第四百八十八話
二日目、二話目の更新です。
今回はアウーラさん視点でお送りいたします。
故郷を捨てることは自分が思っていた以上になんてことなかった。
フレミア王国魔法研究部門。
文字通りに魔法について研究するところに私達幼馴染3人で所属していたけれど、そこは魔法研究とは名ばかりのお飾りのような場所であった。
直属の上司は魔法に関する知識が浅く、同僚も形だけの研究資料をまとめ、挙句の果てに経費の私的な流用を行うという腐敗ぶりすら見せていた。
一週間職場に通うだけでも、ほとんどの同僚が研究どころか顔すら見せないことにはさすがに唖然とさせられたっけ?
『そんな気合なんていれなくても平気だよ。ここじゃあ、研究しているそぶりだけ見せていればお金をもらえるから。一年も経てば君たちも慣れるさ』
自分もそうなったのだから私たちも腐らせよう。
そんな魂胆が透けて見える上司の言葉を表面上は笑って受け流し、私もイマちゃんも、エリンちゃんも従うつもりはなかった。
怠惰に満ち溢れた環境も私達はむしろちょうどいいと思ったから。
誰になにを言われることも無く、三人でいつものように好きなことを好きなだけ研究できるから。それが家族に見放されてきた私たちが今までにしてきたことだ。
―――そして、その残された自由までも王家は、家族は奪い取ろうとした。
ほぼ無理やり勇者に任命させられたことはまだよかっ……いや、全然よくなかった。
あれのせいで実家が掌を返して干渉が強くなってうんざりさせられたし、なにより私は貧弱だし、他人と関わるのがそれほど得意じゃない。
私たちは自由に、魔法を研究できていればそれでよかった。
それなのに、王家は私たちを最悪の形で国に縛り付けようと、褒美や情なんていう安っぽいもので縛れると本気で思い込んでいた。
———どうでもよくなった。
カームへリオから帰国した当日にそのことを知った私は、説得することすらバカらしくなった。
それ以前までは国を出るとは考えていたけれど、国を捨てるとは考えていなかったから。
私たちは知ってしまった。
外の世界……というより、一人の魔力革新の擬人化みたいなとんでもない人を。
ウサトさんは私たちにとって劇薬だ。
たった数日の交流で私たちは自分たちがどれだけ無駄な時間を過ごしていたのかを理解させられてしまったのだから。
●
そして今、私はリングル王国にいる。
到着したその日にウェルシー先輩に迎えられ、信じられないくらいスムーズにリングル王国お抱えの魔導研究の職にスカウトされ、住むところまでも用意してくださった。
私達のことを伝えてくれたウサトさんとイヌカミさん、そして受け入れてくれたウェルシー先輩には本当に頭が上がらない思いだ。
この恩は、全力で働いて返そう。
そんな意気込みのまま、リングル王国に到着したその翌日に私達は早速、ウサトさんの動きを見ることのできる幸運に恵まれていた。
リングル王国騎士団長、シグルスさんと救命団副団長、ウサトさんとの模擬戦。
目的はウサトさんに戦いを経験させるというものではあるけれど、それでも彼の戦いにおける一挙一動はあまりにも普通とはかけ離れているので絶対に目を離せない。
「ヴェリアさん、引き続き魔視で見てほしいのですが……大丈夫ですか?」
「はい……!! この日のために目を回さないための訓練してきましたから……!! バケツも持ってます!!」
「む、無理をしないようにしてくださいね?」
この場にいるウェルシー先輩と、彼女の部下である先輩方も同じく真剣な面持ちで記録をとろうとしている。
魔視持ちのヴェリア先輩なんてウサトさんの魔力回しを見て目が回って酔ってもいいように桶を抱えているほどの覚悟だ。
私達もその覚悟を見習わないと……!!
「私も目を離さないようにしなくちゃ……!!」
「こんな機会フレミアじゃ全然なかったもんね!」
「ワクワクします……!」
今一度気合を入れる私に続いて、イマちゃんとエリンちゃんも構えを取るウサトさんとシグルスさんに注目する。
ウサトさんはカームへリオで見た時と同じような、足を半歩開き、右腕を軽く突き出すような構え。
シグルスさんは緩く構えた木剣を右手に持ち、軽く掲げた左手に炎の魔力弾を浮かべたちょっと特殊な構えだ。
「初手です」
シグルスさんの掌の上の炎の魔力弾が一層に燃え上がり、それからいくつもの炎が礫のようにウサトさんへと飛ばされる。
魔力弾を掌の上に維持しつつ、火の粉を飛ばすように飛ばした。
あまり見ない魔力弾の使い方に目を見張る一方で、ウサトさんはその場を動かず回避するそぶりも見せないまま直撃———、
「……は?」
―――したが、火の粉はウサトさんの体を素通りするようにして後方へ飛んで行ってしまった。
え、な、なんで? 通りすぎた?
