表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/87

第85話 真実は幻と策略の裏⑤



 国王陛下は細く長い息を吐いてから、まるで独り言のように言葉を紡ぐ。


「十数年前、俺はある男にお前の孫娘がほしいと言った。体が弱く言葉の覚えも悪かった息子の世話を何くれとなく焼いてくれた娘を気に入ってな」


「え……」


 気づけば誰もが口を閉ざして王の語りを聞いていた。音楽さえもやんで、会場は水を打ったように静かだ。


「男は本人らが望むならと答え、俺もそれに同意した。まさか王族との繋がりより孫娘の意思を尊重するとは、と当時の俺はいささか驚いたものだがな。俺が傲慢だったと今ならわかる」


(お祖父さま……)


 クラリッサは懐かしくて大好きな祖父カスパルの顔を思い出した。欲の少ない人だし、情の厚い人だ。


 人々の口から聞かされるカスパルは、いつだって国家資産を横領する悪者で、こうして好意的な思い出話を聞かせてもらうことは稀だ。だからクラリッサにはそれがとても嬉しくて、誇らしかった。


 照れ隠しのような軽い笑い声を挟んでから、王が優しくフロレンツを呼ぶ。


「フロレンツ」


「はい」


「俺がお前に期待したことは一応は達成されたが、どれも終わりじゃない」


「はい」


「ひとりで続けられるか」


「いいえ」


(即答……っ!)


 クラリッサの横で跪いたフロレンツは、面を上げることなく言葉を続けた。


「これまでもクラリッサがいたからやってこられた。ひとりでは出来ません。が、ふたりなら……クラリッサと共にあれば期待以上の成果をあげてみせます」


(んーっ!)


 割と恥ずかしいことを言っている意識はあるのだろうか、とクラリッサは横目でフロレンツを睨みつけた。顔中の熱が上がって行くのがわかる。


 いろんな意味で恥ずかしい。あと、期待以上の成果を約束されても困る。今までだってお前のおかげだと言われても実感がないというのに。


「クラリッサ」


「はい」


「この男は昔から何も変わっていない。お前の助けがなければ豆のひとつも克服できないような奴だ。親心としては、昔のように支えてやってもらいたい。

 ここで『よろしく』と言うのは簡単だが、俺は本人の希望を優先することを頑固ジジイと約束したからな……。お前の意思は後日聞くとしよう。よく考えるといい」


「……ありがとうございます」


(ずるい考えだけど、よろしくって言ってくれたらよかったのに)


 他者にこぼすにはあまりにも利己的な本音だが、王がよろしくと言いさえすればクラリッサはシャンタルのことも貴族の力関係だって、責任を負わなくてよくなる。


 だって王様がそう言うんだもん、だ。臣下ならば「はい」以外の返答は必要ないのだから。


 だが、横にいるフロレンツを見てクラリッサは己の自堕落な考えを恥じた。

 フロレンツは笑っていたのだ。ホッとしたような、満足したような、そんな表情で。


「ここにいる全ての者に問う。この者らの婚約に異議ある者はあるか」


 王の言葉にざわめいた会場内は、すぐに元の静けさを取り戻した。王が重ねて問う。


「クラリッサがフロレンツの伴侶となることに不服な者は申し出よ。無くば、後日クラリッサの返答如何によって婚約が成る」


 顔を伏せるクラリッサに会場の様子はわからない。

 ただ肌に刺さるような視線の多くは好意的なものではないことを理解しているし、意見する人物や内容によっては状況が大きく変わってしまう。


 クラリッサの左手に重ねられたフロレンツの手にも、少し力が入ったように感じられる。


「おそれながら。五名家のアイヒホルン伯爵令嬢ですもの。どこにケチのつけようがありまして?」


 静寂の中に響いた声はシュテファニだ。予期しないエールにクラリッサは息をのんだ。

 さらに彼女の言葉に呼応するように、のんびりしたカトリンの声も。


「背筋もいつもピンとしてて綺麗だし~あたしには真似できないな~」


「うん、真似してくれるかな?」


「えぇ~」


 間髪入れずに放たれるロベルトの言葉で会場に笑いが漏れる。

 空気の読めないカトリンと読めすぎるロベルトのおかげで、クラリッサの緊張も和らぐ。


「クラリッサの友人として申し上げますが、彼女ほどグラセアの言葉や文化に精通し、そして尊重してくださる方は他におりませんよ」


 クラリッサとフロレンツのためにローゼンハイム公爵家、エルトマン公爵家、そしてグラセアの王女までもが立ち上がったのだ。密談のできないこの場で異を唱えられる勢力はないだろう。

