閑話 半端者 下
三日目、三話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
失意のままカームへリオの村に帰った私は、元の日常に戻った。
私がなにをしようとも世界は変わらない。
どれだけ動いたとしても、私以外の別の誰かが世界を回していく。
———リングル王国を取り巻く状況はまだよくなっていない。
むしろ、召喚された勇者達はこれから戦っていかなければならないだろう。
でも、彼らは私とは違う。
私のような自己保身ばかりが先に出る卑怯者ではなく、彼らは人間としての勇気を持つ者達。漠然とだけれど、私がなにをするまでもなく魔王もなんとかしてしまいそうな、そんな予感がしてしまっていた。
「……ほら、見たことか」
リングル王国に向かってから数か月後。
リングル王国と魔王軍の三度目の戦いが、リングル王国の勝利に終わったことが記された記事を目にして自嘲気味に呟く。
「シアー! 来たよー!!」
……またうるさいのが来た。
人が落ち込んでいるのに無遠慮に家に入り込んでくるミオに胡乱な視線を向ける。
「もう来るなって言っただろう」
「またそんなこと言っちゃって」
断じて照れ隠しでもなんでもないのに、ミオは変わらない明るさを見せながら、いつものように棚に並べられた本を手に取る。
「……ハァ、どうしてそこまで私から学びたいんだ」
「え」
はじめて、ミオに対して純粋な疑問を口にした。
その問いかけにミオは驚き、次に嬉し気な笑みを浮かべる。
「だって、シアが村の人たちを助けているところを見てかっこいいって思ったから」
「かっこいい……?」
「そう!」とミオは快活に答えた。
私がしていることは、村の人々に自分を受け入れてもらうためにしている利己的なものだ。
誰かのために、だなんて思ってやっていることじゃない。
「だから、私はシアみたいに村の皆や、困っている人たちを助けられる薬草師になりたいの」
「……そう、か」
そんな理由だろうな、と予想はできていた。
ミオの言葉に、その真っすぐな目を直視することができなかった。
「……私は、誰かに慕われる資格なんてないのにな……」
思い返せば、私がなにかをして成せたことなんて一つもなかった。
ヒサゴの過ちを正すことも、自分の身を投げ出す覚悟もない。
「……」
私がなにかをしなくても、その時代を生きる人間は軟じゃない。
あの、リングル王国の勇者達や、国の人々のように自分たちの力で前に進んでいってしまう。
長く生きただけの自分は、いつまでも過去に囚われたままでなにも成せない。
「ねえ、シア」
落ち込んだ感情が頭の中でいっぱいの私にミオの暢気な声が聞こえる。
「これなにー?」
「……なんだ。適当にどこかにやって———」
ミオの方を見て言葉を失う。
あの子が手にかけていたのは、床の下に隠していた“人形”がいれられた棺型の箱の蓋。
長年の劣化で床板が捲れあがって露わになった箱の蓋を開けたミオは精巧な人形に見えるソレを指さし、私を見上げた。
「なにこれ? え、人形?」
「それに触れるな!!」
「っ!?」
衝動的に声を荒げてしまった。
迂闊に触れて、万が一起動してしまえばミオの身になにが起こるか分からない。
すぐさまミオが触れようとしたソレを無理やり引き剥がし、彼女の身体に異常がないか確認する。
「なんともないか!? 身体に異変は!?」
「え、だ、大丈夫だけど……」
「……っ」
———私は、なにを甘いことを考えていたんだ。
こんな危険なものにいつまでも未練を持って、挙句の果てに無関係のこの子を危険な目に合わせてしまった。
私は、ヒサゴにはなれない。
誰かの親になってあげることも、誰かに道を示すこともできない。
このままこの関係を続けて、いつかこの子が私と同じように村の人々に怪しまれるようなことになったらどうする?
とりかえしのつかないことになったら、どう償うというんだ。
「ご、ごめん、大事なもの―――」
「出ていけ」
「え……でも」
「出ていけ!! もう二度とここには来るな!!」
ミオが触れようとしたソレを無理やり引き剥がし、あの子を追い出す。
あの子の謝る声が聞こえるが、それに返事をする余裕はない。
「もっと早く、こうするべきだった」
元より、深く関わるべきじゃなかったんだ。
中途半端にあの子と関わって、なにを期待していたんだ私は? まさかヒサゴのように子供を導ける立場にあると思っていたのか?
