第百十九話
本日二話目の更新です。
前話を見ていない方は、まずそちらをー。
カロンは、私にとっても尊敬に値する人物であった。
強く、優しく、誰にでも慕われる、騎士の理想をそのまま形にしたような人物。
『レオナ、お前はすっごい面倒臭い性格をしている』
そんな男に、私はかなり失礼なことを言われたことがある。
彼が龍の因子に呑まれ暴走する少し前に、勇者に任命する旨が私達に伝えられた時、会話の一環で彼が口にした言葉は、私が動揺するのに十分なものであった。
嫌みを言うような男ではないと知っている。本心で言っているからこそ腹立たしいのだが、反論したい気持ちを抑え、そう言った理由を尋ねた。
『いや、お前が勇者に選ばれたら、自分なんて勇者に相応しくない~とか、自分より俺の方が相応しい~だとかで延々と悩みそうだからな』
第一私が勇者に選ばれることはない。
候補として名は挙げられているが、実際勇者の称号を得るのはカロンで決まっている。
そう答えた私に、カロンはうんざりとした表情を浮かべた。
『勇者という称号は確かに誉れだが、お前はその名に縛られすぎている節がある。俺にとっては勇者は単に肩書きでしかない。重要なのは、勇者と認められる力を以て何を成すか、だ』
カロンの言葉に同意することができなかった。
私にはそんな柔軟な考え方はできないし、勇者という名をそこまで軽く見ることはできない。
私の子供の頃の憧れであり、人々を救う希望の象徴。
結局は、言葉を返せないままに終わった会話。
カロンが何を言いたかったのかは、彼が暴走してしまった今になっては分からない。
●
「う……ぐ」
氷の冷たさで目が覚めた私は、脇腹を刺すような痛みに悶えた。
自身の体を見れば、痛みを感じる胴体の鎧が大きく凹んでいた。
それなりに頑丈な鎧がここまで変形させられたことに驚愕しながら体を起こし、上半身の鎧を外した私は、最後に兜を地面へ放り投げて頭を押さえた。
「どうして私は……こんなところで……」
頭を打ったのか、記憶が曖昧だ。
脇腹を強打したのか、腹が凄まじい痛みを訴えている。
なぜ、私は怪我しているんだ? それにここはカロンがいるミアラークの外だったはず――いや、違う。
霞がかった思考が鮮明になるにつれて、自身がウサト達と共に戦っていることを思い出す。
「そうだ、私はカロンに!」
気絶する直前に見たのは、カロンの尻尾により地面へ叩きつけられたウサトの姿。
私は彼を助けようとして、カロンの尻尾を叩きつけられて気を失ってしまったんだ。
「ウサトは!?」
周囲を見回すと、私の少し離れた場所に気絶しているアルク殿をブルリンの背中に乗せているアマコを見つけた。
痛む脇腹を回復魔法で癒やしながら立ち上がり、アマコに声をかけようとすると彼女が心配そうな表情で上を見上げていることに気付く。
「上……?」
彼女が見ている方向と同じところを見ると、空で青い塊が飛んでいるのが見えた。
遠目では見えないが、大きな鳥のように見えるそれは結界の中をふらふらと飛び回っているように見えた。
「カロン、なのか?」
青い塊は地上へ真っ逆さまに落ちるが、氷の地面に直撃する寸前で方向を変え、地面ギリギリを滑空するように飛ぶ方向を変えた。
ようやく、その姿を視認できるようなった私は、驚愕のあまり声を失った。
『いい加減に止まれやぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『がぎゃあああああああああああああ!!』
『きゃああああ! 天地が逆転するぅぅぅ!? 私が先にくたばっちゃうぅぅぅぅ!』
「……え、えぇ……」
氷の地面の上を滑空するように飛んでいるカロンにしがみついたウサトと彼の肩で悲鳴をあげるネア。現実離れした彼らの姿に私は放心してしまった。
……お、思っていたよりも元気そうだな……。
しかし、カロンに服を鷲掴みにされたウサトは、そのまま力任せに放り投げられた。体勢を整えて着地したウサトは、右手に治癒魔法の魔力を込め、追撃してきたカロンに拳を振るう―――が、カロンに当たる寸前で、彼は拳を引いてしまう。
『ッ、これも駄目か!』
「ウサト……?」
彼は一体なにをしようとしているんだ?
右手に魔力を込めたのは、系統強化をしようとしていたからか? しかし、彼の系統強化はまだ完成していなかったはずだ。
……いや、そもそもどうして今それをカロンにしようとしている?
まさか、彼は未だ諦めずにカロンを救おうとしているのか?
