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第80話 自由恋愛は難しい⑥



 明日がロイヤルパーティーということもあって、今日のクラリッサは終日なんの予定もなかった。

 侍従たちも忙しそうだし、クラリッサも体を休めておけということなのだろう。


 本城では陞爵の儀と、臨時の大臣任命式が行われている。今日をもってアイヒホルンは名実ともに過去の栄光を取り戻したのだ。


 クラリッサは、いつかフロレンツと月夜のダンスとしゃれこんだバルコニーに出て、任命式が行われているはずの本城を眺めながら日光浴をしていた。

 あの頃はまさかこんな日が来ようとは思わなかったなと感慨もひとしおだ。


「ここにいたのか」


 フロレンツの声に胸が痛む。声にどれだけの殺傷能力があるかなど、本人は気づいていないだろう。


 そして気づかれても困る。クラリッサはチクチクと痛む胸を気取られないよう微笑みながら、ゆっくりと振り向いた。


「無事、アイヒホルンはかつて持っていた全ての爵位と領地を取り戻した。地位も」


「よかったです。ご尽力ありがとうございました」


 深々と頭を下げる。フロレンツが気づいてくれなかったら、動いてくれなかったら、成し遂げられなかったことだ。


「リサが頑張ったからだ」


(リサ……?)


 シャンタルのいないところではリサと呼ぶのか。何か悔しくて、切なくて、クラリッサの目頭が熱を持った。


「私はなにも」


「制度の改革も、孤児たちの救出劇も、全てがアイヒホルン復権の道を照らした」


「それもぜんぶフロレンツが……」


「俺は地下通路を知らなかったし、仮に知っていたとしても率先して出陣したりはしなかったよ」


「だって立場が違――」


 フロレンツは右手を上げて、クラリッサがそれ以上発言することを禁じた。


「おめでとう」


「……ありがとうございます」


 バジレ宮へ来た本来の目的は、家を立て直すキッカケ探しだったはずだ。仕事を見つけてせめて借金だけでもどうにかしようと。


 目的は1000パーセント達成されている。もうクラリッサが侍女を目指す必要も教師を目指す必要もないのだ。なのにどうしてこんなに寂しいのだろう。泣きたいのだろう。



 俯いたクラリッサの視界に、近づくフロレンツの爪先が入った。


「ところで、リサはまだ教師になりたいと?」


「いえ。以前にも言いましたが、それは家を立て直すために何かできないかと考えていただけで。復権した以上、私の義務は……。あ、でも、そうですね。許されるうちは本来的な意味でお祖父様の意志を継げたらいいなと思います」


 アイヒホルンの未来を盤石なものにするのに、自分の結婚が有用であることをクラリッサは理解している。自分の義務は相応の家へ嫁ぐことだとわかっている。


 だがフロレンツにそれを言うのは嫌だった。ほんの少しでも、ホッとされたり応援されたり励まされたりしたくなかった。


「……制度の改革?」


 少しの間を置いてからフロレンツが問いかけ、クラリッサが戸惑いがちに頷く。


 孤児院の子どもたちに会って、教師の話を聞いて、クラリッサは家庭環境に左右されない平等な教育の機会を子どもたちに与えたいと思うようになっていた。


 大人の都合で、あるべき教育の機会を奪われかけたクラリッサにとって、それは責務のようにすら感じるのだ。孤児たちはクラリッサなど目じゃないほど学びの場に飢えている。


 一方で、その選択にはフロレンツとの付き合いが長く続く可能性が含まれる。

 それに耐えられるだろうか? シャンタルと並び立つ彼を、なんでもない風を装ってニコリと笑って眺めることができるだろうか。


「そう言ってくれると思ってた。国を代表して感謝するよ、ありがとう」


 フロレンツはそれじゃあもう行かなくては、と背を向けてバルコニーから明かりのついていないホールへと入る。


「ああ、大事なことを忘れてた。明日のパーティーだけど、リサはエスコートの相手はもう決まっている?」


 振り返ったフロレンツの言葉に、クラリッサの心臓が暴れ出した。全身に血が巡っているのに指先が冷たい。


「い、いえ。父の左手を借りようかと」


「それじゃあ、シャナと一緒に入場してもらえるだろうか。緊張するらしい。エスコート役にはグラセアの騎士がつくから」


 全身に巡っていたはずの血は一瞬でどこかへいなくなった。貧血で倒れなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。


 クラリッサの目の前が真っ暗になって、夜が来たのかと思った。


(シャナ……ね)


「はい、よろこんで」


 上手に笑うことなどできやしなかったが、きっと逆光で彼には見えなかっただろう。

 フロレンツはありがとうと笑って足早に去っていった。


 クラリッサの視界はぼやけて、その背中ははっきり見えなかった。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:アイヒホルン伯爵家の長女。制度改革にも恋にも全力で取り組みたい所存……だが暗雲たちこめ中。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。悪しきを正し、積年の想いをどうにかするため暗躍中。


名前だけ登場の人

●シャンタル:ウタビアの隣国グラセア王国の王女。


今回登場用語基礎知識

●グラセア:隣の国だよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] フロレンツ、お前お前お前ーー!!!!(ポ○子)
[良い点] 感想欄でまさきさんの名前を見たせいで、ふと考えてしまいました。 「ひょっとして、シャンタル王女の正体は女装男子!?」と。 これなら近衛騎士が女性ばっかりなのも納得(?)。 エスコート役…
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