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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第五章 水上都市ミアラーク
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第百十七話

予告通り、二話目の更新です。

前話を見ていない方は、まずはそちらを見てください。


第百十七話です。

 ファルガ様が創りだした”杖”がカロンさんの手に渡って変化した”斧”。

 それは、カロンさんに強力な冷気の力を与えた。

 周囲を凍てつかせ、規格外の魔法を放つそれは、僕達にとって一番の脅威であった。


「フンッ!」


 僕の籠手とカロンさんの斧が激突し、甲高い金属音が結界内に響く。

 籠手に弾かれた斧は斜めに受け流されるが、カロンさんが力技で振り上げ再び僕へ叩きつけようとする。一撃でも貰ったら致命傷になりうる攻撃に対して、真正面から打ち合わずに籠手で対処していく。


「がぁ!」

「おっと!」


 僕の団服の襟を掴み取ろうとしたカロンさんの腕を、体を横に傾けて躱す。

 全部受けるのではなく、避けられる攻撃は最低限の挙動で避け、隙ができたならそこで拳を叩き込み、カロンさんのペースを崩していく。


「まだまだ、いけるぞ!」


 ここまで戦えているのは訓練のおかげだけど、ファルガ様の籠手の存在も大きい。

 カロンさんの斧を受け流す形で弾いているとはいえ、ビクともしない。


「もうやだ、帰りたい! なんで私、こんなところにいるのよ、もぉ!」

「君がいなくちゃ戦いにすらならないからだよ!」


 ネアが耳元で泣きながら駄々をこねているけど、それでも魔術をちゃんと維持してくれているのはとても助かっている。

 カロンさんの斧からはとてつもない冷気が放出されている。角と尻尾が生え、さらなる覚醒を果たした彼から発せられるそれは、最初に僕が戦った時以上のものだろう。

 今の僕はネアの魔術で冷気から体を守られているけれど、耐性の呪術を施せないレオナさんとアルクさんは、そうはいかない。

 だからこそ、まずは彼から斧を引き離さなければならない。


「ゥゥゥ!」

「ウ、ウサト! こいつ、魔法で氷の礫を!」

「……ッ、この距離でも作れるのか!」


 右腕に左手を添えて斧を受け止めると、カロンさんの背後にいくつもの氷の礫が生成されていた。

 予備動作も無しで、これだけの魔法を行使できるなんて本当にデタラメすぎる……!

 それが高速で撃ち出されれば、僕も下がらざるを得ないのだが、次の瞬間には側方にいるアルクさんが放った炎により、全ての氷の礫はかき消される。


「させません!」

「グゥ、ガァ!」

「貴方の相手は僕だ!」


 炎の剣を両手で構えたアルクさんに狙いを定めようとするカロンさんに手刀を叩き込む。

 不意の一撃に、ぐらつきを見せた彼に腰の位置から拳を捻るように突き出し、その鳩尾に直撃させる。

 本来なら拳の威力で大きく吹き飛ぶはずのカロンさんだが、いつのまにか彼の両足は氷付けにされていた。

 彼の背後を見れば、地面に片手を置き魔法を発動しているレオナさんの姿。


「ウサト、今だ!」

「ありがとうございます!!」


 足を地面に氷で縫い付けられて動けないカロンさんは、錯乱するように斧を振り回して魔力で作られた氷を生成しているが、それは全てアルクさんが的確に対処し、彼の足下で砕けていく氷はレオナさんが魔力を注ぎ込むことによって、新たに作られていく。


「がぁあ!」

「む!?」


 カロンさんが無茶苦茶に振り回していた斧を、僕へ振り下ろした。

 足下を固定され、不完全な体勢からの攻撃。

 即座に彼の挙動に反応した僕は、迷わず斧の刃を右の掌で受け止めた。

 掌に重い衝撃――、しかし僕を籠手ごと押しつぶすには不十分すぎる一撃だ。


「……ッ!」

「そんな雑な攻撃で僕が潰せるわけないだろうが!」

「だからって受け止める必要はないと思うんだけどぉ!?」


 今にも泣き出しそうなネアの声に内心で謝った僕は、刃を籠手でがっちりと掴んで、左拳を力強く握りしめた。

 魔法はアルクさん、足下はレオナさん、そして、彼の斧を持つ腕は僕が止めた!


