第四百八十四話
二日目、二話目の更新です。
今回はナック妹の視点でお送りいたします。
「話がしたい」と、夕食の後にお兄様からそう切り出された。
兄妹なんだからそんな畏まった誘い方なんてしなくてもいいのでは? そんな言葉が喉元まで出かかったけれど、お兄様の真剣な表情を見てそれなりに大事な話だと悟った。
静かなところで話すということで、救命団の宿舎を出た私とお兄様は静かな外の景色を眺めながら歩いていた。
「……思えば、こうやって歩くのも久しぶりだ」
「そうですね。お兄様、私がここに来てからも昼間はずっと走っていますもんね」
「うっ……そうだったっけ?」
「そうです」
別にそのくらいで拗ねるわけじゃないけれど、やっぱり実家に住んでいたころとは全然違っている。
私の記憶の中のお兄様と比べて背も伸びているし、なにより顔つきに弱弱しさがなくなっている。
「昔は私かミーナお姉さまが外に連れ出して駆け回っていたのに、今では本当に真逆ですね」
「……確かに。あの頃の俺は運動とか率先してしなかったなぁ」
昔を懐かしむように目を細めるお兄様を横目で見る。
「ミーナが屋敷に引っ込む俺を外に連れ出して、あの頃はあの頃であいつも強引だったよなホント……いや、当時の俺も引きこもりすぎではあったけど」
「……本当、お兄様は……変わり……ましたね」
「そんな複雑そうな顔で言われても……」
本当に当時の大人しかったお兄様と比べると、変化が凄すぎて……。
でも、お兄様の口からミーナお姉様の名前が出るとどうにも気になってしまう。
「実はここを訪れる前にミーナお姉さまに連絡をとったんです」
「え、そうなの? ……いや、それも当然か。お前の手紙もミーナを経由して渡されてたし」
「お兄様はミーナお姉様のことを恨んでいますか?」
ミーナお姉さまはお兄様にしていたことを後悔していた、なんて野暮なことを言うつもりはない。
でも、それとは別に酷い仕打ちをしたミーナお姉さまのことをお兄様はどう思っているのか聞いておきたかった。
「あ、私のことは気にしなくてもいいですよ? 別に私と仲が良かったから仲直りしてほしいだなんて毛ほども思っていないので」
「そ、そう……」
一応釘を差しておくと、なぜか引かれてしまった。
「……正直、俺とミーナのことはよく分からない」
「分からない?」
「うん。でも、いつか力をつけたあいつと戦うって約束したから、その時俺も負けないくらいに強くならなくちゃならない。……黙ってやられるわけにはいかないからな」
……。
「……はぁぁぁぁぁぁ」
「なんでため息?」
思っていたよりも悪感情を抱いていないし、仲直り以前にいずれ戦う宿命の相手って感じに認識されてる。
これに関してはお兄様に非はなく、素直に謝れずみっともない執着を見せたミーナお姉様が悪い。
むしろなんで縁を切られていないんだろうか、あの人。
「ここらへんでいいか」
と、大きなため息をついてしまっていると、不意にお兄様が足を止める。
それに合わせて周りを見ると、そこは朝歩いたところとは違う訓練場がある広場で、その近くの原っぱに私とお兄様は座る。
「……今日、話そうと思ったことだけどさ」
「はい」
そんな畏まっていったい、なんなんだろう?
こちらを向いたお兄様は、なにか意を決したような顔つきになると勢いよくその頭を下げてきた。
「ごめん。お前をあの家に置いて行ってしまって」
「……へ?」
思いもよらない言葉に思考が停止する。
お兄様が私を置いていった?
