第百四十三話
第七章開始です。
旅の最終目的地、獣人の国ヒノモト。
アマコの母親、カノコさんを救うためにヒノモトを訪れた僕たちを待っていたのは、獣人族族長ジンヤさんの恐るべき計画であった。
族長補佐ハヤテさんと彼の部下たちの協力を経て、なんとかジンヤさんの計画を阻止し、事態は収束したかに思われたが、そこに魔王軍第二軍団長を名乗る魔族コーガが現れ、戦うことになってしまった。
結果的には負けを認めさせ、退けることはできたが、実際は見逃されたようなものだった。
その後、ネアによってジンヤさんに奪われた予知魔法をカノコさんに戻し、彼女を目覚めさせることに成功した僕たちは、三日ほど滞在した後にリングル王国へ帰還すべく、ヒノモトを出発したのだった。
「ふむ、獣人の国ではそのようなことがあったのか」
「はい」
現在、僕たちは獣人の領域を出て、三番目に訪れた国、ミアラークへ向かった。
僕たちの到着を予期していたように出迎えてくれたノルン様は、リングル王国にフーバードを送った後に、ファルガ様のいる地下洞窟へ招き入れてくれた。
そこで、まずヒノモトで起こったことをファルガ様に話した。
「危なかったですね。もし獣人族が魔族と組むようなことがあれば、真っ先に狙われたのはここでしたから。ただでさえ、まだ建て直せていない状態で攻められたらひとたまりもありませんでした」
僕の話を聞いて安堵した様子のノルン様。
確かにジンヤさんなら、まずはミアラークを先に攻めようとするかもしれないな。
コーガが獣人族は戦えないと判断したから、そのようなことなかったけど、あのままジンヤさんの暴走を止めなかったら、いずれそうなっていたかもしれない。
そう考えると、止められてよかったと思う。
「予知魔法は欲深き者が手にすれば、破滅を招く魔法だ。今を忘れ、先の未来に想いを馳せ、いつしか現在すらも見えなくなってしまう。ジンヤという男は、目の前の現実すらも受け入れられず、いずれ来る未来にすらも恐怖するようになった。……過ぎた力は身を滅ぼすとはよくいったものだな」
そう呟いたファルガ様は今度はこちらに視線を向ける。
「しかし、もう一人の闇魔法の使い手か。先ほどお前の籠手の記憶を覗かせてもらったが、中々に厄介な気性をしているようだ」
「そうなんですよ……。本当に厄介な人に目をつけられてしまって……」
「……貴様はそういう者たちを惹きつける運命なのかもしれないな」
「えぇ……」
「冗談だ」
冗談でも笑えないんですけど。
というより、ファルガ様の冗談って全く冗談って思えないのですが、全然表情とか変わらないし。
「あれ、冗談じゃないわよね」
「うん、実際そうだもんね」
後ろで子狐と吸血鬼が小声でなにかを言っているが、僕は聞こえない。
絶対に認めてたまるか……!
ああ、そういえば、と思い浮かぶ心当たりが多くてもだ……!
「だが、ようやく貴様の旅は終わりを迎えたわけだな」
「……ええ。これでようやくリングル王国に帰れます」
大体、二ヶ月くらいか。
意外と短いと感じるけど、その最中に起こった出来事は衝撃的なことばかりであった。
「貴様の友である勇者達も、各地で騒動に巻き込まれていたようだ。『人を食らう雷の化身』、『森を食らう邪悪な怪物』そのどちらもが二人の勇者によって討伐された」
「……な、なんか危険そうな相手と戦っていますね……」
「どちらも邪龍とは別の意味で危険な災厄だ。女の勇者、スズネが戦った『雷の化身』は領域に踏み入るあらゆる生物を殺戮する魔物。突然変異によって発生した魔物だが……高度な知能と雷を武器としている。だが最も危険なのが、邪龍にも勝るとも劣らない狡猾さと残忍さだ」
犬上先輩が戦ったのか。雷VS雷だし、相性が良かったのかもしれないな。
……僕だったら、そんな相手と戦いたくないなぁ。雷の化身っていったら、常時ビリビリしているようなもんだろ?