「ネア! 拘束の呪術、いけるか!?」

「十分すぎるほどに溜まったわよ!」

「よしッ! やるぞ!」

「ええ!」


 これまで拘束の呪術はあえて使ってはいなかった。

 何重にも叩きつければ、拘束の呪術は機能するだろうが、それではカロンさんの動きを一時的に封じることしかできない。

 だから、僕とネアは考え方を変えた。

 拘束の呪術を動きを止めるためではなく、制限するためのものにしてしまえばいい、と。

 ネアから僕の拳に紫色の文様が浮かび上がる。


「狙うは、その肩!」


 その拳をカロンさんの胴体ではなく斧を持つ方の肩の関節へと叩き込む。

 彼の肉体は非常に硬い。

 それは彼の皮膚、筋肉が龍のそれに変化しているからだが、それでも人間であることは変わらない。関節に衝撃を通せば力も抜けるし、拘束の呪術で肩の動きを制限することができる。

 力が抜けている時間も、拘束の呪術が機能している時間も一瞬だけど――、


「そこだ!」


 僕にとっては、その一瞬の隙で十分!

 彼の手から力が抜けると同時に、下から彼の右手を蹴り上げた。蹴りは、カロンさんの手首に直撃し、その勢いのまま足を振り切り斧を蹴り飛ばした。


「これで、ファルガ様の武具の力は使えない!」


 回転しながら飛んでいく斧。彼の手を離れた斧は光に包まれると、刃の部分が消え、柄だけの形へと変わってしまう。

 恐らく、あれがファルガ様の作った武具の”杖”としての本来の形。


「が、がああああああ!!」

「っ、すまない! これ以上は押さえられない!!」


 さらに暴れだすカロンさんにレオナさんが地面に置いていた手を離す。

 足の拘束が完全に壊されるその前に、僕は彼を斧が飛んでいった方向とは逆の方へ蹴り飛ばす。もう彼に、武器は使わせない。


「アルクさん! 」

「はい!」


 剣に炎を纏わせたアルクさんが、カロンさんと僕達の間の氷の地面に炎を放ち、大量の水蒸気の霧を発生させ、彼の視界を遮った。

 霧の先で薄らと見えるカロンさんの姿に僕は、気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。


「カロンさんを抑えられる力を身につけて、戦う場所も作って、彼の持つ武器も手放させた……」


 ファルガ様の武器を手放した彼に残された戦闘手段は肉弾戦しかない。

 加えて、他者を寄せ付けない強烈な冷気も放たれることもない。


「今の彼を守るものはない! このまま作戦通りに一気に押し切れば勝てます……!」


 僕の言葉に、肩の上にいるネアと、僕のすぐ後ろにまで近づいたレオナさんとアルクさんが頷く。

 作戦の第三段階。

 それは、カロンさんの意識を奪うこと。

 成功するか分からない危うい作戦だけれど、ここまできたからにはやり遂げるしかない!

 一度、心を落ち着けて深呼吸をした僕は、そのまま大きく息を吸って、霧の先にいるカロンさんに聞こえるように声を張り上げる。


「僕はここにいるぞ! こいよ、いくらでも相手してやる!」 


 霧の先にいるカロンさんに、啖呵を切る。

 怒るように凶暴な唸り声を上げ、僕を威嚇した彼は、本能のままに僕の方へ飛びかかってきた。

 猪突猛進。

 ここまで本能に忠実すぎると、どんなに強い力を有していたとしても扱いやすい。


「前までの僕だな、まるで……!」


 気に入らないけれど、邪龍が同じような戦術を用いた理由が分かる。

 ただ突っ込んで殴る。自身の弱点を理解していなかった僕は、本当に隙だらけだったんだろう。

 だけど――、


「今は違う!」


 殴りかかろうとする彼に対し、冷静に横に避けて後ろに回り込んだ僕は、渾身の蹴りを彼に叩きつけた。


「が、ぎあああああ!!」


 背中への攻撃が大して効いていない彼は、氷の地面へ腕を突き刺して無理矢理こちらへ方向転換しようとする。

 僕の蹴り程度じゃ効かないのは分かっている。

 そもそも僕がカロンさんを誘い出したのは、彼をこの場におびき寄せるためだ。

 最後の段階に限っては、僕はあくまで”囮”にすぎない。


「――系統強化」


 凜とした声がカロンさんの正面から聞こえたその瞬間、彼の真正面にレオナさんが系統強化で創り出した氷の壁が出現する。

 突然現れた氷の壁に、カロンさんは反応しきれずに勢いよく顔面から壁に激突する。

 彼の飛び出した勢いと、僕の蹴りの勢いでぶつかったから尋常じゃなく痛そうだ。これが数日前の僕の姿かもしれないことに、今更ながら冷や汗をかいた僕はネアに指示を出して掌に拘束の呪術を付与させる。


