閑話 ミアラークで
二日目、二話目の更新です。
今回は閑話、エリシャ視点でお送りいたします。
お姉ちゃんのお父さんに会うために獣人の国に行くことになった。
でも勇者集傑祭が終わった直後に国に帰るのではなく、そのまま向かうことになるとは思わなかった。
お姉ちゃんがそれくらいお父さんに会いたかった……って感じではないんだろう、多分。
物心つく前から川に流され捨てられ、唯一のお父さんとの繋がりは名前が記された短刀のみ。たったそれだけの繋がりで、絆を感じるとは思えないので、多分お姉ちゃんはただ漠然と父親という存在を見ておきたいんだろうと思う。
家族との感動の再会もなく、会って話してそれでおしまい。
いわば、この“寄り道”はお姉ちゃんが納得するための旅路とも言える。
―――まあ、お姉ちゃんとその父親との邂逅はまだちょっと先だ。
今、私たちがいるのはミアラーク。
獣人の国がある手前、湖の上に存在する水上都市に訪れている。
そして、そのミアラークの中の城のさらにその奥に存在する地下に存在する湖。
関係者以外足を踏み入れることができないその場に、私とお姉ちゃんと先生……そしてカームへリオから同行した元勇者のランザスさんと彼に付き従う治癒魔法使いのレイン君はいた。
「本来は限られた人間しか足を踏み入ることを許されていない場所だが、今回は特例だ。心配はしていないが失礼がないように頼む」
城内の広間から先生が使うような魔術で地下に降りた私達を、ミアラークの勇者であるレオナさんが先導してくれる。
彼女の言葉にランザスさんが申し訳なさそうにする。
「申し訳ありません。私のために無理をしてくださって……」
「気にしなくてもいいさ。貴方の身体のこと、そして身の安全の保障することはカームへリオ、そしてウサトからの正式な依頼でもあるからな、むしろ、貴方の現状を見過ごすことの方が問題だ」
わぁぁ、本当にかっこいい人だなぁレオナさん。
なんというか、お祭りで集められた勇者の皆さんの中で一番“勇者”って印象に合っていて、それでいて優しくて頼もしいから憧れちゃうなぁ。
それに比べて……。
「……エリシャ。どうしたの? 私のことを見て? お腹すいた?」
「はぁぁぁ……」
「え、ため息?」
……現在進行形でのほほんとしているお姉ちゃんは、普段はとても勇者に見えないもんなぁ。
やる気を出していればお姉ちゃんもかっこいいのに……。
というより、お姉ちゃんもそうだけれど、それ以上に前を歩く先生なんて挙動不審になってしまっている。
「先生、ワクワクするのは分かりますけれど、もっと落ち着いてください」
「い、いやいや、高揚とかそんなんじゃないよ。なまじ人より感覚が優れているから、この先にいる存在のやばさが分かっちゃって……ハッ!?」
顔を見たらこれ以上なく顔を青ざめさせている先生が、一際大きな湖の方を見て猫のように肩を震わせる。
瞬間、湖の水面が膨れ上がり、なにか巨大な生き物が水しぶきと共に姿を現していく。
『———よく来たな。レオナとウサトからは話は聞いている』
現れたのは巨大な龍。
飛竜とは明らかに異なる大きな、とてつもない力を持つ魔物の枠を超えた存在。
全身がボロボロで、それでも生物として遥かに格が上と感じれてしまうその龍に、私は圧倒されてしまった。
事前に話を聞いていたけど、なにも聞かされずに会ったら声をあげてびっくりしていたかもしれない……!
