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第56話 お似合いの相手②



 フロレンツはクラリッサの隣の席に座ると、カトリンを見送って来た旨を告げた。


 ギーアスターによる全ての罪が近々暴かれることとなっており、カトリンを先んじてエルトマン邸で保護するのだという。

 オスヴァルト家に余計な詮索の手が伸びることのないよう、フロレンツもエルトマン家も細心の注意を払っているが、念のためということらしい。


「あら? 出発は今日だったかしら。それにしたって何も言ってくれないなんてカトリンも薄情者ね」


「いや急遽今日にしたんだ。ロベルトの意向で。カトリンは慌ててたから余裕がなかったんだろう」


「……ああ。クラリッサが誘拐されたものだから、心配になっちゃったのかしら。ロベルトも存外肝の小さな男ね」


 拗ねた子どものように頬を膨らませて辛辣なことを言うアメリアに、誰もが苦笑した。寂しいなら寂しいと素直に言えないのが彼女の良いところであり悪いところだ。


「でも、彼らの婚約発表のパーティーももうすぐだよね」


「ああ。過去の事件の審議が始まる前に発表してしまいたいそうだ。エルトマン邸はここのところずっとその準備で大わらわになってるな」


 武器の密輸と密売に関しては、近日中に議会が招集される。

 その議会の最後に12年前の事件に触れ、クラリッサの父ボニファーツの再審請求へ繋げる手筈となっていた。


 ロベルトはその再審よりも前にオスヴァルト家がエルトマンの庇護下にあると、貴族連中に知らしめたいのだ。


 アメリアが膨らませた頬から空気を抜くように溜息を吐いて、クラリッサの手をとった。


「わたくしの分まで楽しんで、それからお祝いを伝えてね」


「あ……そっか、うん。わかった」


 アメリアはもう社交の場に顔を出すことはできない。エルトマン公爵家の夜会ともなればなおさらだろう。


 クラリッサでも、自分が招待されていることに驚きを禁じ得ないが……ロベルトとカトリンから友人だと思ってもらえたのだと嬉しくもある。


「俺もその日は仕事を片付けてから向かうから、最後に少し顔を出すだけになる予定だ」


「そうなんですか」


「フロレンツがいなかったらクラリッサをエスコートする人がいなくなるね」


 ヴァルターの言葉に誰もが一斉にクラリッサを見た。確かに父ボニファーツは王都へ移動中で、エルトマン家の夜会にはとても間に合いそうにない。


 その点について全く考慮していなかったクラリッサが頭を抱える。まさかアルノーに頼むわけにもいかないだろう。


(あ、そういえば……)


 クラリッサが心当たりを思いついたとき、アメリアもまた意地悪な笑みを浮かべた。


「ヨハンを連れて行ったらどう?」


 フロレンツとヴァルターが顔を見合わせる。確かにヨハンも招待されているだろうし、アメリアが出席できない以上その右手は空いているかもしれないが。


 当のヨハンは近頃、珍しく頻繁に外出している。事件のゴタゴタの先の生活について考えているらしいのだが、バジレへ戻るたびに「日差しが痛い」と文句を言っているのがクラリッサには心配だ。


「彼、来ないんじゃないかな」


「俺もそう思う」


「そうよねぇ。わたくしもそんな気がした」


「私、ユストゥス様にお願いしてみるから大丈夫」


 ユストゥスはクラリッサの従弟でハンス・グレーデンの息子だ。姉のエリーザが王太子ハインリヒと婚約したことで、今なら空いている可能性がある。


 ヴァルターとアメリアがそれならと安心した様子で頷き、フロレンツは眉間に深い皺を寄せた。

 その不機嫌そうな表情のままで、ヴァルターを振り仰ぐ。


「ヴァルターはいるんだろ」


「もちろん。シュテファニがやっとエスコートさせてくれるって言うからね」


「頼む」


「うん……できるだけ頑張るよ」


「うわぁ。呆れた」


 アメリアはその言葉通りうんざりと呆れかえった声でフロレンツを非難したが、クラリッサには友人たちの会話の意味がわからない。


 なんの話かと問うクラリッサの目の前に、冷ややかな目をしたフロレンツは摘まみ上げた一通の封書をぶら下げた。


「で、これはなんだ」


「パーティーの前から戦いは始まってるのよ。世の若い男性陣は、稀なる宝石の原石を見つけたんだから」


 フロレンツはアメリアをジロリと睨む。


「もう、アメリアってばそんな言い方……」


 招待状の送り主たちは、ただ王族と接点が持てそうだからクラリッサに近づきたいだけだというのに、随分と含みのある表現だ。

 本当にフロレンツと近づけるのなら、確かに宝石の原石に違いないのだろうが。


「それで、人前で披露できるくらいにはダンスは上達したのか」


「……たぶん?」


「まさか、全身全霊で足を踏みつけたりしないよな」


(根に持ってるじゃん――っ)


 フロレンツがまさかあの夜のことを引っ張り出してくるとは思わなかった。

 ヴァルターやアメリアの視線に呆れと驚きの色を感じ、クラリッサは勝ち目がないことを悟る。幼少期からたゆまぬ努力をして来た人々にはわからないんだ、この苦労は!


「あっ! そろそろダンスの練習の時間かなっ!」


 わざとらしくバタバタと席を立って食堂の出口へ向かう。

 逃げるが勝ちというやつだ。


「アメリア! あとで意見聞かせてね!」


 招待状の束は、きっと誰かが部屋に運んでくれるだろう。たぶん。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。暗くて狭いところが嫌い。フロレンツが好き。

●アメリア:ギーアスター伯爵家長女。意地悪。父を見限ってクラリッサ派に。

●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。のんびり屋さんで絵描き。家を継ぎたくない。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無愛想でとっつきにくいけど、実は例のあの子だったことが発覚。


名前だけ登場の人

●カトリン:オスヴァルト伯爵家末女。もちもち。空気読めない系キャラ疑惑あり。

●ロベルト:エルトマン公爵家長男。仕事できるチャライケメン。但し一途。

●ボニファーツ:クラリッサの父。アイヒホルン男爵家当主。

●ハンス:グレーデン伯爵家当主。クラリッサの伯父。官吏省大臣。

●ユストゥス:グレーデン伯爵家長男。クラリッサの従弟。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「まさか、全身全霊で足を踏みつけたりしないよな(むしろ踏んでほしい)」
[良い点] >寂しいなら寂しいと素直に言えないのが彼女の良いところであり悪いところだ。 キュンと来ました。やっぱアメリアは火力高いわ。 >招待状の送り主たちは、ただ王族と接点が持てそうだからクラリ…
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