 シャンタルの言葉が決め手になったように王が頷いた。


「友は自身の鏡だ、クラリッサ、フロレンツ。良き友はお前たちの良き行いによって得られる。それを努々(ゆめゆめ)忘れぬようにな。」


「はい」


「では、この話は一旦ここまで。ふたりとも下がりなさい」

 

 王の言葉にフロレンツがぱっと顔を上げた。跳ねるほどの勢いで立ち上がって、クラリッサを抱き上げる。


「やった! リサ!」


「ちょ、フロレンツ……っ!」


 子どもを高く持ち上げるみたいに抱え上げたフロレンツに、クラリッサが手をばたばたさせながら慌てて抗議する。


(恥ずかしい、ってか喜ぶの早くない??)


 クラリッサはまだ国王陛下に返答をしていないし、王もまた承認していないというのに。


 クラリッサをおろしたフロレンツがぎゅっとクラリッサを抱き締めて、耳元で囁く。


「長かった……」


「だからまだ決まってないって――」


「確かに」


 静かだったホールにヴァイオリンの音色が流れ出す。

 クラリッサがぼんやりと「ああこれはカール・デニス・ヒュフナーの音だ」と認識すると同時に、フロレンツが体を離してクラリッサの肩を掴んだ。


「確かに俺は君の言葉を貰ってない。ずるいとは思いつつも、確認する前に権力を乱用させてもらったからね。……だから聞かせなよ」


「え?」


「君の気持ち」


 ホールの中央でくっつくふたりから少し遠巻きに、ダンスを楽しもうとする人々が手に手を取り合って集まって来た。


「こ……」


「こ?」


「ここで言わせないで」


 もうクラリッサは限界だった。

 羞恥心がもし心のコップに溜める方式だったなら、あと1滴で溢れ出すくらいに満タンになっている。


 真っ赤な顔で目に涙を溜めたクラリッサの訴えは、同じく耳まで急に顔を赤くさせたフロレンツによって承認され、ふたりはもう一度庭に出ることに決めた。



今回登場人物紹介

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。悪しきを正し、積年の想いをどうにかするため暗躍中。

●クラリッサ:アイヒホルン伯爵家の長女。制度改革にも恋にも全力で取り組みたい所存……だが暗雲たちこめ中。

●王様:王様。

●シュテファニ:ローゼンハイム公爵家一人娘。全貴族の憧れ。

●カトリン:オスヴァルト伯爵家末女。もちもち。空気読めない。ロベルトと婚約。

●ロベルト:エルトマン公爵家長男。チャライケメンだけど実はヘタレ疑惑あり。空気読める系男子。

●シャンタル:ウタビアの隣国グラセア王国の王女。男嫌い。


名前だけ登場の人

●カール・デニス・ヒュフナー:若きバイオリニスト。


今回登場用語基礎知識

●グラセア:隣の国だよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] フロレンツ―‼衆人環視で告白はキツイよ!!\(゜ロ\)(/ロ゜)/ てか先に相手に言わせるとか!こら! 婚約で囲い込んでから告白とか中々の黒さw いや~フロレンツらしいなとは思うけど…
[良い点] あまーーーーーい!! なんか色々ひっくるめてあまーーーい!! 良かったーーーーわーーーーい!! くそー。 フロレンツめぇ。 やっぱり騙し打ちのようなマネをしおってからにギリィ。 まあ…
[良い点] うぉおおおおっ! ヒュフナーーーーー!! じゃなかった、クラリッサ―ーーーー!! フロレンツーーーーーー!! やったぜいっ! シュテファニやカトリンが応援してくれる所、泣いた。 ( …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