第百二十八話
時間が空いてしまい申し訳ありません。
第百二十八話です。
獣人の国、ヒノモト。
勇者によって伝えられた日本の文化によって形作られた国で、族長の補佐であるハヤテさんに迎えられた僕達は、獣人達に監視されながらも、薄暗い上り坂を上っていた。
家屋の間を通るような道に、緩やかな上り坂。
人目を避けるといえば聞こえはいいけど、見方を変えれば僕達はどこかに連行されているみたいだ。先頭を歩くハヤテさんは僕達を罠にかけようだなんて考えている人には見えないけど、サマリアールでフェグニスさんに騙されていた経験からすれば、会ってから間もない人物を信用するのは危険なことだ。
正直、信用していた人に騙されるのは結構くるものがある。
表情が強ばっているのが見られたのか、いつの間にか隣に並んでいたブルリンが僕を見上げた。
「グフゥ」
「……心配してくれているのか?」
ブルリンの頭を撫でつける。
……前の失敗を悔いている場合じゃないな。
気を取り直して、前に向き直ると、暗い道の先に明るく開けた場所が見えた。どうやら、この裏道はあそこで終わるようだ。
案内された先で何が出てくるのか恐々としながら光のある場所へ向かうと、そこは先ほど通った道とは異なり、広い場所に出た。しかも、眼前には見上げるほどに大きな建物。
案内してきたハヤテさんが、こちらへ振り返る。
「ここが僕達獣人族にとって最も重要な建物です。君達にとっては城と表現した方が分かりやすいでしょうか?」
明らかに他の家屋とは違った、丁寧な作りの建物。
白を基調とした外観と、角張った形のそれは城とは違った迫力が感じられた。
白い建物に目を奪われている僕達に、誇らしげな笑みを浮かべたハヤテさんは続けて言葉を紡いだ。
「後ろをご覧になってください」
「後ろ?」
そう言われて振り返ると、そこにはヒノモトを上から見渡せるような景色が広がっていた。
眼下に広がるは、たくさんの建物と点々と見える人々。
リングル王国の城から見える景色は西洋風なものであったけど、ここから見える景色は昔の日本にタイムスリップしたようなものであった。
獣人族は、人間とは違う文化を発展させてきたと聞いたけど、こうして国の全体を見てみればそれも頷けるな。
今、見える人々全てが獣人の人達だと考えると、ようやくここに辿り着いたんだと自覚させられる。
「……懐かしいな」
「やっぱりアマコもここに来たことがあるのか?」
「うん、お母さんと……何度も来たことがある」
小さく呟くように話すアマコの表情はどこか不安げだ。
さりげなく横目でハヤテさんを見れば、彼は気まずげに首に手を当てている。
……何か後ろめたいことがあるのか? それとも単に同情しているだけなのか……。
「では、先へ案内します。まずは馬とブルーグリズリーを預けましょう。その肩にいるフクロウは……」
「ああ、こいつは僕の使い魔ですけど……中にいれても大丈夫ですか?」
「ホーゥ」
それっぽい鳴き声と共に首を傾げるネアに、ハヤテさんは少し悩んだ様子を見せるがすぐにこちらへ顔を向ける。
「……構いませんよ。ですが貴方の傍から離れないようにしてください」
「その点は心配はいりません。こいつ、大人しいですから」
同意するようにこくこくと頷くネア。
本当は大人しいなんて言葉からかけ離れた子なんだけどな。むしろ好奇心の塊とも言ってもいい。
ネアが人型になれると知っているリンカは、怪訝な表情を浮かべていたが、彼女にとってそれほど気にすることでもないのか、すぐに表情を戻す。
ハヤテさんはどうだろうか? もし入れることができなかったら、ブルリンと馬と滞在することになるんだけど……。
「それなら大丈夫ですね。では、ついてきてください。荷物の方はこちらの方で預かります」
一つ頷いた彼は、僕達についてくるように促した。
彼についていきながら、僕は改めて見上げるほどの高さの白い建物を見やる。
「……」
周り全てが敵だらけ……とまでは言わないけど、獣人族が僕に対していい印象を持っていないのは確かだ。ハヤテさんは柔らかく応対してくれてはいるが、他はそうとは限らない。
最悪、悪態をつかれたり、理不尽な言いがかりをつけられたりしてしまうかもしれない。
