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第四十九話

お待たせしました。



 不安を残しながら馬車に揺られること約一週間、アマコの予知のおかげでこれといったトラブルのないまま無事ルクヴィスに到着した。いや、モンスターには襲われはしたが、ウェルシーさんから聞けば遭遇率が全然違っているらしい。

 まあ、種族的に強いブルリンが一緒に居るということもあるが、それでもアマコの魔法は便利すぎた。

 そんなこんなで到着したルクヴィスの門を目の前にして、僕は馬車の窓から顔を出し大きな門の全容を眺める。


「綺麗だな……」


 リングル王国の城門は古めかしく堅牢な印象の門だったけど、こちらは黒い色を基調とし色とりどりの装飾が施されている豪華な門だ。魔法陣のような刻印が刻み付けられているところを見るとただの門じゃないのかもしれない。見かけ倒しっていう可能性もあるけど……。


「なんだか学校って感じがする」


「俺達の行っていたとことは全然違うけどなー」


「それはそうだよ」


 同じく窓から城門を見たカズキの言葉に頷く。

 今は先に降りたウェルシーさんと護衛の人が門を守る人に通してもらえるように話をつけてもらっているけど、入ったら気をつけなくちゃな。一応僕達はリングル王国という看板を背負って来ているんだし、泥を塗るわけにはいかない。


「先輩、気を付けてくださいね。絶対喧嘩とか吹っかけちゃダメですからね?」


「あの……私、規律を重んじていた元生徒会長だから、そんな通り魔みたいなことしないよ……そこまで信用ないのかな?」


「元生徒会長だからですよ」


 正義感の強い先輩ならもし迫害されている学生を見たら飛び込みかねない。

 そういう信条は立派だけど。


「アマコもさっき渡した外套を被るんだよ?尻尾も極力動かさないように」


「大丈夫、慣れてる」


 僕と同じ色合いの白い外套を深く被ったアマコ。彼女は城へは行かずアルクさん達と共に馬車で待つことになっている。重要な任務で手が離せない僕達よりもアルクさん達と一緒にいたほうが安心という理由からだ。

 向かうのはウェルシーさん、一樹、先輩、そして僕だ。


「許可を貰えました、それではルクヴィスへ入りますっ!」


 外からウェルシーさんの元気な声が聞こえると同時に再び走り出す馬車。同時に巨大な門が上方に上がり、都市の中の様子が露わになる。


 立ち並ぶ建造物。

 大中小と大きさによって異なるが、そのどれもが白く学校然とした清い空気を醸し出している。なんだろうか、僕のいた世界のような建物じゃなくて、なんというか西洋建築みたいなつくりをしている。


 全体的な印象はリングル王国の街の並びと似ているのか、真っ直ぐ開けられた大通りを中心に建物の合間合間に道が作られている。

 リングル王国のように出店を開いている。しかしその商いをしているのが制服のようにローブを着こなしている同年代くらいの子供達。道を歩く人もほとんどが同じ格好をしている。

 大人の姿は数えるほどしかなく、なかなかに異様な光景に見えた。


「ここが、魔法の都市……」


 正直、ここまで子供に自由が与えられた場所だと思っていなかった。学校というからには、元の世界のようにある程度の規則の上で成り立っていると考えていたけど、ここの在り方は高校というより大学の方が近いかもしれない。


「流石に馬車を街中で走らせることはできないので、ここからは歩きになります」


「あ、はい……ブルリンはどうします?」


「ブルーグリズリーなら馬と共に厩舎の方に連れて行ってくれるそうです。彼の存在は注目を集めすぎますからね」


 成程、街へ連れて行って不用意に怖がらせてしまうということにならなくてよかった。安堵しながらウェルシーさんの指示に従い、僕たちは馬車を降りる。荷物は……今のところは馬車に積んでおいても大丈夫とのことだ。騎士さんが見張りについてくれるから盗まれる心配もないらしい。


「それにしても……」


 嫌に視線を感じるな。

 ここはまだ門の内側近くなのに、既にもの珍しそうに学生らしき子供が集まってきている。皆一様に黒っぽいローブを着ている……というよりそれ以外の服装が見当たらない。白い団服を着ている僕が場違いな気がしてくる……。


