第12話:脱ぎたい女
「……前の話からの繋がりが全く理解できないんだけど」
「君、それでもエロマンガ家?」
「俺はエロマンガ家じゃねーよ。ただ……」
「ただ……何?」
「なんでもない。とにかく、なんでさっきの話から脱ぐって話になるんだよ」
俺はただ不能を治すためにエロマンガを書いてるだけだ、と言いかけたのを堪える。
ただでさえ重大な秘密を知られてるこいつに、これ以上余計な情報は与えたくない。
「じゃあ先に聞くけど、さっきの作品……今、『いいね』はいくつ?」
「いいね? えっと……7500ちょっとだな」
わざわざスマホを開いて確認した数字を告げる。
昨晩日付が変わった直後に投稿して、現時点で7500と考えると数字的には良い。
最終的には1万近くまで伸びそうなペースで増え続けている。
「全っ然、足りない……!」
しかし、俺のそんな満足感に対して白河は不満を露わにしながら声を張り上げた。
「いい? 真岡くん。私はトマト先生の作品がもっと世に知られるべきだと思ってるの」
「はぁ……」
「いいねの数も7500なんかじゃ全然足りない! もっともっと大勢の人にトマト先生の作品の素晴らしさを知ってほしい! フォロワー数だってアメリカ合衆国第四十四代大統領くらいは超えてもらわないと!」
そう吟じながら白河がソファから立ち上がって、ゆったりと近づいてくる。
「だから、私が文字通り一肌脱ごうってわけ」
「全く意味が分からない」
そう言って服の胸元に手を掛けた白河に、俺は真顔で答えるしかなかった。
「じゃあ、真岡くんはモナリザって知ってる? パリのルーヴル美術館にある」
「お前と話してると話があっちこっちに飛びまくって退屈しないな」
「美術館を訪れる年間1000万人近い来場者の内の約八割がモナリザ目当てなんだって」
皮肉も通じずに白河が続けていく。
「けど、そうなると当然混雑はすごくて、繁忙期は行列が10万人を超すこともあるらしいの。それで何時間も並んでようやく見られたと思えば、念願のモナリザは防弾ガラスに反射防止ガラスの遠く向こう側……お世辞にも世界一の名画の鑑賞に適した環境とは言えない。そう言った点から皮肉的に『史上最も残念な傑作』と呼ぶ人もいるらしいの」
「話が随分と明後日の方向に飛んでいってるけど、結局どういうことだよ」
「私はね。トマト先生ならエロマンガ界のモナリザを生み出せると思ってるの」
至近で俺の顔を見ながら真顔で言い切った。
やっぱり、こいつはイカれてるとしか言いようがない。
「それも人の心に、圧倒的な情欲を呼びかける本物の傑作! だから、自分を余す所なく表現してもらうために脱ぐの! 全ては何にも覆われていない生の……そして、真のモナリザを世界に届けるために!」
「そんな脱ぎたいのか?」
長々とした前置きを無視して、率直に真意を尋ねる。
「脱ぎたいなんて人を痴女みたいに言わないで欲しいんだけど」
「いや、十分に痴女だろ。禄に交流もない同級生の前で脱ごうとするなんて」
「心外」
ムッと眉を顰めて、二文字で不快感を表明している。
「私だって当然恥じらいくらいはあるけど」
「そうは見えないけどな」
「それでも、いい作品を作るためには必要なことだからするってだけ。それとも……真岡くんは私が脱ぐことに別の意味を見出してるの?」
少し挑発的な口調で聞かれる。
「あのな……俺がお前のことを意識してなくても同世代の女子の裸に何も思わないってのは流石に無理があるんだよ……」
「無理も通せば道理が引っ込む。私は作品作りにおいて妥協する気は一切ないから」
その言葉が間違いなく事実だと分かるような強い口調で言われる。
自分の頭の上から『@@』みたいなマンガ的記号が出てるような心境になる。
こいつと言い争う以上に不毛なことは、世の中に存在しないとさえ思えてきた。
「……分かった。その代わり、こっちからも1つルールを追加させてもらうからな」
「また? 真岡くんって意外と束縛するタイプ?」
「うるさい。とにかく、追加ルールは『脱ぐのは必要な時だけ』だ」
「必要かどうかの判断は?」
「俺が決める」
間近で、ほとんど睨み合うように視線を交錯させる。
この短い付き合いで、白河について分かったことが1つある。
それはこいつが妙な趣味嗜好を持っているだけで、根は馬鹿真面目ということだ。
本当なら脅せば何だって言うことを聞かせられる立場なのに、そうしようとしない。
なんなら、先生――『岡魔トマト』に対しては敬意すら持っている。
だから、俺がこうして固い意志を表明すれば……。
「……分かった。とりあえずはそれでいいけど、その結果として出てきた成果物に満足するかどうかは別の話だから」
予想通りに、そう言って一旦は引いてくれる。
しかし、その口元に浮かんだ僅かな微笑が、俺のちっぽけな抵抗を嘲笑っているようにも見えた。
「はいはい……分かってるって……。ちなみに俺は観に行ったことあるぞ。モナリザ」
「急なお金持ち自慢は心臓に悪いから止めてほしいんだけど」
そうして、何とか主導権を完全に渡すことなく、今日の作業を開始する。
そこで俺はあることに気がついた。
普段、自分がエロマンガを書いてる時に基本のキャラデザが出来た次にするのは――
「……何?」
俺の視線に気がついた白河が訝しげに聞き返してくる。
そう、服を着た状態のキャラデザが終われば、次は服のない状態のキャラデザだ。
だって、これはエロマンガなんだから。
つまり早速、必要な時が来てしまった。




