8 理想の結婚 『まぼろし〜』
ヴァレンタインは鍛錬を終えるとまっすぐ家に帰り、静かに過ごすことが日課となった。
マリアナが付き合い始めたころから定期的にプレゼントしてくれていた本を読む時間ができ、毎日マリアナのことを思い返す。
読書家のマリアナはヴァレンタインに貴重な翻訳本などを何冊も贈ってくれていたのにヴァレンタインは忙しいことを理由に読まずに放っておいた。今考えれば最低の婚約者である。
本は他国の騎士の伝記や、商人の冒険譚。王女の嫁ぎ先となった国の流行の喜劇や建国記もあった。
読み始めれば意外にどれも楽しくヴァレンタインの性格をよく理解して贈ってくれたものばかりであった。
「俺はマリアナの何を見ていたのか……」
マリアナへの贈り物は大概母親に頼んでいたし、彼女を手に入れてからはヴァレンタインはまさに釣った魚に餌をやらない男の代表のような日々だった。
デートの回数は婚約後は減ってしまい、挙句にレイチェル・エリエファイスに時間を使っていた……
お金さえも……
最近マリアナを思い出す時はいつも茜色のワンピースを纏った姿だ。
ヴァレンタインが贈ったドレスのデザインや色さえも義姉に頼んだままで碌に覚えていない。そんな己のダメさ加減に吐き気がするが、やはりマリアナを諦める気にはなれなかった。
休みの日は日中は体を鍛えることに打ち込み、夕暮れから本を読み始める。気がつくと付き合い始めたばかりのマリアナをぼんやり思い出していることも増えた。
急に軽率さがなくなったヴァレンタインに友人のコナン・ウォールバックは最初は軽口を叩いていた。
『あはは!下手打ったなあ〜。だがまた他の女を探せばいいだろ?なんだよ〜今までは女に振られたからって気にしてなかったじゃないか。婚約と言ったって家同士のしがらみも無かったんだろう?』
しかしいつもの軽口は返ってこない。
枯れ果てたようなヴァレンタインの姿に次第に胸騒ぎが止まらなくなる。隊で一番仲の良かった戦友の元気のない姿に我慢ならなくなったコナンは『励ます』という行為に出た。
休暇の前日、コナンは強引に『今日は付き合え!』と攫うようにヴァレンタインを馬車に押し込めた。
久しぶりに出かける先は女中がいるような食事場所ではなく、貴族用の個室が用意できる値の張る店であった。
「久しぶりに来ただろう?」
「ああ……」
ヴァレンタインは浮かない顔をした。
「どうした?男同士じゃ盛り上がらないか?」
コナンはふざけて笑ったがヴァレンタインは苦しそうな顔をした。
「マリアナに今度連れてきてやると言った店なんだ。約束を果たさないまんま一年過ぎた店だ」
「……そうか」
コナンは一瞬気不味そうにしたが、気を取り直したようにワインを見せた。
「今日は忘れて呑もう。な!元気を出そうぜ」そういうと並々とグラスにワインを注いだ。
ヴァレンタインの萎れた姿を人に見せたくなくて、出入りは最小限にと店の者に頼んでいる。
女性を喜ばすことに長けているコナンからすればそういう気遣いは簡単なものであった。
コナンとヴァレンタインは同期で入隊してからの付き合いだ。斬り込み隊と後方支援。お互いに配置は分かれるが同じ戦地に立つことが多かった。
二人とも女性と流した浮き名は数知れず。そういう面でも気が合ったと言える。
コナンは女性に癒しを求めるタイプで、甘い顔立ちを利用し、軽妙な話術で女性を虜にさせるタイプである。学生時代から息をするように女性を誘ってはデートを楽しむのが日常だった。だがそうこうしていると、相手が本気になって病的にコナンを追い回すようになるので鬱陶しくなる。
いつも相手に嫌気が差し、最後はこっぴどく振る形になった。
八年ほど前に結婚を考えていた女性エリザ嬢がいたが、貴族女性であるエリザの父から結婚には猛反対を受け、コナンから身を引いた。今までの女性遍歴を心配したエリザの周囲の友人たちからもコナンは良い顔をされなかったのだ。
コナンも同じように女性の問題で婚約が破談になった身である。
ヴァレンタインの励まし方もわかっているつもりであった。
