第百十話
お待たせしました。
第百十話です。
ミアラークを訪れて四日目。
訓練を始めて三日目に入った僕は、レオナさんと模擬戦を行っていた。
一昨日はできる限りの本気で戦っていた僕とレオナさんだが、昨日からの模擬戦は一昨日とは違ったものだった。
「目を凝らせ! ウサト!」
「はいっ!」
行っているのは、回避と攻撃を一連の動きとして行えるように促す訓練。
レオナさんの振るう剣を僕が最小限の動きで回避する。
その代わり、繰り出す攻撃はレオナさんに当てずに寸止めし、それを何度も繰り返す。
いつもの僕のように大袈裟な回避に意識を割くのではなく、次の攻撃へ転ずるための避けを直接体に叩き込まれている感じといえば、分かりやすいだろうか。
「―――ッ」
でも、これが意外と難しく、次の攻撃のことを考えた瞬間に、横なぎに振るわれた木刀がこめかみを掠める。
舌打ちをしながら、続けての斬り上げを半歩横にずれる形で避ける。
大きく避ける必要はない。剣の動きだけではなく、レオナさんの動き全てを視界で捉え、次の行動を予測して最小限の挙動で回避する。
思い出すのは、ネアに操られたアルクさんと戦っていた時のこと。
あの時は、彼を傷つけないようにあえて、彼の攻撃を見切り手甲で弾いていたけれど、今回はそれの発展型ともいえる戦い方だろう。
「……と、言ってもなぁ!」
この訓練において、僕は二つの制約を設けられている。
一つは、レオナさんの剣を拳で弾いてはいけないことと、もう一つは足下の半径一メートルほどの円から出てはいけないことの二つだ。
一つ目はそれほどきつくはないが、二つ目の狭まった空間の中で、レオナさんの攻撃を避けることは僕が想像する以上に大変だった。
事実、慣れるまではボコスカと木剣で叩かれて、数え切れないくらいのたんこぶを作っては治癒魔法で治していた。
「そこ……!」
何度かレオナさんの剣を避け軽く踏み込んだ僕は、最小限の動きで彼女の懐にまで飛び込み、彼女の腹部に拳を寸止めさせる。
数秒ほどの沈黙の後、互いに構えを解いた僕達は剣と拳を下ろし、脱力した。
「お見事、だな」
「……いえ、全然駄目です」
僕の言葉にレオナさんは困ったような表情を浮かべる。
「そこに悔しがられてもな。私としては改めて君の身体能力の高さに驚愕されっぱなしだよ。気付いているかもしれないが、時折フェイントをいれて惑わそうとしていたのだが……君と言うやつは……」
「はい?」
「フェイント全てにかかった上で対応してくるものだから、内心恐々としていたよ」
フェ、フェイントなんていれてたのか、この人。
ぜ、全然気付かなかったぜ。
なんだか勿体ぶるように動いているなぁ、とは思っていたけど、無意識に対応してしまっていたとは思わなんだ。
「君の”目”は本当に凄まじい。私からすれば、かなり無茶な訓練を君に課しているはずなんだが……回避に関しては、君は既に十分なものを身につけている」
「ははは、それはあれですね。僕の師匠のおかげですよ」
そりゃあ、あんなスパルタも真っ青な訓練を受けたら回避もうまくなりますよ。
思い出すは、書状渡しの旅へ出発する前―――ローズに延々とぶん殴られ回避を身につけさせられた地獄の特訓の日々……。
当時こそは、あんな無茶訓練でどうにかなるのか? だとか色々愚痴を垂れていたけど、旅をしてからはローズの訓練がどれだけ自分を助けてくれているのかを自覚することができた。
……いやぁ、殴られまくったなぁ僕。
「ウサト、大丈夫か? もしかして、怪我をさせてしまったか? い、医務室に連れて行こうか?」
「……え? あ、全然大丈夫ですよ。ちょっと師匠との訓練の日々を思い出していただけです」
「そ、そうか。……君の師匠との訓練の日々は、一体どれだけ壮絶なものだったのか……。いや、あれほどの圧を放つ女性だ。きっと私の想像を遙かに超えるものだったのだろうな……」
僕の顔を見て引いているレオナさん。
なんだか、この反応に慣れた自分が悲しくなる。
「訓練の掴みは上々といったところか。土台ができていた分、覚えが早い」
「次はなにをするんですか?」
「さっきと同じさ。今日の動きを体に覚えさせる。それだけで君の動きはより速く、無駄がなくなるだろう」
無駄を省く訓練、か。
よく考えれば、回避に費やす挙動が減れば、無駄な魔力も体力も使うことはない。そういう面でもこれは有効な訓練かもしれないな。
「その前に、少しだけ休憩にしよう」
「え、僕は大丈夫ですよ?」
まだ昼までに一時間くらいあるし、体力的にも全然余裕だ。
