第百三十一話
お待たせしました。
第百三十一話です。
これまでの旅で僕は色々なことで怒った。
ナックを虐げるミーナに。
サマリアールでエヴァを犠牲という言葉で片付けようとしたフェグニスさんに。
自分の身を顧みずに命を賭けようとしたレオナさんに。
今の僕は、サマリアールでフェグニスさんを相手に怒ったときと似ていた。
だけど、一つだけ違うのが僕がその怒りを表に出さずに冷静さを保っていたことだった。
自分でも逆に驚いているけど、どうやら言葉にできないほどの怒りを抱くと、逆に冷静になってしまうらしい。
「それで、ジンヤさんはどのような方法でアマコから魔法を抜きとろうと考えているんですか?」
「やること自体はカノコの時と同じはず。恐らく、ジンヤは『トワ』を使って予知魔法を抜き取ろうとしている」
「なるほど、それをぶっ壊せばいいんですね」
「え……そ、そうと決まったわけじゃないけど……」
「ウサト殿、落ち着いてください」
アルクさんに窘められてしまった。
冷静さを保つことはできても、これまで通りに力技で解決しようと考えてしまった。
軽く引いているハヤテさんに誤魔化すように咳払いをした僕は、気になったことを訊いてみる。
「コホン。それで、その『トワ』という魔道具はどのような形をしているんですか?」
「見た目は黒い箱だけど、普通の魔道具よりも巨大なところが特徴だね。大体……小屋二つぶんくらいの大きさはあると思う」
イメージ的にその中に人が入るのかな?
今まで見てきた魔道具のことを考えると異質だな。
「そんなに大きいんですか? それなら、かなり目立ちそうですね」
「いや、カノコの事件の後に分解されてしまったんだ。でも、分解された部品も研究の成果の一つでもあるから、処分されずにいる。その一つは君達が建物の入り口で見たものだ」
ジンヤさんとの謁見の前に見たあれがそうだったのか。
……それを獣人族の本部に置いているのは、今になっては意味深な話になるな。
近くで頷いたアルクさんが、ハヤテさんへ質問する。
「分解されているということは、組み立てにも時間がかかるということですか?」
「うん。部品も集めなくちゃいけないから、最低でも三日はかかるはずだ。その間は、兵士が厳重に守っている」
……僕なら突っ込んで籠手の全力パンチ叩き込んで、終わらせられるな。
ここには見張りの獣人がいるから言わないけど。
でも、ハヤテさんの話を聞いてなにも思わないのだろうか? さりげなく横目で見張りの兵士を見ると、思い詰めた様子で視線を泳がせていた。
「……迷っているのか?」
「ウサト殿?」
「あ、いえ、なんでもないです」
今は兵士の反応について考えるのはあとにしよう。
とにかく今は、少しでもハヤテさんから情報を聞き出さないと。
「アマコはどうしていましたか?」
「今は個室で過ごして……いいや、監禁されている。フクロウは使い魔だけど、特に害のない生き物と判断されて、アマコと一緒にいるよ。あ、君の連れてきたブルーグリズリーも馬と一緒にいるよ」
「そうですか……」
ネアのやつ、うまくフクロウになりきることができたんだな。よかった。「ホッホホー」というアホみたいな声で鳴いてなくて。
ネアを獣人族の内部に潜り込ませられたことは、僕達にとって何よりの朗報だ。
ブルリンは……うん、いつも通り惰眠を貪っているんだろうな。
アマコが監禁されている以上、僕達へ接触できる可能性は低い。できるとすれば、それはネアを介してか、ジンヤさんが何かしらの思惑を持って僕達と引き合わせた時だろう。
「動くなら今か? いや、もう少し待つべきか……」
『トワ』の組み直しが終わるまで、最低三日間の猶予があるとはいえ悠長にしていられない。
このまま枷も檻もぶっ壊して、今すぐアマコに助けにいったほうがいいか?
それとも、アマコとネアからの接触を待つべきか……。
駄目だ、判断がつかない。そもそも、基本脳筋の僕にそんな判断ができるのか。
「いや、むしろここで僕の鍛えた肉体が発揮されるんじゃないか?」
獣人族の平均的な腕力は隠れ里の腕相撲で把握したし、その動きもリンカとの鬼ごっこ(?)で確認済みだ。獣人の兵士を治癒パンチで制圧することくらいはできる。
ジンヤさんがどれだけ先の未来を見れるかは分からないけど、速攻でアマコとカノコさんを連れ出せば彼の計画をぶっ壊すことができる。
これからどのように動こうか考えていると、アルクさんが枷をつけられた手で僕の肩を叩いた。
「ウサト殿、もう一度言います。落ち着いてください」
「……あ、はい。すいません」
こういう時、ネアとアマコがいれば良かったんだけどね……。
僕が同じようなことで悩んでいるとき、いつだってアマコとネアのどちらかがいて、僕に助言をくれたりしてくれた。アルクさんも十分に頼れるけど、やっぱりいるべき二人がいないってのは寂しいものがある。
僕は自分で思っている以上に二人に頼りっぱなし―――、
「……っ、誰か降りてきます」
上階から誰かが階段を降りる足音が響く。ハヤテさんのように誰かを連れてきた訳ではないだろうから……ジンヤさんか?
