第四百五十九話
二日目、二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー
今回はランザス視点でお送りいたします。
物心ついた頃から、私は痛みと共にあった。
常軌を逸した強大な魔力をその身に宿した特異体質。
それは、常に私の身体を内側から傷つけ、痛みを与え続けるもの。
『お願いだから、なにもしないで。貴方自身のために……』
『俺達は、お前になにもしてやれない。……すまない』
それが幼い頃、今となっては顔も朧げな両親から言われた言葉だった。
感情を乱せば、簡単に魔力を放出して周りを傷つけてしまう私を捨てた両親のことは恨んでいない。
なにせ、いつ爆発するか分からない危険な存在を物心つく年頃まで育ててくれたんだ。むしろ感謝するべきだ。
普通なら、私のような怪物は赤ん坊の頃に捨てられて、その存在すら知られずに野たれ死んでいたのだろうから。
それから、私は一人になった。
施設に預けられ、そこでもまた周りに恐れられながらも、私は誰も傷つけないように心を乱さないように押し殺して、我慢した。
痛みを我慢して、避けられること、怖がられることに慣れるように自分に言い聞かせて毎日を過ごす。
それが私の普通だと思い込んで。
『ランザス君。陛下が君の素質を見出された。君を勇者候補として任命したい』
成人し、孤児院を出た私の前にミルヴァ王国からの使いがやってきた。
それからあっという間に私は勇者に……いいや、今思えば国の兵器として取り込まれた。
『ぼ、僕……いえっ、わたしはレイン、と申します!! 今日から貴方様の従者としてお仕えすることとなりました!』
そして身体が弱い私のために、まだ十になったばかりの年頃の少年、レインが従者になった。
常に痛みに苛まれ、無理やり回復魔法を発動しなければまともに動けない私のために、王国が紹介した治癒魔法使い。
私と同じように孤児で、まだ幼い少年であったレインと出会ったことは、私にとっても幸運なことだった。
『え、怖がる? ランザス様を? そんなこと思ってなんかいませんよ?』
私という厄介者の従者にさせられたのに、あの子は嫌な顔一つせずに付き従ってくれた。
きっと、レインは私に恩義を感じているけれど、実際はそんなことはない。
助けられていたのはいつも私だった。
あの子が恩に感じていたことは、全部レインへの恩に報いるためにしてきたことだったんだ。
『ゆ、勇者ランザス!! あの嵐をなんとかしてくれ!! お前ならできるだろう!?』
ミルヴァ王国の首都を襲った未曽有の大嵐。
まともに直撃すれば、たくさんの人たちが死に、住む場所を失うことになる。
王に命じられた私は、自然がもたらした災厄にレインと共に立ち向かった。
『がっ、ァ、ああぁぁぁ!!』
その結果、私は大嵐を退け都市を救った。
暴れまわる魔力を放出し、溢れ出る魔力で腕が裂け、身体にかかった負荷で血反吐を吐きながらも、私は成し遂げた。
大勢の人々のために、自然災害を押し返すという誰もできない偉業。
はじめてこの力がちゃんとした形で役に立てたことは、正直、誇らしい気持ちだった。
こんな痛みしか与えなかった力で、誰かのための力になれた。
自分がここにいて理由が見つけられた。
これで誰かに認められる。
その事実だけで、報われたって……そう思えたのに―――、
『あんな嵐をたった一人で……?』
『普通じゃない……』
『か、怪物……』
城も、街の人々もそう思ってなんかいなかった。
両親の時と同じ。
私を恐れ、遠ざけようとする視線と声。
命じたはずの王でさえも、私を怪物を見るような目で見て、怯える反応を隠さなかった。
『こんなの、あんまりじゃないですか……ランザス様はたくさんの人たちを助けたのに……』
悲しむレインを見ながら私は虚しくなった。
どれだけ痛みに耐えても、どれだけ人に希望を見いだしても、私という怪物は誰かに祝福されることなんかなかったんだって、そう理解してしまったから。
それから少しした時、私は“奴”に出会った。
『君がランザス? 俺の名はエンヴァー』
黒いコウモリの翼を持った金髪の男。
頭の奥から酩酊するような甘い雰囲気を纏ったその男は、私に名乗ると、軽薄な笑みを強めた。
『すごい魔力を持っているんだってな?』
『いやぁ、すごい。俺達がいた時代でも類を見ない』
『まさしく突然変異というやつだ』
『だけど、そんな君にこの国の奴らは酷いねぇ』
『でもあれが人間の本質だから、気になんてすることはないよ』
