第十四話
二度目に訪れた城下町。
道行く人の影も少なからずあるわけだから、スピードを落としながら走らなければいけない。
ローズ曰く、人の間を走る事に慣れろ、とのこと。
しかしながら、背中にブルリンを背負って街中を走るのは中々に注目を集めるものだね。
普通なら、街の人達はブルリンと言う魔物の存在に怯えるはずなんだけど、なぜか怯えた様子もなく、それどころか「またか」という表情で僕を見るのだ。
「何でこんな騒ぎにならないんだろう。なあ、ブルリン」
傍から見たら、僕の姿は訓練服の上に変なベストを着たうえに、大きな熊を背負った変な少年だろう。
僕なら絶対通報する。
自分でもそう思ってしまうほどおかしいと自覚している。
「まあ、騒がないだけいいか。その方が集中できるし」
城下町は結構大きい、まだ一回しか来たことがない僕は、小さな路地ではなく人の居る大通りを走らざるを得ない。もしも迷った時は、大きな城を目印にすればいいんだけど。
しかし、色々な店がある。朝、ブルリンに上げた果物が沢山売っているところから、あの果物が特産品なのかな。後でトングあたりにでも聞いてみよう。
『おーいっ』
前にここを通った時は、流し目で見ていたけど香ばしい匂いも漂ってくる。
露店の中を走りながら覗き込むと、元の世界とは違った独特な形状の食べ物がそこかしこに売っている。
『ハァハァ、待っ……て』
それにしても、なんだろう。
さっきから聞こえる声は。だんだん近づいてくるように聞こえて、離れていく。僕が走っているせいかもしれないけど、近づいてくるのはおかしいな。
誰かを呼んでいるのだろうか?
疑問に思い、後ろを振り向くと――、
『……ゲホッ……ハァハァ……待って、そこの君』
10メートルはど離れた所に、力尽きるように倒れている痩せ型の男。
目の前の光景に、呆然とする僕だが、後ろからブルリンの鳴く声を聴き、我に返り倒れ伏す男の方に歩み寄る。
ブルリンを一旦下ろし掌を男の背中に置き、治癒魔法を流し込む。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ケハッ……やっと……気付いてくれたね……」
この人は僕に何か用があるようだ。
治癒魔法をかけながら、身体を起こす。痩せ型の男は顔を青くさせながら申し訳なさそうに起き上がる。綺麗なブロンド髪で中々の美形、しかし隈やら顔についた砂やらですごく残念な事になっている。
まだ具合が悪そうなので、とりあえずは大通りの端に寄り。そこらへんに放置されている木箱に座らせる。
「気分は?」
「いやぁ、ごめんね……」
「お礼は別にいいんですけど。僕に何か用が?」
だいぶ落ち着いてきたのか、顔に生気が戻ってきた男は、恥ずかしそうに頭を搔く。
「いや~、後輩に挨拶したくなっちゃってね。思わず追いかけちゃったよ」
「後輩って……」
「あれ? 団長さんから聞いてなかった?」
後輩? この世界で先輩に思い当たるのは救命団の仲間のトング達。
あの強面共は先輩と呼ぶに値しないので候補に入れない。
そしたらこの人は……あっ。
「僕と団長以外の治癒魔法の使い手の人!」
「ははは、団長さん。僕たちのことほとんど説明してくれなかったんだね。じゃあ、自己紹介をしよう。僕は救命団所属のオルガ・フルール、因みに23歳。気軽にオルガって呼んでくれると嬉しいな」
「僕の名前はウサトです。新しく救命団に入りました。よろしくお願いします、オルガさん」
この人が僕と同じ治癒魔法の使い手。
ローズの話からすると、この人は前線担当じゃなく後方支援が仕事と聞いている。
「ごめんね、訓練の邪魔しちゃって。薬を買いにここを歩いていたら、ブルーグリズリーの子供を背負う救命団の人が見えたから……。それに見ない顔だったし、もしかしたら前に訊いた新人の人かなって」
「そうだったんですか……ん?何で僕が救命団の人って分かったんですか?」
熊を背負った変な人と思われるのは分かってはいるけど、救命団に所属しているということまでは分からないはず。
どうして分かったのだろう。
「ははは、それは君の着ている服さ。その訓練服はね、救命団の者だけが着ることを許される特別なものだよ。服に赤色の刺繍があるでしょ?」
「え? ……あっ、本当だ」
ズボンの太もも部分に赤色の花が縫い付けられている。
今まで気にも留めていなかったけど、オルガさんはこれを見て僕を救命団の人と判断したのか。
「ついでに、ここらへんはよくトング達も走らされるからね。町の人達も結構見慣れているんだよ」
「なるほど、だから僕とブルリンの事を見てもあまり驚かなかったんだ……」
