閑話 半端者 上
お待たせいたしました。
本来は一話にまとめるはずが、とんでもない長さになったので上中下に三分割しました。
今回はシア視点の閑話。
シリアスです。
これから、私は私ではなくなる。
そう思うと書き記さずにはいられなかった。
魔王と彼の戦いから幾百年が過ぎた。
彼のためと嘯きながら努力したつもりだったが、結局全部無駄であとは化け物としての長い時間を無為に生きていくだけだと諦めていた。
なにも成せず、身を捨てる覚悟すらなく絶望していた。
無気力を理由に他者を拒絶し、無関心を貫いていた。
でも、それが大きな過ちだった。
私は、これから私ではなくなる。
性格が変わるかもしれない。
自我がなくなるかもしれない。
かつて捨てた妄執に囚われるかもしれない。
しかし、それでも構わない。
これは私があの子にしてしまった仕打ちに対しての償い。
私はシア
悪魔の母親と人間の男から生まれた混血の遺児。
生まれるはずのなかった、忌むべき存在だ。
●
気付いた時には母はいなかった。
いた、ということだけは覚えているが、なにかに追われて私を連れて逃げていた母は、気づいたら朽ち果てた小屋に私を置いて、どこかに消えてしまっていた。
私が化け物で村の人に嫌われていたから、母は私を捨てたのかもしれない。
悪魔らしく村の人たちを騙していたのがバレて、邪魔な私を置いていったのかもしれない。
でも、そんなことを知る由もなかった私は帰ってくるはずのない母の帰りを待って小さな家の中で震えることしかできなかった。
『あぁ、クソ』
たった一人で震えていた私のところにやってきたのは、剣を持った人間だった。
長い髪を後ろで一つに結ったくたびれた見た目の男は、その手から綺麗な光の球を浮かべていた。明かりに照らされたその顔は、なにかを悔やむような、恐れているようなそんな顔をしていた。
『……お前、名前は』
男の名前はヒサゴといった。
村の人たちに頼まれて私を殺すためにやってきた彼は、どういう風の吹き回しか私を殺さなかった。
その上、あのボロボロの小屋から私を連れ出した彼は、そのまま私を旅に同行させたのだ。
『……あぁ? 悪魔かどうかなんてどうでもいい』
どうして、私を助けてくれるの? と聞いたら彼は吐き捨てるように答える。
『助けてなんかねぇよ。これは、お前とは関係ない、俺のみっともねぇ……償いってやつだ』
思いつめたままそう語ったヒサゴの悲し気な表情は私の脳裏に強く刻みつけられた。
●
それからしばらくして、ヒサゴと私はカームへリオへと流れ着き、寂れた村の外れに定住することになった。私は、唯一の持ち物だった魔術の本で勉強をしながら静かで穏やかな毎日を過ごしていたけれど、正直そんな生活が好きだった。
旅で移り変わる景色を見るのも楽しいけれど、小さい頃から居場所がなかった私に帰る家があるだなんてものすごく嬉しいことだったから。
———ヒサゴ、どこかに行くの?
一つの場所に留まる生活の中、時折ヒサゴがどこかに行こうとしているところを何度も見た。
遠出するように荷物をまとめては、やめて戻ってくる。
本人は「気にしなくてもいい」と言っていたけれど、ヒサゴは何かに迷って、躊躇しているようにも見えてしまった。
『お前、いつまでここにいるんだよ』
ヒサゴは間違いなく、私の父としての役目を果たしていた。
ぶっきらぼうだが面倒見が良く、十数年も経っても独り立ちをしない私に対してもちょっとした苦言を口にするだけで済ましてくれていた。
———ヒサゴは年取っちゃったね。
『そういうお前は老けねぇな』
———うん、やっぱり私、悪魔だから
『くだらねぇこと考えんじゃねぇよ』
一定の年から見た目が変わらなくなった私の頭にヒサゴは手を乗せる。
『シア、自由に生きろ。悪魔だ人間だとか変に悩む必要はない』
——でも、私は普通の人間とは違うよ
『お前はお前だ。いちいち普通なんて考えるな』
——……うん。
彼の言葉にはすごく助けられた。
悪魔と人間の血が混ざっているからって、普通に生きられないわけじゃない。
そう思うと、いちいち気にしているのがバカらしくなって、私は一層に自分らしくあるために魔術の勉強に取り組んだりした。
そして———、
——ヒサゴ!!
『なあ、シア。俺ぁ、もうジジィだよ。もっと老体いたわれよ』
——魔術を覚えた!!