「は、はは、話には聞いていたけれど、実際に会うと圧倒されてしまうな……」
『魔術を修め、人の枠を超えた魔術師か。ふむ……魔術が廃れたこの時代に、独力で人の枠を超える者がいたとは大したものだ』
「っ。そう仰っていただき光栄です。神龍ファルガ様」
普段は飄々とした態度は崩さない先生でさえも、緊張した様子だ……。
そういえば、ウサトさんの使い魔のネアさんと顔を会わせている時もこんな感じだったような気がする。
「フフフ、これまで人並み以上に生きていた身だけど、こうも立て続けにとんでもない存在と会うと聊か自信を失いそうだよ……」
「先生、旅の疲れが出た? 年だから?」
「……」
「いひゃいいひゃい」
のほほん、としたお姉ちゃんに笑顔のままイラついた先生がその頬をつねる。
なにをやっているんだ、と見ていると、その間にファルガ様の視線がランザスさんに向けられていることに気付く。
『そして、お前がランザスか。ウサトから話は聞いている』
「……はい」
『お前の肉体・魂が無事か確認しよう。悪魔と完全に融合し生還した前例のないものだからな時間がかかるぞ』
大きな瞳に見られ息を呑むランザスさん。
傍にいるレイン君を自然と後ろに下がらせながら、彼は勇気を振り絞るようにファルガ様を見上げる。
「私は、悪魔の誘惑に負け取り返しのつかない過ちを犯した愚かな人間です」
『……うむ』
「そのような自分が、無償でファルガ様の厚意に甘えていいのか……」
これは私の考えだけれど、ランザスさんは過ちを犯したけれど、取り返しがつかないほどの罪は犯していないと思う。
だってその前にウサトさんが止めちゃったし、街の怪我人も結果的に全員治療されてしまっている。
結果が良ければ罪はない……とまで言わないけれど、確実に断言できることはランザスさんを乗っ取った悪魔の手で死んだ人間はいないということだ。
『常人が悪魔の誘惑に打ち勝つことは非常に難しい。奴らは心の傷を開き、弱さを引き出そうとする狡猾な存在だ』
「……っ」
『ランザス。お前は確かに悪魔に惑わされ罪を犯した。だがその上で、私はお前が弱い人間だとは思わん』
「それは、なぜ……ですか」
声を震わせるランザスさんに、ファルガ様は答える。
『お前は悪魔の影響下に置かれても尚、良心に咎められ最後の一線を越えることはなかった。自分の身が大事ならば、迷わず行動に出てもおかしくないはずだった』
「いえ、ですが私は結局悪魔に乗っ取られて」
『それは悪魔がそうせざるを得ない状況に追い込まれたからだ。そうでなければ、お前との融合などという無茶はしない』
追い込まれた……?
あ、でも確かに正体を現したときは、なんかもうヤケクソー!! みたいな感じで自分から正体を現してたし、見方を変えればああいう暴挙に出るくらい追い込まれていたって考えることもできるんだ。
『お前は確かに間違いを犯したが、それは取り返しのつかないものではない。あまり、自分を責めるな』
「……はい」
穏やかな声で諭すファルガ様に声を震わせながら頷いたランザスさん。
それから、ファルガ様はその大きな瞳に魔術の文様を浮かべながらランザスさんの身体を調べはじめた。
「……恐ろしいくらいに洗練された魔術だね」
「先生と比べてどれくらい凄い?」
「比べることすらも烏滸がましいくらいさ。まさしく、格が違うとも言っていい」
ファルガ様の魔術を見て、先生が息を呑んでそう口にする。
ファルガ様の言葉通りにしばらくの間は、ランザスさんの身体を診る時間が続く。
『……ふむ。魂については問題はない』
「ほ、本当ですか!?」
『うむ』
一時間ほどが経った頃、魔術を消し去ったファルガ様の言葉にレイン君が喜びの声を上げる。
それを咎めることもなく、ファルガ様は穏やかな声色で続けて言葉を口にしてくれる。
『悪魔の魂の残滓も残っておらず、魂そのものも欠損もなく通常そのものだ。魂の融合と聞いて、多少なりとも影響が出てもおかしくないと予想していたが……』
「悪魔との融合による精神汚染の類は全くないということですか?」
ファルガ様の呟きに、興味を惹かれた先生がそんな質問をする。
それに対してファルガ様は頷く。
『ああ。こうも綺麗に引き離すとは、光魔法の補助があったとはいえ本当に凄まじいな。……魔力操作の類もここまでできれば最早別物だな。まったく、話題に事欠かない男だ』
ウサトさんのことかな?
