第四百六十一話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
なんだかんだでカームへリオで一番印象に残っている場所は訓練場だった。
僕自身訓練できる場所を好んで使う、ということもあるけれど、ここでは他の国の勇者や従者達と関わることができたから記憶に残っているんだと思う。
「ウサト君、本当に動いちゃ駄目だからね?」
訓練場への入口の前にたどり着いた僕に、先輩がじとーってした目でそう言ってくる。
「……私もこんなにしつこく言いたくないんだけどね。ウサト君、目を離すとすぐに訓練し始めそうだから」
「分かってますよ」
僕のことを気遣ってくれていることを煩わしく思うはずがない。
それに、何度も言ってくるのは僕側に問題があるからだしな。
訓練場の扉を開けて中へ入ると、先輩が上を見上げる。
「ここは被害が少なかったみたいだね」
「ですね」
天井にちょっとした穴が開いているけれど、それ以外は無事みたいだ。
その穴も今は塞がれているので、なにかが落下する心配も多分ないだろう。
「うーん、人気はないね?」
「もうちょっと待ってみま……いえ、ちょっと待って下さい」
「ん?」
視界の端にちょっと気になるものが見えたのでそちらへ向かってみる。
向かう先は訓練場の端。
休憩用の長椅子が設置されているその上に、誰かが横になっていたのだ。
「こんなところで寝ているとは……」
「あの大丈夫ですか……ってこの子は」
もしや先日の怪我で苦しんでここで眠ってしまっていたのか、と思い焦って駆け寄ると、眠っているその子の姿が鮮明に見えて驚く。
「リズ?」
「すぅ……すぅ……すぅ」
「ね、寝てる」
訓練場の端っこの長椅子で猫のように丸くなっていた橙色の髪の少女、リズ。
いつもの厚手のコートではなく身軽な装いの彼女はどういうわけか、こんなところで眠っていた。
「あぁ、もう。こんなところで寝て、風邪引くよ」
「ふひひ……」
とりあえず見ていられないので、団服を脱いで彼女にかけておく。
「まったく、どうしてここに?」
「ふむ……ウサト君。私は分かるぞ、彼女がここにいる理由」
「え、分かるんですか!?」
うんうん、と頷いている先輩を見る。
「まずリズはウサト君に懐いている泥棒クマだ」
「えぇ……?」
「そして昨日、私はリズを相手に激闘を繰り広げた。厳しくも互いに健闘を称え合った激闘だ」
「いや、なにをやっているんですか」
本当に僕が熟睡している間になにをやっているんだ。
しかもそれがどうしてここで寝ることになるんだ。
「眠っているウサト君に迷惑をかけたくない。そして保護者であるウルアとエリシャに怒られてしまうと考えた彼女は、ある考えを思いついた」
「ある考え?」
「ここで君を待つことにしたんだ」
……いや何故!?
真面目にどうしてここで僕を待つという考えに!?
