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第四百七十八話

四日目、四話目の更新です。


前話を見ていない方はまずはそちらをよろしくお願いいたします。


今回はミリア視点でお送りいたします。

 救命団という場所は、ものすごく変わった場所だ。

 屈強な団員達がいたり、獣人の方がいたり、魔族の方もいたり、魔物の方までいる。

 この時点でおかしなことになっている場所なのだが、それだけじゃなく魔王を打倒したという勇者の一人と、高名な治癒魔法使いもいる。

 恐ろしいのが、ただの多種族の寄せ集め集団ではなく集まっている誰もがとんでもない経歴の持ち主だということ。

 そして、そんな混沌に満ちた環境にお兄様がいる。

 普通に考えたら、どの要素も絶対に混じり合わないような凄まじいごった煮具合だけれど、どういうわけか救命団という組織にお兄様は順応してしまっているのだ。


「……でも訓練風景(・・)は、普通なんですよね」


 昼を少し過ぎた頃。

 朝から続いているお兄様の訓練を見学させていただいているわけだが、一部だけ見てみるとどこの国でも見られる訓練風景に見える。

 ベルが用意してくれた木製の椅子に腰かけ、彼女が差してくれた日傘の下で景色を眺めていると、ちょうど走っているお兄様の姿が視界に映りこむ。


「あっ、お兄様ー!」


 呼吸を乱さず一定の速さで走るお兄様に、私は応援すべく手を振る。

 そんな私に、お兄様は明るく笑いながら手を振り返して、そのまま少しも速さを緩めずに走り去っていく。

 ……以前のお兄様はあんな風に笑うことは少なかった。

 むしろ、屋敷の中で過ごすことが好きで、外で走って遊ぶなんてそれこそミーナお姉様に連れ出された時以外ほとんど見なかったくらいだ。


「変わりましたね。坊ちゃまは」

「ええ。今の環境がお兄様を変えてくれたんですね」


 両親の元にいたままでは、お兄様の未来は暗いままだっただろう。

 そして、ルクヴィスにいてもそれは変わらなかった。

 自分の未来に希望を見いだせないで、暗い道を歩くしかなかったお兄様を助けてくれたのは……多分、ウサトさんなんだろう。


「お嬢様は……」

「……ベル? どうしたの?」


 不自然に言葉を切ったベルの方を見ると、彼女はどこか言いづらそうな素振りを見せる。

 彼女はずっと私とお兄様の世話をしてくれたいわば姉のような存在だ。

 本人は畏れ多いと否定するだろうけれど、そんなベルが言いかけた言葉が気にならないはずがない。


「……お嬢様は、大丈夫でしょうか?」

「……。私は大丈夫よ?」

「お嬢様がお望みなら、リングル王国に留まっても———」

「ベル、それはできないわ」


 心のどこかでそう思ったことはある。

 だけれど、その考えが実現することはない。


両親(あの人達)は私のことを探すわ」


 きっと、あの人たちは私がどれだけ理由を口にしても、お兄様のせい、と考え責めようとするだろう。

 自らの非を認めず、軽視している家族へ悪意を向ける———それが、この二年間身近で見て心底理解させられた両親の本性だ。


「私の我儘で、お兄様に……リングル王国に迷惑をかけられないわ」

「……申し訳ありません。従者の領分を越えた発言でした」

「いいのよ。……いつもありがとね」


 それに、私は全然平気だ。

 勉強もそれほど嫌いではないし、なにより両親には期待していないから。

 ……。


「それにしても、ベル」

「はい」


 私は隣で日傘をさしてくれているベルに声をかける。


「お昼の休憩を終えてから、お兄様がここを通るのは何度目だった?」

「かれこれ九度目になります」


 九周……九周ですか。

 一周の全容がまったく把握できない距離の道のりの中で、九周!?

 昼食のための休憩を挟んでいたとはいえ、それでもほぼ朝から走っているのですが!?