それに対して、僕はできる限り感情的になってはいけない。それが彼ら獣人の今まで虐げられてきた恨み言ならなおさらだ。
「……何が待ち受けているか、だな」
獣人族、族長。
これから会う獣人族の中で一番上の地位を持つ人物との邂逅に、僕は一抹の不安を抱きつつも歩を進めるのだった。
●
ブルリンと馬を厩舎に預け、建物の中へ招かれた僕達。
その際、リンカだけは僕達と別れることになった。まあ、これから族長と話をするのは僕だから、関係のないリンカを大事な場に連れて行くわけにもいかない。
でも中に入るなり、靴を脱がされたことには驚いた。
今の今まで、この世界で暮らしていたせいか建物の中では靴を履いているのが常識だった僕には、靴を脱いで上がるということに、素直に驚いてしまった。
勇者ってのはどこまでの知識を獣人に与えたんだ? ここまで似通った文化だと逆に得体が知れなくなってくる。
「まずは武器を預からせてもらいます」
「分かりました」
アルクさんの持っている二本の剣を兵士に渡す。
僕の籠手は……武器というより防具だから大丈夫か。とりあえず、調理に使う刃物とかも預けておこう。
「……ん?」
ふと、入り口の先に日本風の内装に不釣り合いな四角い物体が飾ってあることに気付く。
さりげなく、視線を向けて観察してみる。
大きさは、直径2メートルほどだろうか? 様々な黒色の板が組み合わさり、正方形の形を成した不思議な物体。
見た感じ、サマリアールの露天で見た魔道具に似た構造だな。
「……魔術か?」
僕の言葉にネアは首を傾げる。その様子は困惑しているようだった。
ネアにも分からないのか? それともそもそも魔術とは関係なく、オブジェとしてここに置いているのかな?
どちらにせよ、デザインとしては嫌いじゃないな。
「あれは私がここを出る前からあったものだよ」
「そうなのか?」
「うん、物心ついたときからここにあったの」
それじゃあ、これはただの置物みたいなものなのか。
「彼女の言うとおり、これはただの置物のようなものですね」
「へぇ……」
僕達の話を聞いていたのか、ハヤテさんがアマコの言葉に同意する。
しかし、ハヤテさんの言葉でちょっと気になる部分があった。
「ようなもの、ということは元々は置物ではなかったということですか?」
「……ええ、元は魔道具だったのですが、誰にも使われず必要とされなくなってしまったものです。本来なら廃棄されるものなのですが、これは少しばかり特殊な魔道具であるので、このような形で残されているのです」
「なるほど……」
元々は魔道具で、今は力のない物体ってところか。
なるほど、道理で魔道具っぽい造形をしていると思った。
「……これが使われることは二度とないでしょうが」
「え?」
「さ、話はここまでにして、先へ向かいましょう。長がお待ちです」
「あ、はい」
……ハヤテさんが小さく何かを呟いていたけど、聞き取ることができなかったな。
黒い箱から意識を戻した僕は気を取り直して荷物を預け、奥に進んでいくハヤテさんについていく。屋内は襖によって部屋が仕切られていて、中から見てみても中々に広い造りをしているようだ。
「今のうちに伝えておきます」
「は?」
歩きながら突然ハヤテさんが話しかけてきた。
こちらを見ずに、彼はやや重い口調で言葉を発した。
「我らが長は、君達、いいえ、人間のことを好意的に思ってはいません」
「……いえ、突然押しかけてきたのはこちらですから、好意的に思われていないのも当然でしょう」
実際、今まで人間が足を踏み入れたことのない場所に、いきなり入り込んだ僕達を好意的に見られるわけがない。
「私としては君達との話は穏便に終えたいと考えています。なので、できるだけ場を取り持つ努力はしてみるつもりです」
「助かります」
獣人族の長と会うとなっては、今までとは何もかもが違う。
ルクヴィス学園のグラディス学園長。
サマリアール王国のルーカス様。
水上都市ミアラークのノルン様。
三人ともどこにでもいる普通の……普通の……。
「……」
……いや、グラディスさんは普通の女性だったけど、ルーカス様は僕に跡を継げだとか予想外の行動を取るし、ノルン様は初対面のときポーションに溺れていたし、控えめに言って普通のお人ではなかったな。