魔力操作と聞いて真っ先に頭に浮かんだけれど、隣のお姉ちゃんも先生も「ウサトかな?」と小さく呟いているし、なんならファルガ様の近くにいるレオナさんも「ウサトのことか……」と口にしてしまっている。
なんかウサトさんって色々な方向で印象に残りすぎているなぁ。
『魔力に関しても、元々有していたであろう容量そのものが抜き取る形で封印され、なかったことにされた状態になっているので、こちらも問題はない』
……改めて考えてもランザスさんって壮絶な状態だったんだろうなって思ってしまう。
常に大の大人でも音を上げそうな痛みに小さい時から耐え続けてきたなんて、ものすごい心の強さだと思う。
『しかし、これまでと同じ生活を送っていいというわけではない』
「私の立場上そうなっても仕方ありませんね」
『いいや、そういう話ではないのだ』
ファルガ様が首を横に振る。
『これまで貴様は膨大な魔力を有していたことから、肉体を常に酷使させられてきた。貴様自身は今の状態でさえも改善していると認識しているが、それは勘違いだ』
「か、勘違い、ですか?」
ランザスさんは普通の人にとっての痛みもなにもない健康な状態というものが分からない。
だから、痛みがなくなっただけで彼にとっての普通以上に身体が良くなったってことになってしまう。
そのことを踏まえたファルガ様は、困惑した表情のランザスさんを見下ろす。
『貴様がこれからするのは適切な環境での療養だ。まずは傷ついた心と肉体を時間をかけて癒やせ』
「時間をかけて……」
『そういう意味では自然に囲まれた獣人の国はお前にとって最適な環境とも言えるだろう。国の干渉もなく、憂いなく普通の人間としての日常を過ごすことができるのだからな』
ということは、ランザスさんとレイン君も獣人の国に行くことが決まったわけなんだ。
もう一度深く頭を下げて「感謝申し上げます」とランザスさんが口にしたその後、そのお礼を受け取ったファルガ様の視線がこちらへ向けられる。
『お前たちも獣人の国に用があるという話だな』
「はい。私の教え子であるリズの父が獣人の国にいるという話をウサトから聞き、彼女の希望を叶えるべくこの地を訪れました」
『その話も聞いている。……しかし、なんというべきか、奴も妙な縁を引き寄せていくな。まさか獣人族の前族長の娘とは……』
それは私も本当に思う。
なにがどうしたらお姉ちゃんの父親のことを知ることになったんだろう。
結構悪いことをしようとしていた人らしいし、聞くのが怖いけど。
『お前たちが獣人の国に向かう件もウサトが話を通しているだろう。獣人族、現族長のハヤテも温厚な人物なので心配はいらん』
獣人の人たちの領域に行くので不安もあったけれど、温厚な人が族長さんならまだちょっと安心できそう。
……お姉ちゃんが変な問題を起こさなければ。
それからファルガ様から、私たちがここに滞在する期間、そして念のために日数をかけてランザスさんの経過を見るという旨を聞かされる。
『さて、おおまかな話は終えたな』
そして、それらの話を全て話し終えたところでファルガ様は軽く一息をついた後に―――ランザスさんを見下ろす。
『ランザス。お前に聞きたいことがある』
「はい? なんでしょうか?」
『お前は、悪魔と融合していた時の記憶はあるか?』
「……はい。全て、覚えております」
改まった様子のファルガ様のその言葉にランザスさんは苦々しい顔をする。
それも当然だろう。
だって、自分の身体を乗っ取って都市を破壊しようとしていた記憶なんだから……。
『ならば、その記憶を魔術で確認しても構わないか?』
「え、ええ、それは構いませんが……なぜ?」
『……』
どう返していいか思い悩むファルガ様。
数秒ほど悩んでから、彼は少し言いづらそうな声色を発する。
『お前の視点からのウサトの動きを確認したい』
「……なるほど。そういうことですか」
「え、先生分かるの?」
お姉ちゃんの言葉に、先生が苦笑いする。
「ウサトの視点からじゃ、なにをしているのか分からないことが多すぎるからねぇ。多分だけれど、悪魔とウサトの戦いは……言葉では言い表せない常識はずれなものだっただろうから」
『そうだな。奴の性質の悪いところは可能と判断したら即座に実践する柔軟さにある。奴の視点のものだけでは、情報があまりにも不足しすぎている』
「ひ、否定できない……」
ファルガ様とレオナさんが同意した!?
しかもこの話の流れだと、どちらもウサトさんの記憶を見たっぽい……?
「そういうことでしたら、どうぞ。その……正直なところ私自身、悪魔を通して全て見ていましたが、彼がなにをしているのか半分も理解できませんでしたので……」
『うむ。では手短にやらせてもらおう』
苦笑するランザスさんに、ファルガ様がその瞳に浮かべた魔術を発動する。
瞬間、ランザスさんの額の上あたりに魔術の文様が浮かび上がり、それは空中に鏡のようなものを展開する。
そこには―――、
『空は飛べないけど、ぶっ飛ぶことはできるぞオラァ!!』
いや、なんで???