「なあ、マリアナちゃんは確かにいい子だったがもう完全にお前は振られた。俺としては縋っているヴァレンタインがみっともなく見える。なあ、そんなことしなくても他に女は居るだろう。この俺がいうんだから間違いないよ」
コナンは自信ありげに堂々と告げる。
自分も結婚を考えた女性……身を粉にして尽くしてくれた令嬢と別れても半年もすれば以前と同じように女性は寄ってきて自分を癒してくれた。最初は勿論辛かった。
だが、忘れることはできた。だから、盟友ヴァレンタインが女に振り回されているのがどうにも我慢ならない。男の沽券に拘ると思うのだ。
「結婚なんていずれするにはするが、どんな女性でだって俺たちは楽しんでた。相手は俺たちのことを争うくらい愛してくれるんだから。だからどのタイミングで家庭を作ってもその女ときっとそれなりに上手くやれるさ」
滔々とかたるコナンの話を数杯のワインを飲み干して聞いていたヴァレンタインはやがて口を開いた。
「そうか……お前は一番の女性じゃなくても良いってタイプなんだな」ヴァレンタインは苦い笑いをこぼした。
「一番?」
コナンは首を傾げた。
「俺はマリアナは今まで人生で出会った中で最高に素晴らしい女性だって今はわかる。俺には勿体無いくらい優れた人間だったんだ。しかも俺を愛してくれていた……」
「綺麗で頭の良い女は他にもいるさ、それにもっと若い令嬢だってヴァレンタインに秋波を送るじゃないか!」
「年齢じゃない……自分だけが良いわけでもない。マリアナくらい俺の家族も大切にしてくれた人は居なかった。
それにいつも俺を優先してくれていた。そして経済的にも精神的にも自立していた……」
「でもお前はレイチェル嬢を好きだったからマリアナを放ってよそ見したんだろう?」
「間違えたんだよ。俺は幼馴染を優先するべきではなかった」
「彼女の方が良い家の出だし、美人だ」
「でも、気位が高くて俺は女として愛すことはなかったよ。相性や好みの問題だな。思い返せば俺は昔の懐かしい思い出の中でほんの少し熱に浮かされていたのかもしれない」
「じゃあ……マリアナ嬢は?」
「生まれてから三十年で出会った最高の女性だったって気がついたんだ。次に彼女以上の人って本当に見つかると思うか?」
そう言われるとコナンは黙り込んでしまう。
突き詰めていくとコナンが結婚していない理由は八年前の女性が一番好きだったからだ。
エリザは貴族のお嬢様でありながら職業婦人でもあった。
医療院を経営していた彼女とは怪我を通じて知り合い、初めて上っ面の愛の言葉を撥ねつけられた。気取っているわけでもないのに難攻不落の相手でコナンはあっという間に夢中になる。こいつのためなら死ねると思ったのも初めての体験だ。
決して物凄い美人というわけでもないのに、色が白く柔らかで、芯の強い女性でとにかく惹かれた。
彼女以上の女性に出会えていない……それがコナンの独身の理由である。うっすら分かっていたことなのに目を背けていた。
「なあ、あの時の彼女が最高に良い人間だったと思いながら二番目三番目に『まあ良いか』、と他の女性と結婚するって相手に失礼じゃないか。もっと悪いのは気持ちが冷めたりしたときだ。相手も自分たちをそこまで愛してなかったら。お互いに妥協点を探り合いながら毎日を過ごすことになる。それって本当に幸せなのかな?俺たちは明日死ぬかも知れない人間なのに家に帰るとき、待ってる家族がそれで本当に幸せなのかな?家庭を持てたら十分だって思っていたけど、最近はマリアナの温もりが残るたくさんの思い出に、納得できそうにない自分がいるんだ。俺はおかしいのか?」
コナンは黙り込んでしまった。
自分は他の女性で傷が癒えたと言い切っていたけれど心の奥底で八年前に別れたエリザを愛して愛し続けているのじゃないか……そんな気持ちがムクムクと湧いてくる。
「お…俺は別に気にしていない……立ち直ったからな」
コナンは少し強がって笑って見せた。
するとヴァレンタインはそうか……と言ったまましばし沈黙した。
「エリザ嬢のことお前はまだ好きなのかと思っていた」
そう言われると急に反論したくなった。