忘れるな、私は悪魔の血が混ざった半端者だ。
私に関わらないことの方が、正しいことなんだ。
●
『シア、勝手なことをして貴女を傷つけてしまった。ほんとうに、ごめんなさい』
あれから数日。
昼にも関わらず曇天が空を覆っている中、ミオは私の住むボロ小屋の前にやってきて謝罪の言葉を口にする。
その声に私は答えず、沈黙し続けていたが、あの子はそれでもここに来ることをやめようとしない。
『また……来るね』
答えない私に、落ち込んだ声でそう言葉にした後、ミオがその場をあとにする。
彼女の声を小屋の中で聞いていた私は、感情を押し殺すように呟く。
「これでいい」
いつか、こうなることは避けられなかったはずだ。
ミオがここに通っている以上、あの人形に触れてしまう危険は付いてまわる。それに私自身、今は村人に受け入れられているといっても、いつまで経っても年を取らないような者を排斥しようとしてもおかしくはない。
そうなれば、私と関わっていたミオも異端者として扱われてしまう。
「これで……いいんだ」
ヒサゴのためになにもできなかった今、せめて私のせいで不幸になるような人が出ないようにしよう。
小屋を強い雨が打ち付け、渦巻くような風が壁に叩きつけられ、建物そのものが揺れる。
「———嵐?」
昨日も強い雨が降っていた……はずだ。
ついさっきまでここにいたミオは大丈夫だろうか?
急に振り出した豪雨に、悪寒を抱く。
「……見送る、だけだ」
自分に言い訳をするようにそう呟きながら、私は扉に手を掛けて豪雨が降る外へと出る。
空は分厚い雨雲で黒く染まり、強い風と打ち付けるような雨が降り注ぐ。
その中を風にあおられながら進み、先を歩いて行ったであろうミオを探す。
「……え?」
目にしたのは、崩れ落ちた泥で覆われた道。
昨日の雨で地盤が緩んでいたのか、大量の泥が広がったそれを見てようやく我に返る。
「……ッ、崖が崩れたのか!?」
ここはいつもミオが通っている道のはずだ……。
連日の雨で濡れた地面が液体のような泥となり、流れていく光景を目にしながら胸の奥で膨れ上がっていく悪寒に恐怖する。
「ミオ!! いるか!! いるなら返事をしろ!!」
いなければそれでいい!!
無事に村に帰っていてくれるなら、徒労でいい!!
『———ぁ』
雨に紛れて微かに聞こえた声。
人間より幾分か優れた悪魔の聴覚がその声を耳にすると同時に、声のする方へ駆けだし———あの子を見つける。
「……っ、ぁ、あぁ!!」
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!
崩れた土砂にあの子が埋もれている。
身体の大部分が泥に呑み込まれ、かろうじて見えた頭と腕を目にした私はすぐさまミオの元へ駆け寄る。
「ミオッ……ミオ!! しっかりしろ!!」
「———し、あ」
「無理に喋るな! 今、助ける!!」
今にも消え入りそうな声。
この呼吸音、肺が……っ!! 身体の半分も……。
私は一心に土に手をかけ、必死にどかしていく。
「ッ……ッ!!」
手が傷つこうとも、必死に土を掘り起こす。
呑み込まれてどれだけの時間が経った!?
まだ心臓は動いているのか!?