『あぁ? 魔術を覚えたぁ?』
身に着けたのは命を司る魔術。
死んだ人の身体に残された情報を読み取り、記憶———果ては魔法の系統すらも抜き出すことができ、肉体の情報から魂を呼び寄せることまでできるもの。
長い時間をかけてその魔術を身に着けた私は喜び勇んでヒサゴに報告した。
『……死んだやつを死体のまま生き返らせる? 魂を司る? ……罰当たりだな。……俺にそんなこと絶対にするなよ? というより、そうなったら俺の身体死んでるじゃねぇか。全然安心できねぇだろ』
もしかしたら、ヒサゴはこの時私が彼を生き返らそうとしていたことに気づいていたのかもしれない。
人間に比べたら、私は長い時間を生きる。
当然、このままじゃヒサゴは私より先に死ぬ。
それが、ものすごく怖かった。
●
時間は残酷だ。
半分悪魔の私はものすごく成長が遅くて、しかも一定の年齢まで成長したらそれから先は老いることはなくなってしまった。何年、何十年と過ぎた頃にはおじさんだったヒサゴも、おじいさんになってしまった。
『俺はなんのために戦ったんだろうな』
黒だった髪も白く染まり、身体も枯れ木のように細くなったヒサゴが、落ちかけの夕暮れを眺めながらぼそり、とそう呟いた。
『自分の過ちを、何度も正そうとは考えた』
『未来にこんなものを残しても災厄しか生まないと』
『今度は俺が死を振りまくのか、と』
『何度も、何度も考えて止めようとした』
晩年になってから、繰り返すように彼はそれを口にしていた。
その内容は私にもよく分からない。
だって、ヒサゴは自分の過去のことは私にはほとんど話してくれなかったから。
『だが、できなかった』
『それをしてしまったら、俺はなんのために……なんのために魔族を追い詰めた? なんのために彼らを殺した?』
彼は懺悔するように言葉を口に頭を抱える。
『なんのためにナギを、あの子を……裏切ったんだ?』
苦しみ、声を震わせる彼に私はなんて声をかけていいか分からない。
だけれど、年老いた彼にこれ以上無理をさせるわけはいかないと考え、小さくなってしまった背中に手を置こうとした———その時、ヒサゴが私の手首を掴んだ。
最早、握力すら感じさせない弱弱しい手。
『シア……お前は、きっと俺の記憶を見ちまうだろう』
——ッ!
『バカなことはやめろ。頼むから、お前だけは、自由に生きてくれ』
——なんで、どうして……。
『俺のようには、なるんじゃない』
懇願するようにその言葉を口にしたその夜———ヒサゴは眠るように息を引き取った。
父とも呼べる彼の死を私は受け入れることができなかった。
「ヒサゴ、ごめん」
私は、彼の言葉を無視し、亡骸に残された記憶を取り出した。
ベッドに横たえられた青白くなったヒサゴの身体から、光の球が浮き上がる。
光魔法と彼の記憶。
綺麗に輝くそれに手を伸ばし、触れた———その瞬間。
私の頭に濁流のように“ヒサゴの記憶”が流れ込んで来た。
戦いと家族との離別を経た“ヒサゴ”の記憶と、凄惨で、後悔にまみれた“勇者ヒサゴ”の苦しみ。
私はたまらず頭を抱えて床にうずくまってもだえ苦しむ。
「あ、ぁああああ!?」
病で息絶えた妻と娘の亡骸。
見慣れない鎧を着た兵たちの亡骸がそこかしこに転がる凄惨な戦場。
どこかの国で虐げられるヒサゴ。
民衆に石を投げられ、罵倒されるヒサゴ。
そして———人間に絶望しても、その未来に希望を持ったヒサゴが残した試練。
彼の記憶から、悲しみと絶望だけが頭に直接流れ込んでくる。
こんな、こんな身を斬るような思いを抱えながら彼は生きてきたのか? 絶望して、それでもどうしてこの世界のために動いてこれたんだ。
こんなんじゃ、ヒサゴが報われないじゃないか。
「……ぅあ……!」
寂しい、家族に会いたい。
裏切った少女へ謝りたい、償いたい。
途切れることのない悲しみが私の心を蝕む。
「ヒサゴ……」
私は、悲しみに耐えきれず、衝動的に魔術を行使した。
操った亡骸の中に魂を呼び寄せる術。
彼に少しでも未練や、生きたいと思う強い意志があれば動き出した亡骸にはヒサゴの意思が宿るはず。
狂っていてもいい、正気じゃなくてもいい。ヒサゴ本人なら。
そんな思いで魔術を行使した結果、死んだはずの彼の亡骸がひとりでに立ち上がる。
「!!」
彼が生き返った。
喜びのあまり、声をかけようとして———その虚ろな瞳を見て気づいてしまった。
彼は、ここにはいないということを。
「そんな、嘘だ。……ヒサゴ、なんで!! あ、あぁぁ!」
彼は生き返りたいだなんて少しも思っていなかったんだ。
未練すらもなく、魂を失った空っぽの肉体が動き出す。
穏やかに笑いもしない、ヒサゴの存在を感じさせない朽ちていく身体。
「ッ、ウッ……」
自分の恩人の亡骸を弄んだ事実を前に、私は強烈な自己嫌悪を抱き、吐き気を押さえることができなかった。
ヒサゴはもう戻らない。
二度と会えない。
それが、目の前で立ち上がったヒサゴの姿をしただけの骸がそう証明してしまった。
後悔しながらも何度も躊躇していたヒサゴ。
それでも彼はシアにとってかげがえのない父親でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