それに、午後からはアルクさんも訓練を見てくれることだし、今のうちにできることをやっておきたいのだけど……。
しかし、レオナさんは首を横に振る。
「昨日から君は朝から夜までずっと訓練を続けていただろう? いくら治癒魔法と並外れた体力があるとはいえ、無理は禁物だ。あまり気を張り詰めると、できることもできなくなるぞ」
最後に小さく呟いたレオナさんの言葉を、なんとなく察しつつ頷く。
彼女の言うことも一理ある。
少し、焦っているのかもしれないな……。
僕は肩の力を抜いて、レオナさんの方を向く。
「じゃ、ちょっと街の方を見てきても大丈夫でしょうか?」
「構わないが、どうして? 今、街には人がいないのだが……」
「ちょっとブルリン……ブルーグリズリーと一緒に散歩でも行こうかなって思いまして」
「ブルーグリズリーと……」
現在、ミアラークの厩舎で惰眠を貪っているブルリンの姿を思い出したのか、困惑と好奇心が混ざったような、そんな表情を浮かべるレオナさん。
恐らく、ミアラークの騎士である彼女は、ブルーグリズリーがどんな魔物かを知っているからこそ、ブルリンという野生を忘れた自堕落熊に興味を示しているのだろう。
「ウサト」
「はい?」
そう考察していると、意を決したようにこちらに視線を戻したレオナさんが僕に声をかけた。
「私も同行しても構わないだろうか? 嫌でなければ、多少の道案内くらいはできるが……」
「全然構わないですよ。むしろ迷う心配がなくて、安心できます」
それに、人はいないがミアラークという街についても知ることができる。
レオナさんの申し出に頷いた僕は彼女と共に、ブルリンのいる厩舎の方へ移動した。
厩舎の中には、まりものように丸まったブルリンが寝ており、僕が近くにいることに気付くと眠たそうな目をこちらに向け、大きな欠伸をする。
「おーい、ブルリーン。散歩にいくぞー。起きろー」
「グフゥ……」
「おいおい……」
惰眠を貪りすぎるだろう……。
これは意地でも外に連れ出さなくちゃな。
青色の巨体を揺すり無理矢理に起こすと、ブルリンは目をしょぼくれさせ、揺らめきながら僕の背後に回ると背中に飛びついてきた。
「うぉ!? お前、重くなったな!?」
前よりも体重が増しているブルリンに、いずれダイエットでもさせようかなどと考えていると、完全に全体重を僕に預けたブルリンが、大きな欠伸をしながら僕の肩をぺしぺしと前足で叩いた。
なんだろう、自分を連れ出したいのなら、おぶって連れ出せと言っているのだろうか?
「グゥ……」
「……しょうがないなぁ、全く。起きたら下ろすからな? ……よっと!」
眠たげに頷いたブルリンを背負い、厩舎から出る。
厩舎の外で待っていてくれたレオナさんは、僕とブルリンを見て小さな悲鳴を上げた。
「ひゃ!? ウ、ウサト……君は、どうしてブルーグリ……ブルリンを背負っているんだ!?」
「いや、まだ眠そうでしたから」
「答えになっているようで、答えになってないぞ!? というより、重くないのか!?」
「慣れてるので大丈夫ですよ。さっ、行きましょう」
「え、あ、ああ……?」
ブルリンと僕を交互に見て、百面相をしているレオナさんと共に城の外へ歩き出す。
相変わらずミアラークの街並みには人の姿はなく、閑散としていた。
「静かですね」
「ああ」
ようやく落ち着いてくれたのか、レオナさんがミアラークの街を見て神妙に頷いた。
「ここは多くの人で賑わっていたのだが……今では、その影も見られないほどに閑散としてしまった。ここに住む者として、君にはミアラークの本当の街並みを見せたかったよ」
「できることなら、見たかったですね……。それに、ミアラークの名物だっていう魚料理も食べてみたかったです」
「フフッ……」
僕の言葉に微笑むレオナさん。
少しの間、レオナさんの案内を聞きながらミアラークの街を歩く。
ここに来るときは、カロンさんに襲われた後で街を見る余裕なんてなかったけど、ここも人で賑わっていた豊かな場所なんだろうなぁって思う。
ミアラークの豊富な水産資源の恩恵は計り知れないものだろう。
「グルルゥ」
「ブルリンもミアラークの魚が食べたかったみたいですね」
背中にいるブルリンも微睡みながらも、残念そうに唸る。
そんな彼に苦笑している僕に、レオナさんがおかしそうに笑みを漏らした。
「フフッ、すまない。おかしな話だが、君がブルリンを背負っているのが自然に見えてしまってな」
「自然……まあ、そうですね。リングル王国でも、ルクヴィスでもブルリンを背負って走っていましたからね」