「ここ、一周どれくらいの長さなのかしら?」

「……それなりの距離があるかと」


 汗はかいているが、余裕そうに延々と走っていた兄の姿にちょっと引く。

 どう数えても普通じゃない距離を走り続けている。


「考えないようにしていましたけれど、もしかしてお兄様の身体って人間離れしてる……?」

「……それくらい成長なされたということでしょうね」

「成長と言うより、突然変異では?」

「……。坊ちゃま、成長なされて……!」

「感動して誤魔化した……」


 見てわかるくらいの演技で目元を押さえて、声を震わせるベル。

 お兄様の優しい性格はまったく変わっていなかったけれど、それ以外がもう見る影もないくらいに変わってしまっていた事実をどう受け止めたらいいのか。


「あ……キーラさん」


 お兄様から距離をとる形で私の前を通ったキーラさんが、明るい笑顔で手を振ってくれる。

 なんというか、あの人もちょっと謎である。

 ここにいると魔族だとか獣人とかそういう問題は全く気にしていないが、お兄様とキーラさんの関係性がなんなのか本当によく分からない。


「別にそういう仲でもないらしいし」


 お姉様のライバル!? と思ったけれど、それとなく聞いてみると全然そんなことはないって反応をされてしまった。

 照れでも誤魔化しでもなく、本当にそう思っているように感じたので納得はしたが、別にお兄様のことを嫌っているわけでもないとも教えてもらった。

 それじゃあどうしてお兄様と口喧嘩が絶えないと聞くと。


『ウサトさんの一番弟子の座をかけてるからかな?』


 一番弟子は誰彼構わずかけられるものなんだろうか?

 ……でも、ミーナお姉様にキーラさんのことを教えたらどうなるだろう?

 お姉様のことだから勝手に勘違いして危機感を募らせそう。


「むしろ、そうした方が素直になりそうですね……」


 あとで、キーラさんに事情を説明して許可をもらおうかな。

 割と真面目に悩んでいると、傍にいるベルがなにかに気づく。


「ベル? ……あら?」


 彼女の見ている方向に私も目を向けると、救命団の宿舎のある方向から5人の男女がやってくるのが見えた。

 一体誰だろうと思っていると、その内の三人は知っている方々であった。


「ウサトさんに、スズネさん、アマコさん……?」

「お、ナックの訓練を見ていたんだね。ミリア」


 軽く手を挙げるスズネさんの言葉に頷く。

 ……午前に診療所へ向かったウサトさんとスズネさんの二人と、昨日会った獣人の女の子、アマコさん。

 私と同じくらいの身長なのに私より4つも上なアマコさんにすごく驚かされたけれど……。


「それにそちらのお二人は……」

「二人はルクヴィスにいた頃のナックの友達の……」

「はじめまして、ハルファです」

「キリハだ」

「っ、こちらこそはじめまして。ミリア・アーガレスです」


 慌てて挨拶を返しながら、目の前の二人をよく見る。

 灰色の髪色の方と、イタチのような耳を持つ獣人の方。

 ルクヴィスでの友人と聞いて、私も興味を示しているとハルファ、と名乗った方が顎に手を当てて私を観察するような視線を向ける。

 心なしか、その瞳からは魔力の光のようなものが浮かんでいる。


「ふむ、やはりナック君の妹とあって魔力の流れに似たものがありますね」

「ハルファ、あんたさ……前から思っていたけど人の魔力の流れを勝手に見るのってすごい変態っぽいよ」

「失礼では?」


 ……魔眼持ち?

