第百十六話
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
第百十六話です。
カロンさんとの戦いの日。
僕達は、ミアラークの城門の前で戦いの準備を始めていた。
準備といっても、大掛かりなことをするわけではなく、自身の体調や、今回の防御の要である籠手の調子を確かめたりするというものだ。
「しっかし、こんなものを用意してくれるなんて……」
「ノルン様が手配してくださったと聞きましたが、この短期間でこれほどのものを作るとは驚きです」
自分の履いている靴を見て感心する。
今履いている靴は、いつも自分が履いているものではなく、足の裏に滑り止めがついているもの。
氷の地面で戦う僕達にノルン様が用意してくださった靴だ。
いつの間に僕達の足のサイズを調べたのか、各々の足に合わせた大きさになっている。
「これなら安定した足場でカロンさんと戦えるな」
氷の上で戦う不安はあったけれど、この靴があれば大丈夫だろう。
……足場の問題は解決したけれど、僕達にはまだもう一つ問題がある。
「レオナさん、まだ来てないな……」
レオナさんだけが、依然として姿を現わしていない。
メイドさんの話だと、少し遅れて来ると言っていたらしいけど……もしかしたら昨日、僕が強引なことを言ってしまったせいで、レオナさんになにかしてしまったのではないか、と気が気でない。
「なーに、戦う前から辛気くさい顔してんのよ。貴方らしくもない」
表情を暗くした僕に、肩の上のネアがそんなことを言ってきた。
「いや、もしレオナさんが来なかったら――」
「それはないわよ。自分の命を投げ出してまで戦おうとしたレオナが今更怖気付くはずがないわよ。遅れている理由は分からないけどね」
確かに、レオナさんなら投げ出したりはしないな。
……どんな選択を選ぼうとも、彼女はここにやってくる。
「彼女のことを気にしすぎてたな……」
……カロンさんとの戦いの前になって、僕も少し弱気になっているのかもしれない。
ここは一つ、緊張を紛らわすために話題を変えよう。
「そういえばさ。昨日、僕の籠手について考えたことがあるんだ」
「……考えって? それは……怪我をさせずに、苦痛だけを与える方法、とか?」
「面白いねそれ。今、君で実践してもいいかな?」
「じょ、冗談だから! だから私の耳元で籠手をガチガチ鳴らすのやめて!」
いや、これこそ冗談なんだけど。
ブルブルと体を震わせたネアが全力で謝ってくるので、彼女の耳元にまで持ってきた右腕を下げる。
そこまで怯えなくても…真顔がマズかったのかな……。ま、とりあえず話を戻そう。
「名前を考えたんだ。この籠手の」
「……へ、へぇ」
ネアの反応が少し気に入らないけれど、まあいいだろう。
やっぱり、僕専用の武具になると名前とか必要かなって思ってね。いつまでも銀色の籠手という名前で呼ぶわけにはいかないし、ちゃんとした名前を考えてみた。
僕専用。
右手に嵌める籠手。
この二つの要素を合わせた結果、僕の中で籠手の名前が決定した。
それは―――、
「ヒール・ガントレットだ……!」
「うわ、だっさ」
「……」
これほど心にくる言葉はあるだろうか。
カロンさんと戦う前だけど、今日一番のダメージを負ってしまったような気がする。
「というより、それ自体ただの籠手みたいなもんなんだし、名前はいらないんじゃないの?」
「ぐっ」
もっともなことを言われて、言葉に詰まる。
ネアに対してなにも言い返せずにしていると僕達の話を聞いていたのか、アマコがブルリンと一緒に近づいてくる。
アマコ、君ならこの名前のストレートな格好良さが分かるは――、
「ヒール・ガントレットは正直……ないと思う」
アマコの言葉にショックを受けた僕は、せめてと思いアルクさんを見れば彼も苦笑い。その反応からして、籠手の名前が微妙なものだと思い知らされた僕は、肩を落とす。
しかし、落ち込んでいるのも柄の間、ミアラークの城門に現れた人影に、僕は顔を上げた。
現れたのは、最初に会ったときと同じ鎧を着ているレオナさんであった。頭の兜は外しているのか、彼女の真っ直ぐな瞳が僕を一心に見つめていることに気付く。