ぐるぐると頭の中で浮かんでくる最悪の展開に焦燥しながら、力が完全に抜けたミオの身体を土砂から引き摺り出す。
「ミオ……すまない……! すまない!! 頼む、目を開けてくれ……!!」
「……ご、め……んな、さい」
「謝るんじゃない!! 悪いのは……本当に悪いのは……私なのに……!」
———冷たい。
既に生気のないミオの冷たさに、泣きそうになりながら私は急いで小屋へ連れていく。
もう、私の名前を呼ぶ声すら聞こえず、ぐったりと動かないミオに必死に声をかけながら治療を試みる。
「死ぬな……!」
「……」
一目で駄目だと分かってしまった。
それでも、諦めたくはなかった。
だけれど、どれだけ手を尽くしても、何百年もかけて集めた知識を用いても———ミオが息を吹き返すことはなかった。
「あ、あぁ……ッ」
私の魔術の特性のせいで、分かってしまう。
もうこの子の身体から、魂が離れてしまっている。
私のせいで、私がみっともなく過去に執着して意地を張って……なんの罪もないあの子が死んでしまった。
●
失意のまま、私はミオの亡骸を抱えてあの子の家族の元へ向かった。
私のせいだ、と自分へ向けた嘲りの言葉を口にすると、娘を失った母親は泣いて、父親は私に罵倒と憎しみの感情を向けて、最後には母親と一緒に涙を流していた。
———私のせいだ。
私のせいでミオが死んだんだ。
土砂崩れのせいじゃない。
あの子をちゃんと拒絶しないで変に希望を見せたからあの子は私の元を訪れ、その結果死んでしまった。
「私なんかより、あの子の方が生きる価値があったのに……」
泥にまみれた小屋の中で、座り込んだ私は虚ろに宙を見上げながら呟く。
「あの子を、魂を呼び戻して生き返らせる?」
ミオの亡骸は、あの子の両親の元に返した。
今からならまだあの子の魂を魔術で呼び戻すこともできるかもしれない。
「……駄目だ。成功しても、確実に心が壊れてしまう」
死して間もないとはいえ、ミオの心は十代半ばの子供のものだ。
自分が死んだ事実に精神が耐えられるはずがない!! 確実に精神に異常をきたして、余計にあの子を苦しめてしまう。
そうなれば、ミオとあの子の両親を余計に傷つけることになる。
「そもそも肉体が死んでいるんじゃ、意味がない……っ、いや、待て」
容れ物なら、ある。
ヒサゴの遺体、その骨を埋め込んだ人形。
そこに魔術で呼び戻したミオの魂を入れればかなり高い確率で蘇生できる。
「それでも、どちらにせよヒサゴの記憶で……」
頭に浮かんだ考えを即座に否定する。
あの人形には光魔法とヒサゴの記憶が埋め込まれている。
その中に、十数年しか生きていないミオの魂を籠めても、ヒサゴの記憶に呑まれてしまう。
結果的に別人になるなら蘇らせる意味がない!。
記憶に呑まれないためには、別のどこかに負荷を担当させれば———、
「私が……私が、負荷を肩代わりすればいいんだ」
ミオの魂と一緒に、私の魂と肉体も人形に融合する。
悪魔は、人間の魂に同化することができると文献に載っていた。
そのやり方も原理も理解している私なら、可能だ。
「そうすれば、ミオは生き返ることができる」
ヒサゴの記憶も、魔術の副作用も全て私が肩代わりすれば、あの子は心をおかしくすることはない。
多少、ミオの記憶と認識を弄る必要はあるが、彼女は新たな肉体で生きることができる。
「私もおかしくなるかもしれないな……」
入れ物に刻み付けられた光魔法と記憶で、私自身の認識がおかしくなるかもしれない。
記憶が混濁し、人格そのものが変わってしまう可能性もある。
かつて囚われていた使命に駆られてしまうかもしれない。
「そんなこと、どうでもいい。これから先を生きてなんになる」
ヒサゴの行いも正すことができず、あろうことか心を折って何百年も腐っていた私が、このまま先の時間を生きてどうなるんだ?
それなら、私が奪ってしまったミオのこれからの命の方がずっと大事だ。
「なにもできなかった私が、唯一あの子のために成せること……」
これまで決断することができなかった覚悟は決めた。
これから先、私自身がどうなるかは分からないが、それでもあの子が生きてくれるなら———私のことなんか、どうでもいい。
最後の最後に誰かのために覚悟を決めることができたシアでした。
次回から第十八章開始。
次回の更新は明日の18時を予定しております。
加えて、一時間後に、登場人物紹介を更新いたします。




