第百五十八話
お待たせいたしました。
第百五十八話です。
新技をぶっつけ本番で使用することは初めてじゃない。
治癒アクセル……もとい治癒加速拳。
僕の動きに一つの変化を与える治癒破裂掌の応用技。これをうまく使いこなせれば、ローズにだって拳を届かせることができるはずだ。
強く拳を握りしめながら、林の中を全力で走り訓練場へと到達する。
視線の先には腕を組み僕を待ち受けるローズの姿。
「全部出し切るぞ! ネア!」
「分かってるわよ!」
左腕に打撃への耐性。
籠手をつけた右腕に拘束の呪術を集中させ、ローズに接近する。
僕の姿を見たローズはやや呆れたような表情を浮かべた。
「なんだと思えば、さっきと同じで突っ込むだけか?」
「いいえ!」
十歩ほどの距離にまで近づいた時点で、右腕を後ろへ引き絞ると同時に肘から魔力を破裂させる。
絶大な加速を得た僕は、その勢いに踏み込みも加え、一気に加速した右拳をローズへ叩き込んだ。
数メートルほど後退させるも呆気なく腕で防がれてしまったが、ローズは目を見開き僕を見やった。
「……!」
「さっきまでの僕とは違う! 今度の僕は、ちょっとだけ加速する!」
これが治癒加速拳。
系統強化の破裂による衝撃を利用し、瞬間的な加速を行う技。
決して少なくない魔力を消費してしまうけど、今は魔力を気にしている場合じゃないので全力で使っていく。
「はっ、面白い。もっと見せてみろ」
「ッ、言われなくても!」
子供が見たら泣き出すような獰猛な笑みを浮かべたローズに内心ビビってしまうが、それ以上に確かな手ごたえに嬉しくなってしまう。
内心の喜びを顔に出さないようにして、再び肘から魔力を破裂させ一気にローズに肉薄する。
このまま拳を振るっても簡単に対処されてしまうけど——今の僕のパンチは文字通りに一段階だけ加速させることができる!
「治癒ッ、加速拳!」
「なるほど、そういうことか……!」
突然加速した拳に驚く様子を見せるローズだが、彼女の防御をすり抜けた拳を軽い身のこなしで避けると同時にくるりと一回転し、強烈な後ろ回し蹴りを放ってくる。
ッ、これは避けられない! 受けてもぶっ飛ばされるだけ! ならば!
今度は籠手の側面から魔力を放出させ、無理やり自分の体を側方に押し出す!
「っとと……」
なんとか回し蹴りをギリギリ避けて、ローズから少しだけ距離を取る。
攻撃は依然として防がれる、が、先ほどとは違う手ごたえのようなものが感じられる。
「さっき同じような技を使っていたが、それを応用させたってことか」
「ええ、普通に攻撃してたんじゃ簡単に対応されちゃいますから、僕の動きに強制的に変化を加えてみました」
「それが移動、攻撃、回避にも応用できる加速か。随分と使い勝手がいいみてぇだな」
戦ってみて分かるけど、この人本当に洞察力とか半端ないな。
すぐに僕とネアのやっていることに気づくし、こんなすぐに治癒加速拳の仕組みを理解されるとは思わなかった。
「ハッ、何をするのか予想がつかない奴だな。お前、本当に治癒魔法使いか?」
「それを言いたいのは僕の方なんですけどね。どんな身体能力してるんですか」
「私からすれば貴方達どっちも治癒魔法使いどころか人間としても疑わしいんだけど」
ドン引きしているネアの言葉をスルーしつつ、先ほどの攻防を踏まえて治癒加速拳の応用を考える。
僕が思考しているのを見て、ローズは楽しそうに口元を歪め、その場を動かない。
「……攻撃してこないんですか?」
「攻撃してほしいのか?」
「いえ、全然」
即答すると、何が面白いのか笑みを浮かべ腕を組んだ彼女は、僕へ教えるように言葉を続ける。
「格上の敵、それも本気でこっちの命を狙ってくる相手を前にして考える時間なんてねぇ。だがな、今ならそれが許される。よく考えろ、ウサト。私という格上の相手と戦うには何が必要か? 何をすればいいか? 何を見出せばいいのか? 今この状況でそれを導き出せれば、お前は晴れて一人前だ」
「一人前……」
ローズの弟子としての一人前。
それは僕にとって大きな意味を持っていた。
「ま、それが分からなければ、体で分からせてやればいいだけなんだがな」
「……」
一生懸命考えよう! 体で分からせてやるとか絶対碌な目に遭わないはずだから!