でも、そんな三人に共通しているのは僕達に対して悪感情を抱いていなかったことだ。
思考に耽りながら外の景色がよく見える廊下を進んでいく。
すると、槍を持った獣人の兵士が佇んでいる一際幅広い襖が見えた。
僕とアルクさんを見た獣人の兵士は緊張した面持ちで手に持った槍に力を籠めていたが、ハヤテさんが襖の前に立ったことから、道を空けるように横へ移動した。
「族長、アマコと連れの人間達を連れて参りました」
襖の前でそう言葉にすると――、
「入れ」
――と、低く冷たさを感じさせる声。
こくりと頷いた獣人の兵士が襖を開ける。
襖の奥の部屋では、一人の獣人の男が座布団に正座する形で座っていた。その背後にはお付きと思われる獣人の女性二人が佇んでいたが、僕は部屋の中の状況を把握することよりも、目の前で座っている獣人の男に驚いてしまった。
熊を思わせる丸みの茶色い耳と、見て分かるほどに筋肉質な体格。立ち上がらなくても分かる。今までの人生でこれほど大きな人を見たことがないと言っても過言ではないほどだ。
ハヤテさんに促され、あらかじめ用意されていた座布団に正座で座り、あらかじめ用意しておいた自己紹介をする。
「リングル王国、救命団のウサトと申します。この度はお招きいただき、ありが――」
「獣人族、族長のジンヤだ」
「……」
遮るように、簡潔に自身の身分と名を口にした彼、ジンヤさんに無言になってしまう。
……ええ、イラッとしていませんよ。でも、下手ながら懸命に考えた言葉くらい最後まで聞いて欲しいんですけど。
たてがみをおもわせる茶色がかった黒髪に、黒色の着物を纏ったジンヤさんは僕達を見回し、最後にアマコを見やり、小さな溜息を零した。
「行方知れずだった、カノコの娘がこのような形でやってくるとはな。しかも、人間まで連れてくるとは……」
次に僕へ視線を移す。
じろりと無言で見てくるので、どうしていいか分からずに困惑していると、彼は失笑した。
「ここまで来られたことすら信じられないほどに貧相だな。本当にここまで旅をしてきたのか?」
「……は?」
「ホ、ホゥ」
笑顔のままドスの利いた声を漏らしてしまったが、肩のネアの鳴き声で我に返る。
いけない、いけない、相手は一国の最高権力者。無礼を働いてはいけない。むしろこちらが怒り出すように仕向けている可能性さえある。
笑みのまま堪えた僕を、つまらなそうな反応を示したジンヤさんは、今度はアマコを見る。
「それで、アマコ。お前はなぜ今更ここに戻ってきた」
「……今更?」
「お前が消えて二年の月日が過ぎた。その間に我らはお前を探すために力を尽くした……が、それは悉く失敗に終わった。一部の者達はお前は人間に囚われたか、既に死んだものと考えていた」
だとしたら、アマコがここに戻ってきたことは少なからず混乱を招いてしまったのかもしれないな。それに、ハヤテさんがアマコに出会ったときの喜びようも頷ける。
ジンヤさんの言葉に、アマコがこちらを見たので、僕は一つ頷く。僕が事情を説明するより、アマコに任せた方がいいだろう。
「私は、母さんを救うためにここへ来ました」
「ふん、尤もな理由だな。お前の母はもう二年も目を覚ましていない。その間、俺達もあらゆる手を尽くして治療を試みたが、そのどれもが失敗に終わった。今ここに戻ったのは救う手立てが見つかった、ということでいいんだな?」
問い詰めるような言葉にアマコが頷く。
「治癒魔法使いを連れてきました。最上級の回復魔法である治癒魔法なら、母を治すことができるかもしれません」
「……なるほど。だとしたら、その男が治癒魔法使いだな?」
再び僕に視線を向けるが、その目は「見た目通りに貧弱な魔法だな」と言わんばかりに見下されたようなものだ。
ローズで慣れているけど、普通の人だったらキレてもおかしくないぞこれ。
というよりなんで、この人はこんなに高圧的なんだろうか。
「治癒魔法を用いた治療は俺達も試してはいなかった。そもそも人間のみが扱えるという治癒魔法を俺達が利用すること自体が無理な話だったが……なるほど、協力者として連れてきたのならば、救える可能性は低くはない」
納得したように頷いたジンヤさん。
「いいだろう。そこの治癒魔法使いをお前の母に会わせてやろう」
「っ、いいんですか」