「誰だっけ?それ。昔の女のこと名前まで覚えてないからなぁ」
「そうか?俺はエリザ嬢のことはよく覚えているよ。コナンが結婚しようと思っているって俺に言っていたからな。彼女辺境の領地からこの街に先月戻ってきたらしいから」
「なんだって!!」
驚くほど大きな声が出た瞬間ヴァレンタインは笑い出した。
「気になってるじゃないか」
そう言われるとコナンは知らず知らず顔に血が集まった。
「偶然兄嫁がお茶会で再会したらしい。辺境の領主の元に嫁いで行ったが愛人と舅にいびられて追い出されたそうだよ。随分と辛い結婚生活だったって聞いた」
そう言われた途端コナンは思わず立ち上がっていた。
「どういうことだよ!エリザの父親は彼女が幸せになれる結婚を用意したんじゃなかったのか?俺じゃダメだって散々文句を言っていたんだぞ!」
胸ぐらを掴む勢いでコナンが迫ってきたのでヴァレンタインは慌てたように胸を押し返した。
「俺にはわからん!お前が直接聞いたら良いじゃないか」
至極もっともな意見である。
コナンはハッと冷静になると『すまない』とボソボソと呟いた。
「なあ。結婚するのに俺たちって不良物件なのかな……」
ヴァレンタインが切なそうに呟く。
確かに王宮預かりの騎士団ではあるが死の危険性がある隊に所属している自分たちは継ぐ爵位もないし、親も少し放任している面がある。だが、だからと言って適当に結婚する気などはなかった。都合の良い時だけ貴族の血統を見せびらかし女性と戯れたことは認めよう。だがそれによって堅実な家の人間たちに私生活を嫌われ疎まれた。
「自分のいい加減さが招いたことだよな……」
コナンはボソリと呟いた。それに応えてヴァレンタインは頷いた。
「義姉から言われたよ。〈かっこいい男の定義〉って見た目の良さや、お金、力があることじゃない。女の人を安心させることの出来る人柄じゃないかな?って。俺は男の在り方ってものを勘違いしていた。マリアナだけに誠実さを求めて男は性別が違うんだから仕方ないと言い訳ばかりしていたんだ。自分のところから飛び立てないように囲い込んで、その癖エサはやらない。そりゃ嫌われるよな」
最近思い返すと自分がしていたことが最低で最悪だったと気分が悪くなる。
初めてマリアナが騎士団に来たとき『蕾を見つけた』と心が躍った。まだ誰も触れていない固い蕾だと見抜いたのだ。
地味に装っていたが顔立ちの美しさや、王女に見込まれていた貞淑さや誠実な性格。暗い表情で男を寄せ付けない雰囲気だったが硬い鎧の中にどんな女性らしさがあるのかとゾクゾクとした。
付き合い始めればマリアナは可愛らしく、初心であった。予想通り、心を開いてからはヴァレンタインにもブラックホルムの家にもひたすら尽くしてくれていた。
それなのに自分の後始末ができていなかったせいでマリアナは随分と嫌がらせを受けた。だがヴァレンタインはあたかも女性遍歴を自分の勲章だったかのようにマリアナに言い、その上『なんとかしろ』と無茶を押し付ける。マリアナは本当に苦労の連続であったことだろう。
最後だからと他の女性に婚約者にも言わなかった甘い言葉を告げ、幼馴染を喜ばせて恋愛ごっこを楽しんだりもした。
(バチが当たったんだ)
ヴァレンタインはマリアナのことを決して条件がいいから好きになったわけではないと改めて思う。
マリアナは人の心の機微に聡く、心に傷がある分相手に優しく出来る人間だ。そんな芯のあるところに心惹かれていた。本気で愛してくれているからこその言葉はヴァレンタインの胸をいつも熱くした。
「マリアナが幸せになることが大切だってわかっているのに、俺はやっぱり諦められないんだ。彼女を幸せにするのは自分の手でしたいってずっと足掻いている」
コナンはヴァレンタインの言葉に絶句した。
エリザの状況を聞いて同じことを考えたからだ。
その夜、男二人は深夜まで店の個室に居座ることになった。
ワインの瓶は驚く本数が空になり、『結局のところ男は失ってからじゃないと価値がわからないバカなのだ』と項垂れ、激励会は反省会と姿を変えたのだった。