「そ、そうなのか? 今日が初めてじゃないのか……」
最初はローズに人を背負って走ることに慣れろと言われたことが切っ掛けだったなぁ。
ブルリンも僕に背負われることに抵抗もないみたいだし、僕自身、背全体をモフモフに包まれているのでそれほど悪くは思っていない。
「私もそれなりに騎士を続けてきたと思ってはいたが、君ほどに魔物と心を通わせている人間は初めて見たな。聞いた話では、使い魔契約もしていないのだろう?」
「どちらかというと、使い魔はネアの方ですね。それも、ネアの方から無理矢理契約したようなものですけど」
「彼女か。ファルガ様から、吸血鬼とネクロマンサーの混血だと聞いたが……人型の魔物が人間に自分から契約をするとは前代未聞だぞ?」
ファルガ様はネアの種族のことも知っていたか。
でも、レオナさんに改めて言われてみれば、本当におかしな旅路を歩んできたと思う。魔物のはずのブルリンと使い魔契約を結ばずに、ネアからほぼ無理矢理契約を結ばれる。
いや、割と本気で普通じゃないな……。
「君には、初めて会ったときから何度も驚かされたな。最初に会ったときは、子供かと思ったのだけど、蓋を開けてみれば、なんとも常識外れなことばかりの連続だった……」
僕にとっては普通のことだけど、レオナさんやノルン様にとっては驚きの連続なんだろうな。
僕自身、異世界人で常識そのものが違っていると言うこともあるし、僕のこれまでの異世界での生活が他の人よりもちょっとずれていることもあるだろうけど。
「中でも一番驚いたのは、ファルガ様と同じ神龍を倒したことだった」
「邪龍のことでしょうか?」
「ああ、君と会うその日まで存在すら隠されていたがな……。ファルガ様から邪龍について詳しく聞いて、本当に恐ろしい存在と知ったんだ」
邪龍のことを思い出す度に、もう二度と戦いたくないと思う。
それほどまでに邪悪で、悪意を感じさせる怪物だった。
「きっと、私はその邪龍の前に立ったら戦えなくなるだろう」
そう呟いたレオナさんの言葉に、一瞬だけ思考が停止する。
レオナさんが、邪龍の前で戦えなくなる?
それは、どういうことなんだろうか。彼女の強さを見ても、邪龍に対する決定打はなくても、十分に足止めできる実力はあるはずだ。
僕は、ぎこちなく笑いながら沈痛な面持ちのレオナさんに話しかける。
「そんな、カロンさんと戦えるレオナさんなら……」
「戦えるとか戦えないとか、そういう問題じゃないんだ。君が思うほど強くはない。誰に望まれても、慕われても……どこまで期待されていても私は、氷のように脆く砕け散ってしまうように、弱いんだ……」
正直な話、レオナさんが悩みを抱えていることはなんとなくは分かっていた。
だけどそれでも言いたい。重い、重いですよ……レオナさん……。
それは、僕にするべき話ではない。メイドさんやノルン様にするべき話だ。
「私が戦っていられるのは、私しかそれをできるものがいないからだ。勇者という称号も、カロンという最高の騎士が暴走してしまったからか、なし崩し的に私が選ばれてしまった……」
「ノルン様は、そんな粗雑な理由で貴女を勇者に選んだりはしませんよ」
「ああ、分かっている。……分かっているんだ」
自分に言い聞かせるように言葉にするレオナさん。
隣を歩く彼女に僕は顔を向けることができない。この人にどんな言葉をかけていいか分からなかったからだ。
「……少し寄り道をしても構わないか?」
「え? 構いませんが、どこに?」
暫しの沈黙の後、そう訊いてきたレオナさんに頷く。
行く先を変えた彼女が向かった先は、僕達がこの都市にやってきたときに潜った門であった。レオナさんは無言で門を潜り都市の外に歩いて行く。
僕もブルリンを背負ったまま、彼女についていくと、その先にはノルン様が作っている結界と、真っ白な銀世界が広がっていた。
「……まだ凍っているんだな」
凍らされたミアラークの都市周りの水面。
太陽の光を反射して幻想的な光景を創り出しているが、その中心にいるのは直立したまま動かない上半身が裸の長髪の男、カロンさんが異様な存在感を放っていた。
僕の背中にいるブルリンが警戒するように小さく唸るが、それでも遠くで制止しているカロンさんは動く様子を見せない。
「ブルリン、降りるか?」
「グフゥ……」
背中で唸っているブルリンを下ろし、再び氷の上に立っているカロンさんを見やる。
「あの人は、今なにをしているんですか?」
「眠っている。正確に言うならば、停止していると言った方が正しいのかもしれないがな」