……そんなこと思ったことなんてなかった。
だって、お兄様は私なんかよりずっと辛い境遇にいたし、ウサトさんの力添えもあったとはいえ、自分の力で救命団の一員として生きる道を進んだ。
「ずっと、気がかりだった。あの家にお前を置いていったこと。……兄として妹を守ってあげられなかった。それなのに、俺は自分のことしか考えていなくて……。ルクヴィスで一人でいた時も、救命団に入った後も……」
「お兄様は悪くないです」
「いいや、すごく悪い。俺は……臆病者だ」
自分を責めるようにお兄様は自身の胸に手を添え、服に皴ができるほどに強く握りしめる。
「お前のことが大事だって思っていても、あの家に近づくのが怖かったんだ」
「……」
「失望の目を向けられるのも、もう息子じゃないって事実をまた突きつけられるのが恐ろしかった。……心底、ビビってたんだ」
多分、今お兄様が家に戻ってきたとしても父と母は歓迎することはない。
あの人たちにとって目覚める系統だけが子供として認識する基準だから、そうじゃないお兄様をもう一度子供として見るどころか『リングル王国の名のある集団に所属している者』という利用できる存在としか見ない。
「だから、俺は兄として失格だった」
「……」
なんだろう、これ。
心配されてるのはものすごくよく分かる。
こんな私のためにこんなにも悔いてくれているのも分かる。
でも、この胸の奥底から湧き上がる感情が、よく分からない。
怒ってもいないし、悲しいわけじゃない。
私は、嬉しく思っている? なんに? まさか、お兄様に気にかけてもらっていたことを?
「家族として、間違っていた」
「か、ぞく」
ああ……ああ、そうだ。
私とお兄様は家族なんだ。
利用しようとする父と母の操り人形なんかじゃない、仲の良い家族。
「ふ、ふふ、あはは……」
あまりにも身近すぎた事実に口から笑みが零れる。
気づけば視界が潤んで零れる涙を袖で拭いながら、この不慣れな感情に考えを巡らせる。
傍にいたお兄様は慌てふためきながら、私を気遣ってくれる。
「だ、大丈夫か……?」
「いえ、なんだか……あぁ、そっか……これが家族なんですね……」
忘れていた。家族ってこういうものなんだって。
いつも期待されて、圧をかけられて、願望を押し付けられて、そんな両親に囲まれていたから、今この時まで忘れてしまっていた。
心配されて、愛されて、助け合おうとしてくれることが普通の家族なんだって。
「私は、大丈夫ですよ。お兄様」
「大丈夫って、そんな……!!」
「というより、大丈夫になりました」
「大丈夫になりました!?」
今まではずっと私の一方通行だった。
貴族として自立して、お兄様の帰る家を作るとか。……酷い言い方をすれば、ただの独りよがりともいえる。
でも、お兄様も私のことをちゃんと考えてくれていたって分かれば、これからも自分の行く道を信じて進んでいける。
「私のことを大事に思ってくれる家族がいるってことが、すごく分かりましたから」
今できる精一杯の笑顔を浮かべてそう言うと、お兄様は安堵するように肩の力を抜く。
私は全然気にしていなかったけれど、お兄様にとってはものすごく悩ましいことだったのかもしれない。
「だから、私は大丈夫です。これからも頑張っていけます」
「本当に?」
「ええ」
「辛くなったら、いつでも頼ってくれ。その時はウサトさんたちと一緒に実家に乗り込んで助け出すから」
「それはやめてください」
「えっ、でもこれが一番……」
「やめて」
「あ、うん……」
救命団の面々で実家に向かったら、いち貴族どころか国と戦えそうなのおかしすぎるでしょう。
急にとんでもないことを言い出すお兄様に調子を乱されながらも、私はゆっくりと呼吸を整え、先の話で浮かんだ疑問を口にする。
「お兄様は……今では、どう思っています?」
「どうって……なにが?」
「父と、母のこと」
私はもう見限っているけれど、お兄様は優しいから……自分を見捨てたあの人たちに未練があるかもしれない。
そうだったら私は……。
「うーん」
私の質問に深く悩むそぶりを見せずに、軽く腕を組んで考えたお兄様は———そのまま私を見上げて肩を竦める。
「感謝はしてる。厄介払いでルクヴィスにいれられたけれど、通うお金とか諸々は払ってもらえていたし」
「いえ、最低限の付き人すらつけない時点で相当渋られていました」
「……そ、それは確かにそうだけれど。まあ、そこは毎日ちゃんと生きていられただけ有情だったし……うん」
当時十歳で、これまで侍従に世話されて生活していた貴族のお兄様を突然一人で生活させるなんて正気の沙汰じゃない。
そんなことが分からないほど父は愚かじゃないけれど、幼稚ではあったってことだ。
