第四十八話
遅れてしまって申し訳ないです。
リングル王国の隣国、ルクヴィス。
城と見間違うほどの巨大な建造物自体が魔法を覚えるための学び舎であり、そこにはルクヴィスの最高権力者、僕の世界でいう校長、又は学園長が居る。其処に訪れた子供達は基本である無系統魔法から各々の系統の魔法を学び、時に競い、戦い技を磨いていく。
アルクさん曰く、魔法以外にも剣技、格闘技、等々の技能を学ぶことができる。
ウェルシーさん曰く、優秀な成績を収め卒業する魔法使いは総じて強力な魔法を扱う。
アマコ曰く、生まれついての魔法の優劣によって差別されることも少なくはない。
魔法というのは系統で分けるのならそう多くはない。同系統の魔法使いの優劣を分ける場合、生来の魔力量、センス、技術が求められる。それらは努力で補える、が、生まれながらの系統はどうあがいても変えることはできない。
「……って所らしいけど……」
リングル王国を出発してから6日目の夜。
燃え盛る薪を前にして僕は目的地、ルクヴィスについて考えていた。見張りを任されている騎士さん以外の皆は既に体を休めている。僕も本当は明日のために寝なくちゃいけないのだが、どうにも明日到着する予定のルクヴィスを思うと眠るに眠れない。
「アルクさん、無理しないほうがいいですよ」
「いえいえ、自分は先ほど十分に休ませて貰いましたので」
と、僕の前に座り爽やかに笑うアルクさん。どうにも眠れなく馬車から出た僕に気付いた彼は、気を遣ったのか話し相手になってくれている。
分かってはいたが彼はとても礼儀正しく親切な人だ。騎士という職業柄のせいもあるだろうが、きっちりとしていて尚且つ話しやすい。元居た世界では委員長とかやっていそうな人だ。
「アルクさんは……」
「はい?」
「ルクヴィスに居たんですよね?」
なにやら「主人公」とか「ラノベ」とか訳のわからないことを言い出した先輩から聞いた事なのだけど、聞いたらアルクさんが若干表情を渋めた。
あまり聞いちゃいけない話だったかな?
「……ええ」
「すみません、聞いちゃいけない話でしたか?」
「いえ、そういう訳ではありません」
慌てるように手を横に振ったアルクさんは、腰に差している剣を横に立てかけ再度僕を射抜くように見た。
「恐らく……近いうちに知ることになるので、今のうちに私の口から言わせてもらいましょう」
「明日には、知る?」
「はい、ルクヴィスは系統魔法による差別がある、という話はアマコ殿から聞いていますよね?」
「……まあ」
酷い話だ、と思う反面どこか他人事だと思う自分がいる。
一樹と犬上先輩はどこか憤っているような感じはしたが、僕にとっては他人事なのだろう。
「系統魔法による差別も酷いものですが……それと同じ程に酷いものがもう一つ、亜人差別です」
亜人差別?それはルクヴィスだけではなく、他の国でもされているものではないのか?少なくとも僕はそう聞いているし。
「ルクヴィスに訪れる人々は様々な目標を掲げ、学業に勤しんでいます……騎士になるために、裕福になるために……私が知る全てを話せば、長くなってしまうので割愛致しますが、重要なのはルクヴィスを訪れる中には種族の違いによる迫害を覚悟して訪れる人、亜人がいることです」
「危険な目に遭う事を承知でですか?」
「ええ、それほどの価値がルクヴィスにはあるのです」
僕の世界で言うならばルクヴィスは高偏差値のエリート学校って所なのかな。
でも、話を聞いたところではそこまでする価値があるとは思えない。何故魔法の訓練をわざわざしなくちゃいけないのか、あれは地獄だ。殴られぶっ飛ばされ、起き上がってぶっ飛ばされ、避けたと思ったら蹴りを入れられるような知的な要素が一切ない物理的な訓練をわざわざするなんて考えられない。
亜人なんてわざわざ殴られに学校に通うようなものだ。
「分からない、といった表情ですね」
「まあ、そうですね。理解できませんよ」
「例え危険を孕んでいても、彼等にはやらなければいけない事があるのです。ルクヴィスでは亜人の売買や迫害等は表面的には禁止されてはいますが、何分集まって来る学徒は大陸全土から……亜人差別にそれほど興味がないものから、過剰すぎる程に毛嫌いする者達までが必ずいます」
薄らと苦々しい笑みを僕に向けたアルクさんは、傍らに積まれている枯れ木の枝を薪に放り込む。ごうごうと燃え上がり一層光を増した焚き火に照らされ仄かに映し出された彼の表情は何処か悲しそうだった。