「バカな……」
ファルガ様の言葉は私も聞いていた。
彼の体は暴走し、破滅の一途を辿っている。
その証拠に、ウサトが彼の体を殴りつけた時、治癒魔法を込めているにも関わらず彼の体は砕けた。
彼の体の崩壊を間近で見ていたウサトも、カロンを助けられないと分かっているはずだ。分かっているはずなのに、彼は諦めずに龍と化したカロンの苛烈な攻撃を前に、傷だらけになりながらも立ち向かっている。
例え治癒魔法という強力な回復力を持つ魔法があるとしても、限界がある。
それでもウサトは諦めずに、戦いの最中に不完全な系統強化を完成させようとしている。
何が君をそこまでさせるのか。
君のその奮闘は、救命団の思想がそうさせるのか。
どうして君は、そこまで頑張れるんだ……。
「もう、やめてくれ……」
傷ついていく彼に、私はそう呟いてしまう。
私だってカロンを助けたい。
けど、もう彼は助けられないところまで壊れてしまっている。
「君が、そこまでする必要はないんだ……」
私の声は、彼には届かない。
その場を走り出そうとしても、痛む脇腹がそれを邪魔をする。
この怪我さえなければ、私もまだ戦えたはずなのに、今は指をくわえて見ていることしかできない。
何もできない自分が情けなくて、涙がこみ上げてくる。
絶望に打ちひしがれたその時、先ほどの攻撃で私の腰に取り付けた袋に穴が空いていたのか、小瓶が地面へ落ちた。
「これ、は……」
小瓶の中身は、クレハの泉から汲み取った水。
ウサト達と一緒に戦うと決めて、使わないと決めた力。
「……この水を使えば。私がカロンを……」
震える手で小瓶を拾い、それを凝視する。
この水の力を使えば、傷なんか気にせずにカロンと戦える。その代わり、私も死に、カロンも殺してしまう。
だけど、ウサト達を助けることができるし、ミアラークを平和にすることができる。
ウサトが手を汚す必要もなくなる。
私の命で、それが叶うならば十分すぎるほどに思えた。
「……」
覚悟は既にできている。
私一人の犠牲で皆が救える。
私の心を救ってくれた彼の助けになれる。
ウサトが生きている限りこの水を飲まない。その言葉を裏切ってしまうが、それでも彼には死んでほしくない。
小瓶の蓋を開け、口元へ運んでいく。
この水を一度でも飲み込んでしまえば、私はもう“人”ではいられない。
『一人じゃできることは限られてる。だから、一人で全てを背負わずに、周りにいる誰かに助けを求めてもいいんです』
小瓶が唇に触れかけたその時、昨夜のウサトの言葉が私の脳裏によぎり、小瓶を傾ける手を止める。
「私は……」
彼は、自ら死に向かおうとしていた私を止めようとしてくれた。
一緒に戦おうとしてくれた。
情けなくて、無様で、格好悪い私を……頼ってくれた。
そんな彼を、裏切って死を選ぶ――、
「ッ」
口に運びかけた小瓶を投げ捨てる。
氷に叩きつけられた小瓶は、バラバラに砕け、中に入っていた水も全て零れてしまった。
できるはずがなかった。
昨日までの私なら、使命の為に躊躇なく水を飲んでいた。だが、今はまだウサトが戦っている。
心折れてしまいそうな絶望的な状況で、真っ直ぐな瞳で前を見続けている彼を前にして、私が彼の言葉を裏切るようなことができるはずがなかった。
小瓶を捨て、この都市を護る最善の手段を捨ててしまった私は、勇者としての任を放棄してしまった。
「今から、ミアラークの勇者として戦うのはやめる」
ノルン様、ファルガ様、申し訳ありません。
勇者としての責務を全うするのならば、命を賭してでもカロンを倒し、ミアラークに平和にするべきなのでしょうが、それはできなくなってしまった。
今、私の身を案じ、救おうとしてくれた人が危機に陥っている。
「一人の騎士として、今を戦っている大切な友の為に、私は戦う」
答えを出すのが遅れてしまったが、まだ間に合うはずだ。
まだウサトは戦っているし、諦めてはいない。
ならば、彼と一緒に戦うと決意した私も、諦めるわけにはいかない。
「まだ私にも、何かできるはずだ……!」
この足で立っていられるし、魔法も使える。
砕けた小瓶に目もくれずに、ゆっくりウサトとカロンがいる方向に歩み始める。
その時――、私の立っている場所のすぐ近くで、何かが光った。
「え……?」
氷の地面に突き刺さっていたそれは、一見してただの鉄の棒にしか見えないが、カロンが斧として振るっていた“杖”。
“杖”は、まるで私を誘うかのように明滅を繰り返し、淡く光っていた。
認められた者にしか真の力を引き出すことができない至上の武具。
「私を、呼んでいるのか?」
近づけば、光はさらに強まる。
……まさか、勇者として戦うことを放棄した私が、ファルガ様の武具を扱う資格を得られるとは思わなかった。なんて皮肉な話だろうと思う反面で、自分がどれだけ”勇者”という言葉に縛られていたのかを理解させられてしまった。
「お前が言いたかったことは、これだったのか……カロン」