……治癒加速拳で瞬間的な加速は得た。後はどうやってローズに一撃を見舞うか。
防御は超えても呆気なく避けられる。
しかも、ローズはすぐに対応してくるから、治癒加速拳を何度も見せるわけにもいかない。
「やるからには、避けさせない攻撃を叩き込むしかないな」
僕にあるのはローズ以下の身体能力、ローズ以下の反射神経、ローズ以下の魔力量、そしてファルガ様の籠手とそれを応用させた技。そしてネアの用いる魔術だ。
……前半の悲惨さで挫けそうになったけど、これが僕の現状だからしょうがない。
「足りない部分は、それ以外の強みで補う。ネア、今からかなりの無茶をするけど、ついてきてくれるか?」
「今更何言ってんのよ」
肩の上のネアは呆れるように翼を上げる。
「私は貴方の使い魔よ。貴方がやるってんならいくらでも付き合ってあげるわよ」
「ありがとう。それじゃあ、行くか」
覚悟を決め、ローズの方へ視線を向ける。
「なんだ? 降参か?」
茶化すようにそう言い放ったローズに、苦笑しつつ拳を構える。
「あれ? もしかしてまだ僕のこと分かってないんですか? 団長、僕ってすっごい負けず嫌いなんです」
「……!」
「だから、貴女がどんなに化物みたいな強さでも、僕は何度だって立ち上がって戦いますよ」
ローズの目が見開かれる。
微かな動揺を見せた彼女だが、次の瞬間には笑みを零した。
「あぁ、それでこそだ。もうずっと前から確信していたことだが……そうだな、あの日見つけたのがお前で良かったよ」
そう小さく呟いたローズが手を下ろすと、その下にある表情はどこか嬉しそうな、それでいて恐怖さえ感じるような獰猛な笑顔であった。
「私に見せてみろ、ウサト。お前の全力を真正面から打ち破ってやろう」
「なら、それを超えていきます」
弓を引くように右腕を構えた状態から治癒加速拳を発動させ、ロケットのような加速を用いて一気にローズに肉薄する。
「治癒加速拳!」
全力の加速を乗せた拳を真っすぐローズへと叩きつけるが、呆気なく腕で防御されてしまう。
だけど、今度の拳はさっきとはまるで違うぞ!
即座に拳から魔力を破裂させ、その勢いで高速で腕を引き戻した僕は、先ほどと同じように肘から魔力を破裂させ、再びローズに拳を叩きつける。
ほぼ間断なく繰り出された右拳すらも腕で弾いたローズは、一層に笑みを強めた。
「速さが駄目なら手数で勝負か? 上等だ。受けて立ってやろうじゃねぇか」
「おおお!」
拳に対処しながらローズが後ろへ下がり、僕は魔力消費も惜しまずに加速しながら拳を叩きつけ前に進んでいく。
それでも彼女のガードは微塵も揺るがない。
「ま、だ……!」
拳を引く動作と、叩きつける動作の二段階で魔力の加速を行うことで初めて成功させることのできる息をつかせる間のない連続攻撃。
名付けるのならば、治癒速撃拳。
ネアの拘束の魔術と併用することで、相手を断続的に拘束状態にすることができるえげつない技だが、その代償は大きく、大量の魔力と酷使される右腕に大きな負荷がかかる。
「まだ!」
籠手をさらに加速させ、拳を振るう。
無理な動きと疲労に、右腕が悲鳴を上げるがそんなことを構わずに右拳を叩きつけながら、前に進む。
まだ止まらない……!
止まっていいはずがない!
たかが腕の骨が折れたって、筋肉が切れたくらいで、僕が止まっていい理由にはならない!
「まだだッ!」
今この瞬間、見せなければならない!
僕がどれだけ成長したのかを!
貴女に鍛えられた僕が、どれだけ強くなって帰ってきたことを!
たかが模擬戦で本気出すなんて馬鹿げてるなんて言われてもいい! この戦いは、僕にとって模擬戦以上の大きな意味がある!
