第57話 お似合いの相手③
クラリッサが久しぶりに会ったユストゥスは、以前にも増してハンスに似ていた。ロベルトのようにな甘いマスクでもなく、フロレンツのような雄々しさもなく、ただひたすらに端正な顔立ち。
一つ一つのパーツに大きな特徴はないのに、全てのバランスが整っているが故のイケメンだ。
(それでいて、五名家グレーデンの跡取りで官吏省の大臣の座は約束されているようなものだし、姉のエリーザ様は次期王妃。モテるんだろうなぁ)
ユストゥスのエスコートを受けてエルトマン邸を訪れたものの、うら若き女性たちの刺すような視線に、クラリッサは早速後悔した。
ただでさえフロレンツと仲がいいとかで女性からの印象は良くないと、アメリアから気をつけるよう言われていたというのに、完全に人選を失敗している。
「クラリッサ!」
「ビアンカ!」
クラリッサに親し気な瞳を向けてくれる数少ない友人のひとりが、駆け足で近づいて来た。
軽くハグをしてから、ユストゥスとビアンカにお互いを紹介する。ユストゥスがクラリッサやビアンカよりひとつ後輩なことも手伝って、今までに直接の面識はなかったらしい。
紹介を受けたユストゥスがビアンカをダンスに誘い、クラリッサは女性たちの目から隠れるように壁の近くへ移動した。
見ればロベルトとカトリンはたくさんの人に囲まれている。挨拶はもう少し落ち着いてからでないと近づくこともままならないだろう。
ビアンカとユストゥスが戻ってくるまで、先に何か食べていようかと食事の載るテーブルを眺めた。
バジレ宮での食事に慣れていなかったら、きっとこの光景に度肝を抜かれていたことだろう。豪華で目にも鮮やかな料理がクラリッサの目を迷わせる。
「おひとりですか?」
すぐそばで誰かに声を掛けられ、クラリッサが顔を上げる。
「クラリッサ様、ごきげんよう」
「あれ。シュテファニ様、ごきげんよう。ヴァルター様も」
バジレ宮から一歩出れば、ひとつ屋根の下で生活する友人であろうと家を背負って応対する約束だ。
クラリッサは慌てて右足を引いて礼をとる。
日々の厳しいマナーレッスンはクラリッサ自身にもわかるほど、成果をあげていた。こうした突然のことにも、背筋の伸びた美しいカーテシーを披露できるようになったのだから。
が、それよりもクラリッサが気になったのは先ほど声を掛けてきた男性である。
シュテファニとヴァルターは、まるでその男性とクラリッサとの間に割って入ったように見えた。
顔を上げてシュテファニの背後を見ると、声を掛けて来たはずの男性はチラチラとクラリッサたちのほうを気にしながらも、既にその場から離れていた。
「あの人、いま……」
「ね、それよりあのふたり、ゴチャゴチャする前に婚約できてよかったですわね」
にこにこ笑うシュテファニは、意図的にクラリッサの意識を先ほどの男性から切り離そうとしているかに見える。
彼女の隣に立つヴァルターは苦笑して肩をすくめており、鈍感なクラリッサもまたシュテファニたちの意図を理解した。少なくとも彼と話をしてはならない、という程度には。
(ギーアスター派の人か何かなのかな)
クラリッサは以前のように、田舎の男爵家だからとのほほんとしていることはできなくなった。
政治のど真ん中に足を踏み入れてしまっているのだ。これから父ボニファーツがやって来て、家の再興をかけた戦いが始まる。
今回はシュテファニの、というよりもローゼンハイム公爵家の威光に守ってもらったが、誰とでも和やかに会話を楽しめるとは思わないほうがいいだろう。
そう改めて胸に刻み、シュテファニにも笑って見せた。
「ええ。エルトマンですから、オスヴァルトも安心でしょうね」
実際、最も安心したのはクラリッサだ。ロベルトの動きがもっと遅かったら、クラリッサは警ら隊にあの店を見つけてもらえていなかったかもしれない。