「……」
僕を見て何を思ったのか、真剣な表情のままこちらへ歩み寄ってきたレオナさんは、僕の目の前に立つと勢いよく頭を下げてきた。
彼女の突然の行動に僕は呆気に取られてしまった。
「え、あの、レオナさん?」
「あれからずっと考えていた。自分の覚悟と、君の言葉を」
顔を上げた彼女は、鎧に取り付けられた麻袋から泉の水が入っている小瓶を取り出すと、それを見つめて言葉を紡ぐ。
「君は、私の覚悟を尊重してくれたからこそ、この水を取り上げなかった」
彼女には邪な想いなんて微塵もない。あるのは確固たる覚悟だ。
そんな彼女の覚悟を無視して、水を取り上げてはいけない、そういう考えだった。
……といっても、これは僕の自己満足みたいなものだったけれど。
「これを使うのは簡単だ……でも、失う怖さも戦う怖さも乗り越えて戦うのは、何よりも難しい。……心の弱い私では、無理だ。きっと、道半ばで折れてしまう。だから――」
レオナさんの視線がアルクさん、アマコ、ブルリン、ネアの順番に向けられ、最後に僕へ戻る。
「私と、一緒に戦ってほしい。君達に隠して捨て身の策を立てていた私が言うのは卑怯なことだと思う。それでも、私はこの場所を守るために戦いたい」
先ほどより深く頭を下げたレオナさん。
考えるまでもないし、仲間に確認を取るまでもない。
「戦いましょう。貴女を含めた皆で」
「ウサト……!」
「それに言ったでしょう? 頼ってくださいって」
貴女が手を伸ばすなら、僕達はいつでも手を差し伸べる。
レオナさんは、一人ではなく僕達と一緒に戦うことを決めた。
あとは、僕達の力を合わせてカロンさんと戦い、勝利するだけだ。
●
レオナさんを加えて、準備を整えた僕達は城門を出て氷に覆われたミアラークの外へ踏み出した。
ノルン様の結界で覆われている都市の外には、死んだように目を瞑り脱力しているカロンさんの姿がある。恐らく、少しでも周囲の異変を感じれば彼はすぐに目を覚まし、臨戦態勢に入るだろう。
……作戦決行は、ノルン様が結界を作り変えたとき。
都市が無防備になったところを襲おうとするカロンさんを僕達が押しとどめ、その間にノルン様がカロンさんと僕達を覆う結界を創り出す。
ここまでが、作戦の第一段階。
まず、ここまで成功させることが最初の課題だ。
「さて、と」
右腕に嵌められた腕輪に念じ、籠手を展開させる。
カシャンという軽い音と共に、肘から先が銀色に包まれる。右腕の調子を確かめた僕は、肩の上のネアに耐性の呪術をかけるようにお願いする。
「ネア、冷気の耐性を」
「ええ、分かったわ」
肩の上から、僕の体全体に冷気への耐性が付与される。
これで、カロンさんの斧から放たれる冷気を無効化することができる。
「ウサト、分かっていると思うけれど、私に攻撃が当たらないように気をつけてね。貴方と違って、頑丈じゃないから」
「分かっているよ。君に攻撃は当てさせない。少なくとも冷気を出しているあの斧を手放させるまでは、ね」
カロンさんと積極的に戦うのは僕になる。
彼の攻撃を真正面から受けるのはかなり危険だけど、この一週間遊んでいた訳じゃない。
動きに無駄をなくす訓練。
単純なれど、それは僕の動きに大きな変化を及ばした……はずだ。
――準備が整ったようだな。
「……! この声は」
頭の中に響くファルガ様の声。
周りを見れば、僕以外の面々にも聞こえているようだ。
――貴様らの戦いは見ている。都市の外には我の力は及ばないが、声を届けることはできる。
――カロンは強い。人間という種から見れば、その力は規格外の一言に尽きるだろう。だが、それで貴様達が劣っているという訳ではない。
心に重く響くファルガ様の言葉。
しかし、この時ばかりは彼の声は、とても頼もしいものに感じられた。
――力を合わせよ、それが人の持つ強さだ。
――それさえできれば、神龍さえも打倒することができるだろう。
「はい……!」
頭に響く声に力強く応える。
勇者の武器を創り出した神龍のお墨付きだ。ここまで言われて頑張れない訳がない!