『人間は自分より優れた者を怖がる愚か者なんだから』
矢継ぎ早に、私が口を挟む間もないままそう言葉にしていくエンヴァーは、馴れ馴れしく私に手を差し出した。
『その体、俺がなんとかしてやろうか?』
怪しい話なのは分かっていた。
こいつは悪魔という存在で、私をなにかに利用しようとしていることも。
だけれど、それでもその提案は魅力的だった。
この痛みから解放されるなら、もしかすると私も普通の人間のように生きられるかもしれない。
『———詳しく、聞かせてくれ』
結局、私は契約を結んでしまった。
初めて自分を曲げてしまったけれど、その時は後悔はなかった。
だって、少しくらいいいじゃないか。
今まで散々我慢してきたんだから、自分本位になっても。
一度くらい、我儘に行動して。
もしそれで破滅するようなら、別にそれでいい。
結局のところ私はエンヴァーという悪魔の囁きに負けたのではなく、私自身に負けてしまったんだ。
しかし、今になって思うと、私は自暴自棄になっていたんだ。
自分の人生に諦めて、他人に期待することをやめて、悪魔なんかと契約した。
そして、もう一つの理由は———レインだ。
長く生きられないであろう私のせいで、レインが一人になるくらいなら……祭りに参加するであろうリングル王国の治癒魔法使いにあの子を託してから、死のう。
そうした方が、レインのためになるし、なによりミルヴァ王国という肩身の狭い場所からあの子を解放することができるから。
●
最後に覚えている記憶は、ウサトと黒髪の少女が私からエンヴァーを引き剥がそうとしている光景。
次に目を開いた時には、私は見覚えのない部屋でベッドに寝かされていた。
窓の外に見える景色は暗く、部屋の明かりも枕元の魔具の明かりしかないことから、今が夜だということは分かるが……。
「———え?」
目が覚めて、まず最初に抱いた違和感。
それは身体に痛みを感じないこと。
「っ!」
嗅覚も触覚も、味覚だってちゃんとあるし、腕をつねってみてもちゃんと痛覚もある。
だけれど、この二十年という人生、常に身近にあった“痛み”がなくなっていることに、困惑しながら体を起こすと、自分が寝かされているベッドの傍に誰かが座っていることに気づく。
「……ウサト、さん?」
「……」
腕を組んで椅子に座ったまま、目を瞑って器用に眠っている青年、ウサトさん。
「ね、寝てる?」
どうして、彼がここに? と疑問を抱いた瞬間、寝起きで頭がぼんやりとしていた私は、ようやく自分がなぜここにいて、なにをしたのかを思い出す。
「私は、なんてことを……っ」
私はエンヴァーに身体を乗っ取られ、カームへリオ王国を危機に陥れた。
自分の魔法で街を破壊し、危うくレインまで殺しかけたところを、ウサトが力づくで止めてくれた。
「目を覚ましましたか。ランザスさん」
「っ」
後悔に苛まれる私に、声がかけられる。
そちらを見ると、肩に黒いフクロウを乗せたウサトさんが目を開けてこちらを見ていた。
「ウサトさん。眠っていたんじゃ……」
「いえ、浅く眠っていただけですから……ネア」
「ふぁー……ええ、分かったわ」
ウサトさんの肩にいるフクロウが気だるげに目をこすりながら、部屋の外へ向かって羽ばたいていく。
その様子を苦笑しながら見送ったウサトさんは、私に視線を移してくる。
「身体の調子はどうですか?」
「……痛みが、ないんだ」
ずっと自分の人生につき纏ってきた身体の痛みが嘘のように消えている。
でも、いざなくなってみると、どんな感情になっていいか分からなくなってしまう。
「え、痛覚がないってことですか!?」
「い、いや、感覚はちゃんとある」
しまった。
伝え方が悪かったせいで慌てさせてしまった。
すぐに肩に手を置いて、治癒魔法をかけてくれる彼に向かって首を横に振る。
「今まで感じていた痛みが、消えて……困惑してるんです」
「他に異常とかは?」
「ない、と思います」
あと、身体が感覚的に軽い気がする。
今までは荷馬車がいっぱいに荷物を載せられ、動きにくい感じだったとすれば、今は荷物を全部とっぱらって身軽になった……みたいな感じだ。
私の言葉にウサトさんは安堵したように脱力する。
「はぁぁ……あとは経過をみなきゃなんとも言えないけれど、とりあえず大丈夫そうでよかったです」
「私の身体に、いったいなにが……」
「簡単にですが、説明します」
ウサトさんが言うには、私からエンヴァーを引き剥がす過程で、エンヴァーと一緒に私の魔力まで引き剥がされてしまったとのこと。