「……ん?」


「どうした?ウサト……」


「いや、ちょっと……」


 その中に僕を睨み付けている少年が居た。まるで親の仇でも見るかのような目でこちらを睨み付けている少年の着ているローブはどこか煤汚れている。


 しかしながら、あの程度の眼力で睨み付けられても僕にとっては日常茶飯事。特にこれといって怖くはない、視線を受け流し、逆に目を合わせるとビクリと体を震わせてそそくさと何処かへ走って行ってしまった。


「一樹、もしかして僕……目つき悪い?」


 そう一樹に聞くと、彼はきょとんとした後に「怖くなったというか、凛々しくはなった」と言った。

 凛々しいとは一番遠い場所に居ると思っていた僕だが、他ならざる一樹にそう言われ少し嬉しくなってしまう。


「凛々しい、ね。気弱って言われたボクがそんな事を言われるなんて……感動だ……」


 僕の隣でアマコが「………怖いときは本当に怖い」なんて呟いているけど全然聞こえないね。

 一人感動に打ち震えていると、ウェルシーさんが僕達の前に立って大通りの向こうを指さした。指さされたその先にはこの都市で一番目立つ大きな建物が見える。


「目的の場所はここからそう遠くはありません。騎士の皆様はここで待機していてください。私達は書状の方を渡しに向かいます、それでは、ついてきてくださーい」


「はい、じゃアマコ。ブルリンをよろしくね」


「特に心配してないけど気を付けて」


 心配くらいはしてくれてもいいんじゃ……いや、他ならぬアマコの言葉だ、ある意味一番信用できるから、彼女なりの激励なのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせつつも、見送ってくれた騎士さんたちにひとしきりお辞儀した僕達はウェルシーさんを筆頭に大通りを歩きだすのだった。









「うちの防具は丈夫で安い!自信を持って売らせていただきます!!買うならここ!カールグナ武具店!」

「干し肉の質ならどこにも負けない!学生だからって甘くみるのは禁物だよー!!」

「何でも売ってくださーい。場合によっては物々交換もありですよー!!」


 本当にいろいろな店があるんだなぁ。

 子供が切り盛りするにはいろいろ大変だろうとは思うけど、僕よりも小さい子が呼び込みとかしているのを見るのは感嘆の声をあげずにはいられない。


「自由に使えるお金がない子は授業外の時間を利用して働いているのです。あくまで仕切っているのは大人の商人ですが、その手足として働いているのはここに住む多くの学生たちなのです」


「へぇ、バイトみたいだなぁ」


 面白いなぁ。学業の傍らに仕事をしているっていうのは僕達の世界とそっくりだ。

 ウェルシーさんにおいて行かれない程度に少し歩く速度を落としながら、ルクヴィスの風景を見渡す。


 本当に、こんな活気ある街で差別とかそういうのがあるとは思いたくないな。道行く人達、というより同じ位の年頃の子供達が笑いながら出店を眺めている光景を見て、「この国にはそういうのはないのではないか?」と思ってしまう。


「先輩はどう思いますか?こういうの興味津々でしょ……って、え?」


 一樹と先輩は此処について今の所どういう印象を持っているのだろうか。

 少し聞いてみようかな……ってあれ?


「一樹、ウェルシーさん……先輩は?」


「え?先輩?……あれ?」


「イヌカミ様なら隣に……っていない!?」


「……あの人は少し位ジッとしていられないのか!?」


『流石は魔導都市!売っているものもファンタジーじゃないか!!』


 歩きだしてから十分も経ってないのにもう居なくなった先輩に、頬を引き攣らせながら背後を見やると、そこに少しばかりの人だかりと聞き覚えのある声が聞こえる。姿は見えないが、なんとなく僕は察した。

 同じく頬を引き攣らせている一樹とウェルシーさんに無言で背を向け、注目を集めている先輩の方へ向かう。

 異常に高いテンションで声を上げている彼女は、残念ながらも美少女だ。

 されど残念。それが僕の中での先輩のイメージを大分悪い方に変えている。


「すいません、あれうちの連れです!残念ですけど連れです!!」


 野次馬の如く集まったローブを纏った人の間を縫うように行き、先輩の元へ進む。先輩の衣服はリングル王国でこしらえた特注装備、黒ローブの集団の中に入れば注目の的になるのは必然、前が見えなくなるほど集まった人の波をかき分けながらこれ以上ないため息を零す。


 本当の本当にこの世界を楽しみすぎでしょ。元の世界に未練なさ過ぎてドン引きするレベルだよ。僕も相当だと思ってるけど先輩には劣るね。


「後、少し……」


 ようやく先輩の姿が見える所にまで進めた。視線の先には目を輝かせなんらかの防具を掲げ舐めるように見回している彼女………貴方この国に来た目的忘れているんじゃないの!?