「まだ! 終われない!」
拳を振るうごとにこれまでのローズとの訓練の記憶が思い起こされる。
厳しかった。
死ぬほど辛かった。
もしかしたら自分の知らない間に、一回死んでたかもしれない。
もう信じられないくらいほどの地獄だった。
だけど、異世界という場所で何をすればいいか分からず迷っていた僕に、この世界にいる理由をくれた。
救命団という居場所をくれた。
強面だけど、信頼できる仲間も作ることができた。
こんな負けず嫌いなことだけが取り柄な普通の男子高校生だった僕が、ここまで成長することができたのは、貴女という師がいてくれたからだ。
だから、だから僕は——、
「その恩義に報いるために!」
渾身の力で加速を重ねた右拳を掬い上げるようにローズの腕に叩きつけ、ガードを崩す。
「ッ!」
「ここだ!」
拳から魔力を破裂させ、ローズの動きよりも速く拳を引き戻す。
ようやくガードをこじ開けた! 後は遥か遠くにも思えた本体に攻撃を叩きこむのみ!
雄たけびを上げ、魔力の破裂と共に加速させた拳を放つ!
「オラァ!」
最高速度の拳。
しかしローズに当たる直前、尋常じゃない速さで反応した彼女の手によって手首を掴まれる。
「惜しかったが——」
「いいや、まだだ!」
僕はまだ全てを見せていない!
左腕を籠手に添え、力の限りに叫ぶ。
「連撃加速!」
これが正真正銘の一撃!
体に残った全ての魔力を拳から一気に放つ!
「治癒パンチ!」
「な———」
拳から大砲のような鈍い音が響いた瞬間、ローズの体が後方へと勢いよく退いた。
腹部から治癒魔法の魔力残滓を漂わせ、地面をこれでもかと抉りながら後退したローズを見据えた僕は疲労と魔力不足のあまりそのまま膝をつく。
「……は、はは、一泡吹かして、やったぞ……」
無理な挙動をさせてしまったせいか、右腕全体に激痛が走る。
治癒魔法を使う魔力もないので、左手で肩を押さえながら痛みを堪える。
「私も拘束の呪術にほとんどの魔力持っていかれちゃったわ。……というより、あんな相手を籠手でタコ殴りにすることしか考えない技、えげつないってレベルじゃないわよ……」
「ははは、こりゃ連撃拳と同じで封印だな」
ネアの言葉に力なくそう返しながら、恐る恐るローズの方を見やる。
彼女は、連撃拳の直撃した部分に手を添え、無言のまま俯いている。
「ね、ねぇ、ウサト。なんか怖いんだけど」
「奇遇だね、僕も怖い」
もしかして怒らせちゃった?
最早、治癒魔法関係ない物理的な技を使ってしまったから? いやいやでもそれは偶発的に編み出してしまった訳でして、決してそういう意図があったわけじゃ——、
「ク、ハハハハ!」
「「ひっ!?」」
突然笑い出したローズに、僕とネアが情けない悲鳴を上げる。
髪をかき上げながら、顔を上げた彼女は感慨に浸るように自身の掌に視線を移した。
「まさか私が攻撃を食らうなんてな。……“奴”以来か?」
奴? 一体誰だ?
まさか、この人間大の宇宙怪獣に傷を負わせられるような怪物がいるのか?
「……うっ」
「え、あ、ウサト!」
視界がぐらつく。
右腕から走る激痛のせいか、魔力不足のせいか分からないほどに衰弱していた僕はその場で倒れそうになる——が、地面に倒れる直前にローズが僕の体を支えた。
「ったく、後先考えねぇところは旅を経ても変わってないようだ」
呆れたようで、どこか嬉しそうな声色でそう呟いたローズは、僕に治癒魔法を施した。
薄れゆく意識の中で、僕はこちらを見下ろすローズと視線を合わせた。
「ウサト。お前は強くなった。私の予想すらも超えてな」
「——」
言葉が出ない。
まだ声は出せるが、この感情をどう言葉にしていいか分からない。
なにも言えなくなってしまった僕に構わず、ローズは続けて言葉を紡ぐ。
「よくここまで頑張ったな。お前は、私が認める一人前の治癒魔法使いだ」
そこまで聞いて意識が薄れていく。
他にもローズは何かを僕に話しかけていたが、全部は聞き取れなかった。
でも、一つだけ分かることは、僕は本当の意味で救命団の治癒魔法使いとして認められたということだ。
●
「———はっ!」
「あ、やっと起きた」
気絶から目が覚めたら、空は既に夕焼け色であった。
最初に目に入ったのは見慣れた自室の天井と、外から差し込むオレンジ色の明かり。とりあえず周囲に目を向けると、アマコが心配そうに僕の顔を覗き込んでいることに気づく。
「ウサトって寝てるときの顔って普通だよね」
「ちょっと待って、まるで寝ているとき以外が変な顔してるみたいな言い方はやめて」
この子、寝起きの人に向かってなんてこと言うの?
