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第82話 真実は幻と策略の裏②



「グラセア国シャンタル王女殿下、ならびにアイヒホルン伯爵家ご令嬢クラリッサ様ご入場です」


 朗々と声が響いて正面の大きな扉がゆっくりと開いた。クラリッサの目の前を、艶やかなシャンタルと騎士隊長のバーキルが歩く。バーキルの右腕にシャンタルが左手を絡ませ、密着するグラセア流のエスコートだ。


 クラリッサの左には同じくグラセア近衛騎士で副隊長のサディクが並んだ。差し出された右の手のひらにクラリッサの左手を乗せるウタビア方式のエスコートも、彼は卒なくこなしている。


「こちらのロイヤルパーティーに参加するのは二度目ですが、いつ見ても華やかで素晴らしい」


 左隣を見上げれば、サディクが垂れ目の目尻をさらに下げて柔らかく微笑んでいた。


 サディクの言う通り、会場内は贅をつくした装飾に見える。シャンデリアもブラケットライトも全てに明かりが点り、白い壁にキラキラと金色の光を当てる。

 光沢のある飾り布もその光を纏って壁に華やぎを与え、むしろ眩しいほどだった。


「私は初めてです。すごく緊張しますね」


「じゃあ僕が先輩ですね」


 くすくす笑い合うとクラリッサの緊張が少しほどけて、サディクの右手に乗せていた左手のこわばりがなくなった。これはサディクなりの優しさだっただろうかと胸が温かくなる。


 真っ直ぐに会場を進み、王陛下の前で立ち止まった。

 国王と王妃が正面に、向かって右側には王太子ハインリヒとエリーザ、左側にはフロレンツが座る。


 クラリッサはフロレンツと目が合ったような気がして、慌てて視線を逸らせた。彼の顔を見れば心がざわついてしまう。


 今日という日を乗り越えれば、きっと後はどうとでもなるから。胸を掻きむしって涙に暮れるとしても、部屋に引き籠っていればいいのだから。


 シャンタルが深々と膝を曲げて頭を垂れ、残る3人が跪くとすぐに起立姿勢での謁見を許された。


「此度は両国の教育ならびに文化の交流にかかる友好協定の締結、誠に喜ばしく思います」


「はい、わたくしも素晴らしいアンバサダーをご紹介いただいて感動しています」


 王の言葉にシャンタルがちらりとクラリッサに視線を投げ、笑顔を向ける。


(は? ……え?)


 クラリッサにとっては寝耳に水だ。アンバサダーというと、親善大使みたいなものだろうか。全く何も聞かされていない。

 目をぱちぱちさせて様子を伺うが、説明してくれる人物はもちろん誰もいなかった。


「クラリッサ・アイヒホルン伯爵令嬢という新たな友人と共に、わたくしはウタビア王国とグラセアとの輝かしい未来の文化醸成に尽力いたしますわ」


「ああ、よろしく頼みます」


 簡単な挨拶を終え、シャンタルはバーキルとともに来賓席へと向かった。


 ここでの話はあとで確認するリストの一番上に入れておくことにしようと決めて、クラリッサはサディクのエスコートで会場の片隅へと移動する。周囲からはクラリッサへ向けた心無い言葉がいくつか飛んで来た。


 田舎の男爵がある日突然、国の最上級クラスの貴族となり、さらには隣国の王女と交流を持とうというのだから、彼らにとって面白い話ではないだろう。

 この程度の反発は予想の範囲内だ。が。


「今日はフロレンツ殿下の婚約発表があるんでしょう?」


「シャンタル様でしょう、どうせ。みんな知ってるわ」


「ねぇ。だからあの人、他国の騎士様にちょっかい出してるのかしら」


「イケメンなら誰でもいいわーって? 汚らわしいわね」


 この手の悪口だけはクラリッサにとって許せるものではなかった。例えばアイヒホルンが汚い手を使ったんだとか言われるなら、好きに言っていればいいと思えるのに。


 フロレンツのことも、シャンタルもサディクもみんな侮辱していることになるのを、なぜ気づかないのだろう。

 ギリと唇を噛んで声のするほうを探そうと顔を上げると、サディクがふいにクラリッサの耳元に口を寄せた。


「気にしてはいけません。あなたは、彼女たちよりも高みにお立ちなさい」


 驚いてサディクを見上げたとき、会場のどこかでガタンと何かが倒れるような音がした。

 しかし音の出どころを探すよりも前に背後から聞き慣れた声がして、クラリッサは振り返る。


「あら、嫉妬に狂うとこの美しい方が汚らわしく映るのね、おもしろいわ。目を取り出して洗えたらよろしかったわね」


 貴族オブ貴族。全ての貴族の憧れであるシュテファニ・ローゼンハイムに睨まれた女たちは、パタパタと人混みの中に姿を消した。


「シュテファニさま!」


「クラリッサ様、ごきげんよう。サディク様もお久しぶりね」


「ええ。貴女も相変わらずのようですね」


 昔馴染みらしいシュテファニとサディクのふたりが挨拶を交わし、クラリッサはぼんやりとそれを眺めていた。

 離れたところからヴァルターがやって来るのが見える。


 と同時に楽隊が音楽を奏で、ダンスタイムの始まりを告げた。


 ハインリヒとエリーザが見つめ合い、手を取り合いながらホールの中ほどへ向かう。その脇をフロレンツが通り過ぎて、シャンタルのほうへ――。



 クラリッサはその先をどうしても見ることができず、咄嗟に歩き出した。

 どこでもいい、この会場から離れることができれば。人の波を縫ってホールの端を目指すと、大きな窓があった。その向こう側には庭が広がっている。


(お花……数えてようかな……)


 花を数えるのは得意だ。いつだったかたくさん練習をしたから。花を数えているうちに気分は落ち着くし、時間も過ぎているだろう。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:アイヒホルン伯爵家の長女。制度改革にも恋にも全力で取り組みたい所存……だが暗雲たちこめ中。

●シャンタル:ウタビアの隣国グラセア王国の王女。男嫌い。

●サディア:サディク。シャンタルを守る近衛騎士副隊長。

●ハーキマ:バーキル。シャンタルを守る近衛騎士隊長。

●シュテファニ:ローゼンハイム公爵家一人娘。全貴族の憧れ。


名前だけ登場の人

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。悪しきを正し、積年の想いをどうにかするため暗躍中。

●ハインリヒ:ウタビア王国王太子。フロレンツの兄。

●エリーザ:グレーデン伯爵家長女。クラリッサの従姉。王太子の婚約者。

●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。のんびり屋さんで絵描き。家を継ぎたくない。


今回登場用語基礎知識

●グラセア:隣の国だよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] このシュテファニの大物感!!!www 姐さん、カッケエっす!!!w
[良い点] サディクはポッと出なのに、気遣いのできるなかなかいい男ですね。 「月刊ポインセチア」に彼が載ったら買おう。 シュテファニ様は……さすがです!
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