 子供のようにはしゃぐ彼女を視界に収め、少しだけ足を速めた……が、それがいけなかったのか、突然前に割り込んだ野次馬の一人にぶつかってしまう。


「おぅわっ」


「あ、すいません!」


 当たり所が悪かったのか、尻餅をつくように倒れてしまった相手に内心きまずく思いながら遠慮気味に手を差し伸べ……るのだが、こちらを見上げる彼女の切れ長の瞳を見て息を吞む。


 アマコと似たような獣染みた切れ長の瞳。フードのようにローブを頭に掛けているから、顔しか見えないがこんな晴れた日に外套を被っているという事は、そういうことなんだろう。まだ会わないと思ってはいたが、この状況だ、ここは気付かないふりをしよう。

 ……今の段階で面倒事に巻き込まれたくはない。書状渡す前に問題起こして追い出されるとか笑えない。


「……大丈夫ですか?」


 とりあえず止まってしまった手を差し出すと、倒れてしまった人は切れ長の瞳を丸くしつつも差し出した手を取る。そして僕の全身を見て得心がいったように少し口を噤んだ後にゆっくりと立ち上がる。


「珍しい人だな」


「いや……珍しいって、いや珍しい人だ……」


 僕、異世界人だし。この世界の人からしたら滅茶苦茶珍しい人だ。立ち上がったその人はローブの砂埃を払うと僕の顔を一瞥すると、心配いらないとばかりに手を横にかざした。


「押されただけだから怪我はないよ」


「良かった、本当はお詫びをしたいところなんだけど、今は急いでいるので……」


 お詫び位はしなくてはいけないところだろうが、今は目の前で子供のようにはしゃいでいる先輩を連れてウェルシーさんと一樹の元へと戻らなくてはいけない。

 もう一度「すいませんでした」と謝りながら先輩の方へ……。


「待て」


 ガシッと擬音が着きそうな勢いで右腕が掴まれ、思い切り引き込まれる。

 振り返ると、外套の中で瞳をこれ以上なく鋭くさせた人が、なんと引き寄せた僕の腕に顔を寄せ、匂いを嗅いでいたのだ。いやらしい意味はない、というよりそんな感想が抱けない程に、怒気というか殺気のようなものが感じられたのだ。


「―――お前、知ってる匂いがするなぁ」


「……はて、なんのことやら」


 旅の都合上、男勢は昨日から体を拭いていないとは言えない。

 ……多分僕の腕を掴んでいる彼……いや、声からして彼女か。彼女の言っている『匂い』はそれとは違う。あるとすれば―――


「しらばっくれるな。……何でお前からあたしの知り合いの匂いがするんだ?」


「……ん?もしかしてアマコが言ってた昔良くしてくれた人って君―――」


 そう言った瞬間、掴まれた右腕が万力の如く握りしめられる。なんて力だ、ローズに勝るとは言わないけど中々の力だ。少なくとも人の力じゃない。


 この場から連れ出すように引っ張られるが、この場を離れる訳にはいかないので抗うように力をいれると困惑したような声を上げた後に、剣呑な気配を滲みだし始める。


「ッ!……動かない、か……やっぱり、アマコはもう……そして今度はあたしってことか……!」


「待って、何か凄い誤解してる。一旦落ち着こう?」


「落ち着けるか……ッ」


 何だか変な誤解されてる。具体的に言うと目の前の人にとって僕がとんでもない畜生になっている。


 何時の間にか目の前の彼女が身に纏った外套からガントレッドが嵌められた左腕を引き絞るように構えるのが見える。僕の周りに居た野次馬もそれに気づいたのだろう、そのガントレッドを見てうわぁと言いたげな声を出して離れていく。

 おい助けろ、学生共。


「奴隷商か?盗賊か?それとも、巷で有名なリングルの強面の人攫いの連中か?」


 すいません、最後のは多分僕の同僚です。

 あれ違う人攫いです。


「ちょ、ホント落ち着いて!僕はアマコに……そう、友達なんだ!!」


「友達か、人間にとっては都合の良い言葉だな……ッ」


「え、えぇ……」


 制止の声を言い終える前に、引き絞られた腕に力が籠められると共に周囲の空気が拳周りに集まっていく。目には見えない……が、独特の風切り音が拳から聞こえるので嫌でも気付く。

