第四百七十七話
三話目、三回目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
オルガさんとシャルンさんと馴れ初めや、今の生活について軽く話した後、診療所に人が訪れる時間になったあたりで僕と先輩はお暇することにした。
「診療所は、これからシャルンさんも勤めることになるんですね」
「はい。私も治癒魔法使いですから、少しでも誰かの助けになれたらなと」
「僕としては、そこまで無理に働かなくていいと思うんだけどなぁ……」
「お兄ちゃんっ!」
見送りに出てくれたオルガさんのわき腹をウルルさんが肘で軽く突く。
「わっ」と驚いたオルガさんをジト目で見上げた彼女は、シャルンさんの腕に手を回した。
「お義姉ちゃんはお兄ちゃんと一緒のことをしたいんだよ。まったく、そこらへんは相変わらず鈍いんだから」
「うっ……」
「それにだよ!」
シャルンさんの腕に手を回したまま、ウルルさんが続けて言葉を発する。
「お義姉ちゃんもいてくれるおかげで、診療所を完全に留守にすることもなくなりそうだからすっごく助かるんだよ! いつもは一人じゃ診療所にこれない人のために私とお兄ちゃんが直接に治療しに行っているからね!」
「なるほど」
たしかに膝を痛めた人や、足腰の弱いご高齢の人とかは自力で診療所に通うことは難しい。
その人たちのところを回っている間に診療所に誰かが来ても対応できないし、単純に人手が増えることは嬉しいことなんだな。
これからも治癒魔法の勉強のためにナックも通うことになるだろうし、診療所は一層に街の人が頼れる場所になりそうだ。
「大袈裟ですよ、ウルルさん」
「えー」
「治癒魔法使いとして街の皆さんの助けになりたいというのは本心ですが……その、オルガさんのお仕事や、この街と関わる人々についてちゃんと知りたくて……だ、だって……」
一瞬言い淀む様子を見せてから、頬を染めてオルガさんへと顔を向ける。
「これから夫婦になっていくんですから……ね」
「シャルン……」
見つめ合い二人だけの世界に入ってしまうオルガさんにシャルンさん、そしてなぜか隣で挙動不審になって震え始める先輩。
ウルルさんと目があった僕は、やれやれといった様子で手で顔を仰ぐ素振りを見せる彼女に苦笑を返す。
「なんだろう、ウサト君。人の幸せな姿って、どうしてこうも心が焼けるような気持ちになるんだろう」
「え、まあ、気持ちは分からなくもないですが」
「嘗めさせられる感情の味は、苦く、そして甘く切な……ん? 分かるの!? ウサト君!?」
なにやら謎ポエムを口にし始めた先輩は、信じられないという目で僕を見る。
「ウサト君、マジで!?」
「口調まで崩れるほど……?」
いいなーそういうのも、という羨む気持ちは人並みにはあるけれど、それを人前で言うのは普通に恥ずかしいし。
なにより今はオルガさんとシャルンさんを祝いに来ているわけだから、めでたい、という気持ちの方が大きいだけだし……。
●
オルガさん達と別れた後は、約束通りにアマコを迎えに行ってからキリハとハルファさんのいる城の方へと向かうことにした。
前に聞いた話によると、ルクヴィスから騎士として研修に来た学生たちは王城の近くにある騎士たちが生活する宿舎に泊まっているとのこと。
一応、守衛の騎士さんに場所を聞いてからそこに向かうと、救命団宿舎のある場所と少し似たような場所が広がっていた。
「ウサト、あそこじゃない?」
アマコが指さした方を見て、僕も先輩もそちらを見る。
その先には騎士の皆さんが普段利用している宿舎と、その前の訓練場に集まって訓練をしている集団がいた。
「おや、訓練中かな?」
「みたいだね。あっ、あそこにアルクさんがいるよ」
あれは、見覚えのある訓練着からしてルクヴィスの学生たちかな? 近くには監督をしているアルクさんと他の騎士の人たちもいる。
『———そこまで! 今日の訓練はここまで! 午後からは自由行動だが、騎士候補生として節度ある行動を心がけるように!!』
『『『ハイ!!』』』
「ちょうど、訓練が終わったみたいだね」
「そのようですね」
今の時間的に昼時だからかな。
訓練が終わり、片づけを行っている学生たちの中にキリハとハルファさんの二人の姿を確認しながら、僕達はまずアルクさんへと話しかけに行く。
「アルクさん、お疲れ様です」
「! ウサト殿! それにスズネ様にアマコ殿も!」
アルクさんもここ最近はずっとルクヴィスの学生たちの指導を行っていたから大変だったんだろうな。
同僚の騎士たちに二言ほど何かを話した彼は、すぐに僕達の元へと歩み寄ってくれる。
「いやはや、昨日は会いに来ていただいたのに、会えずに申し訳ありませんでした」