簡単に説明を終えたウサトは、そのまま自身の膝に手を置くと、そのまま深く頭を下げてくる。
「すみませんでした」
「……ど、どうして謝るんですか? むしろ謝るのはこちらの方なのに……」
彼が謝ることなんて一つもない。
なのに、どうして。
「エンヴァーから解放するためとはいえ、貴方のことを何度も攻撃してしまいました」
「っ……君は私を見捨てずに助けようとしてくれたんです。どうして、散々迷惑をかけてしまった私が、君を責められるでしょうか……」
私が仕出かしたことに比べたら、むしろ殴られた痛みじゃ足りないくらいだ。
「ランザス様!」
「レイ、ン?」
私とウサトさんがいる部屋に飛び込んできたレインは、足をもつれさせかけながらもベッドに辿り着く。
それから少し遅れる形で、部屋に見慣れない黒髪赤目の少女と、なぜかエプロン姿のイヌカミ殿がやってくる。
「城の人にもついでに伝えてきたわよ、ウサト」
「私が夜食を作っている間に彼が目覚めるとは、なんというタイミングだ!!」
一気に慌ただしくなる部屋に構わず、レインは怒り心頭で私に詰めかかってくる。
「貴方はバカです!! なんでそんなに自分を蔑ろにするんですか!!」
「ごめん……」
だけど、この子の怒りも当然のことだ。
レインのため、と考えておきながら私はこの子の意思を無視した上に、自分本位の考えで行動に出てしまった。
「色々な人に迷惑をかけて!!」
「うん……」
「こんなに心配させて!!」
「うん……」
「次やったらマジでしばきますからね……!」
どうしよう、なんだかレインがちょっと荒くなってる気がする。
「さて、ランザスも目が覚めたことだし、とりあえずは彼の処遇について話しましょうか」
「ああ、そうだね」
黒髪赤目の少女の言葉にイヌカミ殿が頷くと、彼女は椅子に座っているウサトの隣にまで移動する。
私の処遇……どのような罰も甘んじて受けるつもりではある。
緊張している私にイヌカミ殿が軽い様子で人差し指を立てた。
「とりあえず、君は悪魔との戦いの末に行方不明ってことで」
「……え?」
ゆくえ、ふめい?
罰を与えるのではなく、なぜ行方不明? 呆気にとられる私にイヌカミ殿は苦笑する。
「このことはちゃんとラムダ陛下との交渉の末に出た結論だ。もちろん、彼も納得している。君はこの後、事態が収束するまでここで秘密裏に療養し、ミアラークの勇者レオナの案内の下、ミアラークに向かってもらう」
「ま、待ってくれ!!」
理解が及ばないうちに話が進むことに、慌てて声を上げる。
「それでは、ミルヴァ王国は……あの国がどんな反応をするか。それなら私を引き渡した方が……」
「表面上は平和に終わるだろうね」
罪を犯した私の身柄をミルヴァ王国に引き渡せば、責任の全てを私が負ってそれで終わりのはず。
イヌカミ殿もそれが分かっているのか頷いてくれるが、斜め下に向けられた視線は恐ろしく鋭く、一種の冷たさを感じるものを思わせた。
「だがそれでどうなる? 自国の勇者に悪魔を引き合わせる国に君を戻してなんの意味がある?」
「……」
「よくて一生牢屋の中、最悪処刑だ。そんなことは、ここにいる全員が望んでいないことだ」
確かに、その通りなんだろう。
ミルヴァ……いや、あの国は結局どちらでもよかったんだろう。
私の身体がエンヴァーに乗っ取られることと、私が死ぬこと。
あの国にとって、魔力を失い、常人に戻ってしまった私に残された価値は、今回の罪を押し付ける都合のいい人柱くらいしか無い。
「この件でミルヴァ王国を詰めることはできるかもしれないが、あまりにも意味がない。事の発端の悪魔エンヴァーは無力化されているからね。しらを切られればそれ以上の追及は難しい」
「……」
「かといって、行方不明ではなく君が死亡したことにすれば当然、ミルヴァ王国側は君の遺体の引き渡しを要求してくるだろう。死体が残らなかった、はたまた別の遺体を用意したとしても、嘘がバレれば話がさらに拗れることになる」
「だから、行方不明、と?」
「その方がラムダ陛下にとっても都合がいいらしいからね」
だとしても、それでも問題が出てくるだろう。
私の質問に、勇者イヌカミは先ほどの冷たい印象をがらりと変え、笑みを浮かべながら親指を立てる。
「まあ、私の従者のウサト君は、えげつない人脈があるから任せて大丈夫さ!!」
勇者イヌカミに肩に手を置かれたウサトは、苦笑しながら私を見る。
「先輩の言う通り、伝手に関しては僕に任せてください」
「ウサトさん、あの……ランザス様はなぜミアラークに?」
確かに、どうして私がミアラークに?
