表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/87

第79話 自由恋愛は難しい⑤



 バジレ宮でクラリッサを待っていたのはアメリアとヨハンだった。今後は自由に会うこともかなわなくなるから、顔を見に来たのだと言う。


 ヨハンの父ベンノは財務省での引継ぎを行っている。それを終えれば国の片隅へ引っ込んで長男イザークに家督を譲り、ヨハンはただの人になる。


 ギーアスター家に至ってはすでに取り潰され、アメリアの母と兄はウタビアを発った。ヨハンがいなかったらアメリアが今ごろどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。


「もう会えなくなるかと思うと、このいろいろ足りない顔も可愛く見えるわね」


「足りないって……」


「いえいえ、クラリッサは可愛らしいですよ。アメリアの次に」


 瞳にアメリアしか映さないヨハンの言葉は、ぷぅと吹けば飛ぶような軽さだ。アメリアも毛虫でも見るような目でヨハンを見た。


「いろいろ落ち着いたら毎日だってお茶会に招待するのに。あ、でも――」


 クラリッサ自身がアメリアを屋敷へ招待すれば、身分差の問題など気にせずいつだって会えるではないか、そう思った。


 ただ、いずれクラリッサがバジレ宮を出て住むことになるのはかつてのアイヒホルン邸であり、つい最近まではギーアスター邸だった屋敷だ。

 全面的に改装を始めたところだが、アメリアにとって「元我が家」であることには変わりない。


 最後まで言葉を発することなく躊躇したクラリッサにアメリアが首を振る。


「そういうことじゃなくて。あなた、フロレンツを落とすんでしょう。アイヒホルン伯爵令嬢ですらなくなるじゃない」


「あー……」


 確かに、もし想いが叶うようなことがあるのなら、自分の一存だけでアメリアを招待するのは難しくなるかもしれない。


(そんな未来は来ないなんて……)


 弱気なことを言ったら叱られるだろうか。むしろ叱ってほしいと思いながら、クラリッサは淡々と事実だけを告げることにした。


「シャンタル王女殿下がウタビアに来てて」


「みたいね」


「フロレンツとも仲良しで」


「昔からそうだわ」


「フロレンツが普段見せない顔で殿下と接してて」


「あー……」


 気弱に笑うクラリッサを、アメリアは叱り飛ばしてくれない。

 黙りこくったアメリアの代わりにヨハンが口を開いた。


「シャンタル殿下は男性が苦手なのです。フロレンツだけは怖くないようで、唯一彼女が率先して傍に行く異性なのですよ。フロレンツも怖がらせないよう気を付けているのでしょう」


 クラリッサはシャンタルを守る近衛騎士が皆、女性であったことを思い出した。


 だがシャンタルがフロレンツしか受け入れられないと言うなら、グラセアも国をあげてお相手にフロレンツを求めるだろう。身分だって申し分ないのだから。


「そういえば、ロイヤルパーティーでフロレンツが婚約を発表するとかしないとか」


「いまそれ言う??」


 ぽろりとこぼしたヨハンの足をアメリアが踏みつけて、およそ人間らしくない悲鳴がヨハンの口から漏れた。


 アメリアは俯いて言葉を探すようにゆっくり口を開く。


「普通、そういうのは準備があるから一部の貴族には事前に知らされるの」


「それが今回は誰に対しても伏せられていて噂の域を出ないのです。特に我々は両親があの状況ですから探りようもないですし」


 これがふたりの精一杯の慰めだろう。クラリッサはそう思って無理やり笑顔を作った。


「少なくとも私じゃないのは確か、かな」


 さすがに当事者に対してまで何も知らせないということはないだろう。つまり、クラリッサは当事者ではないのだ。


 以前、フロレンツは国王陛下はグラセアとの国交強化を言い渡されているのだと、ハインリヒが言っていた。


 その際に聞いた「フロレンツが結婚に前向きに」という噂は、本当のところは「シャンタルと結婚するための土壌が整った」だったのだろう。


 男嫌いのシャンタルの相手ができる人物(クラリッサ)を用意できたから。


「アイヒホルンのお屋敷に招待されてあげるわ」


「ふふ、ありがとう」


 アメリアの優しい手がクラリッサの髪を撫でる。


 バジレ宮へ来て、クラリッサは多くのものを手に入れた。友達、仕事、思い出、身分とそれに伴う立ち振る舞い、そして恋心。

 これ以上を求めてはいけないのだろう。もう十分すぎるほどあらゆるものを手に入れたのだから。


「わたくし教師になることにしたから」


「え?」


「そうでもしないと、王都で暮らしていけないでしょう」


「私だけの稼ぎじゃ足りないそうです」


「そもそもわたくしまだ結婚には頷いてないのよ。小さな屋敷に間借りしてるだけだわ」


「素直じゃないところが可愛いでしょう」


「そういうとこが気持ち悪いって言ってるのわからない?」


 ふたりのやり取りが羨ましくもあり、しかし気晴らしにもなってクラリッサはよく笑った。


 いつもよりもずっとたくさん笑った。




今回登場人物紹介

●クラリッサ:アイヒホルン伯爵家の長女。制度改革にも恋にも全力で取り組みたい所存……だが暗雲たちこめ中。

●アメリア:ギーアスター元伯爵家長女。父を見限ってクラリッサ派に。ツンデレ界のレジェンド。

●ヨハン:ハーパー家次男。本の虫。アメリアが好き。


名前だけ登場の人

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。悪しきを正し、積年の想いをどうにかするため暗躍中。

●シャンタル:ウタビアの隣国グラセア王国の王女。

●ベンノ:ハーパー元伯爵のこと。ヨハンのパパ。財務省の大臣だった。

●イザーク:ベンノの息子。ハーパーさんちの跡取り。

●ハインリヒ:ウタビア王国王太子。フロレンツの兄。


今回登場用語基礎知識

●財務省:国家財政および地方行政の監督。最近までハーパー家が大臣だった。

●グラセア:隣の国だよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 忙しいんだか浮かれてるんだか知らないけどな、王子! お前ちょっとそこに座れ……正座だよ、なにロイヤルソファにロイヤル座りしてんだよ。 ロイヤル床にロイヤル正座だよ!! いいかぁ、王子…
[一言] >アメリアも毛虫でも見るような目でヨハンを見た。 ありがとうございます! >ぽろりとこぼしたヨハンの足をアメリアが踏みつけて、およそ人間らしくない悲鳴がヨハンの口から漏れた。 ありがとうご…
[良い点] >「素直じゃないところが可愛いでしょう」 激しく同意! さすがツンデレ界のレジェンド。 しっかしなぜクラリッサに知らされていないのか? 婚約発表云々も誤情報なのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