「ぐ、あ、ぎ……!」

「ウサト!」

「はい!」


 レオナさんの声に僕は、苦悶の声を上げて立ち上がろうとするカロンさんの背に、拘束の呪術が付与された掌を置き、彼の体を縛り付けた。

 忌々しげにこちらを振り向こうとする彼の体をもう片方の腕で押さえつける。


「悪いけど、貴方を倒すのは僕じゃない」


 今の僕にカロンさんと戦う力はあれど、倒す力はない。

 レオナさんの系統強化も攻撃に用いられるものじゃない。

 ネアの拘束の呪術も、彼を数秒ほどしか止められない。

 だけど、彼は違う。

 サマリアールの鐘すらも容易く両断してみせた彼の炎の剣なら、まだ完全に龍に覚醒していないカロンさんの体を傷つけることができる!


「今です! アルクさん! 怪我は僕が治します!」


 レオナさんが創り出した系統強化の氷の壁が崩れると、眩しいくらいに赤く輝く剣を構えたアルクさんが現れる。

 全ては、最高の一撃を与えるための布石。

 強い意志を感じさせた彼は、上段に構えた炎の剣を力強く振り下ろした。


「はぁぁぁ!!」


 赤色の軌跡を描いた炎の剣は、確実にカロンさんの体を切り裂いた。



 邪龍の鱗を切り裂いたのは僕の身体能力と、アルクさんの炎の魔法であった。

 数百年の時を経て劣化していた邪龍だが、その体を覆う鱗は確かな強度を誇っていた。

 龍として覚醒しているカロンさんの肌も、龍の鱗のような強度を持っていた。しかし、龍の鱗といえどその強度は邪龍には及ばない。


「―――ぁぐ」


 目前の空気を切り裂き、強烈な熱気がカロンさんを押さえている僕に叩きつけられる。

 思わず目を瞑ってしまうが、それでも掴んだ腕を放さずにいると、不意にカロンさんの体が脱力する。

 慌てて支えた僕は、上半身だけを起こす形で彼を地面に横にさせた。


「ッ、カロンさん!」


 目を閉じた彼の体を見れば、肩から太股のあたりまでの切り傷が刻まれている。

 血がそれほど出ていないのは炎の剣で斬られたからだろうけど、それを含めても傷は浅い。


「それに……」


 カロンさんの頭に生えた角と尻尾に徐々に亀裂が入ってきている。

 これは……彼の龍としての力が、消えていくって考えても、いいのかな?

 まるで、飴細工のように粉々になっていく彼の龍としての名残を見た僕は、一応にネアに確認してもらうようにお願いした。


「ネア、カロンさんは大丈夫なのか?」

「……命に別状はないわ。息もしているし、心臓も動いているから、ちゃんと生きてくれている。それに、彼自身の魔力も、どんどん正常なものに戻っていっているわ」


 カロンさんの体を見回したネアの言葉に、安心する。


「ウサト、カロンは大丈夫か!?」


 彼を支えている僕に、レオナさんとアルクさんが駈け寄ってくる。

 僕は彼の傷口に治癒魔法をあてながら、彼女を見上げる。


「大丈夫、生きています」

「そう、か。本当に……本当に、良かった」


 カロンさんが生きていることに安堵するレオナさん。

 僕も安心しながら、剣を収めたアルクさんの方を向く。


「アルクさんがうまく加減してくれたおかげで、傷もそれほど酷くありません。これなら、すぐに治せそうです」

「我ながら、うまく加減できたことに驚いています。やはり、頼られると自分が思っている以上の力が出ますね」


 爽やかに笑う彼に、つられて僕も笑みを浮かべる。

 緊張が解けて、どっと疲れが体に襲いかかってくるけれど、余力を残した状態でカロンさんとの戦いを最高の形で終わらせることができたのは良かった。


「……これで一件落着、だな」


 短い時間とはいえ、大変な戦いだった。

 今回の騒ぎには、悪い人なんて誰もいなかった。

 カロンさんは自身の中に眠る龍の力が暴走してしまった。そこには彼の意思はなく、周囲に暴力を振り回す龍の化身となってしまった彼は”災害”と呼べる存在だといってもいい。