勇者の名に縛られていた私は、なろうとしていた勇者から遠ざかるような行動をしようとしていた。
力を以て、何を成すか。
憧れていた勇者の影を追ってその使命に殉ずるのではなく、己の意思に従って動くこと。
脇腹の痛みも忘れて杖を両手で握りしめた私は、ゆっくりと深呼吸をする。
「神龍の欠片よ。私の想いを形に」
杖がウサトの籠手の時と同じ綺麗な輝きを放つ。
カロンを殺傷せしめる強大な武具ではない。
求めるのは、彼と同じような救う為の、守る為の武具。
「これが、私の想い」
それは、一本の槍であった。
姿が変わる前の杖の部分は同じだが、穂先が氷のような透明な刃が取り付けられたシンプルな形状の槍。
手の中に収められたそれを、強く握りしめる。
―――……レオナ。
「ファルガ様、私はようやく答えを見つけることができました。勇者としての使命ではなく、私の意思で彼と――ウサトと共に戦います」
脳裏に響くファルガ様に、今の気持ちを言葉にする。
息を呑んだように沈黙したファルガ様は、優しげな声で私に語りかけた。
―――……答えを導き出せたのならば、それに従え。その槍はあらゆるものを繋ぎ止める氷の神槍。貴様のかつての迷いと共にその槍を解き放ち、この戦いを終わりへと導け。
「はい!!」
くるりと槍を反転させて投擲の体勢を構える。
狙うは、空を飛びウサトに襲いかかろうとしているカロン。そんな彼を前にして、ウサトは依然として系統強化を行使しようとするが、悉く失敗している。
「今なら、君の系統強化がどうして未完成なのか理解できる」
勇者という名に拘りすぎた私と同じように、彼も系統強化という言葉に縛られすぎている。
「私も君を助けたい。だから――」
目標をしっかりと見定めた私は、今ある全ての魔力を槍に込める。すると、私の周囲に魔力で形作られた八つの氷の槍が生成される。
私の握っている槍も、氷の槍と同じように光り輝く槍へと変化する。
「いッけぇぇぇ!」
声を張り上げ、力の限りにその槍をカロンへと投擲した。
九つの光り輝く槍。
美しく力強い光を放ったそれらは、カロンへ向かって放たれた。
●
僕とカロンさんとの戦いは消耗戦へと移っていた。
治癒魔法と体力を削って打開策を模索する僕と、己の体を崩壊させながらも僕を殺そうとするカロンさん。
お互いが身を削りながらの戦いは、カロンさんを救うという僕の意思を揺るがすのに十分なものであった。
彼に攻撃され傷ついて右肩を治癒魔法で癒やした僕は、空を飛んでいるカロンさんを見上げ溜息を吐いた。
「痛つつ……。ああまで空を飛ばれると、本当に厄介だなぁ。ネア、僕を掴んで飛べない?」
「無茶言わないで。貴方見た目以上に重いんだから、私の力で持ち上げられるはずがないでしょう」
「確かにそうだ」
ネアと軽口を交わしてみせるが、これも現実逃避にすぎない。
空を飛べるというアドバンテージは、思っていた以上に厳しいものがある。彼が空を飛んでいる間、僕達はただ彼が攻めてくるのを待つしかない。
一度、カロンさんにしがみついて地上戦に引きずり込もうとしてみたけど、正直二度とやりたくない。
「ウ、ウサト、あれ見て!」
「ッ、カロンさんが来たか!?」
肩の上で慌てて、翼を空へ向けたネア。
咄嗟に拳を構えながら、空を見上げると光り輝く九つの何かが空を突き進んでいた。
それは、縦横無尽に空を飛び回るカロンさんへ突き進む。
「ッ! があああ!!」
すぐにその光の存在を察知し、回避するべく翼を羽ばたかせたカロンさん。しかし、その九つの光はまるで意思を持つかのように逃げたカロンさんのいる場所に向きを変えた。
それでも逃げようとしていたカロンさんの翼を、一つの光が貫いた。光は穂先が透明な槍へと変わり、彼を地上へ叩き落とし氷の地面へ縫い付けた。
続けて落ちてきた八つの光はカロンさんの動きを封じるように、彼の体を押さえつけるように氷の地面へ突き刺さり、最初の一本目とは違った氷で作られた槍へと変わった。
「ぎ、がああ!」
「すごい、あのカロンの力でも砕けないなんて……」
驚いたのは、僕を遙かに上回るカロンさんの力ですら、完全に封じ込めてしまった槍の強度。
僕には、カロンさんの翼に突き刺さっている槍の柄に見覚えがあった。
全体が氷の槍とは違う、シンプルな形状の槍の柄は、カロンさんが斧として用いたものと同様の紋様であった。
「この槍、まさかカロンさんの使っていた……それに、この氷はまさか!!」
これほどの強度の氷を作り出せる人は一人しかいない。
光が飛んできた方向に顔を向けた僕は、確信を持ってその人の名前を呼んだ。
「レオナさん!」
「ウサト! カロンの動きは私が封じた! 君の力で彼を救うんだ!!」
肩で息をし、膝をついていたレオナさん。
脇腹を押さえた彼女の言葉に、僕は自身の手を見て苦渋の表情を浮かべる。
「頼みの系統強化は成功しなかった……! 僕には、カロンさんを助けることは、もう……!」
「いいや、違う! 君の系統強化は既に完成している!!」
完成している!?