 中々に珍しい魔法に少しだけ驚く。

 キリハ、と名乗った女性に注意されたハルファさんは「不躾な視線を向けてしまい、失礼しました」と謝罪すると、次にウサトさんへと振り向いた。


「では、ナックくんの妹を一目見る目的も達成したので……ウサトさん、早速手合わせをお願いします」

「明らかに移動中に目的が変わりましたよね?」


 わくわくした様子の彼の言葉に、ウサトさんは困ったように頭に手を置いた。


「まあ、僕から提案したのもアレですけど、無理をせずに軽く……ですからね?」

「もちろん分かっています。……ええ、本当に分かっていますから」


 どうやら、彼とウサトさんは手合わせのようなことをするみたいだ。

 わくわくとした様子のハルファさんにウサトさんは、悩まし気に腕を組んだ。


「うーん、不安だ……テンションが上がって熱が入っちゃいそうな僕を含めて」

「そこらへんはちゃんと自覚してるんだね……。じゃあ、スズネに審判とかしてもらったら?」


 アマコさんの提案に、ウサトさんは頷く。


「……そうだね。じゃあ、先輩、頼めますか?」

「両者、位置について!」

「もう審判気取りだ……」


 最早、確認すら取らない話の速さでビシッと両腕を構えるイヌカミさん。

 妙に審判姿が様になっている彼女は、ウサトさんとハルファさんの双方を交互に見ながら、人差し指を立てる。


「時間制限なし、魔法使用、なんでもあり!! 異論はないかッ!」

「ハイッ!!」

「ありまくるに決まっているでしょうが。ハルファさんも頷かない」


 木剣を手にしたハルファさんを嗜め、軽くため息をついたウサトさんは、私たちの方を見て苦笑いを浮かべながら斜め先にある広場を指さす。


「……ということで、ミリア、ベルさん、僕達はあっちで軽く手合わせしてくるので、気にしないでいいよ」

「あっ、はい……」


 流れるように少し離れた広場へ、ウサトさん、スズネさん、ハルファさんの三人が移動していく。

 その姿を見送った私の傍にイタチの獣人っぽい、キリハさんが声をかけてくる。


「話しても大丈夫かい?」

「あ、はい。構いませんよ。よかったら、お二人も座ってください」

「ありがとう」

「お言葉に甘えて」


 さりげなく、ベルが用意してくれた木製の椅子にキリハさんとアマコさんが座ってくれる。


「あの……手合わせ、とお聞きしましたが……」

「あー、もうすぐ私達がルクヴィスに帰っちゃうから、一度くらい手合わせしておきたいってウサトがね」

「休みの日くらいは休んでほしいけれど、あまり心配して咎めすぎるのも逆にウサトが疲れちゃうもんね」


 ルクヴィス、というとお兄様が通っていた学園のことかな?

 と、すればキリハさんとハルファさんはルクヴィスの学生で……留学? いえ、時期的に進路を定めるための騎士団への研修のようなものでしょうか?


「……」

「キリハ、その意外そうな顔はなに?」

「いや、なんだかそういう気遣いできるんだって……大人に……なったな、うん」

「キリハ、今私のつま先から頭まで見た理由を教えてくれない? 身長? 身長のこと考えた?」


 そのことを聞いてみようと、キリハさんに質問しようとしたその時———少し離れた場所に移動していたウサトさんとハルファさんが動き出した。


「……っ」


 まったく目で追えなかった。

 瞬きする間もなく、彼らの間でいくつもの風切り音と、なにかがぶつかる音が響き、動きが止まる瞬間も、攻めるハルファさんが振るう木剣を、ウサトさんが前に突き出した右腕で軽く弾くときだけ。


『魔視、使ってもいいんですよ!』

『ご冗談を! 今の貴方相手に魔視は逆効果!! 純粋な体術のみで攻めさせてもらいます!!』


 貴族という家柄、護衛を務める騎士達の訓練風景は何度も見てきた。

 だけれど、これは私が知る手合わせとは全く異なる異様なものだった。


「……あー、ミリアお嬢様……って呼ぶべきかい?」


 視線の先の手合わせと呼ばれたなにかに唖然とさせられている私の耳に、キリハさんの遠慮がちな声が聞こえる。

 その声に私は平静を取り戻しながら意識を向ける。


「いえ、ミリアで大丈夫ですよ。ここでは貴族としての身分を振りかざすつもりはありませんから」

「そ、そうか。それじゃあミリアと呼ばせてもらうよ」

「はい。構いません」


 両親やベル以外の従者からは咎められるかもしれないけれど、リングル王国では私は外部の貴族だから、ここで貴族として敬われようだなんて思ってなんかいない。

 私の言葉に安心したキリハさんが、胸を撫でおろしながら笑みを見せてくれる。


「いきなり会いに来てしまってすまない。……一度、ナックの妹のあんたに会っておきたいって思ってね」

「そ、そうなのですか。お兄様とはどのような経緯で会われたのですか?」


 あまりこういうことを言いたくないけれど、獣人である彼女が人間であるお兄様と関わる機会が少ないように思えた。

 彼女がルクヴィスの生徒ならお兄様が在学時に知り合ったと考える方が自然だ。


「まあ、切っ掛けはウサトだよ」

「ウサトさんが?」


 キリハさんとお兄様が会うことになったことも、ウサトさんが関わっているの?