「あそこは魔法を学ぶ上ではこれ以上ない最良の場所ではありますが、極僅かな人々にとっては最悪の場所です。正直、私はあそこが好きではなかった」
「……すみません」
「あ、いえ!ウサト殿を悪く言った訳ではないです!私は貴方の力になりたいと思い、しっかりと考えて護衛の任を受けたので」
だとしても、アルクさんの言う最悪の場所であるルクヴィスにまた連れてきてしまうような頼みをしてしまったのは他ならざる僕。凄く申し訳ない。
「ち、因みにウサト殿は亜人に対してどのような認識を持っているのですか?」
「認識?うーん」
人と違う?というのはあまりにも適当だし、でも僕が会って話した亜人って獣人のアマコと魔族のフェルムしかいないしな。あの二人を見て……。
「特にないです」
僕も大分毒されてしまったのか、それともなまじ亜人よりもよっぽど化け物な鬼団長が居るからか、それほど怖いとも恐ろしいとも思わない。むしろ亜人より救命団の団員の方が化け物だな、あいつらフェルムに魔物扱いされてたしね。
でもどうしたのか、アルクさんは僕のその言葉に若干眼を丸くしたその次の瞬間には、彼らしくない大声を上げて笑いだした。
「ははははは!」
「え、えぇ……」
何が堪らないのか、口から漏れ出した声を抑え込む。可笑しい事を言った自覚は無い、これといった綺麗事も蔑称するような事も言っていない。なのに何でアルクさんは爆笑しているんだろうか。
「特にない、と来ましたか。まさしくウサト殿ならではの発言です」
「僕らしいって……」
「そう、貴方らしい。だからアマコ殿も安心して貴方の傍に居られるのでしょうね……亜人を人間として扱ってくれる貴方に」
つまりは、この世界の人々との認識の違いが凄すぎて爆笑されてしまった、ということかな。流石僕、ファンタジー小説を読み過ぎて亜人という存在に恐れを抱けないだけある。
そもそもが異世界から連れてこられた僕達と、この世界に住む人々の意識はかなり異なっているんだよね。僕にとって見るものすべてが異質に見える世界では、魔法も亜人も何もかもが同一の基準に見えている。でも、この世界の人にとっては、魔法とはそこにあって当然のもので、亜人は怖くて、恐ろしい存在だということ。
「僕らしいと言っても、僕はそれほど良い人という訳ではないですよ」
「ウサト殿は良い人ですよ。貴方自身、意識していないだけで」
「持ち上げないでください。調子に乗ってしまいますよ?」
「ははは、貴方は少し調子に乗った方が良いくらいですよ」
先程のやり取りで大分表情が和らいだアルクさんは、快活な笑みを浮かべる。最初の頃のような硬く礼儀正しい印象はなく、今はどちらかというと何処とないフランクさがある。
うさと は あるく と すこしだけなかよくなった。
頭の中にテロップ的な何かが流れた。いや気のせいなんだけどね。
「む?」
「どうしました?」
パチパチと葉と枝がが燃える音を聞きながらボーっと暗い平原を見つめていると、焚き火を間に挟み座っているアルクさんが首を傾げ、僕の右後ろを見た。
右後ろ、馬車が泊まっている場所を注視しているアルクさんを疑問に想って、僕も後ろを振り向く。
「どうやらもう一人眠れないお方が居るようです」
馬車を出る時確かに閉めた扉が開け放たれ、その扉の陰からこちらを伺うかのように顔を出している少女が一人。少女は振り向いた僕と目が合うと、近くにまで歩み寄って来る。
「眠れないの?」
「ウサトこそ」
そう言い僕の隣に座った少女、アマコは僕と同じように焚き火をじっと見つめた。艶やかな金髪が焚き火の仄かな光に反射しているのが近くから見える。
しかし何でこんな夜遅い時間に?僕はともかく、アマコは先輩の隣でぐっすりと寝ていた筈なのに。
「……イヌカミが抱き着いてきたから起きちゃった」
「ははは、それは……アマコ殿も大変ですね」
「全くだよ」
先輩に悪気があったことを分かっているのか、少し仏頂面になったアマコを微笑ましく思う。……後で先輩とアマコは離して寝かせよう。
「何の話してたの?」
「明日の事について、だね」
流石に亜人差別の件は話すべきじゃないので、省きながら軽く説明する。まあ、本当に簡単に説明しただけなのでざっくりした感じに伝わったと思うけど。
「ウサトは覚えてる?私がルクヴィスに行った事あるって」