つまり、現状の僕の系統強化が完成している状態だっていうのか?
「だとしたら、なおさらカロンさんを助けることができないってことに……」
「君は系統強化を成功させることに拘りすぎだ! 君が見るべきものは自身の魔力ではない!」
そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸った彼女はしっかりと僕に声を届けるように声を張り上げた。
「君が見るべきは、今を苦しむ者だろう!?」
「っ!?」
見るべきは魔力ではない。
自身の震える手から、拘束されもがいているカロンさんへ視線を向ける。
そうだ。
僕は、系統強化を成功させようとするあまり、治すべき“人”を全然見ていなかった。
「僕はバカか! 訓練のしすぎで本当に脳筋になってた!」
「え、今更!?」
「ああ、本当に今更だよネア! 助けるって言った自分自身が一番大事なことを忘れていた!!」
こんなことに気づけなかったなんて、ローズにぶん殴られても文句言えないぞ。いや、むしろこんな当たり前のことに気づけなかったバカな自分を思い切りぶん殴って欲しいとさえ思える。
僕は今を苦しんでいる彼と向き合わず、自身の系統強化を成功させることばかりを考えていた。
「できなくて当然だよな。だって、僕は貴方を助けようとしても、ただ治せばいいとしか思っていなかった。だから、どのように治すかだなんて考えもしなかったんだ」
治癒魔法の系統強化は病すらも癒やす、最上級の回復魔法。
リングル王国の診療所で見たオルガさんが治癒魔法を行使した時、彼は患者と真正面から向き合って治癒魔法を施していた。
医者も、治癒魔法使いも同じだ。
向き合わなければ、どう治せばいいか分かるはずもない。
僕は救命団として、人を癒やす者として一番大事なことを忘れてしまっていた。
「なら、やることは分かっているわね?」
「ああ、レオナさんに思い出させてもらったんだ。絶対に忘れない」
僕は改めて、真正面からカロンさんを見た。
苦痛に悶え苦しみ、砕けていく彼の体。僕が癒やすべき“人間”が目の前にいる。
拘束されている彼へ歩み寄りながら、左手に系統強化を作り出す。
系統強化に集中するのではなく、カロンさんに集中しながら、左手に魔力を練る。僕に欠けていたのは治す対象を意識すること。
相手を見て、どのように治したいかをイメージする。
「――よし」
その時、今までの系統強化に欠けていた何かが、がっちりと嵌まった。
少ない魔力量を籠めた系統強化だけれども、確かな濃い緑色の輝きを放っていた。
これが、僕の系統強化の本当の姿。
オルガさんと同じような、綺麗な深碧の色。
左手から溢れる系統強化の光を握りしめ、拳を作った僕は腰だめに構えた。
「僕は、貴方を助ける。貴方の無事を願う全ての人の為に……!!」
左足で大きく前に踏み出し、腰の回転と共に勢いをつけた左拳をカロンさんの胴体に放つ。
系統強化の緑色の軌跡を描いて繰り出された拳は、風切り音と共に彼の胸部に叩き込まれた。
「―――ヵガァ、ァ」
拳が彼にめり込むと共に、体全体に大きな亀裂が走るが、強化された治癒魔法が今までの治癒魔法とは比べものにならないほどの速度で全身の亀裂を一瞬で癒やす。
「……カロンさん?」
問題は、彼が気絶させることができたかどうか。
系統強化は成功した、が、カロンさんを完全に気絶させることができたのかは、まだ分からない。
僕の拳を受けて動かなくなってしまった彼に声をかける。
その瞬間、カロンさんの龍としての特徴であった角、翼、尻尾がバラバラに砕け散り、人間の姿に戻った。
「っ、レオナさん! 拘束の解除を!!」
「分かった!」
近くまで来ていたレオナさんが、カロンさんの傍らに突き刺さっていた槍を引き抜くと、彼を拘束していた氷の槍は全て砕け散った。
地面へ倒れ込みそうな彼を慌てて支えた僕は、体に異常がないかをネアに確認してもらう。
「――もう大丈夫よ。魔力の乱れもないし、完全に彼の中の龍の因子は沈黙したようね」
「……そ、そうか、良かったぁ」
「しっかし、系統強化っていっても貴方が使うと本当に別のものに見えてくるわね」
治癒魔法の系統強化と拳を合わせた新たな技って感じかな?
