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第5話:そんなになっちゃった

 俺の秘密を知っている女の正体を突き止めた。

 しかし、心には喜色は全くといっていいくらいに浮かんでいない。

 むしろ、ここからが本番だと緊張は更に高まっていく。


「一人か?」


 しばらくの沈黙の後、ようやく出た言葉がそれだった。


「一人? 見ての通り、一人だけど? さっきも言わなかった?」


 俺の発した言葉の意図を掴めなかったのか、白河が怪訝そうに言う。


「そうじゃない。知ってるのは、お前だけなのかって意味だよ」


 真岡大和として取り繕うことなく、強く言葉で問い詰める。

 確かにこいつは今、俺の送ったメッセージに反応した。

 けれど、眼の前の女と写真の女のイメージは全く一致しない。

 そこには、決定的に足りないものが一つあった。


「私だけ……? ああ、そういうこと。あっはは……なるほど……」


 俺の視線が向けられている部位に気づいたのか、白河が声を上げて笑う。

 他にもいるのなら、その情報を少しでもいいから掴んでおきたい。

 そう考えての質問だったが――


「確かに、これじゃ分からないか……」

「は? ちょ、おま……何して……!」


 何を思ったのか、彼女は制服の胸元を緩めはじめた。

 そのまま制止を振り切って服の中に手を入れると、布切れようなものを取り出した。

 ようなもの……と思ったのは、一瞬それが何かを確認できなかったからだ。


「どう? これで分かった?」


 その嘲るような響きを含んだ言葉も、半分程度しか聞こえていない。

 俺の視線と関心は、別のモノへと釘付けになってしまっていた。

 制服の上からでもはっきりと分かる大きな二つの膨らみ。


 それは紛れもなく、あの写真の女と同等の巨乳(リーサル・ウェポン)だった。

 布切れによる物理的な圧迫から開放されたそれは、身動ぎ一つでタプンと揺れる。

 これまで凡庸な制服の下に隠されていた圧倒的な現実が、俺の理解を暴力的に殴りつけてきた。


 こうして実物を見ると、聖奈のそれと比べても明確に大きい。

 眼の前の愛想の悪い優等生と、そのブツが頭の中で上手く結びつかずに混乱する。


「なんで分かったんだ……?」

「なんで? そんなこと今更、どうでもよくない? 君の秘密は既に私の手の中……それが事実なんだから」


 俺が何とか絞り出した言葉を、白河はそう言って一蹴する。

 確かに、既にバレているのが明白な以上、その質問に大した意味はなかった。


「それよりも……本当に聞きたいのは、『どうされるのか』じゃない?」


 自分の胸を押さえつけていた布切れを折りたたみながら白河が言う。


「だったら聞くけど、何が目的なんだ……?」

「そんな怯えないでよ。別に脅して言うことを聞かせようなんて思ってないから」

「じゃあ、何が目的なんだよ。こんなメッセージまで送ってきて……」


 自分を取り繕うこともできず、更に言葉遣いが荒くなってしまう。


「私ね。エロマンガが大好きなの」

「……は?」


 唐突に発せられたカミングアウトに呆けた声が漏れ出てしまう。


「ううん。大好き……なんて言葉では足りない。私にとって、エロマンガはこの世で唯一の救いと言っても過言じゃない存在なの」


 何を言ってるんだ、こいつは……と呆然とする俺の前で白河は更に続けていく。


「エロマンガに出てくる女性たちはみんな、魅力的じゃない? すごく綺麗で、可憐で……それでいてイヤらしくて……あんな風に乱れに乱れた姿を見せられるのは、肉体的にも精神的にも自由の極致だと私は思うわけ。社会通念上の『正しさ』なんていう窮屈な檻から解き放たれて、ただ自分の欲望のままに身体を委ねる。それ以上に美しいものなんて、この世にないと思うから」


 本格的に頭がおかしいとしか思えない言葉に、これは夢なんじゃないかと思えてくる。


「そんなエロマンガを読んでいる内に、私の中に……ふつふつとある想いが湧いてきたの。自分もこうなりたいって……だから、ここからが君へのお願い」


 異常な言動の中で、不意に自分のターンが回ってきてビクっとする。

 しかし、ここまではまだ眼前の女が持つ異常性の一端でしかなかったと直後に思い知る。


「私を、君の作品のモデルにしてほしいの」


 彼女は自分の身体を嘘偽りなく差し出すようにしながら、そう言い放った。


「……は? も、モデル……?」

「そう。自分で言うのはなんだけど、身体に関しては申し分ないと思うけど」


 言いながら、確かに申し分のない二つの肉塊を下から持ち上げるように誇示している。

 ゴクリ……と生唾を飲み込む。


 探している間は、精々が金目的だろうと思っていた。

 しかし、蓋を開けて出てきたのは、その方が万倍はましなヤバい女だった。

 異常事態すぎて、返答の言葉が全く見つからない。


「あー……これって、もしかしてめっちゃ回りくどい愛の告白的な感じ?」


 苦し紛れに、なんとか“真岡大和”らしい言葉を取り繕うが――


「だったら悪いんだけど、知っての通り俺にはもう――」

「はあ?」


 心底心外だと言うような苦々しい顔をされてしまった。


「いや、だって……急にモデルにしてくれなんてさ。そういうことかと」

「言っとくけど私、真岡大和くんのことはどちらかと言えば嫌い寄りの嫌いだから」


 女子から対面で、『嫌い』と率直に言われたのは初めての経験だった。

 ちょっと……いや、かなりのショックで言葉を失ってしまう。


「でも、岡魔トマト先生のことは心の底から敬愛してるの。先生の書く作品はどれも素晴らしくて……なんて言えばいいのか……単なるフェティシズムの域を超えて人の欲求の根源たる自由と、それに反する抑圧が混沌と重なりあっているとでも言えばいいのかな? とにかく、ドチャシコなの!!」


 何を言っているのか、脳が理解を拒む。

 これならまだ単なる痴女の方が良かった。


「だから、先生の中の人が誰なのか分かった時は本当に驚いたし……きっと、これは運命だと思った。自分が先生の作品の一部になるためのチャンスなんだって」

「あのな……だからってモデルとか無理に決まってるだろ」

「どうして? 利害は一致してると思うけど?」

「さっきも言いかけたけど、知っての通り俺には彼女がいるんだよ。だから、そんな浮気を疑われるようなことはできない」


 なんとか冷静さを取り戻し、恍惚の表情を浮かべている白河を見据えながら言う。

 そう、俺には大事な彼女がいる。

 いくら弱みを握られているとはいえ、それを裏切るようなことは絶対できない。

 その決意を毅然と告げたはずが――


「そんなことになってるのに?」


 淡々とした声と共に、白河が俺の身体の下側を指差す。

 一体、何のことだと彼女の指先を視線で追った俺は最大の衝撃を受けた。


「なっ……!?」


 制服のズボンがありえないくらいに隆起している。

 そこに幻視したのは富士山かエベレスト、あるいはオリンポス山。


 忘れていた感覚――強烈な熱と張り詰めた感覚が下腹部を支配していた。

 思考が停止し、ただ己の身体に起きた信じがたい変化に目を見開くことしかできない。

 五年間、ずっと沈黙を続けていたはずのモノがバッキバキの臨戦態勢に入っていた。

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