「僕はブルーグリズリーの子供には面食らったけどね……ははは」
街中をあんな濃い奴らが走っていたら、熊を背負ったくらいの僕じゃインパクトに欠けるだろう。いやはや、謎は全て解けたね。
不思議そうに僕の方を見ているブルリンの頭を撫でながら、オルガさんの方に視線を向ける。
彼はにこやかな笑みを浮かべ、僕の方を見ながら口を開く。
「それにしても驚きだね。団長さんのしごきについて行けるなんて。僕たちなんて全然ついて行けなかったよ」
「いやいや、僕も必死でしたからね……ん? 僕たち、というと、もう一人の治癒魔法を使える方……のことですよね?」
「そうだよ、僕の5つ年下の妹なんだ。僕たちは訓練に参加しない代わりに、診療所を開いているんだ」
兄妹で治癒魔法使いなんだ。魔法の適性も家族で似るものなんだな。
「へえ、兄妹で……」
「でも救命団には変わりないよ。緊急時には僕たちも団長さんの指揮の元、怪我人の手当をするんだ」
なるほど、訓練をしない代わりに城下町で診療所を開いて、戦争が起こった時は後方で味方を癒す役に回るんだ。この人も色々考えているんだなあ。
でも、オルガさんが僕と同じ治癒魔法使いなら、なんで僕を追いかけた時に自分の体を治さなかったんだろう。
「オルガさんは、自分の体を治せないんですか?」
「あー、それはね、僕は自分の怪我を治すのは得意じゃないんだよ。逆に他人を治すのはすごい得意なんだけど、それと、身体が弱いって言う理由で団長さんの訓練について行けなかったんだ……妹は別の理由だけどね」
「そうだったんですか……」
魔法のできる事と、できない事には個人差があるようだ。
オルガさんと彼の妹さんか、暇が有ったら彼らの開いている診療所に顔を出してみたいな。
僕はブルリンを背負い、立ち上がる。
「じゃあ、僕はそろそろ訓練に戻ります。オルガさんはもう少し休んでから行った方がいいです」
「邪魔しちゃってごめんねウサト君」
「いえいえ、僕もオルガさんと話せてよかったです」
あまり休んではいられない。
理由を言えば怒られはしないだろうけど、訓練だけは真面目にやりたい。
「あっ最後にいいかな」
「はいっ?」
オルガさんに声を掛けられ後ろを振り向く、そこには先ほどのようなにこやかな笑みではなく真面目な表情のオルガさん。
「ローズさんの事をあまり嫌わないでほしいんだ。あの人結構乱暴だけど、なんというか……不器用なんだ、だから……」
ここで彼が「団長さん」ではなく「ローズさん」と呼んだのには、団長としてのローズではなく、一個人としてのローズを指しているのだろう。
それなら答えは決まっている。
「大丈夫です。元から嫌っていませんから! じゃ、またの機会に!!」
厳しくて粗暴で鬼畜な団長だけど、何故か憎めない思いがあった。
森に落とされた事には恨みごとの一つや二つは言いたいものの、森に行かなければブルリンに会えなかったので一応は良しとする。
でもグランドグリズリーの事は残念だけどね……しかしだ、もしあの蛇が森を出てこの王国を襲っていたらと考えると怖気が走る。
「………そういう意味では良かったかもしれないな」
前を向き直り、走り出す。
次は城の方を回ろう、この時間帯ならカズキや先輩たちもいるだろう。久しぶりに顔を見て行こう。
……でも流石に城の中にブルリンを連れて行ったらマズイかなあ。
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ブルーグリズリーの子供を背負った少年が走ってゆく光景を見ながら、僕は思いにふける。
「団長さんと同じタイプの治癒魔法使いが、あんな少年だったなんてね……」
僕みたいに尖ったタイプじゃなく、バランスの良い治癒魔法の使い手。実際、僕にかけた治癒魔法も文句のない効果があった。
まだ二十代なのに、少し感慨深くなってくる。
ウサト君が用意してくれた木箱に座りながら、空を見上げる。
「ようやく見つけたんですね団長さん……次の戦場は貴方一人だけじゃないですよ」
『お兄ちゃーーーん』
妹が来てくれたようだ。
いくら心配だからって、そんな必死そうな顔する必要なんてないのに……。全くしょうがない妹だ。
「お兄ちゃん! 一人で外に出るなんて死ぬ気!?」
「僕はそこまで貧弱じゃないよ!?」
「えっ? だって、お兄ちゃんじゃん」
何、その僕の存在が貧弱みたいな言い方、酷くない?
いやいや、そんなことはあまり気にせず、今日の新しい出会いを可愛い妹に話さなければ。
「そんな事より、今日は面白い子に会ったんだよ」
「うん?」
「お前も一度会うと良い」
これから、きっと面白いことになるだろうから。




