第四百九十七話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いいたします。
救命団に泊まらせていただいてから、早くも二週間くらいが過ぎてしまった。
人間は慣れる生き物とはよく言うけれども、貴族として生きていた私でもこの救命団での生活に慣れてきた。
救命団第二宿舎、私とベルが住まわせていただいているところの家事の手伝い。
手伝いをすることをベルは止めたけれども、私だって泊まらせてもらっている恩を返したい。多少無理を言って、宿舎の中の掃除などを率先して行うことにした。
「ふぅ、これで洗濯物は干せましたね」
目の前に干されているのは洗われた訓練服と、ベッドに使われていたシーツ。
規則正しい間隔で並べられ、風に揺られているそれらを見た私は満足気に何度も頷く。
「ミリアちゃん、すぐに慣れちゃいましたね」
「その調子で手慣れてくれば、ボクもどんどん楽ができるな」
そんな私を見ていたのはフェルムさんにキーラさん。
二人は今日の掃除当番のようで、洗濯以外に宿舎内の掃除もやっているみたいだ。
今は洗濯や掃除、それと調理の準備にも慣れてきたけれど、最初のうちはそんなこと全然したことないから本当に大変だった。
「皆さんが親切に教えていただいたからです」
でもそんな私にも救命団の方々は色々なことを分かりやすく教えてくれた。
特にスズネさんとネアさんにはとてもお世話になった。
「貴族の家と聞きましたけれど、やっぱり掃除とか料理とかはしたことがなかったんですか?」
「それは……まあ、はい」
「わ、わぁ……なんか、現実味がない……」
「なんか自堕落になりそうだな」
お二人からすれば貴族というものはおかしなものに見えているのかもしれない。
「フェルムさんは元から面倒くさがりでは?」
「言うようになったなお前」
軽口をたたくキーラさんをフェルムさんが睨む。
そんな視線をものともせずに干した洗濯物へと視線を移したキーラさんは「あっ」と声をあげる。
「ちょっとフェルムさん。こんなに適当に干したらシワができちゃうじゃないですか。これ、貴女がやったものですよね」
「シワができても着たら全部同じだろ」
「同じじゃありませんよ! あっ、服重ねて干してる! 生乾きになっちゃいますよ!」
「分かった分かった。ちゃんとやるから……はぁ」
ため息をつき、再び洗濯物を手に取るフェルムさん。
彼女が干しなおしている姿を確認したキーラさんは、今度は私の方に顔を向ける。
「ここでの生活には慣れました?」
「はい。おかげさまで」
近くにはお兄様もいるし救命団の人だけじゃなく、リングルの街の方々もみんな親切な方ばかりなので最初に感じていた不安も綺麗さっぱりなくなってしまった。
「むしろ実家よりも居心地がいいくらいです」
「そ、そうなんだ」
重い期待を向けられることもないし、信用できない両親もいない。
自分の責務を投げ出したというわけではないけれど、久しくなかった本当の自分を表に出せたことは、思っていた以上の解放感があった。
「すっかり馴染んでて私も安心したよ。やっぱりナック君の妹だね」
「そう言われて嬉しいのですが……なんだか、お兄様の妹というところに含みがあるのはなぜ……?」
「打たれ強いところとか?」
「……精神的にですよね? 物理的ではないですよね? キーラさん?」
にこっ、と可愛らしく微笑むキーラさん。
ど、どっちだ? いや、普段のお兄様の訓練風景を見るとどっちの意味にもとれてしまう。
「でも、貴族とはまったく違うここの生活はとても楽しいです」
「うん。楽しいよね。分かるよ」
私と同じなのかキーラさんが嬉しそうにはにかむ。
「いつかは……ミリアちゃんも救命団に入りたいって思うかもしれないね」
「え、思いませんけれど……」
即答する私にきょとんとするキーラさん。
少し呆然とした後に彼女はまた口を開く。
「入りたいって思わない……?」
「はい……」
「……えっ……」
「あの……なぜそこでショックを受けるのですか……?」
え、ここでおかしいのは私?
そんなこと言われるなんて思わなかった……みたいな顔をするキーラさん。
普段のあの訓練を見てどうして救命団に入りたいと思うのだろうか。せめてウルルさんのように診療所勤めなら全然前向きに考えるけれど。
「残念……ミリアちゃんが後輩になってくれるならよかったのに」
「キーラさんが先輩になってくれるメリットとここに入って地獄を体験するデメリットが釣り合ってない……」
「えっ」
「なんでもありません……」
いや、あのキーラさんが先輩として教えてくれるのはとてもいいとは思うんです。
なんならスズネさんやネアさんとかもそうなるわけだし。
「ミ、ミリアちゃんもなんだかんだでここに来てからしばらく経つね」
「あ、はい」
「私としてはもっとここに居てくれると嬉しいけれど、あとどれぐらいここに滞在できるの?」
あとどれぐらい……か。
思えばリングルに来てから最初のうちは不安でいっぱいだったなぁ。
ウサトさんとスズネさんにリングル王国へ向かう途中で拾われて、それからお兄様と再会して、救命団でお世話になって……ん? あれ?
「……私ここに何日いる?」
あれあれぇ!? 最初は五日か七日くらい滞在しようかなーって考えていたのに気づけば二週間以上滞在している!? 全然気づけなかった、というか無意識に気づかないようにしていたか!?