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エリック・レジロンティ子爵は出席する夜会のパートナーは必ずマリアナを連れて行き、外堀を埋めていた。
どの夜会でもさらりと告げるのだ。
『私が口説いている真っ最中の女性なんですよ』と。
堂々と挨拶をして回るときエリックは非常に大人な微笑みを浮かべ余裕すら感じさせる。
マリアナはエスコートを受けながら、エリックのセリフに毎回戸惑った表情になった。
だが、相手の貴族や地位のある者たちは『あらあら』と微笑みふんわり受け流す。
マリアナとしては未だ立場の微妙さから好意を素直に受け取れない。
そのうち回数をこなしていけば噂は確実に出回るようになり
「ついに独身貴族の優良株も、運命のお相手に出会ったのだな」と口に上るようになった。
マリアナを知る王宮関係者はヴァレンタインとの決別を当然だと考えていることから、この二人を応援する声もチラホラと上がるようになってきた。
そうこうしていると中には強烈な猛者も現れるようになる。
ある日の夜会で一人壁際に佇んでいると一際艶やかなドレスと髪型の中年の夫人が現れた。
彼女はニコニコと『私王宮に夫が勤める家の〇〇と申しますけれど』と簡単に挨拶したかと思えば
『あなたも早く決めたらよろしいのよ!あんな将来性の低い顔だけの男よりレジロンティ子爵なんて出世街道真っしぐらの優良株じゃ無い!』と説得される。彼女は滔々と語りマリアナが呆気に取られているうちに、『ね!これ以上男性に振り回されるなんて馬鹿馬鹿しいわ。幸せを掴みなさい』とギュッと手を握り励ました。
自分のことを意外にも気にかけてくれている方がいるんだ……と驚くとともに、顔も知らない女性まで自分のプライベートが知られているのか……と落胆もした。
(プライベートってなに?)と思う貴族の社交界を疎ましく感じたりもするし、自分たちが王宮に携わる人間だからこそ一定の品性を持って皆がアドバイスをくれるのね、とも思う。
小さなおせっかいを娘時代は億劫であると思っていたのに、モリーに出会ってからはこのような『あなた放っておけないわ』という女性の口うるさい優しさに思わず感激したりもする。
マリアナの心は揺れていた。
エリックとの時間は本当に穏やかで大切にしてもらえ、安定がある。
エスコートするにも彼は決してマリアナを放ったらかしにすることはないし、他の女性からの嫌がらせも全くと言って良いほど無い。
エリックの今までの女性関係は?と面と向かって聞くまでもなく、モリーから助言は受けていた。
『彼は結構人気があるから夜会の時は気をつけてね。嫌がらせを受けたらお名前を聞いてそれとなくエリックに伝えて後々の安全を確保するのよ!』
エリックは決して物凄い美丈夫というわけではないが、穏やかな性格に仕事や収入の条件もよく、貴族の中でも子爵位と裕福な平民も狙える位置にある。
地味だった以前のマリアナがエリックの隣を独占していたら必ず文句が出ると思っていた。いや、文句しか出ないだろう。
今はそれなりに着飾って見目もランクアップしていると思うが、肝心の婚約解消がまだ終わっていない身だ。
女性たちからしたら敵でしか無いだろう。
だがエリックは上手に女性たちを遠ざけており、『マリアナ嬢に失礼を働くことは許さない』と公言している。
これはマリアナにとって大きなポイントになった。
(素敵な方……本当に私には勿体無いくらい)
モリーもそんな二人を温かく見守る姿勢であるとマリアナに告げる。
マリアナはエリックの優しさはもちろん、男としての態度にも感心することが多かった。
だからこそヴァレンタインとの婚約を早くはっきりさせなくてはと焦りもする。
ヴァレンタインは生活態度を改めており、再チャンスをくれと手紙で何度も送ってきているがマリアナは心底悩んでしまっていた。
両親はお前の思う方を探せば良いと言ってくれるが、自分の気持ちが後一歩エリックに傾いていないのも感じていた。
(エリックは素敵な人なのになんで踏み込めないのかしら?)