 だから、罪のない彼を助けられて本当に良かった。

 あとは彼の傷を完全に治し――、


「ま、て」

「っ!?」


 腕で支えているカロンさんに団服の襟を掴まれる。

 彼の突然の行動に拳を構えかけた僕だが、こちらを見上げる彼の瞳に明確な意思を感じ、上げかけた拳を下げる。

 彼は苦しげな表情で僕へ語りかけてきた。


「――に、げ……ろ。俺の中の、怪物は……まだ……」

「カロンさん、意識が……!」

「ウサト!」

「……っ、アマコ。どうしたんだ、そんな慌てて……」


 途切れ途切れにそう言ったカロンさんから、アマコに視線を移すと、ブルリンの背に乗った彼女は声を張り上げた。


「彼から離れて!」

「え?」

「まだ、まだ終わってない! 彼の中の龍は、まだ起きているの!」

「……まさか!」

「っ、ウサト! カロンの魔力が膨れあがったわ!」


 慌てふためくネアの声を聞いた次の瞬間、彼に掴まれていた襟が異常な力で引っ張られた。

 すぐさまカロンさんへ目を向ければ、目を赤く充血させたカロンさんが僕の顔面に拳を叩きつけようとしていた。

 まずい……ッ!?


「ぐぁ!?」

「きゃっ!?」


 咄嗟に両腕で肩のネアと顔面を守るようにして、拳を受け止めるが、それでも彼の力で思い切り後方へ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 ―――なんだ、この威力……! さっきの比じゃないぞ!?

 防御した籠手ごと、拳を振り切られた。

 明らかに彼の力が上がっていることに混乱しながらも、立ち上がると、僕を殴り飛ばしたカロンさんが、体を掻きむしるようにしながら、苦しんでいた。


「ぐ、がああああああああああああ!!」


 痛みに悶えるような悲痛な叫びに、僕を助けようとしていたレオナさんもアルクさんも硬直してしまった。

 僕自身、これまでとは違った彼の異常な様子に困惑を隠せない。

 そんな僕の頭に、ファルガ様の声が響いた。


――これは、まさか……。

「ファルガ様!? 一体、何が起こっているんですか!」

――……奴は次の覚醒を行うつもりだ。外へ放出するべき力を内側に集め、無理矢理力を増幅しようとしている。

 

 無理矢理って、そんなことをしてカロンさんの体は耐えきれるのか?

 彼が体を掻きむしる度に、体全体に亀裂が走っていく。

 しかし、反対に砕けかけていた角と尾はより強靱な形に変化していく。


「外へ放出する力を内側って……っ、それって覚醒するときにカロンが放った魔力のことよね!? あんな多量の魔力を無理矢理体の中に抑え込むなんて、人間の体で耐えられるわけがない!」

「体が耐えられないって、そんなことをしたらカロンさんは!?」


 慌ててカロンさんの方へ視線を戻すが、彼の姿は先ほどと大きく異なっていた。

 彼の姿はより龍に近くなっていた。

 体のいたるところにガラスが割れたような亀裂が走り、痛々しい姿に。

 角はより長く捻り曲がった形に変わり、尻尾はより長く力強く動き、なにより目を引いたのは、彼の背中に生えた二つの”翼”。

 体を覆い尽くせるほどの大きな翼が彼の背から生えていたのだ。


「ドラ、ゴン」


 最早、彼の姿は、そう表現するしかないほどに変わってしまっていた。

 呆然とする僕とネアにファルガ様は、痛々しいものを見ているような声色で、頭の中に語りかけてくる。


――純粋な龍の力は人間には強すぎる。だから、カロンはゆっくりと覚醒することで、その力を馴染ませていた。だが、これは……あまりにも乱暴な覚醒だ。

「カロンさんは、どうなってしまうんですか……?」

――……カロンの肉体は、己の体を変容させる龍の因子についていけずに……。


 一瞬、言葉にするのを躊躇したファルガ様。

 しかし、感情を押し殺してそれを言葉にした。


――崩壊、する。


 カロンさんとミアラークを救う為の戦い。

 その最中にカロンさんに起こった異常事態は、彼の生存を絶望的なものにさせるものとなった。

次回、VSカロン最終形態。


本日の更新はこれにて終わりです。



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