「全然気にしてませんよ。……それにしても、教官として指導しているアルクさんはちょっと新鮮ですね」
「ははは、恐縮です……」
照れるように頭に手を置いて笑うアルクさん。
ローズや僕とはまた違ったキリっとしたものがあるから、全体的に空気が引き締まっている感じがするんだよな。
「彼らが思っていた以上に教え甲斐があって私自身も指導に熱が入っている自覚はあります」
「へぇ、アルクから見て、学生たちの評価はどんな感じかな?」
先輩の質問にアルクさんが顎に手を当て、思案する。
「皆優秀ですよ。特に目を引くのは……皆さんのご友人のハルファとキリハですね」
元よりルクヴィスで実力者として認識されていたハルファさんはともかく、キリハも注目されているようだ。
初対面の時に彼女に拳を食らった身からすれば、特に疑問には思わない。
「彼は特殊な魔眼を用いて相手の動きを先読みすることに長けています。特筆すべきはその体術で、近接戦闘においては我々リングルの騎士にひけを取らない実力を有しています」
ハルファさんの体術は、魔眼とはまったく関係ない本人の努力とセンスで磨かれたものだから、真正面から戦うとなると本当に崩しにくいんだよな。
「そして、キリハは獣人特有の身体能力。そして風の魔法と徒手格闘を合わせた非常に安定した戦い方をします。なにより、彼女は周りの声をよく聞き、的確に状況を判断することができます」
アルクさんの評価にアマコがハッとした顔をして、僕を見上げる。
「確かに、キリハってよく周りの世話を焼いてるから、気を配っているのはよく分かる」
「周りを見るってそういう……?」
いつも弟のキョウと、一緒に住んでいるサツキの面倒を見ているから、よく周囲の変化に気づきやすいってこと……?
いや、でも……あながち違うって話でもないのか? 加えてキリハは獣人的な感覚も持ち合わせているし。
「皆さんは二人に会いにこられたのですか?」
「ええ、もう少しでルクヴィスに戻ってしまうと聞いたので。時間があるうちにもう一度話しておこうかなと」
連絡自体はフーバードでいつでもできるけれど、やっぱり話すなら実際に会って話した方がいいからね。
僕の言葉にアルクさんが頷く。
「本日の訓練は終了いたしましたので、お話しされるといいでしょう」
「はい。……でも今日は午前中しか訓練をやらないんですね?」
「ええ、基本的に三日に一度ほどある程度の自由時間を設けております。リングルの騎士としてだけではなく、この国の魅力も知ってもらいたいですからね」
街を見回る自由な時間も、また研修の一環ってことか。
確かに騎士として将来自分達が守るかもしれない国の生活とかを知っておくべきだもんな。
「ということで、このあたりで私は職務に戻ろうと思います」
「はい。ありがとうございました」
同僚の騎士たちと共にアルクさんがこの場から離れていく。
彼らの姿を見送っていると———学生たちが住んでいるであろう宿舎の方から、キリハが手を振りながら走ってくる。
どういうわけか、さっき見た訓練着ではなく調理に使うようなエプロンを着ている。
「戻ってきたんだな! ウサト、スズネ!」
「私もいるよ」
「分かってるって、アマコ」
大分、リングル王国に慣れてきたようで最初に感じていたぎこちなさはもうすっかりなくなっているようだ。
……でもなぜキリハはエプロンを着ているのだろうか?
ついさっきまで訓練をしていたはずなのに。
「もうすぐ帰っちゃうって聞いたから、ウサトとスズネと一緒に来たの」
「そういうことか。私としても別れの言葉もなしに行くのは忍びないと思っていたからなぁ」
僕達を見て嬉しそうにするキリハ。
でもすぐに彼女は悩まし気に腕を組んだ。
「しかし、話……話か」
「時間がないなら別の時でもいいけれど」
「いや、そういうわけじゃないんだけれど……うん」
悩むそぶりを見せてからキリハが改めて僕達の顔を見回し、口を開いた。
「三人とも、お腹とか空いてる?」
●
宿舎内の食堂。
それなりに大きな空間に並べられたテーブルと椅子それぞれにルクヴィスから来た学生たちが座っている中に、僕、先輩、アマコも同席していた。
僕達の目の前に並べられたのは、つい先ほど作られたであろうスープ、ステーキ、サラダなどの昼食であり、賑やかな食堂の中で僕達も食事を楽しんでいた。
「こんなにいただいちゃって……」
「こっちから誘ったんだし気にしなくてもいいよ。それに大抵作りすぎるから、むしろ来てくれて助かっているくらいさ」
「キリハはたくさん食べるでしょ」
「うるさいぞ、アマコ」
こつん、と軽くアマコの肩を小突くキリハ。
そのことに特に気にすることもなく、アマコは手元のスープをスプーンで掬って口に含んだ。
「……久しぶりにキリハの料理を食べたけれど、やっぱり美味しいね」
