれ何者かが入り込む。その時点で僕はもう色々察しつつも振り返る。

 視界に映るはサツキを抱え笑顔で扉を開け放つ先輩の姿。


「ウサト君!この子持ち帰っても良いかな!?………って……あれ?」


「駄目だって言ってんだろ!アンタ本当に勇者か!?ウサトッ止めてくれ!」


 そして彼女の後ろから掠れた声で助けを求めるキョウ。

 物凄い笑顔で僕を見ていた彼女は、起き上がったナックに気付くと直ぐに素面に戻る。アマコは頭を抱え、ナックは先輩に抱えられているサツキと背後に居るキョウ、そして呆れた風にフードを外した隣のアマコを見て、パクパクと口を閉口させながら僕と彼らを交互に見ている。

 ナックの前に座っている僕を見てまずいと悟ったのか、抱えたサツキを下ろした先輩は何故か照れながら頭に手を置いて、てへっと言わんばかりに―――


「ご、ごめんね?」


 ―――そうのたまいやがった。

 この後、混乱するナックに状況を説明するのにかなりの時間を要したのは言うまでもないのだろう。


本日の更新はこれで終わりです。

次話から、ナックの特訓扁が始まります。


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