今、確かに火の粉はウサトさんに当たったはずなのに、弾かれるわけでもなく、燃えるわけでもなく……むしろウサトさんの体をなぞるように後ろへ滑っていったように見えた。
『ウサト、今なにしたの……?』
『治癒弾きとかじゃないよな、さっきの……? ネアの魔術でもボクがやったわけでもないし……』
「飛んできた炎を直撃部位に展開した魔力弾で受け、そのまま魔力回しの要領で、衝撃を散らさず直撃部位をずらすように滑らせた。……まだ未完成だけど、カズキとの訓練でなんとなくできそうな気がしてたんだ」
今恐ろしい呟きが聞こえた気がする。
今、心底恐ろしい呟きが聞こえた気がする。
私たちの戦慄をよそにウサトさんは満足そうな顔で腕を組む。
「フッ、名付けるなら治癒滑り。治癒弾き、治癒流しに連なる対魔力弾に特化した技だ」
『ぜってぇ。対魔力弾とかだけじゃないだろソレ』
魔力を受け流す。
魔力回しの要領で?
向かってくる魔力弾を?
直撃する位置を正確に読んで?
尚且つ、それを的確なタイミングで受け滑らせる?
……。
……、……。
「「今は考えないようにしましょう」」
「ウゥっ……」
多分、私と同じ結論に至ったウェルシー先輩と偶然声が重なる。
そしてそのすぐ傍には桶を抱えた状態でウサトさんの魔力回しを見て酔い始め、えづきはじめたヴェリア先輩もいる。
控えめに言ってこちらも混沌とした状況になっているけれど、まだ始まって数秒しかたっていないのがなにより恐ろしかった。
「今度はこちらから行きます!!」
っ、ウサトさんが動いた!!
彼がその場から消えたと錯覚するくらいの速さでシグルスさんに迫る。
「動きが正直すぎます!!」
「ッ!」
接近に即座に反応したシグルスさんが木剣で柄で遮るようにウサトさんの拳を打ち、その手に浮かべた炎の魔力弾を―――その手に浮かべたまま弾けさせた。
「っ」
系統強化の暴発……じゃなく、魔力弾に魔力を送り込み迸らせたんだ。
ウサトさんが間近で火炎に包まれた、と思いきや彼はまるで炎を脱ぎ捨てるように払ってしまう。
「え、炎を……いえ、あれは、ウサトさんの治癒残像拳!」
「体の表面を弾力を持つ魔力で覆って炎を防いだんだね!!」
「なんて判断力!!」
最早、残像とかそういう使い方じゃないでしょ、という指摘は今更だけれど!!
私達3人が声に出して驚くも、彼らの戦闘はさらに激化していく。
「はぁぁ!!」
ウサトさんの動きが止まったその隙を逃さないシグルスさんが、未だに浮かんでいる炎の魔力弾に重ねるように木剣を潜らせ、その刃に炎を纏わせた。
「魔力弾に複数の役割を持たせている……? っ、そうか!」
あれならいちいち魔力を放出するよりも、流れるように技を繰り出せられるんだ!!
あらかじめ魔力弾を作り出し、複数の機能を有するものとして状況によって攻撃手段を切り替える!!
なんて、理に適った魔力弾の使い方なんだろう!
「「……ッ!!」」
瞬間、シグルスさんとウサトさんの動きが一気に加速、いくつものなにかがぶつかるような音が訓練場に鳴り響き、二人がその場から弾かれるように距離を取った。
白煙を緑の魔力に包まれた右腕で払ったウサトさんは、そのまま左手を添え恐ろしい濃度の魔力を内包した魔力弾を一瞬にして生成し———、
「ふんっ!!」
拳で打ち出すように放った。
明らかに普通の魔力弾とは異なるソレを前にシグルスさんは剣を両手で握るように構え、気迫と同時に炎の魔力をその刀身に走らせ、さらに凝縮させ赤熱する刃へと変えた。
「———ッ!!」
赤い軌跡を描いて振るわれた斬撃は、緑の魔力弾を切り裂くと同時に爆炎を引き起こした。
治癒の緑の粒子と夥しい爆風が訓練場に吹き荒れのけぞりそうになるけれど、それでも気合で踏ん張って彼らから目を離さないようにする。
「……やはり、ローズの教え子だ。一筋縄ではいきませんな」
「それはこちらの台詞です。さすが、カズキと先輩の師匠です」
二人ともなんてことのないように語ってるけれど、とんでもない。
ウサトさんの技の多様さに目を引いてしまうけれど、シグルスさんも尋常じゃない。
これが、戦いの最前線を経験した人たちの戦い。
「……」
この時だけは自分が体を動かすことが得意でないことが悔しい。
彼らの動きをちゃんと見たい。
見て、どんな魔法を使っているのか、どのような魔力の使い方をしているのか知りたい。
でもそんなことを悔いている時間はない。
今、私がするべきことは最大限にまで集中してこの戦いを見て、記録することなのだから。
残像拳とかいう攻防一体すぎる技。
そして、地味に再登場した魔視持ちのヴェリアさんでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