さすがに系統強化を治癒魔法弾に組み込むことは難しいだろうけど、治癒魔法使いとしての僕の技としては、これが一番の技だ。
「これが系統強化と僕の拳を合わせたミラクル技。必生奥義、一点集中治癒魔法正拳、もしくはシンプルに必生正拳、治癒パンチってところかな?」
「毎回思うけど、貴方って奇跡的にネーミングセンスないわよね。ま、そういう子供っぽい部分は愛嬌があっていいんじゃない?」
「……」
子供っぽいってなんですかね……。
この反応も、もはや様式美とさえ思えてくるぜ。
地味に落ち込んでいる暇はないな……。戦いが終わって、どっと疲れが押し寄せてくるけど、まだ僕の役目は終わっていない。
アマコが、アルクさんをのせたブルリンと共にこちらへ走ってくるのを見て、手を振った僕は、槍を支えにして傍らに立っているレオナさんの方へ体を向ける。
「レオナさん、怪我しているようなので、今治します」
「え、あ、ああ。頼む」
レオナさんが差し出した手に触れて、治癒魔法を施す。
痛みに顔を顰めていた彼女の表情が、徐々に和らいでいく。
「その槍は、カロンさんが使っていた杖、ですよね?」
「ああ。どうやら、私もカロンと同じように選ばれてしまったようだ」
苦笑したレオナさんは、片手で持っていた槍を見て感慨深げな表情を浮かべた。
「私は今まで憧れていた勇者の影を追うことをやめた」
「え?」
「使命のままに、己の身を捨てて戦う英雄。それが私の憧れの勇者としての姿……だったんだが、君と一緒に戦ってその考えは変わった」
己の身を捨てて戦う英雄、か。
その言葉を聞いて、昨夜のレオナさんの姿を思い出した。
彼女のやろうとしていたことは、間違いではなかった。手段こそ、ミアラークを守るという点では、最適解だったのかもしれない。
だけど、救命団員としての僕は彼女の行為を認めることができなかった。
「今度からは、誰のものでもない私の意思で、勇者レオナとしての道を進んでいこうと思う」
レオナさんは、自分が進むべき道を見つけたということなのか。
僕と一緒に戦ってどのような変化を彼女に及ぼせたかは分からないけれど、悪いことではないのは確かだ。
「時にウサト。君にとっての勇者とはなんだろうか?」
「え? 僕にとっての、勇者ですか?」
質問の意図が分からないけど、僕にとっての勇者というと……犬上先輩とカズキだ。
二人は僕にとって再会を約束した友達……じゃあ、伝わりにくいかな? ちょっと恥ずかしいけど、この際素直に言ってしまおうか。
「大切な仲間、ですね」
「……フフフ、そうか。予想していた答えと違ってはいたが、これもいい」
僕の言葉にレオナさんはきょとんとするが、すぐにどこか嬉しそうな微笑を浮かべた。
「私も君にとっての勇者になりたいものだ」
「え? それはどういう――」
「あ、あー! 結界が解除されるわよ! ウサト!!」
微笑むレオナさんに質問しようとすると、いきなり大声を出すネア。
その声に驚きながら周囲の結界を見れば、カロンさんを無事に助け出すことができたことを知らされたのか、結界が解除されていく。
これでミアラークも救われたし、カロンさんを助けられた。
僕達もボロボロになってしまったけれど、誰一人として欠けることなく乗り切れたのは喜ばしいことだった。
これにてカロン戦、終了です。
ウサトの系統強化が完全なものとなり、カロンの持っていた武具もレオナのものとなりました。
次話、第五章エピローグです。