「獣人の子供が人間の領域を生きる難しさは理解しているつもりだ。その行動力に免じて、その治癒魔法使いに治療させることを許可しよう」
思いの外、すんなり要望が通ったことに驚くアマコ。
僕ももっとこじれると思っていたけど……。
「……今、母さんは……」
「生きてはいる。この二年間、目覚めないままだがな」
……なぜアマコの母親は目覚めなくなってしまったのだろうか。
理由も分からぬままにそうなるわけがないから、何かしらの原因があるようなものだけど。まあ、それは実際に会えば、なにか分かるかもしれないな。
「母を救うにしても救えないにしても―――、ここに残る気はあるか?」
「……」
重く低い言葉にアマコが押し黙る。
数秒ほどの沈黙の後、迷うように視線を彷徨わせた彼女は、意を決して口を開く。
「いいえ、私はここに残るつもりはありません」
「時詠みの使命を知らないとは言わせないぞ?」
「勿論、理解しています。でも、私は……ここにいても……」
普通には暮らせない。
そう言い淀んだアマコに、ジンヤさんは落胆したような溜息を漏らす。
「……そうか。ならば、用が済んだならどこへなりとも消え失せるがいい。お前以外のものが予知魔法に目覚めていればよかったものの……一族の恥め」
「……ッ 長!」
「時詠みの使命を捨てようとする者など、我が国には不要だ」
「ジンヤ! そんな言い方はないだろう!! この子が国を出て行くことになったのは――」
ジンヤさんの厳しい言葉にハヤテさんが声を荒げた。
そんな彼にジンヤさんは冷めた視線を向ける。
「立場を弁えろ。補佐如きが俺に口答えをするな」
「しかし……!」
「いかに彼女の娘であろうが、こいつは使えない。二年間、何をしていたかは知らないが……外界を生きた獣人がここまで役立たずに変わり果てるとは、俺も想定外だった」
言い返そうとしていたハヤテさんだが、怒りを理性で制したのかぐっと押し黙ってしまった。
僕自身、アマコを見下し、嘲るように話すジンヤさんに少しばかりの怒りを抱いていたが、それを表に出さないように平静を保つようにしていた。
侮蔑こそされたが、これはある意味好都合だからだ。
彼の言葉に従えば、アマコが獣人の国に無理矢理に住まわされることなく、リングル王国に連れ帰れる。アマコもそれが分かっているのか、無表情で彼の言葉を受け入れた。
「構いません。私達は母を治し次第この国を出て行きます」
「そうしてもらおう」
そこで会話を打ち切ろうとしたのか、腰を上げるジンヤさん。
アマコの話は終わったが、まだ僕の話をしていないので、慌てて彼を呼び止めるように口を開く。
「申し訳ありませんが、僕からもお話があります」
「……なんだ」
「リングル王国、ロイド・ブルーガスト・リングル様から書状を預かっております」
そう言い放ち、書状を取り出してジンヤさんに見せる。
僕として無理なのは承知だが、リングル王国の使者としてきたからには、話をしなければならない。
不機嫌そうにお付きの者に書状を受け取らせた彼は、それに目を通す。
「魔王か……断る。協力する理由がない」
「……」
やっぱり、か。
まあ、しょうがない話ではある。
「そもそも我らからしてみれば、魔族と人間の戦いなんぞ、どうでもいいことだ。例え、魔族と矛を合わせるとしても、それは人間が滅んだあとだ」
「……王にはそのようにご報告させていただきます」
獣人族に魔王軍の脅威が迫っていると知らせられただけでも、御の字だ。
僕がそれ以上なにも言わないのを見ると、今度こそジンヤさんは立ち上がった。
「お前達とは別に客人を待たせているのでな。後を任せるぞ、ハヤテ」
「かしこまりました」
そう言って立ち上がったジンヤさんは、お付きの者を連れて部屋から出て行ってしまった。
最初から最後まで、厳しい態度のままだったな。
なんというか、僕達に一切の隙を見せないように振る舞っていたみたいだ。
でも――、
「ようやく、か」
旅の始まりであり、最終目標であるアマコの母親に会える。
それが何を意味するか、分かっている。
僕達の旅の終わりが近いということ、それ以外にない。
今回はジンヤのキャラクターに少し気を遣いました。
ここまでウサトに対して悪い感情を抱いているキャラクターは、初めてかもしれませんね。