シュテファニとヴァルターも神妙な顔で頷いた。そしてヴァルターが周囲を気にするようにして顔を寄せる。
「孤児院が正式に直近数年分の寄付の金額と寄付者について発表したそうだよ」
「真昼の星と思われる寄付者はナシ。フロレンツ殿下が多大な寄付をしていたことがわかって、民も目が覚めたみたい」
「わぁ、それは何よりですね」
義賊である真昼の星が反王家の立場をとれば、彼らを支持する民もやはり王家に不信感を抱く。
だがその真昼の星が義賊でもなんでもなかったとわかればまた、元の生活に戻るだけだ。今まで通りの平和な日常に。
「でも」
「でも?」
ヴァルターが珍しく難しい顔で腕を組んだ。
「真昼の星を動かしてたのが貴族だったから、王家への反感が貴族に向かってるんだよね。特に羽振りのいい貴族への風当たりは強いって」
「え、怖っ」
「穏やかじゃない話も聞くわ。暴動の計画をたてる人がいるとかいないとか」
「それはさすがに……?」
「クラリッサ嬢は自分の立場をもっと自覚して、気をつけるんだよ」
「変なのに捕まらないようにね」
ヴァルターとシュテファニは、幼い子どもに言って聞かせるような口調でクラリッサに注意を促すと、踊ってくると言い残して立ち去った。
入れ違いでユストゥスが戻って来る。
ビアンカは顔見知りの令嬢たちとお喋りを楽しんでいるらしい。離れたところで数人の女性に囲まれているのが見えた。
「今の、ローゼンハイムの……! クラリッサ姉、シュテファニ嬢と仲良かったの? オレも友達になりたいな、普段挨拶くらいしかできないんだ」
「ああ……今度お茶会に招待しようか? たぶん相手にしてもらえないと思うけど」
「鋼のメンタルを手に入れたらお願いするよ」
クラリッサが苦笑すると、ユストゥスはわざとらしく溜息を吐いた。
以前、シュテファニがユストゥスについて「年下はちょっと」と漏らしていたのを思い出す。あと、アイヒホルンと近いからとも言っていたが、その点については多少は譲ってくれるようになっただろうか?
「シュテファニはもちろんだけど、エルトマン家の婚約発表ともなると国の重鎮が勢揃いで気が引けちゃう」
「重鎮と言えば、さっき姉さまやハインリヒ殿下に挨拶しようと思ったんだけどさ、あっちはあっちで凄い人混みだったから戻って来ちゃったよ」
「えっ! エリーザ姉さまもいらしてるの? 私も久しぶりにお会いしたいなぁ」
クラリッサの言葉にユストゥスがにっこり笑って右手を差し出した。
「じゃあ行こっか。姉さまも喜ぶよ」
今回登場人物紹介
●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。最近は令嬢レベルが上がって来たと自画自賛している。
●ユストゥス:グレーデン伯爵家長男。クラリッサの従弟。イケメンに育った。
●ビアンカ:アウラー伯爵家長女。クラリッサの親友。フロレンツファン。
●シュテファニ:ローゼンハイム公爵家一人娘。全貴族の憧れ。
●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。のんびり屋さんで絵描き。家を継ぎたくない。
名前だけ登場の人
●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。ゲシュヴィスター制度の研究という名目でいろいろ暗躍中。
●カトリン:オスヴァルト伯爵家末女。もちもち。空気読めない?
●ロベルト:エルトマン公爵家長男。チャライケメンだけど実はヘタレ疑惑あり。
●ハンス:グレーデン伯爵家当主。クラリッサの伯父。
●エリーザ:グレーデン伯爵家長女。クラリッサの従姉。王太子の婚約者。
●ハインリヒ:ウタビア王国王太子。フロレンツの兄。




