第百二十七話
お待たせいたしました。
第百二十七話です。
隠れ里を出発してから数時間。
道なき道を歩んでいた僕達は、多くの大樹が並んでいる森の前に辿り着いた。
太陽の光すらも遮るほどの大きな木が数え切れないほどに生えている森は、全体的に薄暗く不気味な気配に包まれていた。
「ここが入り口だよ」
「すごい森だな……」
リンカの言葉に感嘆の声を漏らす。
今まで歩いてきた森の中は、太陽の光があったが、ここから先は目を凝らさなければならないほどの暗闇の中だ。
確かに、こんな場所には普通には立ち寄ろうとは思わない。
というより、もし一人で入れと言われたら、見敵殴打の覚悟で臨まなければならない。
自然と顔が引き攣っていたのか、アマコがこちらを見上げた。
「不気味なのは分かるけど、すぐに明るくなるよ」
「そうなのか?」
「うん、そういう風に作られているから」
作られている、か。
何かしらの魔導具、いやそれに近いものがあるのかな?
獣人は人間とは違う文化を築いているらしいから、その可能性もある。
「先へ進もう。私の見立てでは、ここらへんから入れば裏門へ着くから」
リンカに付いていく形で森の中へ入っていく。
背後から差し込む光だけを頼りに歩を進めていくが、木にぶつかってしまいそうになったり、根っこに足を引っかけてしまいそうになったりで大変だった。
ここを進めば獣人の国の裏口に着く。
……一応、用心はしておくか。
「ネア」
「なぁに?」
「獣人の国にいる間はフクロウのままでいてくれ」
「……ええ、分かったわ」
「察しが良くて助かるよ」
こういう時、使い魔としての立場をうまく使う。
人型の魔物は非常に珍しいことに加え、使い魔になることもほとんどないので、ネアをフクロウの使い魔として獣人の国に入れて、いざという時の切り札として控えさせておく。
暗闇の中、前を歩くリンカを頼りに歩を進めていると、アマコが僕の団服の袖を掴んできた。
「ん?」
「はぐれると嫌だから」
確かにはぐれると面倒だな。
でも、こうしていると――、
「子供を連れる父親のような心境になるな。ネアも同じようなもんだしなっおぉ!?」
ふくらはぎと後頭部に衝撃。痛くはないが、突然のことで驚いてしまった。
どうやらアマコが足を蹴り、ネアが僕の頭を翼で叩いたようだ。
ネアはともかくアマコまでとは……。
「私は子供じゃない」
「ごめんごめん」
ふて腐れたような声を漏らすアマコに謝る。
子供っぽいところはあるけど、その行動力は大人すら顔負けだ。
「……ウサト、今のうちに言っておくことがある」
「どうした、いきなり」
「私、どんなことがあっても、ウサトのこと信じてるから」
ネアと同じようなことを言うな。
二人揃って同じ話題を話すということは、これはあれか? 言葉にして伝えないと信頼されてないと思われているのだろうか?