 これはマズい、逃げようと掴まれた右腕をふりほどこうとするも、万力のように握られた手は動かすことができるが離れない。腕力で上回ってるのに、何この人握力強すぎでしょ。


「ハァッ!!」


 振り回すように放たれた鋼鉄に包まれた拳が腹部目掛けて放たれる。拳が繰り出されたその最中、外套が頭から外れ彼女の素顔と、その頭部に生えている耳が露わになる。


 後ろに流すように結われた茶色がかった髪に、尖ったような獣耳。

 幼さの残る端正な顔に怒気を浮かばせた彼女に若干の理不尽を感じながらも、僕は繰り出された拳を空いた手で受け止めた。


「むむむッ」


 拳が当たり衝撃が掌を突き抜ける。

 一か月前の僕なら、数秒くらいは悶絶していただろうが……。あの地獄のサンドバック訓練を耐えた今となってはこの程度の打撃、悶絶するにはまだ威力が足りない。

 そう思っていたのも束の間、拳が直撃してから数瞬後、拳から解き放たれるように刃のようものが飛び出し、拳を受け止めた手を切り刻んだ。


「いてぇ!?」


 鮮血が掌から飛び散る……が、即座に治癒魔法で傷を塞ぐ。鋭利な刃物で切られたような感覚、しかし皮膚を浅く切りつけるくらいじゃ治癒魔法の治す速さのほうが上だ。


「な……受け止め……いや治った?!人間じゃ……ない!?」


「人間だよ!?」


 本当に失礼だな!!僕はまだ人間だよ!本当の化け物はローズっていう理不尽大魔王なんだ!!

 拳を受け止めたまま顔色を変えずに直立している僕を不気味に思ったのか、怒気に彩られた表情に若干の恐怖を滲ませ、掴んだ右腕を離し後方へ下がりこちらを覗う様に拳を構えた。


「…………、ここじゃ目立ちすぎる……」


 自身に集まる視線に気づいたのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた彼女。

 そのまま外れたフードを深く被り直して、僕を睨み付けて「顔、覚えたよ」と僕に一言だけ言い放ち、路地裏へと走っていってしまった。


「……追うか?」


 追いつこうと思えば、直ぐに追いつける自信がある。でも書状を渡すという重大な任を任されている僕の立場としてはあまり良くない。

 ……ここは追わずに、後でアマコに報告かな?知り合いって言ってたし本人に誤解を解いて貰えばいいか。最悪無理やりにでも抑えて説得すればいいだけだし。


「僕はともかくアマコにとっては朗報ってやつなのかな?」


 良くしてくれた人って言ってたくらいだし。

 ……嫌に注目を集めちゃったな。何故か 化 け 物 を見るような失礼な視線を受けながらも手についた血を振り払い、未だに興奮冷めやらぬ先輩の元へ歩み寄り声を掛ける。

 うわぁ、この人全く気付いてねぇ、一樹たちには見えなかっただろうけど、近くに居たこの人には気付いてほしかったんですけど。


「先輩」


「む、ウサト君か丁度良い。これを見てくれ。こんな凄い精巧に作られているとは思わなかったよ」


「先輩」


「いやぁ、私も剣を使わせて貰っているけど、やっぱり弓とかも使ってみた…………わ、分かった行くから……だから無表情で私を見るのはやめてくれ……」


 こちらを見て怯える様に声を竦ませた先輩はその手に持った防具を元の場所に戻し、無言でウェルシーさんと一樹の元へ歩く僕の後ろをついてくる。


 幸い、先程の騒ぎは人の波に紛れて見えていなかったようで、ウェルシーさんも一樹も僕と獣人らしき少女のやり取りを見ることはなかった。これから書状を渡しに行くのだから、此処の生徒に害されたという事を知られるのは色々とマズいから良かった。