マリアナは最近エリックと過ごすたびに何かモヤモヤとした気持ちに苛まれるのであった。
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帰りの馬車の中マリアナは女性達を遠ざけてくれていたことに感謝の気持ちを告げた。
「ありがとうございます。私を気遣って女性達に言ってくださっていたのでしょう?」
そういうとエリックはクククッと笑った。
「大切な女性に失礼があってはいけないからね。モリーから預かっている大切な友人を不愉快にしては次の夜会に付き合ってくれなくなるだろう?」
ああ、こういうところが本当にスマートだな……マリアナはため息が出るほどエリックの気遣いに感激した。だが、『モリーの友達』という言葉に引っかかりも感じている。
友達の友達がマリアナの位置付けなのだろうか?と首を傾げたくなるのだ。
なんとなく体良く距離を取られているような感覚にスッキリしない。
「エリック様は結婚相手にどのようなことを望まれていらっしゃるのですか?」
マリアナの口と思考が直結してしまっていた。これほど女性の扱いに長けている男性がなぜ結婚しないのか?思わず口から飛び出た質問であったが失礼であったかな?と一瞬冷や汗が出る。
だがエリックは笑顔で答えた。
「私は今からの女性はある程度自立しているといいなと思っているよ」
「まあ!先進的なお考えなんですね。確かに帝国の方ではそういう女性は増えてきそうだと聞いております」
「そうだよ。女性も少しずつ社交界のみでなく、世間に足を踏み入れていくのに私は賛成なんだ」
マリアナは感動した。
エリックの考えは保守的でもなく、むしろ将来的に女性の背中を押していく方向性なのだと胸が躍った。
次の言葉を聞くまでは……
「だけど子供は三人は欲しいね。男二人の女一人!そんなバランスがいいな。上位貴族じゃないから乳母なんかは雇わずに母親がしっかり面倒を見てあげたらいいよね。私の母も私に中等部まではマナーと勉強を教えてくれたものさ」
(う?産み分けろってことかしら?)マリアナは僅かばかり怯んだ。
だがそれを言ってはエリックの話の腰を折ってしまう。そのまま話しやすいように彼の話を肯定する。
「それは素晴らしいお母様ですね」
そう言うとエリックは破顔した。
「あ!だけど出産後はもちろん仕事に復帰するのは賛成なんだ。働く女性は生き生きとしていて素晴らしいじゃないか。私の収入にばかり目を向けず、エリックという人間性を見て欲しいんだ。貴族には在るまじき感覚かも知れないけれどね。だから私は実は相手の女性に高い爵位は求めていないんだ。でも女性としての嗜みや美しさの追求は疎かにしないで欲しいと思っているよ。もちろん私のために着飾ってくれるのは嬉しいんだ。だけどその金銭を要求されるのは辟易してしまうんだよね。会場にいた女性達を見たかい?彼女達は私に寄生しようと思って必死だっただろ」
マリアナはその言葉に胸の奥が一瞬で冷たくなった。だがエリックはそんなマリアナの様子には気がついていない。
「女性は私のことを便利な財布のように見ている気がしていてね。今までどうにも踏み込めなかったんだ。マリアナと彼女達は違うからね」
エリックは大したことないようにスラスラと自分の理想を口にした。
しかし、マリアナはそれを聞きながら目を剥いていた。
(どんな自立した女子だというの?!そんな人王宮でも一握りじゃないの。自立できるほどの給与をもらっているのは確かにそうだけれど、子供を三人産んで、働きながら子育てして、その上綺麗に着飾るの?)
あまりの高スペックな要求に言葉が出てこないマリアナをよそにエリックは嬉しそうにさらに言葉を重ねた。
「前の婚約者を恨んだこともあったけれど、彼女みたいな考えって今はすごくいいと思うんだ」
エリックは前の婚約者の影をどっぷりと引き摺っていることが確定した瞬間であった。