逃げるにしても、戦うにしても面倒くさそうな相手だ。
「勇者カズキが戦った『邪悪な怪物』は森の奥底から生まれ出でた闇の魔物。こちらは若造、先代の勇者が封印し、森に住むエルフたちが封印を守ってきていたはずだが……魔王の復活を機に封印が緩んでしまったようだな。幸い、勇者によって完全に力を取り戻す前に討伐されたようだ」
「因みに力を取り戻せば……?」
「一夜で森一つを食いつくす、暴食の権化と化す」
「うわぁ……」
後ろでネアが、嫌そうな呻きを漏らしたが、僕も彼女と同じ気持ちだった。
二人は相当な相手と戦っていたんだなぁ。
「そう考えると僕に起こった騒動なんて大したことないと思えてきますよ……」
「それはない」
「それはないわ」
「それはないでしょう」
「貴様も同じようなものだ」
「今までの話を聞いたら、ねぇ」
アマコ、ネア、アルクさん、ファルガ様、ノルン様の順番で総ツッコミを食らった。
そこはかとないデジャブに表情が引き攣る。
なぜにこうも一斉に否定されるんだ。僕の味方はいないのか!
あんまりな反応に肩を落としていると、愉快そうに口角を歪めたファルガ様が口を開いた。
「フッ……、既に勇者は貴様よりも先にリングル王国へ向かっている。勿論、無事にな」
「あ、そうですか、よかった……」
僕たちはヒノモトにいた期間が長かったから、帰る時期が遅れてるんだよな。
先輩もカズキも馬での移動だからその分速いし。
僕の考えていることを察したのか、ファルガ様がノルン様に目配せをしながら口を開いた
「貴様たちが乗る船の準備を整えさせている。ノルン」
「はい。貴方達が来る前に準備を進めていたから、今日にでも出発できるわ」
「なにからなにまで……本当にありがとうございます」
「フフフ、これでもまだ足りないくらいよ」
船での移動となると、大体どれくらいの時間がかかるんだろう?
やっぱり、馬よりも速いわけだから二日や三日くらいでリングル王国の近辺までついちゃうかもしれないな。
帰りは本当に楽になるかもしれないな。
「ウサト」
「はい? なんでしょうか」
「これで最後だが、勇者の武器についてだ」
「先輩と、カズキの……ですよね?」
「ああ、今のうちに言っておくが、零から武器を創るとなるとかなりの時間を要することになる。もしかするならば、魔王軍の侵攻までに間に合わないかもしれん。そのことを覚えておいてほしい」
「分かりました。二人にもそう伝えます」
あえて、ファルガ様の体のことは聞かないでおこう。
この方も分かってやっていることだ。それを止めるほうが失礼にあたる。
ファルガ様が創造する勇者の武器。それは二人の手に渡り、どのような形に変わるのだろうか?
……先輩は、なんとなく想像しやすくはあるな。うん。
●
ファルガ様との対話を終えた僕たちはノルン様と共に地上へ戻った。
その後、ノルン様と別れの言葉を交わした後に、顔馴染みのメイドさんに、僕たちを乗せてくれる船まで案内してもらった。
城の外で待たせていたブルリンと馬を連れて、ミアラークの街を進んでいく。
ブルリンを連れているので相変わらずの奇異の視線に晒されるが、最早慣れたことなので気にしない。
「やっぱり街の方も復興してきてますね」
「はい。まだ本格的とはいえませんが、他国との国交も行っていますので、近いうちに元のにぎやかな街並みを取り戻せそうです」
案内されながらミアラークの街並みを眺めると、最初に訪れた時とは違い、そこには賑やかな風景が広がっている。
本当に、カロンさんを助けられてよかった。……そういえば、カロンさんとレオナさんはどうしているんだろうか。
メイドさんに訊いてみるか。
「すみません。カロンさんとレオナさんはどうしているんですか?」
「カロン様は、城の方で事務作業に追われていらっしゃいますね。ウサト様が獣人の国へ向かった後、彼の処罰を巡り多くの意見が交わされましたが、ノルン様が彼の出自を明かし、皆様を説得したおかげで重い罰は避けられました」
カロンさんの出自を説明したってことは、この都市の人々はカロンさんがファルガ様の……龍の末裔だって知ったのか。
「カロン様本人は重い罰を受けることを望まれていたんですけどね。龍人化の影響で、杖なしじゃ歩けなくなった彼は、ノルン様に都市の復興作業を指示する役職を任されました」