「ウサト君ならば、意識さえ戻れば朝には訓練場にやってくる。ならばその訓練場にいれば、君と遭遇できる」
「そんな人を訓練場大好き人間みたいに……」
「……?」
「はい、僕は訓練場大好き人間です……」
苦笑いして首を傾げた先輩の視線に耐えられなかった。
僕は先輩をからかったりする分には全然平気だけど、先輩を困らせたくはない。
即座に自分の間違いを認めていると、僕達が入ってきた入口とは別の扉から音がする。
『やっぱり来てたか』
やってきたのはガルガ王国の勇者、リヴァルと彼を慕う従者達。
訓練着に身を包んだ彼らは、離れたところにいる僕を見て、安心、そして呆れたような笑みを見せながらこちらへやってくる。
「勇者イヌカミはこいつの付き添いか?」
「そうだね。さっき目覚めてここにね」
先輩の言葉にリヴァルが呆れた目で僕を見る。
「お前、魔法の使い過ぎで気絶したんだろ? もう少しくらい休んでたらどうだ?」
「一日ちゃんと熟睡できたし疲れはほとんどないよ。……リヴァル達は訓練か?」
「あいつらがやるっていうから仕方ないだろ」
疲れたようにそう口にしたリヴァルだけど、本人的にも結構乗り気なのは僕も従者達も知っている。
肩を竦めた彼は、ふと周りを見回してから声を潜めて僕達に話しかけてくる。
「……ランザスは大丈夫だったのか?」
リヴァルもランザスさんの身を案じていたようだ。
ランザスさんに関しては厳重に情報管理されているので、彼が保護されていると知っている勇者達でさえも今彼がどうなっているのか知らない。
「ああ、彼の身体にとりついた悪魔も引き剥がしたし、身体ももう大丈夫」
「引き剥がした……? 普通にできるもんなのかソレ?」
「相手の魔力を治癒妨害で乱す技。治癒振動拳を使った」
「こっちが理解できる前提で話すのやめてくんねぇかなぁ?」
原理的にはそれほど難しい技ではない。
扱おうと思って扱える技ではないけれど。
「最初に会った時、荒れていた君に使った技だよ」
「うぐっ、あ、あの時の技か……確かに身体の内側を乱されるような感覚は、悪魔に効くだろうな」
勇者という重責に圧し潰されかけて、自暴自棄になっていた時のリヴァル。
もちろん今はあの時の彼から大きく成長して、従者達との仲も深まっているように見える。
「それで、君の方はどう?」
「は? どうって、なんのことだ?」
「これからガルガ王国の勇者としてどう活動していくか決めた?」
この騒動の後始末が終わり次第僕達はそれぞれの国へ帰ることになっている。
リヴァル達はガルガ王国へ戻って、引き続き勇者とその従者として活動していくことになるけど……以前までの彼ならまた自棄になってしまっていたことだろう。
「いや、全然決めてねぇよ」
「うん?」
「前にお前が俺に言ったみてぇに俺達だけの勇者の形を作っていくって考えもあった。……けど、まだまだ今のままじゃ無理だ」
リヴァルの言葉に耳を傾ける。
「今回の騒ぎで、俺は自分の未熟さを痛感させられた。その場では俺は、自分にできる最善の行動をしたと思っていたが、終わってから思い返してみればまだまだだった」
聞いた話によるとリヴァルと従者達はレインと一緒にカームへリオの人々の避難誘導を率先して行ったり、怪我人の救出と治療を頑張ってくれていたみたいだ。
できることをやってくれた。
その時点ですごいことだと思うのだけど、リヴァル自身は納得がいってないみたいだ。
「俺は、まだ一歩踏み出しただけなんだよ。今まで、ずっと足踏みして、あいつらに背中を押してもらっても、みっともなく抵抗してさ……」
「……」
「だけど、それでも一歩だ。俺は、もう後ろを振り向かない。国が選んだんじゃない、俺が自分の理想とする“勇者”になるために進んでいく」
勇者の形を作っていく前に、まず自分自身を認められる勇者になる。
同じように見えて違う目標に至った彼は、ハッとしたように僕と先輩を見ると気恥ずかし気に視線を逸らす。
「我ながら青くせぇことを言っちまったな。あいつらには黙っておけよ?」
「いや、言わないけれど。……そもそも、後ろで君の従者達が聞いているし」
「は!?」
呆気にとられて振り返ると、声が聞こえる距離にまで近づいたリヴァルの従者達の姿。
一様に感動したそぶりを見せた彼らに、リヴァルはわなわなと震える。
「おぉ前らァーー!!」
「「「わぁー!!」」」
叫びながら走り出したリヴァルに、一斉に逃げ出す従者達。
そのまま走り込みの訓練にスムーズに移っていった彼らを見て微笑ましく思う。
「彼らも変わったね。これも君の訓練のおかげかな?」
「僕はきっかけを与えただけですよ。リヴァルが前を向くことができたのは、彼自身の力と彼を慕う仲間たちのおかげですから」
僕がやったことなんて問答無用で走らせて反骨精神を煽っただけだ。
……走る、か。
「ウーサートー君?」
「もしや先輩ってエスパーですか?」
ちょっと思っただけなのに釘を刺されてしまった。
え、そんな走りたいって顔に出てた?