「ん?覚えてるよ。確か……そこに通っている獣人の人に匿って貰ったんだよね?」
「そうだったんですか?」
アルクさんは若干驚きが混ざった目をアマコに向けると、彼女はこくりと頷く。
「まだ居るかどうか分からないけど……ウサトの用事が済んだら会いに行っていい?」
「僕も?」
「……うん」
僕もかぁ……。何か怖い感じの人だったらどうしよう。いや、ローズ以上が出るとは思わないけど、心臓に悪い事には変わりない。でもなぁ、亜人にとってお世辞にも安全とは言えないルクヴィスで生活している獣人だから、相応に強くてアマコのような特殊な魔法を使えるんだよなぁ。
まあ、まずは許可を貰わない事には始まらないか。
「行っても大丈夫ですか?アルクさん」
「大丈夫だとは思いますよ?書状を渡してから私達は決定が下るまで一時的ではありますが滞在しなくてはならないので時間は十分に取れます。もしかしたら少し立て込んでしまうかもしれませんが、それでもよろしいのなら……」
「全然待てる」
「それなら問題はないですね」
旧友に会えるかもしれないからか、嬉しそうに膝を抱える彼女を横目に見る。思えばこの子は長い間同族の人達から離れ暮らしていたんだよね。サルラさんの所に来る前までは地獄だっただろう。
僕がアマコと同じくらいの年だったころは、旅行に行かないくらいで泣きじゃくる弱虫小僧だったな。
小さいころの自分と、隣にいるアマコを比べ苦笑する。
「そろそろ眠くなってきたな……」
アルクさんと言葉を交わしたことで幾分か気分が優れた為か、眠くなってきた。このまま徹夜してもいいかな、と思ってはいたけど眠くなったなら寝よう、そう思い立ち上がろうとすると対面に居るアルクさんが制止するように声をかけた。
「ウサト殿、隣を見てください」
「隣?」
考えに耽っていたせいか気づかなかったが、隣にいたアマコが膝を抱えたまま、俯き小さな寝息を立てていた。眠っている彼女はいつの間にか僕の服の裾を掴んでいたので、起こさない為かアルクさんがそれに気づいて止めたのだろう。
「やはり貴方の傍が一番安心できるのでしょうね」
「そっか……じゃあ、ここで寝るかな。アルクさんは?」
「私は後少しすれば見張りを交代する頃なので……座ったままで寝るのですか?」
「慣れてるんで大丈夫です」
森に居た時は魔物に襲われても何時でも逃げられるように横にはならなかったし、このぐらいへっちゃらになってしまった。……寝覚めが良い訳ではないけどね。取り敢えず座ったまま寝ているアマコを横にし、近くに畳んで置いた団服をかける。
「じゃ、明日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
アルクさんと言葉を交わした僕は外で寝るのは久しぶりだなぁと割とくだらない事を考えながら、目を瞑る。自分では自覚していない程に疲れていたのか、思いのほか簡単に僕の意識が徐々に薄れていった。
●
「―――くん」
誰かが僕の名前を呼んでいる。
誰が呼んでいるんだろう。微睡みの中、目を開ける。何時の間にか横になっていたのだろうか、確か焚き火の前で寝てしまったアマコと共に僕も座ったまま寝た筈なのに。それに頭が枕のように柔らかい何かに包まれている。
「おーい、ウサトくん」
「ん」
働かない頭で僕を覗き込む人を見る。
というより働かない頭でも直ぐに誰か認識できた。
「はぁ……何だ……犬上先輩か」
「ちょ、ちょっとッ流石に膝枕にはもっと初々しい反応をくれたっていいじゃないか!」
魂胆が見え見えの先輩の膝から起き上がり外を見る。かなり明るくなっている、どうやら僕は寝坊してしまったようだ。馬車内に目を移すと僕と同じ時間帯に寝たアマコ以外の全員が既に起きているらしく、目を覚ました僕に挨拶してくれる。
「運んでくれたのはカズキ?」
「ん?ああ、でも別に礼はいらないぞ。ちょっと重かったけどそんな手間かからなかったしな」
だとしても寝過ごしてしまうとは、やっぱり信頼できる人達の中で身体を休めるってのは色々違うのかなあ。救命団で寝泊まりしている時は寝坊は許されないという暗黙の了解の中で生活していたから、こんな緩い気持ちで寝て起きたのは久しぶりかもしれない。
「それよりウサト、先輩を何とかしてくれよ」
「犬上先輩を?」
苦笑いするカズキから先輩へ目を向ける。
案の定、先輩は不貞腐れる様に僕とは逆の方で寝ているアマコの頭を撫でまわしていた。