彼は目を瞑ったまま微動だにしていない。
数日前に会った時の凶暴さを感じさせない、穏やかな表情であった。
「彼は戦闘以外の時間は、ああやって力を抑え込んでいるんだ。加えて、あの状態にいる彼は、周囲の氷に自身の魔力を流し込むことで、氷の力が十全に発揮されるであろう空間を維持している」
氷が溶けないことに、そんな秘密があったのか……。
いつかは溶けるだろうと勝手に思い込んでいたけど、これじゃあ彼を倒さない限りミアラークは船すらも動かすことができないということだ。
「もし、今気付かれれば?」
「襲ってくるだろうな。彼は自らの氷の領域に入り込む者のみを襲う。それはここミアラークも例外ではない。ノルン様の結界がなかったら、今頃はここも壊滅していただろう」
「……」
ノルン様が倒れたら、カロンさんはすぐにここを襲いにくるのか。
でも、ここを襲う理由は人がいるからだけなのだろうか? 言い方はかなり悪いけど、彼ならミアラークを離れて暴れ回れるはずなのに、頑なにここを離れずミアラークを狙っている。
まるで、彼を惹きつけるなにかがミアラークにあるかのように――――、
「いや……」
下手な勘ぐりはよそう。
どちらにせよ、ミアラークの人達とネアの為にカロンさんを止めなくてはいけないのは決まっていることだ。
考えるのをやめ、無言で佇んでいるカロンさんを眺めていると、隣のレオナさんが呟くように言葉を発した。
「カロンは、私の同期の騎士なんだ」
「え? そうだったんですか?」
「ああ。顔を合わせることが多くてな」
同じ騎士だから知り合いなのは分かっていたけれど、同期だったのか。
多少なりとも交友はあったのかもしれないな。
「彼は、人の為に善を成し、民の為に強くあろうとした最高の騎士だった」
「すごい、人だったんですね」
「性格もおかしいくらいに良くてな。誰からも親しまれる、好青年でもあった。我ながら、らしくないことを言うが……彼は、誰もが思う理想の騎士だった」
カズキに近い性格なのかな。だとしたら、気持ちのいい性格をしていそうだ。
カロンさんのことを語ったレオナさんは、苦々しい表情から困ったような笑みを浮かべる。
「しかも人生の勝ち組でもあったんだぞ? 私と同期の癖して、既に結婚もしているからな」
「え、同期っていうと……二〇歳くらいですよね?」
二〇歳なら珍しいことでもないの、かな?
この世界での基準が分からないけど、若いことには変わりない。
「それじゃあ、カロンさんの奥さんは……?」
「彼女は無事に隣国へ避難してくれたよ。だが、夫であるカロンがあのような状態では、安心はできないだろうが……」
……知り合いなのだろうか?
口調からして、そう受け取れるのだけど……下手なことを聞いて気分を害してしまうのは、申し訳ないから聞かない方がいいか。
カロンさんの奥さんは、きっと彼の無事を祈っているだろう。
今は暴走して見る影もないけど、彼は悪い人ではないことはレオナさんの話から分かる。
「それなら、カロンさんの奥さんの為にも彼も助けなくちゃいけませんね」
「……はは……」
「? どうしました?」
「いや、すまない。なんというか、君の真っ直ぐな言葉は私にとって……とても好ましいものだなと、思っただけだ」
力のない笑みを浮かべるレオナさん。
その言葉にどれだけの感情が籠められていたのかは、僕にも分からなかった。
でも、レオナさんが見せた苦悩の一端と、カロンさんに帰りを待つ人がいるという事実を鑑みれば、ミアラークを救う勇者としての使命と、カロンさんを助けなければならない彼女の現状はきっと苦しいものに違いないだろう。
「そろそろ戻ろうか」
「……はい」
真上に昇った太陽を見やったレオナさんの言葉に頷き、元きた道をブルリンと共に歩いて行く。
「……」
戻る前に、一度だけカロンさんのいる場所に視線を移す。
広大な氷上の上に一人佇んでいるカロンさんの姿には、僕と戦っていたときのような荒々しさは欠片も感じられなかった。
「グワー」
「ん? ああ、行こうか」
ブルリンに促されて、前を向き城の方に向かう。
僕はカロンさんを止めることができるのだろうか?
カロンさんを見て、漠然とした疑問を抱いてしまった僕は僅かに表情を顰めながら、どこか寂しげに見えるレオナさんの背中をついていくのだった。
今回はちょっとだけ重い話でした。
本来は水曜には更新しようと思っていましたが、風邪を引いてしまい更新が遅れてしまいました……。
読者の皆さんも、この時期の風邪は非常に辛いので、体調管理にはお気をつけてください。