ローズに殴られたときの半分くらいの衝撃が精神に襲ってきたんですけど。
とりあえず体を起こし、体調を確認しておく。ローズの治癒魔法のおかげで体の痛みも疲労も全て治っている。
魔力はまだ完全には回復してないけど、十分に歩けるな。
「あの後、どうなった?」
「ネアは自室で休んでて、フラナはなんだか悟ったような表情で城へ帰って……後は、ローズさんが後でウサトに話があるから団長室にだって」
フラナさん……いや、言うまい。
それにしても団長室か。あの模擬戦闘の後ってことはもしかしたら重要な話なのかもしれないな。
……あ、そうだ。重要な話といえば……。
「アマコ、近いうちにルクヴィスに行く用事があるかもしれないんだけど……」
リングル王国を含めた四国での話し合い。
その会合の場としてルクヴィスが選ばれ、もしかしたら僕もそこに向かうかもしれないということ。
その話を聞いたアマコは、少し思い悩むように顎に手を当てて考えた。
「私もついていきたいけど……大事な話し合いをするから、私は行かないほうがいいかもしれないね」
「その話が来た時に、君も一緒に行けるかどうか聞いてみるよ。キリハ達も君と会いたいだろうしね」
まあ、僕にその話が来るかどうかがまだ分からないんだけどね。
でも来る可能性はかなり高いかもしれない。なにせ僕はサマリアールに使者として書状を渡したから、会談に際しての橋渡し役として同行するように命じられてもおかしくはない。
「ねえ、ウサト」
「ん?」
「ローズさんと戦って、どうだった?」
……ローズと戦って、か。
少し考え込むように腕を組んでから、なんとなく思ったことを口にする。
「やっぱり、僕はまだまだ団長には及ばないって認識させられたよ。悔しい気持ちもあるけど、自分の師匠がやっぱり想像以上の凄さを持っているから、なんだか……少し嬉しくなっちゃったよ」
確実に断言できるが、ローズは終始僕の攻撃に完全に対応していた。
最後に当てた一撃はあくまで不意打ちに等しいものだったけど、もう同じ技は通じないだろう。
「もっと鍛えないとな……」
一人前としてローズに認められたのは嬉しかった。
だけど、僕の目標とする強さのデカさを改めて再確認した今『もっと頑張らなきゃ』って気持ちになってくる。
「あんな勝負をした後に、よくそんなことが言えるね。まあ、そういうところがウサトらしくあるんだけど」
「ははは、僕らしくってなんなんだよ」
我ながら、ストイックすぎたかな?
アマコの言葉に苦笑しながらも、徐々に暗くなり始めた外の景色に視線を移す。
今日は僕にとって短く、それでいてとても長い一日だった。
初めての真っ向からのローズとの戦いで、自分の不足しているものや、新たな戦い方を見つけたりすることができた。
本音を言えば、かなりの恐怖を抱きながら戦っていたけれど、それでもこの戦いは僕にとって大きな意義のあるものだったと断言できる。
今回、活躍したウサトの技を少しだけ解説すると……。
治癒加速拳
籠手により一時的な加速を行う技術。
攻撃・回避・移動にも応用できるが、魔力の消費が激しい。
治癒速撃拳
拳を放つときと引くときに、二回の魔力での加速を行うことで拳のスピードを無理やり上げる治癒連撃拳に次ぐ禁断の技その2。
相手からすれば、殴られたと認識した瞬間に、もう一度殴られている的なことになっている。
連撃加速・治癒パンチ
ただの治癒連撃拳、その場のノリで叫んだだけ
※治癒魔法の間違った使い方、コミカライズ二巻についての活動報告を書かせていただきました。
二巻の発売日は、第七巻の発売日と同時期の2月26日を予定としております。