「全く、失礼だよね。美少女に膝枕されて興奮しないとか」
「だって魂胆丸見えですし、自分で美少女というのは流石に残念すぎる感じが……」
いや正直、類まれなる美少女ですけどね。
それに膝枕されてぶっちゃけ嬉しかったかと聞かれれば、嬉しかったと声高々に答えるだろう。でも僕も見え見えの釣り針に掛かるような魚じゃない。
「それより、アマコが言ってましたよ、先輩が抱き着いてくるから眠れなかったって」
「うっ、それは可愛いからしょうがないじゃないか!」
「言い訳すらしないのかよ………ま、そんな不貞腐れないでくださいよ。僕も嬉しくなかった訳じゃないんですよ?多分」
僕の言葉で機嫌を良くしたのかコホンと咳払いをし、アマコから手をどける。
「全く、素直じゃないんだよね。ウサト君は」
「ウサトって意外と捻くれてるからなぁ」
「二人が正直過ぎるんです。僕くらいが普通です」
そう言うと「それはない」と口を揃えて言われてしまった。むむむ、僕の感性が普通でないというのかこの二人は。
「ウサト様が普通なのは少し違和感を禁じえないですね」
「ウェルシーさんまで……」
先程まで書状に目を通していたウェルシーさんが苦笑の表情を浮かべ顔を上げそう言ってくる。もし今アマコが起きていたなら、彼女も便乗して普通じゃないって言ってきそうな総スカンだ。
今度は僕が不貞腐れるように椅子に深く座り、ローズから練習しろと言われた魔力の濃度を操作する訓練を行う。
「やっぱり普通じゃないです」
「いや、そんなに難しくはないですよ?これ」
相も変わらずそう言ってくるウェルシーさん。彼女は僕がこの訓練をする度にこう言ってくる。聞けば魔法を覚えて数か月程度の人がする事じゃないそうだ。でもこれといって難しくはないんだけどな。
やり方さえ分かれば誰でも簡単にできる。そう言うとウェルシーさんは……。
「だから言っているじゃないですか。簡単でもそれは危険な訓練です、下手すれば抑えが効かなくなった魔力が暴発して手がずたずたになります。全く、治癒魔法使いだからいいものの……。そういうのはもっと魔力をうまく扱えるようにしてからするのであって―――」
そのまま説教のごとく矢継ぎ早に言葉を吐き出していくウェルシーさんに笑みが引きつるのを感じながら、魔力の濃度の操作を行う。
元々の薄い緑色はオルガさんよりも少し色素が薄い緑色へと変わり、元に戻るを繰り返している。正直、目に見えての成果が分からないので実感はないが、ウェルシーさん曰く、かなりできている方らしい。
「私もできないかなぁ、それ……」
「先輩はちょっといい加減な所があるのでやめた方が……」
「ウサトくんが居れば問題ないよね?」
いやいや、さも当然の如く言っていますけど僕自分のことで精一杯だしもし先輩が簡単に習得したらぶっちゃけ立ち直れない。
あと、純粋に先輩には極力危ないことはして欲しくない。僕は慣れてるからかそんなに反応しなかったけど、魔力が暴発して手が切れたときは中々の痛さだった。
一応女子高生だった先輩に耐えられるかどうか微妙だ。
「駄目ですよ!スズネ様!!」
「いいじゃないかウェルシー。カズキもそう思うだろう?」
「うーん……興味は無くもないんですが、ウサトが止めているなら止めた方がいいかもしれません」
やっぱりカズキの僕に対する信頼が厚過ぎると思う……悪いことじゃないんだけどね。元の世界でもっと早く仲良くなれればよかったな。リア充爆発しろとか日々思ってて本当にごめんね。
「むむむ、あまりウサトくん困らすのはやだな」
既に結構な感じで困っていますなんて言えない。
今更ながらも大人しくなった先輩に軽い溜息を吐く。
……そういえば僕はどれくらい寝ていたんだ?今日中にルクヴィスに着くって聞いてたんだけど……。
「そういえば後、どれくらいですか?」
「ルクヴィスにですか?……うーん進み具合から見ると……日が真上に上がるくらいに着きそうです」
だとすれば後一時間くらいかな?この世界に時計とかないから分からないけど。
学生の街か、亜人関係とか、系統魔法とかアマコの知り合いの件とかあるけど……ある意味一番気になっていることを上げるとすれば――――。
「ルクヴィスの治癒魔法使い」
これに尽きるね。
セリフとセリフの行間を開けてみました。
これで少しは読みやすくなったはず。
感想欄にて指摘があったので第一章の登場人物紹介を書きました。