「最初に関わった時は……そうだね。ミーナにいじめられて気絶したナックをウサトが連れてきたってのが始まりだったな」

「……」

「あの時はびっくりした、いきなりトラブル持ち込んで来たのかこいつ! って唖然とさせられたよ」


 ミーナお姉様自身から聞いていたとはいえ、改めて聞くとどうしても顔を顰めてしまう。

 いけない、自分の中では割り切っているのだから心を乱さないようにしなくては……。


「……もっと、聞かせていただいてもいいですか?」

「え?」

「お兄様がどのような経緯で治癒魔法使い……救命団の道へ進んだのか」


 こういうことはお兄様本人から聞くべきだが……。

 なんというべきか、今の訓練を何食わぬ顔で続けているお兄様の様子を見る限り、どこかしら意識の違いが出そうなのでまずはキリハさんとアマコさんから話を聞いておこう。



「———まあ、大体はこんな感じかな? アマコは、なんかある?」

「ううん、簡単ではあるけれど大体の経緯は話せたと思う」


 いじめをやめさせるためミーナお姉様と戦う約束をしたお兄様に、ウサトさんが訓練を施した。

 その最中に一度の挫折はあったもののお兄様はミーナお姉様との戦いに臨み———その結果、勝利を納め、お兄様も自身の治癒魔法を取り戻した。


「……」


 聞けてよかった、と思うと同時にお兄様に道を指し示してくれたウサトさんに改めてお礼の言葉を言いたくなった。


「……お兄様は、救われたのですね」

「それ以上に大変な目にはあってたけど、うん、彼は頑張った」


 私の呟きに、アマコさんがそう答える。

 ウサトさんが道を指し示し、お兄様が自身の力でその道を進んだ。

 だからこそ今のお兄様があると、納得できた。


「……あ、でも少し気になることが」

「え? なにか気になるところでもあったかい?」


 話を聞いている最中、ちょっと引っかかったことがあった。

 それは訓練の話。

 特別深く聞くことではないとは思ったが、なんだか妙にお兄様とウサトさんの訓練の話がまったく説明がなかったのが気になった。


「ウサトさんはお兄様にどのような訓練を?」

「「……」」


 ……え、なにこの反応。

 い、いや、これまでの反応を見る限りウサトさん結構常識人っぽいし、そこまで無茶なことはしなさそうって思ってたのだけど。

 なんだか怖くなりながら、もう一度無言になってしまったアマコさんとキリハさんに尋ねてみる。


「えぇと、訓練でどのようなことをしたのかお聞きしても……?」

「そうだ、ね。妹だから知りたいよね」

「仕方ない、か」


 なぜこんな知ってはいけない秘密を話すみたいな雰囲気に???

 困惑する私を他所に、意を決したような顔で二人は当時の訓練について話してくれた。


「クマの魔物を背負って街中を追いかけまわしたり」

「た、たり?」

「ひたすらに走らせたりとか」

「とか……?」

「蹴っ飛ばしたとか……」

「……」

「あとは、延々と魔力弾をぶつけて回避を身に着けさせたな……」

「……」


 ……。

 え、ウサトさん? これは後でウサトさんに詳しいお話を伺いに行く案件ですか?

 とても昨日の優しい印象からは想像できない所業をルクヴィスで行っていたような気がしてならないのですが……?

まだウサトのことが常識人に見えていたミリアでした。


次回はローズによる訓練を予定しております。


今回の更新は以上となります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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「お嬢様がお望みなら、リングル王国に留まっても———」 「ベル、それはできないわ」 「両親【あの人達】は私のことを探すわ」 「私の我儘で、お兄様に……リングル王国に迷惑をかけられないわ」 「……申し訳…
ウサトは人格変わるから仕方ない。
日記はこういう時にも役立つってワケ(白目)
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