「連れてきましたよ……」


「イヌカミ様……貴方は少し重大な任を承っている自覚を……」


「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと抑えられなかった」


「あまり俺達を困らせないでくださいよ……仮にも会長だったんだから……ウサト、大丈夫だったか?」


「大丈夫、ちょっと疲れたけど……先輩を連れてくること以外何もなかったよ」


 呆れ顔の一樹にガビーンとショックを受ける犬上先輩のやり取りを眺めながら、僕達は再びを歩を進める。

 ルクヴィスに来て早々にトラブルにあってしまった、次からは余計な事を言わないようにしよう。












 再び歩き始めてから十数分後、僕達はようやく目的の場所、大きな白い建物の前に辿り着いた。見れば見る程大きな建物だがリングル王国のような城という感じではなく学校の校舎を豪華にさせた様相の建物。


「ここが……そうなの?」


「はい、此処がルクヴィスの中心。魔導都市たる所以―――魔導学園ルクヴィスです」


 ここが最初に書状を渡す場所。正直、予想を超えた場所だった為か浮足立ちそうにはなる。

 周りにちらほらと見える学生の訝しげな目線も地味に痛い。「何だコイツら」とか「地味な奴が居る」などと言う声も聞こえる。……うん……御尤もすぎて反論できねぇや……。


「中に入れて貰えるんですか?」


「ええ、此処に来た時、衛兵の方に言伝を頼んでおいたので……」


「出迎えに来てくれるって事ですか……」


 どんな対応されるのかな、邪険に扱われるという可能性も無きにしも非ずだけど一応の隣国からの使者だ。手厚くと言わずにほどほどの対応をしてくれれば―――


「イイ服だねぇ君が着てるソレ」


「うおぉ!?」


 耳元に囁くように吹きかけられたその声に驚く。身の毛がよだつとはこういうことを言うのか、経験したことのない気味の悪さとともにその場から飛び退く。

 犬上先輩がまた凶行に走ったのか!? いや違う声だった。声のする方を向くと、其処には柔和な笑みを浮かべる僕よりも若干身長が低い灰色の髪色の少年が居た。


「いやはや……驚かせてしまって申し訳ない。貴方様方はリングル王国から訪れた使者様で間違いないでしょうか?」


「え、ええ。間違いありません。それでは貴方が……」


「はい、学園長から案内を承ったハルファといいます」


 黒色のローブを翻し恭しくお辞儀した彼……ハルファ……さん?一応男の子だと思ったけど中性的な顔をしているし、身長も僕より低いといっても変わりないくらいには高い。しかも体を覆うように纏われたローブで判別がつかない。

 ……いや、それよりも耳元にまで近づいてきたことに全然気づけなかった事の方が不可解だ。いくら周りに人が溢れているからと言って初めてくる土地で気を緩めるほど僕は浮かれていない。

 少なくともただの案内役という訳じゃないな……。


「……ウサト君……彼が男の子だったら、男の娘だよねっ」


「先輩、今僕は冷静さを欠きそうになっています。しばらく黙ってください」


「何時にもなく辛辣!?」


 この人には少し大人しくするという言葉の意味を理解してもらわなくちゃ話にならないな……ッ。

 先を歩き案内をし始めたハルファさんの後について学園内に足を踏み入れる。中は日が差し込んだ広場となっており、広場を中心にして取り囲むように校舎が立ち並んでいる。

 そこではローブの学生たちが本を読んだり、話したり、魔法の練習をしたりと各々の時間を過ごしている。僕と……恐らく犬上先輩にとって思い浮かんだとおりの学園模様が視界いっぱいに広がっていた。