――ノルンが一時的に結界を解く。
目の前でミアラークの都市と外界を隔てていた結界に波紋が浮かび、揺らめく。
それを察知したのか、今まで動かなかったカロンさんが勢いよく顔を上げ、鋭い瞳を僕達へ向けた。
「ウサト」
レオナさんに名前を呼ばれ、そちらを向く。
「今のうちに言っておこう。どんな結果になったとしても、君に対する感謝の気持ちは変わらない。今、ここにいる私は、君の言葉に救われてここにいる」
「……どんな結果にって、そんな縁起でもないこと言わないでください」
「フフ、確かにそうだな。まだ少し弱気になってしまっていた」
柔らかく微笑んだ彼女は、脇に抱えていた兜を被った。
僕も前を向き、カロンさんに意識を集中させる。揺らめいていた結界は、上方から粒子となって消えていく。
「……」
民のいない都市、ミアラーク。
都市を脅かす龍人、カロンさん。
地下深くから人々を見守る神龍、ファルガ様。
そして、邪龍が残した災厄。
思えば、これまでの旅には邪龍が絡んでいた。
ネアの住む村で戦った時から、サマリアールの呪いが作られる原因となった勇者と邪龍の戦い。そして、今回は邪龍の影響を受け、神龍ファルガ様の龍の因子を強制的に目覚めさせられ暴走してしまったカロンさん。
「決着をつけなくちゃな……」
邪竜との因縁を絶つ。
そして、カロンさんもミアラークも救う。
「がああああ!」
結界が消失すると同時に、斧を振り上げたカロンさんが雄叫びと共に僕達目がけて飛び出す。
彼の動きに真っ先に反応した僕は、拳を強く握りしめ、彼と同様に氷の地面を蹴る。
作戦の第一段階、彼と僕達の戦いの場を作る……!
その為に、僕がすることは――、
「貴方を押さえ込む!」
氷の地面を駆ける僕に、斧を振るったカロンさんは最初に戦った時に見せた大きな氷柱を放つ。
最初の時は、避けるしかなかった攻撃。それは今でも変わらないけれど、今の僕は一人で戦ってはいない。
僕に直撃しようとしていた氷柱は、後方から飛んできた扇状の炎により溶かされ、水蒸気となってかき消える。
「氷の魔法は私が!」
炎の魔法を扱うアルクさんならば、氷の魔法を相殺することができる。
それを確信していた僕は、十歩先の距離にまで近づいたカロンさんを睨み付ける。彼は既に斧を振り下ろそうとしているが、それに対して僕は右拳を引き絞った。
龍として覚醒しているカロンさんの力は僕よりも上。真正面から受ければ、いくら僕の籠手が硬くても潰されてしまうだろう。
「っ、がぁぁ!」
「ここだ!」
寸前で足を止めた僕は、振り下ろされた斧をしっかりと見切り、その刃の側面に拳を当て斜めに弾く。側面からの衝撃に右腕を大きく開かれたカロンさんの胴体に左拳を叩き込み、後方へ仰け反らせる。
初撃を与えることに成功した僕は、彼から目を逸らさずに左拳を引き絞り、右拳を相手に見せる構えを取る。
「ううう……! うううう!!」
こちら睨み付け、怒るように唸るカロンさんが再び僕へ襲いかかるが、僕は変わらずに斧を籠手で弾き返し、左拳で反撃する。
しかし、先ほどの攻撃で学習したのか、ギリギリで踏みとどまり、斧を持たない腕で殴りかかってくる。
「それも、僕には見えている!」
左頬に拳を掠める形で躱した僕は、カロンさんの無防備な顎に左拳を叩き込む。