ウサトさんのいるリングル王国ならまだ分かるが……?
「この場では明かせませんが、ミアラークに僕の信頼する人……がいます。それから、身を隠す必要があれば……獣人の国で療養していただくという考えもあります」
「え、獣人の国?」
確かにミアラークは獣人の国の隣にある国だけど。
普通に行ける場所じゃない。
「もしかして、ランザスさんは獣人の方が苦手ですか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」
というより、ミルヴァ王国では獣人をほとんど見ないからそういう苦手意識が薄い。
私に限っては、なにより自分のことで精いっぱいだったから気にする余裕がなかったという理由もある。
「よかった。僕の友人に獣人族の族長を任されている方がいますので、別件と合わせて相談しようと考えています」
「「……」」
この場では明かすことができない人物というのも普通じゃないのだが、それ以上に獣人の国に向かわせることが選択肢に入っているのがおかしい。
でも……多分、この人は本当にそれを可能にしてしまうんだなってことが分かってしまう。
「……エンヴァーの意思によって引き起こされたしても、貴方自身が罪の意識を感じていることは理解しています。多分、それを償うためには自分の命すらも捨てていいと思っているくらいに」
「……っ」
私の内心をウサトに言い当てられ、言葉に詰まる。
「以前、とてつもなく性格が悪い魔王にも似たようなことを言ったことがあるのですが……」
そんな私にウサトは苦笑した様子で続けて言葉を発する。
「死んで償うと言えば聞こえは良いですが、楽な道に逃げているだけです。それより、生きて償う方がずっと難しいことなんです」
「……それは」
「ランザスさん。もう自分が長くないだとか、レインを僕に任せるだなんてことを言ってないで、生きてください。———貴方は人並みに生きれるようになれたんですから」
そう言葉にされて、ようやく実感が追い付いた。
恥ずかしながら、その考えが思い浮かばなかった。
「罪を償うなら、その後。分かりましたか?」
「……ウサトさん。本当に、ありがとうございました」
謝罪ではなく、感謝の言葉を口にする。
———生きられる。
その事実を強く噛みしめながら、私は改めてウサトに礼の言葉を口にした。
それに対してウサトは、安堵したように満足そうに笑い———、
「よし、これで一件落……ちゃ……」
椅子に座ったまま、かくんっ、と脱力し、そのまま俯いてしまった。
唐突に俯いた彼に驚く私とレインが、慌てて様子を見ると、彼は椅子に座ったまま眠っているではないか。
「う、ウサトさん!?」
「あちゃー」
「流石に無茶しすぎたね、ウサト君」
気絶するように眠った彼に、ネアと呼ばれた少女とイヌカミどのが苦笑する。
「まったく、怪我人の治療、瓦礫の撤去の手伝い。その次にこの時間まで貴方を見ていたもんだから、とうとう力尽きたみたいねぇ」
「今の、今まで?」
「そう、今の今までずーっとよ。本当におバカよねぇ」
彼の戦いはエンヴァーを通して見ていた。
あそこまでの戦いをした後も、彼は動き続けていたのか……?
体力云々以前に、そこまで動き続ける彼の精神力の方が怖く思えてしまった。
「スズネ、あんたはそっちね」
「ああ、まったくしょうがないなぁウサト君はぁ」
「その顔やめなさい」
勇者イヌカミとネアがウサトの腕を首に回して彼を両側から持ち上げる。
「じゃ、私たちはこいつを休ませにいくから、後はちゃんと話し合いなさい」
「ウサト君の重さすごい」
「だからその顔やめなさい」
そのままイヌカミ殿とネアは、ウサトを支えて部屋から出て行ってしまった。
残された私とレインは言葉を発することもなく、少しの間の静寂が部屋を支配した。
「……」
ちゃんと、話し合うか。
確かにその通りだ。
私は、ここに来てからずっとこの子のためと言い訳をして、ずっとレインの意思を無視してしまっていた。
「レイン」
「……はい」
もう私には治癒魔法は必要ない。
多分それはレインも理解していることだろうけれど、私にとって治癒魔法使いだからという理由でレインを従者にしていたわけじゃない。
不安そうに瞳を揺らすレインの頭に手を置き、答える。
「従者ではなく、私と、友人になってくれないか?」
「……っ! ランザス様!!」
これからの人生に、痛みはない。
それなら、もう後ろ向きなことを考えないで私自身が変わっていこう。
その第一歩として、まずはどうしようもない私を慕ってくれるこの子と友人になることから始めよう。
エンヴァー戦より、その後が大変だったウサトでした。
今回の更新は以上となります。