「ウサトの訓練バカなところも、脳筋なところも、鈍感なところも、お人好しなところも、良いところも悪いところも全部含めて信頼してる……ネアよりも」
「なへぁ!?」
どこから出したか分からない悲鳴が肩から発せられる。
ネアとの話を聞かれていたか……アマコの耳の良さをちょっと侮っていたか。でも、一部信頼してほしくない部分もあったな。
なんだよ脳筋を信頼するって。さらって言われて、普通に流しそうになったんですけど。
「それが言いたかっただけ」
「僕も君のことは信頼してるよ。なにせ、一緒に旅をしてきた仲間だからね」
勿論、アルクさんもネアもブルリンも同じだ。
誰か一人でも欠けていたら、僕はここにいなかった――そう断言できるほどの旅を送ってきた。
しかし、その旅もいつかは終わってしまう。
獣人の国を最後にして、僕達はリングル王国に帰らなくてはならない。
……その時、アマコは獣人の国に残るのだろうか、それともリングル王国に戻ってくるのだろうか……。
「アマコは、母親を助けたら……どうするんだ?」
「……」
隣で息を呑むような反応。
暫しの沈黙のあと、絞り出すように放たれた彼女の声はどこか不安げだった。
「できれば、お母さんと一緒にリングル王国に行きたいな。ここは、私が生きるのには息苦しすぎるから」
「……君がそうしたいなら僕はいくらでも力を貸すよ」
「うん……」
自分の故郷が息苦しい。
そんな言葉が出てくること自体異常なはずだ。それほどまでにアマコを取り巻く状況は難しいもので、彼女に普通の生活を送らせてはくれないんだ。
「……うぉ!?」
思い詰めた表情のまま歩いていると、木の根っこに躓き転びそうになってしまう。
そんな僕にネアは笑い、アマコははぐれないように団服の袖を掴む。
そのまま暗い道を進んでいくと、ようやく目の前が明るくなった。
「っ、眩し……」
急な光に目が眩む。
光になれ、改めて明るくなった眼前に目を向ければ、巨大な木製の扉と石造りの壁が視界一杯に映り込んだ。
今まで歩いてきた森の中にはなかった人工物。
そして、何かを覆うように作られている壁。
「ついに、来ちゃったな」
「……アマコ?」
重くそう呟いたアマコ。
彼女は僕の団服の裾を握りしめたまま、絞り出すように続けて言葉を紡いだ。
「人間にその名を明かすことさえ許されなかった国。獣人の国、ヒノモト……ここに、私のお母さんがいる」
「……」
今まで僕は、獣人の国には名前はないと思っていた。城の人達だって獣人の国と呼んでいたし、他ならぬアマコもそう呼んでいた。
しかし、今アマコの口から明かされたその名は、僕……いや、僕と犬上先輩とカズキにとって、決して無視できないものであった。
「ヒノモト……日の本、日本か」
刀、獣人達に与えられた名前、そしてヒノモトという国の名前。
先輩とカズキの前に召喚された人は日本人で、加えて刀が存在する時代からこの世界にやってきてしまったということになる。
いや、もしかしたらそういう方面に詳しい現代人の可能性もあるけど、日本人であることは間違いないだろう。
「んー、アマコ。裏門に来たけどさ、出迎えってあるんだよね? 誰もいないんだけど」
「確かに」
扉はあるが、周囲に誰もいないことに疑問に思ったリンカに、アマコは首を傾げる。
その時、大きな扉が重い音を立ててゆっくりと開きはじめた。
「……っ」
突然扉が開いたことに驚きつつ、アマコの前に移動し身構える。
扉が完全に開ききり、そこから出てきたのは――、リンカと同様の狼の耳がある三十代ほどの男性であった。他にも、槍を持った獣人の女性が二人おり、身構えている僕とアルクさんを警戒するように睨み付けていた。
僕達を見回した男は、最後に僕の後ろにいるアマコに視線を向けると、安堵するように肩の力を抜いて、柔らかく微笑んだ。
「君達を待っていたよ。僕の名はハヤテ、族長の補佐を任されている者だ」
「……あ、えーと。ウサト・ケンと申します。この度は、僕達の入国まで認めてくださり、ありがとうございます」
一応、僕が旅のリーダーなので、自己紹介をする。
相変わらずたどたどしい敬語で恥ずかしくなるが、獣人の男、ハヤテさんは僕の言葉に驚くと、すぐに先ほどのように微笑みを戻し隣に控える部下に指示を下した。