誰が来るか身構えながら階段を見ていると、上階から降りてきたのは予想外の人物であった。
黒を基調とした装いの銀髪の男性と、燃えるように赤い髪の女性。
それだけなら普通の人間だが、その二人には共通する特徴があった。
「捕まった人間ってのはここにいんのか?」
「さぁな。だが、それらしいのは見つけた」
褐色の肌に、頭に生えた角。
フェルムと同じ種族としての特徴を持っている二人が、牢屋の中で目を見開いている僕に視線を向けた。
僕達を見つけた男の方は、檻の傍まで近づいてくる。
当然、見張りの獣人の兵士が止めようとするが、二人の姿を見ると恐れおののくように固まってしまった。
間違いない、この二人は……。
「魔族」
「ああ、そうだ」
独り言のつもりで呟いた言葉に魔族の男は肯定し、あぐらをかいて座っている僕と視線を合わすようにしゃがむ。
目があった瞬間、僕は覚えのある感覚を思い出し、即座に理解した。
獣人の国に来たとき、誰が僕に敵意を向けたのかを。
「初めましてか? いや、俺にとってはさっきぶりか? いや、それはどっちでもいいか」
「随分と物騒な挨拶だね。ここではああするのが流行っているのかな?」
「……ははっ」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべた魔族の男は、やや面白そうに一層の笑みを浮かべる。
「いやぁ、つい出来心でやっちまった。あとで後ろのやつに怒られたから、許せ。な?」
「そのせいで獣人の兵士に怯えられてしまったんだけど」
「それはお前のせいだな」
魔族の男が快活に笑う。
こいつ、なにしにきた? 多分、この男も目の前の女性も只者じゃない。見て分かるほどに、強く、そしてやばそうだ。
アルクさんもハヤテさんもそれに気付いているのか、警戒を露わにしている。
「随分とまあ散々な目にあっているようだな」
「お前達がジンヤを唆したのか?」
ハヤテさんがそう口にすると、男は首を横にふった。
「いや、違う。俺達がしたのは交渉だけだ」
「……おい、いいのか?」
「別に構わないさ。それにこの一連の事態が俺達のせいと思われる方が心外だ」
後ろの女性が止めようとするが、それを男は拒否した。
「ここで俺達を恨むのはお門違いだぞ? 俺達はあくまでここに協力を求めにきただけだからな。ここのお偉いさんがやっていることも、お前達に対しての仕打ちにも一切関与していない」
「それじゃあ、アイツは……自分の意思で人間達と敵対しようとしているのか……なんてことだ……」
もしかしたら、ハヤテさんは今でもジンヤさんのことを信じているのかもしれないな。
幼馴染みというからには、浅い関係じゃないはずだ。
「獣人は人間に虐げられてきたんだ。敵対しない方がおかしいんじゃないか?」
「ああ、おかしくはないさ。だがな、かつての人間と魔族の戦いで多くの罪のない同胞が殺された! だから、僕達の先祖はもう獣人族が戦うことのないように、深い森の中で平穏な暮らしを送ろうと努めたんだ! それなのに……獣人族全ての民が戦争に巻き込まれてしまう事態になってしまった!」
ハヤテさんの言葉にバツが悪そうに頭をかく男。
「耳が痛いな。しかしな、俺達はあくまで協力を求めただけだ。もちろん拒否する選択肢も用意しておいたが、それを受けたのは他でもないお前達の長だ」
「ああ、分かっているよ。今の僕の言葉がただの八つ当たりに等しいことも……! だけど、言わずにはいられないだろう!? 僕達は君達の戦争に巻き込まれてしまうことを!」
ハヤテさんには自覚はないけど、彼の言葉の矛先は僕にも向けられている。
いくら獣人の国を訪れる建前とはいえ、書状をジンヤさんに見せてしまったことは言い逃れのできない事実だ。
「あー、すまなかったな。だが、お前達にも事情があるように、こっちにも事情ってもんがあるからな……さてと……」
男は憤るハヤテさんから、僕へ視線を移した。
「ここの奴らから訊いたぞ。お前、リングル王国の治癒魔法使いだってな?」
「……僕を殺しにきたのか?」
リングル王国の治癒魔法使いは魔王軍にとって目の敵にしてもいいくらいに嫌われているはずだ。
ローズの部下であり弟子である僕を排除しようとしてもおかしくはない。