「何年君の先輩をやっていると思うんだい?」
「知り合ってから一年もやってないです……」
「じゃあ、幼馴染だっ!」
「幼馴染の定義どうなってるんですか」
新たな超理論をぶん回し叩きつけてくる先輩にツッコミを返す。
僕の言葉に満足そうに笑った先輩は「さて、と」と軽く一息つくと後ろを振り向く。
彼女の視線の先には未だに眠っているリズがいる。
「そこで狸寝入りならぬ熊寝入り娘」
「すぅー、すぅー」
「起きているのは分かってるよ?」
「すぅー、すぅー」
起きてたの?
さっきとは寝相が変わっているけど、傍目には眠っているようにしか見えないけど。
先輩の声に反応せずに眠ったままのリズを見て、彼女は手をわきわきと動かしにじり寄る。
「よし、ウサト君。少し後ろを向いていてくれ」
「一応聞きますが、いったいなにをするつもりなんですか?」
「口では言えないことだ」
あ、これはリズのためにも止めねばマズい。
そう判断し動こうとすると同時に、勢いよくリズの身体が起き上がる。
「ん、よく寝た」
「チッ……」
「ウサト、イヌカミ。おはよう、いい朝だね」
この反応からして本当に起きてたのか……。
ナチュラルに僕の団服を自分のもののように羽織って挨拶してくるリズに、先輩は露骨に舌打ちをする。
「こんなところで寝てたら風邪引くよ?」
「ウサトなら起きたら真っ先にここに来ると思った」
「来なかったらどうしてたんだ……」
「? でも来た」
この謎の信頼の高さはなんだ。
まさかここにいる間、ほとんど訓練場にいたからこう思われているのか?
くっ、なにも言い返せない……。
「ウサトは訓練に来たの?」
「いや、今回は流石に顔を見せにきただけだよ」
「そうなんだ」
……起きたなら団服を返してほしいのだけど。
当のリズは特に気にした様子もなく団服を羽織ってしまっているので、言っていいのか迷う。
「それでウサト」
「ん?」
「貸し2の件なんだけど」
「……」
そういえば僕、この子に二つの貸しを作っていたんだった……!!
一度目はネアの変装を黙ってもらうことと、エンヴァーとの戦いで手助けしてもらったこと。
「え、リズ? ウサト君? 貸しってなんのことかな? ウサト君?」
そして先輩も興味を持ってしまった……!!
無言の僕にさすがに察した先輩は、慌てたようにリズへと顔を向ける。
「リズ、あまり無茶な要求は勇者権限で断るからね!!」
「分かった。じゃあ、ウサト。うちの国に来て」
「微塵も譲歩してないじゃないかー!?」
ミルヴァ王国は僕の治癒魔法の秘密を知りたがっていたけど、リズはストレートに僕を勧誘してきたな。
でも、これ多分国の思惑関係なしに僕を呼ぼうとしているんだろうなぁ。
「ごめん、さすがにそれは無理かな」
「うん。冗談じゃないけど冗談。本当は別のお願いがしたい」
「そっか、冗談……ん? 冗談じゃない? ん?」
今の一瞬で矛盾が生じたような気が……。
ともかく、別のお願いってなんだろうか?