青色の爆炎を引き起こしとんでもない速さで突っ込んできたウサトさんが正面から激突してくる衝撃的な光景。
いるのは空中? ぐわんぐわん、と視界が回転し急停止すると視界には、今度は蹴りを叩き込まれる。
『っ、なんだその動きはぁ!! だが、そんな分かりやすい軌道!』
悪魔に融合されたランザスさんの声。
それと同時に空中に五つの竜巻が作り出される……けれど、とんでもない規模の魔法を前にしてもウサトさんは連続で引き起こした爆発を推進力にし、空中を蹴るようにジグザグにぶっ飛ぶように自由自在に駆け、翼で飛んでいるはずの悪魔を一方的に翻弄し———、
『こくえん!!』
『治癒爆裂波ァ!!』
黒炎と治癒魔法が合わさった衝撃波で視点の主である悪魔を吹き飛ばした。
あまりの情報量に理解が追い付いていないうちに吹き飛ばされた悪魔を追ってさらに爆発して加速? したウサトさんの纏う黒い魔法が鋭角な形になって、空を切り裂くように追ってくるのが見えて———、
『一旦、止めよう』
———と、ここでファルガ様が魔術を一時的に止める。
「「「……」」」
私たちは竜巻の対処とか避難誘導とかしていたけれど、まさかここまでとんでもない戦いをしていただなんて思わなかった。
というより、本当の本当にあの人お祭りの時は全然本領を発揮していなかったんだ……。
『原理としてはおかしなことはしていない、か。ウサトは単純に闇魔法の力を借りているだけで、奴自身は特別なことはしていない……はずだ。……続きを出すぞ』
少し自信なさげに聞こえる声でファルガ様が再び魔術を発動する。
それからもまだ戦闘は続き、ウサトさんのとんでもない挙動が連続で続いていく。
私たちがカームへリオの訓練場やお祭りで見たのは、本当の本当に一端でしかなかったことを理解させられてしまった。
でも、一番怖かったのが……。
『オラァ!!』
『げふぁぁ!?』
ランザスさんの演技をして隙を作ろうとした悪魔を微塵も動揺せずに跳び蹴りを叩き込み―――、
『ぐぁ!? ちょ、私は悪魔では———』
『お前はよぉ!!』
叩き込まれる緑の光を放つ拳。
『がっ、あぁ?! 身体を取り戻し、元に——』
『そういう三文芝居はなァ!!』
激情とは裏腹に恐ろしいほどに正確な連打に反撃どころか、防御の出どころすらも潰される。
『戻おごぉ!?』
『もうやった奴がいるんだよォ!!』
『テメェ一旦殴るのやめろぉぉぉぉ!!』
ついには演技をやめ苦しみの声を上げる悪魔。
怖い、と思うと同時に凄いと思う。
私だったら戦闘の最中に、こんな演技をされたら絶対手が止まって致命的な隙を作ってしまっていたから。
そういう意味でこの判断の速さは尊敬してしまうくらいに凄い。
「え、ら、ランザス様。その、大丈夫でしたか……この時」
衝撃的な光景を目の当たりにしたレイン君が、あわあわと口元に手を置いて声を震わせる。
それに対してランザスさんは困ったように微笑み、レイン君の頭に優しく手を置いた。
「正直怖い部分もあったけれど、それ以上に嬉しかった。この時、彼はレイン……君が慕ってくれる私がそんな命乞いをするはずがないって、そう言ってくれたんだ」
「え……」
「だから痛みも、融合されていた恐怖も耐えられた。私も、ウサトと同じように戦おうって心を強く保つことができた」
静かにそう言葉にしたランザスさん。
融合されていた時の彼がどんな心境だったか、きっと想像できないくらい辛いものだったに違いない。
それでも彼が耐えられたのは、どんなに無理と言われてもランザスさんを助けようとしたウサトさんの存在が大きかったのかもしれない。
『カロンの時から変わらないな、奴は』
「ええ、それが彼です」
ランザスさんの話を聞き、そう呟いたファルガ様にどこか誇らしげにレオナさんが返す。
『どのような苦難にあっても決して折れない心こそが、奴の最も強い武器……か。以前、似たようなことを奴に行ったが、今もそう思わさせてくれる』
映し出された魔術を目にしながらファルガ様が口の端を歪めた。
その時、映像の中のウサトさんが拳を視界の主であるランザスさんに押し付けながら何かの技を発動させる
『治癒振動拳!!』
視界が緑に染まり、震える。
その反応はウサトさんが施していた魔力回しを加速させる訓練以上のもの。
苦悶を上げ、身動きすらできない状態に追い込まれた悪魔に、思わず引いてしまう。
『……同時に問題児であることは変わらないがな。一年前はまだ常識の範囲内……』
そこまで口にしたファルガ様が不自然に硬直する。
数秒ほどしてから、唸りながらまた言葉を発する。
『……だったような気がしたがそうでもなかったな』
「前言撤回が早すぎます。ファルガ様……」
少なくとも一年前からファルガ様が認めるほどに常識はずれな存在だったみたい。
あの人が普通の状態だった時があったのだろうかって気になってしまった。
ランザス視点、ウサトがマジ切れしながらタコ殴りにしてくるので本当に恐怖でしかありませんでした。
次回、第十九章開始です。
更新は明日の18時を予定しております。