「ルクヴィスで燻っていた頃の俺は、両親に捨てられるのが怖かった。多分、いつか自分を迎えにきてくれるかもしれないって、あるはずなんてない希望に縋っていたところもあったと思う」
「……はい」
なんともなしにそう口にするお兄様に沈痛な思いに駆られる。
「まあ、今はどうでもいいかな」
「え?」
「ここで生活しているとさ、皆ちゃんと俺のことを見てくれてるんだ」
明るく笑いながら、足を投げ出して訓練場を見回す。
「ウサトさんに、ローズさん。救命団の皆さんに、リングル王国の町の皆さんとか……ここにはたくさん、俺のことをちゃんと見てくれる人たちがいる」
「お兄様……」
「もちろん、ルクヴィスにだっている。……こっちはそんなに多くないけどな」
私も数日ここで生活したけれど、リングル王国の住み心地はすごくよかった。
張り詰めた家での暮らしとはかけ離れた、穏やかで毎日が驚きの連続。……その驚きの大半がウサトさんによるものなのは、正直どうかと思うのだけれど。
「俺のことを見てくれない人たちなんてどうでもいい。俺は、俺をちゃんと見てくれる人たちのことを考えて、これから生きていくんだ」
「……!」
……でもなんとなく、お兄様がミーナお姉さまを見限らない理由が分かった気がする。
父と母はお兄様を見もしませんが、捻じ曲がりながらもあの人はお兄様を見ていたんですよね。
「その中にはもちろんお前もいる。今の俺の家族はお前に、ベル。そして救命団の皆だ」
「……はい、お兄様」
後ろで、がさり、と葉っぱが擦れる音を聞きながら、お兄様の言葉に笑顔で頷く。
今、お兄様と話せて本当によかった。
この時を過ごせただけでも、リングル王国に来たかいがあったとさえ思えるくらいに。
「……さて、と」
そろそろ隠れて見守ってくれているベルを呼びましょうか。
心配性なのは分かるけれど、隠れるくらいなら一緒に来てよかったのに。
そう思い、笑みを浮かべながら軽いため息をついた私は、先ほど葉が擦れる音が聞こえた背後の林へ振り返る。
「心配で来ているのは分かってますよ。出てきてください」
そういうと、私達の背後の茂みから見慣れた侍女服を着たベルが出てくる。
私たちのやり取りをみていたのか、その表情は柔らかい。
「覗き見するような真似をしてしまい申し訳———」
「まさか、私たちの隠密がバレるなんてね。ウサト君」
「フッ、僕たちもまだまだってことですね」
「!?」
「えっ」と普段全く動揺することのないベルが声を上げると、さっきまで気配すら感じなかった私の隣にスズネさん、お兄様の隣にウサトさんが立っていた。
「———!!?」
気配どころか土を踏む音すらたてずに突然現れた二人に、私は絶叫しそうになってしまう。
こ、こんな近くにいるのになんで気づけなかったの!? べ、ベルだけじゃなかったの!?
瞬きする間に一瞬で姿を現した二人に、隣のお兄様は特に驚くことなく、二人に声をかけた。
「お二人とも、のぞき見してたんですか」
「ごめん。……でも僕が焚きつけたようなものだからね。さりげなくフォローしようと思ったけど、中々いい勘を持ってるようだね、君の妹は」
「そうだね。いい救命団員になれそうだ」
な、ななななんかとんでもない勘違いされかけてませんかこれ!?
というより、お兄様がこの状況にさほど動揺していないことに関しても大分問題かと思うのだけど!
「お、お兄様は気づいていらっしゃたのですか?」
「え、いや? でもウサトさんとスズネさんなら、これくらいやっても別に驚くことでもないし……。ははは」
「お兄様、もしかして洗脳されてる……?」
「え、いや、さすがに……洗脳なんてされ……て……ない、はず?」
「そこは自信をもって否定してください……!!」
なんでそこで歯切れが悪い言い方をするんですか!?
あれ!? もしかして私のお兄様、本当にここで洗脳されてるのですか!?
見かねたウサトさんがお兄様に「おいおい……」と声をかける。
「ナック。そこはちゃんと否定……いや、否定……できない、か」
「貴方も否定してください!?」
「どちらかというと、僕はされたし、した側かもしれないから……」
「貴方、治癒魔法使いですよね!? しかも貴方もされているんですか!?」
まさかの元凶ですか!?
お兄様がああなったり、こうなったのは全部ウサトさんのせいですか!?
なんかそう聞いてしまうと、お兄様の救命団の皆さんが家族云々ってセリフがとても恐ろしいものに聞こえてしまって怖いのですが!?
家族が分からなくなっていたミリアでした。
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