「そうだったんですか……」
「……これは秘密ですけど、ウサト様が来ると聞いて、こっそり仕事場を抜け出そうとしていたんですよ? 奥様に椅子に縛り付けられていましたけど」
「へ、へぇ……」
クスクスと笑みを零すメイドさんに笑みを引き攣らせる。
あれか? カロンさんも尻にしかれているって感じなのかな。
まあ、元気そうでなによりだ。
「レオナ様は……すぐに分かると思います」
「え、どういうことですか?」
「ふふふ」
意味深な言葉に困惑しながらメイドさんについていくと、都市の端っこ、鎖につながれている沢山の船が並ぶ港へ到着する。
流石に、船は動かせていないのか、ほとんどの船には人がいなかったが、一隻だけ人で賑わっている船があった。
「おぉ……」
大きさとしては、元の世界にある漁船より二回りほど大きいくらいの船だろうか。
大きすぎず小さすぎないちょうどいいくらいの船には、荷物を運びこむ数人の船員と、見覚えのある金髪の女性の後ろ姿が見えた。
彼女の姿を見つけたメイドさんは、どこか上機嫌に後ろから声をかけた。
「レオナさまー」
「……ん? どうした。ノルン様から何か——」
「ウサト様ご一行をお連れしました」
ピシリと、僕たちの姿を見て固まるレオナさん。
その様子に首を傾げながら、挨拶をする。
「お久しぶり……というわけでもないですね。こんにちは、レオナさん。お元気でしたか?」
「……ぇ、あ……ああ、元気だったぞ」
なぜに、挙動不審になるのだろうか。
無意識にローズの真似でもしていたのだろうか。心配になって頬に手を添えていると、メイドさんが笑顔で口を開いた。
「レオナ様。あとはお任せします」
「あ、ああ」
「それでは皆様、良い旅を」
こちらにも深くお辞儀をして、その場を離れていくメイドさん。
残されたレオナさんは、せわしなく視線を動かしていたが、意を決したように僕を見た。
「今回の船旅は私が護衛としてついていくことになった」
「レオナさんが?」
「城は大丈夫なのでしょうか?」
僕とアルクさんの質問に、彼女は心配いらないとばかりに首を横に振る。
「その点は心配いらない。今、泣き言を零しながら私の分も働いてくれている男がいるからな。奴も妻が見守っている中で仕事ができて、さぞかし嬉しいことだろう」
カ、カロンさんか……。
龍人の件が終わっても、彼の受難はまだまだ終わらないようだ。
まあ、奥さんがついているから、幸せなことには変わりないだろう。……多分。
「加えて、ノルン様からの指示でもある。ミアラークの危機を救ってくれた恩人をなんの護衛もつけずに帰すことなんてできない、とのことだ」
「それでレオナさんを……」
ぱっと見勇者の『杖』こそは持っていないけど、護衛としては実力が過剰すぎやしないかと思ってしまう。でも、これ以上ないほど頼もしい護衛だ。
……ノルン様の指示でレオナさんが動いているというなら、わざわざ断る必要もないか。
「それじゃあ、護衛の方、よろしくお願いします。レオナさん」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。では早速船内へ案内しよう。船長と船員も紹介しなくてはならないしな」
「はい」
レオナさんに促され、船に上がる。
ブルリンと馬が乗れるか不安だったけれど、ノルン様が気を利かせてくれたのか船の後ろにはブルリンと馬の入れる急造の厩舎のようなものが置かれていたので、その心配はいらなかった。
船にいたのは、船長と船員合わせて七人ほどで、僕たちのことを聞かされていたのか、自己紹介と共にお礼を言われてしまった。
お礼を言われるのは相変わらず慣れないので、ぎこちない反応を返してしまったけれど……。何事もなく船に乗れてよかった。
自己紹介の後に、僕たちの部屋へ案内されているとき、アマコが船から見えるミアラークを囲む湖面を眺めていることに気づく。
「アマコは船に乗るのは初めて?」
「ううん、船に乗るのは三回目かな」
「ん? そうなのか」
「ミアラークに忍び込むときと出るとき、船に潜り込んだからね」
「あぁ、そういうことか」
そうだよな、獣人の領域から対岸を渡るには船に乗るしかないもんな。
……ということは、今回はこの子にとって初めての普通の船旅ってことになるのかな?