「二人とも、槍を下ろしても大丈夫だ」
「しかし、相手は人間です。それにブルーグリズリーも……」
「敵意もないし、彼女も懐いている。そこのブルーグリズリーも害はないだろう」
「……了解しました」
納得いかなそうな表情で槍を下ろした二人の獣人。
張り詰めたような空気が、やや柔らんだところで、ハヤテさんはアマコと僕の方に歩み寄ってきた。
とりあえず、警戒しながらアマコの後ろへ一歩だけ下がり、彼女とハヤテさんが話しやすいように移動する。
「最後に顔を合わせたのは君が四歳の頃だったかな……僕のことは覚えてる?」
「すみません……記憶にないです」
申し訳なさそうにアマコが謝ったのを見て、ハヤテさんは慌てて手を横に振る。
「いやいや、謝らなくてもいいよ。むしろ覚えてなくて当然な歳なんだから」
嬉しそうにしたハヤテさんは、アマコと視線を合わせるように身をかがませる。
彼女のつま先から頭まで見やったハヤテさんは頷く。
「うんうん、よく帰ってきてくれたね。最後に見た姿と変わってなくて安心したよ。……うん、二年前と全然変わってない。あの頃の君そのものだ」
「……ウサト」
「堪えてくれ、悪気はないはずだから……」
多分この人、本当に喜んでくれているから。
アマコの頭の高さに手を掲げて、感慨に耽っているハヤテさんに戦慄する。地雷を踏みまくってもなお気付かずに微笑み続けるその度胸は、尊敬に値する。
剣呑とした目で僕を見上げているアマコを止めていると、横からハヤテさんを見ていたリンカが、彼の脛を蹴飛ばした。
「ぎゃうん」という野太い声と共に地面へ倒れたハヤテさんは、脛を押さながら涙目でリンカに視線を移す。
「リ、リンカァ! 久しぶりに会うお父さんになんてことするんだ!」
「相変わらずデリカシーない! アマコは身長のこと気にしてるんだよ! それなのにこれみよがしに身長を強調してさ! いい? 父さん、アマコはね、こ れ か ら なんだよ!」
「……ウサト、キレそう」
「だ、駄目だって」
アマコの頭に手を置きながらそう言っているリンカが一番デリカシーのないこと言っているけど、一応アマコのために怒ってくれているはずだ。
だからアマコ、僕の団服を千切れんばかりに握りしめないでくれ。邪竜とカロンさんとの戦いを経ても破れることのなかった団服が千切れてしまう。
……しかし、見た目は似てないが、根本の性格は似ているんだなぁ。
ハヤテさんとリンカのやり取りを見守っていると、背後で佇んでいた部下の一人がわざとらしい咳払いをした。
「コ、コホン、ハヤテ様」
「え!? あ、ごめんごめん。本題に入るとするよ」
砂を払い立ち上がった彼は、扉の方を指し示した。
「話は歩きながらにしましょう。できるだけ民の目は避けたいので、ウサトさん達は頭を隠してください」
「分かりました」
僕は団服のフードを被り、アルクさんは馬の荷物から取り出した白い外套を頭から被る。
傍目から見れば怪しいこと極まりないけど、それ以上に僕達が人間だと知られてしまう方が大事なので我慢しよう。
あ、毎度の如くブルリンが入れるかどうか聞かなきゃ。
「ブルーグリズリーも中にいれて構わないでしょうか?」
「ええ。暴れないようにしてくれれば」
暴れる心配はほぼないので、ブルリンを撫でつけながら獣人の国、ヒノモトに足を踏み入れる。
扉の先に広がっていた光景は、今まで訪れてきた場所とは一際違ったものであった。
「木造建築、だって?」
扉の先は、まるで一昔前の日本にタイムスリップしたような木造建築が立ち並んでいた。
裏門から入ったからか、かなり建物が密集している場所だったが、それでも尚今まで訪れてきた国とは根本的な造形が違うことは僕にも理解出来た。
周囲を見回している僕達を見たハヤテさんは誇らしげに話しかけてきた。
「君達の知る建物と構造が違うだろう?」
「ええ、驚きました」
「獣人族の住む建物は皆、木で作られていてね。国を囲む大樹から作られた建物は頑丈で、雨すらも通さないんだ」
「へぇ……」
僕としては、ある意味で見慣れているようなものだ。立ち並ぶ建物の形状は、田舎で見るような木造の家屋に近く、大きい建物は屋敷と表現していいほどだ。
先代勇者は獣人に知識を与えたとカガリさんが言っていたが、これもそうなのだろうか。
「それに……」