「私の実の父親のことを知って、もう関わることのないはずだった故郷のことも知ってしまった」
「……そうだね」
「正直に言うと、父親のことは本当に気にしてないけど、獣人の国についてはずっと気になってた」
無理もない話ではあると思う。
彼女にとってはジンヤさんは顔も知らない父親なので気にしていないのは本当なんだろう。
でも、故郷である獣人の国は、まだ一度も目にしていない特別な場所なんだ。
「私にとっての居場所はエリシャと先生のいる国だった。そう思ってたし、それ以外のことで悩むことなんてあるはずがなかった……けれど」
「うん」
「心のどこかで故郷を気にしてる。私と同じ獣人の人たちが住む場所を知りたいって思ってる。……まあ、それは強い想いってわけじゃなくて、こう……心の片隅でそう感じている程度だけど」
言葉を一旦切ったリズが僕を見上げる。
「正直、今すごく気持ち悪い感じ。ずっと私の中で選択肢が浮かび続けて、ふとした時に悩まされてる」
気持ち悪い、か。
常に悩みがつき纏うわけではなくふとした瞬間に出てくるのは確かに気持悪いな。
ちょっと納得していると、口元に手を当てた先輩が前に出てくる。
「つまり、偶然欲しかったフィギュアがお店で売っていたけれど、今は当時ほど購買意欲がなく、ちょっと欲しいくらいに留まって別に買わなくていいなって思ってスルーしたけれど、それからずっと買いたい欲が地味に付き纏って悶々としている状態……ってわけだね」
「先輩、もっとシンプルにお願いします」
「あー! これ今売ってるんだー! でも前ほど欲しくないなー! でもやっぱりちょっと欲しいなー! 悩むー!!」
「なるほど」
ものすっごい早口長文から勢いに任せた短文にしてもらい納得する。
そう言われるとすっごい分かりやすいな……。
「なのでウサト。私、獣人の国に行ってみたい。だから、口利きをお願いしたい」
できるかできないか、と聞かれればできる。
元より、ハヤテさんにジンヤさんの娘であるリズのことは伝えるつもりではあった。かつての親友だった人の娘となれば、ハヤテさんも無下にすることはできないだろう、が。
「でもリズ、それは……」
「別に故郷に帰りたいってわけじゃなくて、エリシャと先生と別れるってわけでもない」
「そうなのか……」
「というより、国に帰らないでそのままミアラークに向かってもいい」
……それは大丈夫なのか?
「国のことなら平気。私達のいる国はそこらへん結構寛容だし、先生は無駄に信頼されてるから」
ミルヴァ王国とガルガ王国のことを知った後だと、本当に各国で勇者の扱いに差が出るんだな……。
「でも、獣人の国は今でも閉鎖的な場所ではあるから大人数は入れないかもしれない」
「エリシャだけでも同行してくれればいい。先生はミアラークにお留守番してもらう」
「え、いいの? それで」
「先生にも納得してもらえるはず」
……これは後でウルアさんにも聞いておくべきだな。
どこから出てきたか分からない自信を見せるリズに苦笑いする。
「……分かった。族長のハヤテさんに知らせの文を送るよ」
「ありがとう。ウサト」
「君にはたくさん助けられたからね」
でも、リズ達がミアラーク組の帰還に同行するのは、いいカモフラージュになりそうだな。
ランザスさんを獣人の国に隠すときも護衛になってくれそうだし。
「ウサト君」
「はい?」
「私も獣人の国に行きたい」
「駄目です」
「流れ的にオッケーじゃないのぉ!?」
むしろこの流れでオッケー出すの難しいだろ。
……そういえば先輩は獣人の国にいったことはなかったな。
なんというか、獣人の国で獣人の人たちに先輩が粗相をしないかという心配もあるけど、なによりアマコの母親であるカノコさんと先輩が接触して、アマコが胃を痛めるようなことにならないか不安だ。
「いや、でもそれは……」
「……む? なに?」
カノコさんとリズが顔を合わせたらそうなりそう。
不思議そうに首を傾げる彼女を見て、内心でそう思ってしまうのだった。
先輩が来てもリズが来ても胃を痛めそうなハヤテさんでした。
次回の更新はなるべく早くにできたらと思います。