ん? そういえば、ネアって旅に出る前はずっと村に閉じこもっていたよな……。
「……」
「なによ?」
アマコの近くを歩いているネアを見ると、彼女は腕を組んだまま興味なさげな表情を浮かべていた。
しかし、興味がないように振舞ってはいるけど、チラチラとしきりに湖面を見ているから、興味津々なのは丸わかりだ。
「ネア、無理しなくてもいいんだよ?」
「な、べ、別に無理してなんかないわよ」
「船が珍しいんだよな。分かるよ、初めて乗るときは誰だってワクワクするものだから」
「私は子供か!? なんでこういうときだけ要らない気を利かしてくんのよ!?」
図星なのか必死に否定しているネアを、微笑ましい気持ちになって見ていると、前を歩いていたレオナさんがこちらへ振り向いた。
「この二つの部屋が君たちの部屋だ。ここからリングル王国近辺まで、大体二日から三日というところだ。本来ならもっと早く行けるはずなんだが……魔物の危険もあるので、用心をしながらの船旅となる」
「魔物が出るんですか?」
「ああ。といっても、それほど強力な魔物じゃないから安心してくれ。この船には武器も積んであるから、沈没の心配もない」
だとしたら、安心だな。
水の中に住む魔物ってのも気にならなくはないけど、危険を避けられるなら遭遇しないほうがいい。
アマコとネア、僕とアルクさんという組み合わせでそれぞれの部屋に足を踏み入れる。
先に入ったアルクさんに続いて、僕も荷物を持って部屋に入ろうとすると、ふと何かに気づいたのかレオナさんが声をかけてきた。
「そういえば、ウサト。いつも着ていた団服はどうしたんだ?」
「あー……破れちゃったんです。獣人の国でちょっといざこざに巻き込まれてしまいまして……」
そういえば、ハヤテさんにもらった外套を着たままだったな。
いつもレオナさんの前では団服を着ていたから、気になるのも無理はない。
「なんだって? 大丈夫だったのか?」
「ええ、ちょっと肩とお腹と足に風穴を空けられましたけど、大丈夫でした」
「それは大丈夫とは言えないと思うのだが!? え、ええ、か、風穴ぁ!?」
おろおろしながら、僕の肩と腹あたりを触るレオナさん。
先ほどまで湖面を見ていたアマコが無表情でこちらを見上げていることに、なぜか少しばかりの恐怖を抱いた。
「治癒魔法で治っているので心配はいりませんよ」
「そ、そうか……しかし、君が怪我を負うなんてよほどのことがあったんだな。相手はどんな魔物だったんだ? それとも土砂崩れに巻き込まれたとか?」
なぜに魔物と自然災害限定?
まるで人為的に怪我させられた可能性を無意識に外しているような質問に、どう答えていいか分からない。
とりあえず、今すぐに説明するのは難しそうだ。
「こ、この件は、時間のある時に話しますよ」
「……そうか。あ、呼び止めてすまなかった」
慌てて後ろへ下がったレオナさんは、気を取り直すように一度咳払いをした後に再び口を開いた。
「もうすぐ出発する。少し揺れるかもしれないから、気を付けて。私は、船長と話してくるから用があれば遠慮なく呼んでくれ」
「はい」
そう言ったレオナさんは僕に背を向けて、船長室のある方へ向かっていった。
彼女を見送った僕は、アルクさんと共に割り当てられた部屋に入ろうとして、ふと船から見える外の景色に目を向ける。
「……長かった旅も、もうすぐ終わりかぁ」
なんだか、嬉しいような寂しいような不思議な気分になるな。
これまでの旅を思い出し、感慨深い気持ちになりながらも、僕は肩にかけた荷物を背負いなおして部屋のドアノブに手をかけるのだった。
ノルンのお節介により、護衛にレオナがついていくことになりました。
犬神先輩が満を持して本編に登場するまで、あと少し……!




