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第66話 素敵なお庭で②



 二曲を続けて踊ったあと、フロレンツは遅れて到着したらしいホルガー・アウラーと話をするためにクラリッサの傍から離れた。

 クラリッサも同行するつもりだったが、ビアンカとユストゥスがやって来たため難しい話はフロレンツだけで対応することとなったのだ。


「ふたりが一緒に来るなんて、どうしたの?」

「ほら、エルトマン邸でクラリッサが帰ったあとでさ、――あ、待って」


 飲み物を勧める給仕に気を取られたユストゥスの言葉を、ビアンカが引き取って説明する。


「お互いにこちらに出席するってわかったから」

「あ、そうなんだね」


 オレンジ色の液体が入った細いグラスをビアンカとクラリッサに手渡しながら、ユストゥスがからかうように笑う。


「クラリッサがまたエスコートしてくれって言うかと思って待ってたんだけど」

「あー、ごめん」

「いやいや、冗談だって……俺としてはありがたかったし?」


 言葉の最後はクラリッサにだけ聞こえる声量で言ってウインクするユストゥスを、クラリッサは二度見した。

 しかしユストゥスはクラリッサに何も言わせないうちに、さっさと話題を変えてしまった。思いのほか食えない男に育ってしまったと思う。 



「しかし屋敷に到着してからここに来るまで、みんな殿下のダンスの話しかしてなかったよ」


 苦笑するユストゥスにビアンカも頷く。フロレンツのお相手を務めたクラリッサは未だに四方から視線を感じており、その話は誇張ではないだろう。


「ほんとにクラリッサと殿下が踊ったの……?」


 呆然とした様子で呟いたのはビアンカだ。

 まるで雑巾を絞るようにクラリッサの胃がねじれた気がした。


「政治的な思惑がいろいろあるから、かな」


 ビアンカに向けて言ったのか、自分自身に言い聞かせたのか、わからない。

 アントンがクラリッサ側に立ったとアピールするのと同様に、フロレンツはクラリッサの後ろ盾になっているとアピールしたかったのだと考えている。


(ただ純粋に踊ってくれたなら、どれだけ嬉しかったか)


 クラリッサはただ、制度改革のパートナーという立場を利用してひと時の幸福を貪っているだけだ。


「でも、クラリッサはさ、あの子が誰か、もうわかってるんだよね?」

「え?」

「あの子のこと『好きじゃなかった』って言ったよね?」

「ビアンカ……」


 責めるようなビアンカの目は、クラリッサの胸をちくちくと刺し貫く。


 幼い頃から一緒にいて、クラリッサはビアンカのことならなんでも知っていると思っていた。だがこんな表情は知らない。

 傷ついたような切羽詰まったような必死な表情を見たことはない。


 クラリッサはビアンカが好きだ。アイヒホルンが没落して、多くの友人だった貴族たちが離れて行ったあとも、ずっと変わらずにいてくれた友達。


 傷つけば一緒に泣いて、楽しければ一緒に笑った友達だ。いつもだったらきっと抱き締めて「そうだよ、好きじゃないよ」と言っただろう。


「ビアンカ、あのね」


 だが、クラリッサが言うべき言葉はそれじゃない。

 目の前にはいろんな壁があって、それを乗り越えるのはきっと難しい。乗り越えた先で相手がどう思っているかもわからない。

 

(だけど、私はフロレンツが好きで、ビアンカを応援することはできない)


 それだけは確かだ。

 だって自分の気持ちを押し殺して応援したって、それは呪いにしかならない。ビアンカを、自分を呪ってしまう。



「お話中失礼します」



 クラリッサの言葉は、突如現れたグレーデン家の侍従によって遮られた。

 ユストゥスに何事かを耳打ちして、一言二言話すとまたキビキビと去って行く。


「クラリッサ」

「ん?」


 ユストゥスは誕生日にサプライズでプレゼントをするかのような表情で、瞳をくるくるさせながら最新のニュースを報せた。


「ボニファーツ叔父さんが予定よりだいぶ早いけどもうすぐ到着するそうだよ。先触れが来たって。父上と母上はすぐにもここを出るそうだ。だからクラリッサも一緒に帰ろうって父が」


「えっ、もう着いたの? すぐ向かわないと……あ。その話、殿下には?」


 クラリッサは両親と3ヶ月会っていない。

 領地は、借金は、屋敷は、体は、大丈夫だろうか。気にかかることは数え切れないほどあるのだ。話したいことが山ほどある。


 祖父の遺志を受け継ぐことにしたことも、バジレ宮の庭の花がどれだけ美しいかも。

 誰かを好きになって、ほんのちょっぴり大人になった自分自身を見て欲しいとも。


「両親が伝えてなければ、まだご存じではないんじゃないかな」


「じゃあ、殿下には私から。すぐに向かうね!」


「了解」


 ユストゥスはひとつ頷いてクラリッサたちに背を向けた。恐らく、クラリッサが同行することを伝えに行ったのだろう。

 クラリッサはビアンカの手をとって強く握り、謝罪した。


「本当にごめんなさい。私、ビアンカに大切な話があるの。どうしても聞いてほしい。けど、今日はもう行かなくちゃ。今度、どうか時間をください」


 ハンス夫妻をいつまでも待たせるわけにもいかない。

 ビアンカにはゆっくり気持ちの全てを聞いてほしかった。時間のない中、短い言葉で伝えていいような話ではないと思うのだ。


 きゅっと唇を噛んで小さく頷いたビアンカに、クラリッサはまた胸が締め付けられる。 


「ありがとう」


 もう一度だけ手を強く握って、親友に背を向けた。

 次に会う時には、たくさん話をして、願わくば今まで通りたくさん笑い合えますように。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。家の権威を取り戻すために奮闘中。

●ビアンカ:アウラー伯爵家長女。クラリッサの親友。フロレンツが好き?

●ユストゥス:グレーデン伯爵家長男。クラリッサの従弟。イケメンに育った。


名前だけ登場の人

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。悪しきを正すために奮闘中。

●アントン:ピッケンハーゲン伯爵。行政府で大臣の補佐をする。

●ハンス:グレーデン伯爵家当主。クラリッサの伯父。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、なんか不穏な感じ。 ここでビアンカと話せなかった事が、取り返しのつかない事態に繋がらないといいのですが……。
[一言] グレーデン家の侍従「空気読んだやで」
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