「もう五日とかすっかり超えて滞在しているんじゃないですか!?」
「も、もしかして気づいてなかったの……?」
「ここの居心地が良すぎて現実を直視できていませんでした……!!」
思わず頭を抱えてしまう。
すると、洗濯物を干しなおしたフェルムさんが欠伸をしながらこちらへ戻ってくる。
「終わったぞー……頭抱えてどうした?」
「もう二週間以上滞在していることに気付いてなかったみたいです」
「……? ウサトでもそんな勘違いしないぞ」
本当になにをしてたんだ私は。
浮かれすぎにもほどがある。
お兄様も気づかなかったの!? いや、私のことを想ってくださっているお兄様のことだから気づいた上で黙っていたのだろう。
うぅぅぅ、と悶絶していると第二宿舎の裏口から昼食の下準備の手伝いを終えたベルが、手拭いで手を拭きながら出てくる。
「ベル! 大変!!」
「はい?」
そんな彼女に私はあたふたとしながら駆け寄る。
エプロンを外し、きょとんとしたベルに私は事情を説明する。
「私、ここに二週間も滞在してる!! 本当はもっと短い間のはずだったのに!!」
「はい、存じております」
「存じております!?」
べ、べべべベルも気づいていたの!?
気づいてたなら言ってくれてもいいのでは!?
「お嬢様がこんなにも年相応に過ごされている姿なんて久しくなかったことです」
「いや、それは……」
「ご実家に戻られても、貴方様は年不相応な振る舞いを強いられてしまいます」
うっ、それは事実ではあるけれど……。
でもさすがに二週間以上もここに滞在しちゃうとあの親がしびれを切らして行動を起こしてしまうかも。
私の懸念を理解しているのか、ベルは安心させるように笑いかけてくれる。
「ご安心を、お嬢様。旦那様には既に文を送っております」
「え、どんな内容を……」
「リングルで見聞を深め、多くの重要人物と縁を結べるよう努めている、とお伝えしました」
「????」
多くの重要人物???
いや、思い当たる人物はいる。いるにはいるけれど……。
「目論見通り、リングルの王族と関係がある方々と縁を結ぶことができると知った旦那様はお嬢様の滞在を許されました」
「え、あの、そのそういうのって勝手に書いていいの? 嘘だってばれたら……」
「いえ、嘘ではないのでご安心を」
嘘ではない……?
王族と関係がある方々との縁が?
「お嬢様が滞在期間を失念している間に私からスズネさんとネアさんにご相談させていただきまして、このような策を提案してくださったのです」
「お二人が……!?」
「実際、スズネさんとウサトさんはリングルの王族と交友を持つ立場にありますので、嘘はまったくついていないのです」
王族と話せるなんて普通じゃ考えられないことだ。
貴族ならなおさらで、立場が違いすぎるので謁見するのだって相当大変なはず。
「因みにウサトさんとスズネさんはどのような反応を?」
「……存分に名前を使っていいと、仰っていただきましたが……」
「いや、さすがにそれは……」
「滞在の延長を許可されなかった時はウサトさんを筆頭にした……その……トングさん達救命団員一団がご実家に向かってお話を聞きに行くかもしれない、と」
「実家を滅ぼすつもり!?」
あのお兄様に対してものすごくだだ甘な面々がお兄様に辛い仕打ちを与えた両親の元に!?
……いや、ちょっといい薬になるかなって一瞬思っちゃったけれど。
「ウサトさんはオーガジョークと仰っていましたが、正直冗談かどうかは分かりませんでした」
「冗談だろうけど、必要になったらウサトさんはやりそう……」
スズネさんも加えて絶対ノリノリだったことだろう。
「……ふぅぅ」
気持ちを切り替えるように深呼吸を繰り返す。
結局、また私はここの人たちにまた助けられてしまった。
本当に申し訳ないし、感謝の気持ちでいっぱいだけれど、これ以上迷惑はかけられない。
「……ずっとはここにいられない」
「……お嬢様」
「いくら日にちを伸ばしても私はあの家を出ていったわけじゃないから」
それに、ずっとここに居たら本当に帰りたくなくなってしまう。
ついさっきまで長く滞在していたことすら自覚できないくらいに「心地のいい場所」って思ってしまってた。
「私……帰るよ。家に」
「よろしいの、ですか?」
「うん。私にはあの家でやらなきゃいけないことがあるし、途中で投げ出すわけにはいかない」
お兄様の帰れる場所を作る。
救命団の環境を見たらもう必要ないかもしれないけれど、自分で決めたことだ。
お兄様が戻ってくるかどうかを抜きにしても、途中で投げ出したくない。
「出発の方はいつになされますか?」
「……三日後。今度はちゃんとお別れの言葉を言いたいから」
「かしこまりました」
前は私に知らされる前にお兄様はルクヴィスに入学させられてしまったから、別れは言えなかった。
だからこそ、次はちゃんとお別れの言葉を言って、しっかりと再会を約束をするんだ。
いつの間にか泊まりすぎていたミリア。
そして、完全に救命団に染ま……馴染んでしまったキーラでした。
今回の更新は以上となります。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。