彼の体がぐらついた瞬間、無防備な腹部に籠手が嵌められた右手を添える。
「治癒魔法破裂掌……!」
威力の伴わない魔力の衝撃が右の掌から発せられ、カロンさんの体を今度こそ吹き飛ばす。
受け身が取れず氷の地面をごろごろと転がった彼を油断せずに見据えていると、僕と彼のいる場所を中心とした半径一〇〇メートルに、ノルン様が新たに創り出した円形の透明な結界が作られていく。
「ふぅ……。僕達と貴方が戦う場所を作る。とりあえず作戦の第一段階はクリアだ」
これでカロンさんに逃れられる心配はなくなった。
それに、僕がカロンさんを相手に戦えることが証明できた。
この一週間の訓練が無駄ではなか――、
「こ、怖かったわ! なんて戦い方してんのよぉ! 貴方はぁ!」
「うわっ!?」
今まで無言だったネアが、耳元で騒ぎ出した。
カロンさんから視線を外さずに、彼女に声をかける。
「いや、当たらなかったでしょ?」
「私がいる逆の空間を拳が素通りするとか怖すぎるわ!」
確かにさっきの攻撃を避けたときは、顔の左側を拳が素通りしたけど、ネアのいるのは右の肩だ。しっかり彼女のことも考えて避けていたけれど、お気に召さなかったらしい。
……できれば、さっきの攻防でカロンさんから斧を引き離せれば良かったんだけど、そこまで踏み切れなかった。彼の動きを先読みして、反撃したとはいえ、力は彼の方が強い。欲を出せば取り返しのつかない一撃をもらう危険がある。
頭を押さえてゆっくりと立ち上がったカロンさんを警戒していると、後ろからアルクさんとレオナさんが到着する。
「ウサト殿、大丈夫ですか?」
「はい。なんとか戦えています」
ここからが本番だ。
今の僕一人では、さっきの攻防を延々と繰り返すことになるけれど、アルクさんとレオナさんが援護してくれれば、状況はこちらへ傾く。
「ウサト、予測通りあいつの斧からとんでもない冷気が放出されているわ。多分、レオナとアルクじゃ近づけない」
「そこまでか……」
「魔術なしで近づけば、まともに動けなくなるわ」
耐性の呪術で気づけてはいなかったけれど、僕が想定していた以上の冷気が斧から発せられているようだ。
現状、カロンさんに近づけるのは僕だけだ。
「アルクさん、レオナさん。やっぱり作戦通りにカロンさんから斧を引き離すしかないようです」
「そのようですね」
「この距離でこれだけの寒さ。最早、私の鎧で防ぐことは無理だな」
……そろそろカロンさんが動き出すな。
一歩踏み出して、二人の前に出て拳を構えた僕は後ろの二人に声を投げかける。
「アルクさんは冷気と氷の魔法の対応、レオナさんはカロンさんの動きを制限してください。僕は彼の持つ斧を引き離します」
「了解しました!」
「任せてくれ。君も、無茶はしないように」
僕の言葉に応える二人の声。
その声をしっかりと聞いた僕は、カロンさんへ攻撃を仕掛けるべく氷の地面を蹴り前へ飛び出した。
今話は、大振りな攻撃を速攻で籠手でパリィする、近接の鬼と化したウサトくんでした。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
戦闘描写を考えたり、キリのいいところまで書いたりして遅れてしまいました。
次話に関してですが、できれば明日か明後日までには更新したいと思います。