「そうだね。あの頃が懐かしい……」
「ウサトはともかく、アマコはちょっと前に作ってあげただろ」
……キリハの料理を食べた……僕達が書状渡しのためにルクヴィスを訪れた時から大体一年か。
毎日が濃厚すぎてもうずっと過去の話にすら思えてしまうぜ……。
「キリハの調理には私もとても助かっております。なにせ、私たちのグループで調理が得意なのは彼女しかいませんでしたから」
と、僕の隣で同じく昼食を食べている同い年くらいの白髪の男、ハルファさんがそんなことを口にする。
それに対してキリハはため息をつく。
「まったく、騎士はある程度の自炊は必要だって言われただろ。なんのためのグループ分けだよ」
「ここでの料理は全部学生で賄うのかい?」
「いや、全部ってわけじゃないよ」
先輩の質問にキリハが手を横に振る。
「朝食と夕食は別の食堂で用意してもらえる。でも、昼食だけはあたし達学生で用意しなきゃいけないのさ」
「やっぱり騎士という役職柄、遠征での食料調達や調理する腕も必要になるから、その練習って感じなのかい?」
「うん、その通り」
僕も書状渡しの旅の時はアルクさんの料理に助けられてきたからなぁ。
長い旅において食事は本当に大事だ。
食べる楽しみにもあるし、なにより食べることは心に余裕を持たせてくれるからね。
「まあ、それはいいんだけれど、問題はこいつだよ、こいつ」
「はて?」
キリハに視線を向けられたハルファさんが不思議そうに首を傾げる。
すっとぼける反応を返す彼に、キリハが口元を引きつらせる。
「こいつ家事関連はかなりぽんこつなんだ。役立たずといってもいい」
「む、失礼な。私もそれなりにできますよ」
「なにがそれなりだ。お前が調理当番になった日は大不評だっただろ。野菜をろくに切らずに鍋に放り込んだり、調味料は大雑把すぎてほぼ無味」
「フッ、素材の味といっていただきたいですね」
ほ、本当に駄目なんだ……。
なんだかハルファさんはそういうことをそつなくこなしそうなイメージだったから普通に意外だ。
「こんなだぞ? 多分、こいつ学園での主食は生野菜だ。調理する時間が惜しいとかでそのまんま食べてるだろ」
「……フッ」
「意味深に笑みを深めるな。図星か」
さすがにそこは簡単でもいいからひと手間加えては……?
予想していなかったポンコツ加減を見せるハルファさんの新たな一面に驚く僕に、ハルファさんの視線が向けられる。
「ウサトさんは、どうですか?」
「え、料理ですか? まあ、人並みくらいはできますけれど……」
「……っ!?」
「その意外そうな反応は最早失礼では?」
目を見開かれて驚かれたんですけれど。
こんな形でハルファさんの余裕の表情を崩したくなかったんだけれど。
「ウサトさんは私と同じだと思ってたのに……!!」
「さすがに生野菜を頻繁にかじったりはしませんよ」
普通にショックを受けているハルファさん。
そして地味に落ち込んだ彼を見て、少し慌てながら僕は話題を変えるべく、元から今日話しておきたかった話題の一つ———ナックの妹が今ルクヴィスに来ていることを話すことにする。
軽く説明をすると、キリハが驚きに目を丸くしながらナックの妹、ミリアに興味を持った。
「え、ナックの妹が? へぇ、リングルまで来るなんていい妹さんじゃないか」
「ああ、いい子だし可愛いんだ」
「……。スズネの言動がちょっと怪しいのは置いといて、ちょっと気になるかな、ナックの妹」
キリハとしてもやっぱり気になるか。
彼女としてもナックは一時的とはいえ、世話を焼いていたしな。
「それじゃあ、会ってみる? 今日は訓練場でナックのことを見られると思うけれど」
「大丈夫そうなら行きたいな。午後は自由時間だし。ハルファ、お前はどうする?」
「もちろん、行きますよ」
それなら、決まりだな。
僕も救命団の副団長なので、仰々しく許可を貰わなくても大丈夫だろう。
「あ、でも獣人が苦手そうなら行かないけれど……」
「そこは大丈夫。昨日は私もカンナギも会ったし、なんならフェルムとキーラ。それにウサトとスズネもいた」
「アマコ? さらっと僕と先輩を挙げるのはなぜだ?」
「アマコぉ?」
おかしいよね?
分類学上は僕と先輩は普通の人間なんだが?
僕達の抗議の声にアマコはあっけらかんとした様子で答える。
「二人は刺激が強いから」
「……くっ」
「ウサト君、そこは認めちゃいけないと思うのだけど? それにどうして一回私の方を見たのかな?」
いや、さすがに僕も自覚してきたし……先輩と合わせられたら否定できない。
効率を思うあまり、生野菜を齧っていたハルファでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