事実、男の背後にいる赤い髪が特徴的な魔族の女性はもの凄い眼力で睨み付けてきているし。
しかし、予想と違って男はおかしそうに首を横にふった。
「いいや。俺はそんな命令は受けてないし、今のお前達は獣人達の国に囚われているから、手を出せない」
「ならどうして、僕達に接触してきた」
「リングル王国に囚われているフェルムを捕まえた治癒魔法使いってのが気になったからだ。……どうやら、その顔を見る限りお前で間違いないようだ」
しまった、動揺を気取られた。
フェルムの名前を出されて、思わず驚いてしまった。
「実物は思ったよりも違った。俺としてはもっと弱そうなやつだと思ったが……なんだ、見た目に反して随分とぶっ飛んでる奴だな。フェルムが帰ってこないのも納得がいった」
なにげに失礼なことを言われたぞ、おい。
なんで初対面の人にこんなこと言われなきゃならないんだ。
「そもそも僕とお前は敵同士のはずだ。どうして僕のことなんて知りたがるんだ」
「俺はお前に個人的な興味を持っている」
「……」
僕に興味があるとか、嫌な予感しかしないんですけど。
ただでさえ今の状況に参っているのに、魔族の……よりにもよって相当な実力者に興味を持たれるなんて厄介すぎるだろ。
「もういいだろ。これ以上、ここで話す必要はない」
お互いに無言になってしまったのを見計らったのか、男の後ろにいた赤髪の女性がそう言葉にした。
男は不服そうにしているが、赤髪の女性に睨み付けられ、渋々立ち上がった。
「俺の部下なら少しくらい融通利いてくれてもいいんだけどなぁ」
「仮の部下だ。私はお前のご機嫌を伺うためにここに来たのではない」
「はー、分かった。じゃあな、治癒魔法使い。次にお前に会うのを楽しみにしている」
僕としては二度と会いたくないんだけど……。
ようやく帰ってくれたかと安堵する僕だが、赤髪の女性がこちらを見ていることに気付き、緩みかけた気を引き締める。
「目が同じだ」
「……え?」
「強い意志の籠もった瞳。なるほど、奴の部下というのは本当のようだ。……少しは、ここにきた意味もあったかもな」
口ぶりからして、ローズ個人のことを知っているような口ぶりだな。なにか因縁でもあるのだろうか?
赤髪の女性は最後に僕の顔を見たあとに、階段へ向かう男についていく。
しかし、その先からまた誰かが降りてきたことで、僕達も魔族の男女も階段の方を見やった。
「……なぜ、貴方達がここに?」
魔族に続いて訪れてきたのは、ジンヤさんであった。
彼は、階段を上ろうとしている二人の魔族を見ると驚きの表情を浮かべている。
「ちょっと暇だったもんで、ここに来た人間ってのを見にきたんだ。駄目だったかな?」
「勝手に行動されては困ります」
「ははは、悪かった。それじゃ、部外者は大人しく引っ込んでいるとするか」
「……私はむしろ止めた側なんだがな……」
ジンヤさんとすれ違う形で、上階へ上がっていく魔族の男女。
彼らを見送り、溜息を吐いたジンヤさんは前を向き直り、檻の前まで歩いてくる。
よく見れば、彼の背後に誰かいる。
「アマコ!」
「アマコ殿!」
「……ウサト」
俯いているアマコ。
ジンヤさんは無言で横にずれ、彼女を檻の前に進ませる。
……ネアがいない。
どういうことだ? どういう意図でジンヤさんはアマコを連れてきた?
「アマコ、ネアはどうした」
「部屋においてきた。話すなら、私だけで済むから……」
俯いているせいか表情が読み取れない。
どうした、アマコ。なにがあった?
後ろにいるアルクさんも心配そうに彼女を見ている。
「ウサト。私を……助けにこないで」
「っ、どういうことだ」
「予知を見たの!」
僕の声を遮ったアマコは、肩を大きく震わせながら声を振り絞った。
「私の大切な仲間全員……ウサトも、アルクさんも、二人とも死んじゃうの……」
そう言って僕だけに見えるように顔を上げたアマコの表情は、悲しみとはかけ離れた決意に満ちあふれたものであった。
最後のアマコの言葉に「うん?」ってなった人がいるかもしれませんね。
ここで終わるとストレスが溜まっちゃいそうなので、すぐに更新いたします。
更新は明日の早朝、六時丁度を予定とします。
遅れてしまう場合は活動報告にてご報告させていただきます。