「うぉ……」


 まんま、想像通りの魔法学園の日常だ。

 幻想的で、活気に満ち溢れているというべきか……若さに満ち溢れているって、おじさんか僕は。


「彼等に興味を示されているようですね」


 前を歩くハルファさんが僕達にそう声を掛けてきた。その声には僕の耳に囁いた時のような粘着質な感じはしない。


「私たちにとってあまり見慣れないものだからね。不躾ならすまなかった」


「いえいえ、不躾ではありませんよ。むしろ大歓迎です。貴方達のような方々に興味を持たれるのは彼らにとって誇らしいことでしょう」


 ハルファさんの何気ない言葉。

 その言葉に先輩の目が僅かに細くなり、一樹とウェルシーさんは驚くように目を丸くする。

 僕はそんなに驚きはしなかった。

 だって、先輩と一樹だもん。


「学園長から私達のことを?」


「いいえ、ですが身のこなしと魔力の流れからして只者ではないことは分かっていました……それに―――」


 くるりと後ろを振り向いた彼は、僕の方を向き、さっと立てた指を僕の体に向かって指差した。

 ……僕の後ろに何かあるのだろうか、後ろを振り向いても誰もいない。

 ……僕?いや僕に注目する所なんて魔力量が普通より少しだけ多いだけだし、魔法使いにとって長所かどうか微妙な治癒魔法という一点突出型の系統魔法があるだけだ。

 強いていうなれば、僕が救命団の団員たる証であるこの団服くらいしかない。


「リングル王国の救命団、白色の団服を纏う異端の治癒魔法使い、その二人目」


「え、僕の事知ってるの?……というより異端って……」


 異端……でしょうね。

 傷は治せど、その使い方が大きく乖離している僕……いやローズの治癒魔法はいわば自分の体を壊して治して壊して治してを繰り返すという頭のおかしい使い方をする。その繰り返しによって今の僕が出来上がっているのだ。

 まあ、そこらへんが普通じゃないのは認めよう。

 しかし、まさか本当に他の国にまで伝わっているとは思わなかったなぁ。実際、話を聞く限り治癒魔法関係の噂は信じられないとばかり……。


「実際、この目で見るまで眉唾ものとして信じていなかったよ。フフフ……大多数の人がそう思っているからね。でも……君は他のお二方と比べ魔力量に差があれど、それを補うほどに魔力に粗が無く驚くほど自然体に魔力を全身に行き渡らせている。並大抵でできることじゃない」


「【魔視】ができるのですか?」


 自身の目を指さしながらそう語った彼はウェルシーさんの言葉に頷く。

 魔視、とはなんだろうか。


「魔視は魔眼の一種で、生物、大気に流れ漂う魔力を視認できる、ウサト様のような希少な系統魔法の一種です」


「それで僕達の事が分かったのか……」


 魔力の流れを見ることに長ける……でも僕と同じタイプの系統魔法なら、逆に言えばそれしかできないんじゃないか?…………結論を出すのは早計だな。この人は何だか普通に信用しちゃいけない気がする。


「……さてさて、ちょっと急ぎましょうか。学園長から案内を仰せつかっている身で遅れるわけにはいきませんからね」


 先輩、一樹、僕という順番で一瞥した彼は若干の笑みを浮かべ再び、先頭を歩き始める。

 その歩調はどこか軽やか、だけど……やっぱり不安は拭えない。


「ウサトくん」


 ちょんちょんと肩を指で叩きこちらを向かせる先輩。

 前を歩くハルファさんを注視しながらも、隣の先輩に意識を向ける。


「彼、猫被ってるね。気に入らない」


「同族嫌悪ってやつですか……納得です」


「今は被ってないよ!」


 ノリで返したら割と衝撃的な答えが返ってきた……え、実は先輩、前は猫被ってたっていうこと……?

 いや……よく考えれば今はこんな気軽に話しているけど、前の世界で先輩と話した事も顔を合わせる事もなかったんだよな。

 あの頃は本当の本当に高嶺の花って言っていいほどの人だったんだけどなぁ……それが今やこんなフレンドリーで残念な感じになっちゃったけど。


「ま、こっちのほうが、好きかな」


「む、何か言ったかウサト君?」


「なんでもないです。ほら前向いてください」


 気付けば学生の姿も見えなくなり、僕達の足音だけが廊下に響く。

 リングル王国のお城並に広い所だなぁ、と思っていると先頭を歩いていたハルファさんの脚が止まる。


「ここが学園長室です」


 そう言うと彼は扉に向き直り、コンコンと手で叩いたその後に「学園長、お連れしました」と簡潔に伝える。数秒ほどして『どうぞー』とやや間延びされた返事が返されると、ハルファさんはにっこりとこちらに笑みを浮かべ扉を開けた。露わになる学園長室。


 脚を踏み入れ、まず目に入ったのは眩いばかりの金色。

 老齢な姿をイメージしていた僕の予想を裏切る様に、椅子にゆったりと座った女性はまるで十年来の友人を迎えるような気軽さで僕達に気さくな笑みを浮かべ―――


「ようこそ、ルクヴィスへ。私は貴方達を歓迎します」


 ―――そう言い放った。


7月中は予定が立て込んで暇がありませんでしたが、8月からは長期休暇に入るので幾分か更新が早くなると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルクヴィスでの初絡みしてくるのが獣人だったとは、 意表を突かれた。貴族やエリート野郎と思ったのに
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