案の定、僕達を見張る人は二人だけではないようだ。
位置こそは分からないけど、僕達を見ているたくさんの視線を感じる。念の為にアルクさんに軽く視線を向けると彼も気付いているのか、小さく頷いてくれる。
行動次第では、即座に敵対していると思われるかもしれないので、迂闊なことはできないな。
……念の為に、ハヤテさんにいくつか質問しておくか。
「ハヤテさん。ここの人々は僕達が来ることを知らされているのですか?」
「ええ勿論です。早朝のうちに民にはアマコちゃんと人間の君達が国に入ることは知らせました。しかし、民の大多数が人間に対してあまり良い感情を抱いていないので、このような形で迎えることになってしまいました」
「警戒されてしまうのは分かっていたことなので、気にしていませんよ。族長の方は僕達を入れることにどんな反応を示されていましたか?」
続けての質問に、先頭を歩くハヤテさんは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに答えてくれる。
「族長は気むずかしい性格なので好意的とはいきませんでしたが、なんとか説得して許可をもらえました」
族長はハヤテさんとは違い僕達に好意的ではない、か。
……難しいな。
これからその族長と会い、アマコの母親を助けるところにまで交渉しなくてはいけないのだけど、変にこじれてほしくない。
「人間の手なんて借りるか!」なんて言われたらそれこそ最悪だ。
せめて、頭の固い人じゃないことを祈るしかないけ――、
「――ッ」
首の後ろに突き刺さるような、強烈な視線を感じたことで思考が中断される。
それは、殺気と表現するのに相応しいものであった。全身が凍るような視線、高い場所から落下するかのような全身が総毛立つ感覚。
一瞬の寒気と共に、袖の中に展開した籠手で治癒魔法弾を作った僕は、その視線の方向へ睨みつけるように振り返る。
「ひぃ!?」
しかし、背後には僕の顔を見てしりもちをついた獣人の女性兵士と、木造の建物しかなかった。
治癒魔法弾の作った右手を後ろ手に隠して女性兵士を見下ろすと、さらに肩を震わせ、頭に生えた犬のような耳をへたりと倒していた。
殺気は背後からだ。……まさか、この人じゃないよな?
「?」
「た、食べないで!」
いや、食べねぇよ、どんな怪物だと思われてんだよ僕は。
でも、殺気を向けてきたのはこの人ではないな。
「……」
「い、いきなりどうしたのよ」
肩の上にいるネアが小声でそう話しかけたことで、ようやく緊張が途切れゆっくりと呼吸を漏らす。
前を歩いていたハヤテさんとアマコ達も気付いたのか、訝しげな視線を僕へ向けてくる。
「……驚かせてしまってすみません」
「え!? は、はい……」
きっと獣人の領域に入って気配に敏感になりすぎているのだろう。
カシャ、と籠手を腕輪に戻し、しりもちをついている人に手を差しのばして立たせる。恐怖の目で僕を見ながら立ち上がった女性兵士は、僕から距離を取ってしまった。
「あの」
「……!?」
……自業自得とはいえ、なんかショックだ。
声をかけただけで怯えている女性兵士に、神妙な面持ちで深く頷いているリンカが近づいた。
「分かるよ、怖いよね。人間とは思えないよね……私もそう思った」
おい。
悪いのは圧倒的に僕なので、声には出さなかった。
リンカの慰め(?)の言葉に泣きじゃくりながらうんうんと頷く女性兵士を前にした僕は完全な悪役であった。
見かねたハヤテさんが僕へ声をかけてきた。
「あの、ここでそのような行動は控えるようにお願いします」
「す、すみません。ざわつくような視線を感じてしまって……」
「ざわつくような……?」
ハヤテさんとアルクさんの反応を見る限り、僕一人だけに向けられたものだ。
というより、なぜに僕一人だけに向けて?
またリンカの時のように勘違いされたのだろうか。
「……先行き不安だなぁ……」
人間への憎悪か、それとも単に喧嘩を売られただけかもしれないけど。
ここには、そんな殺気を僕へ向けるような人がいるということだ。
できれば戦うことなく終わってほしいけれど、もしもの時は―――応戦するしかない。
そら前を歩いていた無害そうな青年(女性兵士視点)が、突然鬼のような形相で振り返ったらトラウマにもなります。




