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第55話 お似合いの相手①


 しとしとと降る雨が窓を濡らし、水滴がくっついてはつるりと落ちていくその向こうで、灰色の空に包まれる庭の花もまた色を失っていた。


 クラリッサはバジレ宮の廊下を腕いっぱいに荷物を抱えて歩いている。

 バランスの悪いそれを取り落としそうになるたびに歩みを止めなければならず、進行速度は亀ほどに遅い。


 目的地は食堂だ。()()はそこにいると侍従から教えてもらっていた。

 ウサギのように早く動ける彼らがまだそこにいることを祈りながら、クラリッサはやっと目的地に到着してその姿を探した。



「アメリア! ヴァルター!」


 駆け寄ったクラリッサがポトポトと落とした荷物を、近くにいた侍従が拾ってまたクラリッサの腕の中に戻す。


「なによそれ」


「いやー、ちょっと相談に乗ってもらいたくて。ヴァルターがここにいるのは珍しいね」


 アメリアとヴァルターの座る席にたどり着くやいなや、腕の中の大量の手紙をテーブルへ放り出した。


 事情聴取と身柄の保護のためにバジレ宮に滞在することになったアメリアは最近、憑き物が落ちたかのように穏やかに笑うようになった……はずだったが、また憑き物がついたみたいに眉根を寄せてクラリッサを睨む。


「今日は雨だからね、絵はお休みにしたんだ」


 曇りの日でも太陽はここにあるのだなと思わせるような、ポカポカ陽気の笑顔のヴァルターの手元には国内法のテキストが広げられている。


「お勉強?」


「ほら、シュテファニは今日も登城しているでしょう」


 したり顔で言うアメリアの横で、ヴァルターも苦笑しながら頷いた。

 テキストを閉じて、クラリッサに座るよう椅子を手で指し示す。


「それで、相談って?」


「これこれ。ぜんぶ招待状なの。もう社交シーズンも終わりなのにあり得ないと思わない? いつもなら王家主催の夜会(ロイヤルパーティー)の準備に奔走してる時期だろうにさー。

 それでね、一連の議会が始まる前にコネクション作りや印象付けに効果的な夜会はどれかなと思って、意見がほしかったんだよね」


 奇術舞台で噂になったクラリッサの存在は、サトセーヌ劇場でのデートや誘拐事件などのおかげで、フロレンツが特別扱いをする人物として貴族の誰もが知るところとなった。


 誰もがクラリッサと知り合い、いずれはフロレンツへ繋ぎをつけたいと考えているのだ。それならばと、クラリッサも制度の改革に有利になる人脈づくりができないかと考えることにした。


 クラリッサがテーブルに放り出した手紙の山から、アメリアとヴァルターが手紙を摘まんでは差出人を確認する。


「ほらね」


 ふたりは目を見合わせて笑い、クラリッサを戸惑わせた。


「え、なになに?」

「さっきまで君の話をしていたんだよ」

「私?」

「そうよ、ムードメーカーだって」

「なにそれ。ムードメーカーってカトリンみたいな子を言うんじゃないの?」

「あれは空気が読めないって言うのではなくて?」


 誘拐事件から1週間が過ぎ、わだかまりのなくなったクラリッサとアメリアは気を置かずに話のできる仲になっていた。


 貴族の犯した罪は貴族議会による審議によって裁かれる。

 フロレンツは事件の後始末と議会の準備とで随分と忙しくしているらしく、1日のほとんどを本城で過ごし、バジレ宮には寝るために帰って来る様相だ。


 フロレンツのいないバジレ宮では、ヴァルターをはじめ誰もがフロレンツの代わりとでも言うようにクラリッサを構うようになり、以前よりもずっとゲシュヴィスター同士の関係が深まっている。


「この招待状の山もそうだけど、君はいつもみんなをワクワクさせるんだ。フロレンツなんて顕著だよね」


「フロレンツは特別酷いわ。昔だってクラリッサがいなくなってからの彼と言ったら、ねぇ」


「待ってなにそれ、すごい興味ある」


 ヴァルターが普段の彼からは想像がつかないような、からかい愉しむような目で身を乗り出した。


「大変だったんだよ。クラリッサに認められる男になるんだって、めちゃくちゃ努力してさ。本当になんでもできるようになっちゃった」


 緑色の豆を克服できないどころか完全服従している姿を思い出して、なんでもできる、の言葉にクラリッサは苦笑する。


(うん、いや確かに豆以外はなんでもできるのは確かだけどね)


「認められるって……もしかして、別れ際に『フロレンツならひとりで大丈夫』って言ったからかなぁ」


「あら。そんなこと言ったの? それでは躍起にもなるわね」


 お茶を運んで来た侍従が、広がった封書をまとめてテーブルの端に山を築いた。広々とした目の前のスペースに紅茶の香りが漂う。


「クラリッサが婚約したときはもっと大変だったんだ」


「そうね、もう誰も手がつけられなくなっちゃって」


「王陛下が大事にしてた花瓶は割るし、護衛みんな撒いて飲み歩くし」


「それで一度ゴロツキに絡まれて大変だったことがあったでしょう」


「けちょんけちょんにやっつけちゃったんだよね。あれ揉み消すの大変だったらしいよ」


 クラリッサの目の前で思い出話に花が咲いている。どれもこれも、フロレンツが問題児として名を馳せる由来となった出来事であり、クラリッサの耳にも微かに届いていた。


 だがまさかそれがクラリッサの婚約のせいだとは聞いていないし、俄には信じられない。


「待って、それ私の婚約のせいなの?」


「さぁ? タイミングはそれくらいだったってだけだわ。成人して少ししたくらいの頃だから、社会に絶望したとかいうありがちなアレかもしれないけれどね」


「遅い反抗期とも言えるかな。どっちにしろ黒歴史だよね」


 なるほど、とクラリッサが頷く。


 バジレ宮を去ってから12年の間で一度として接点を持たなかったフロレンツだ。デビュタントのときに遠目に見かけただけの彼が、クラリッサの婚約のせいで人が変わったと言われるよりは、遅い反抗期のほうがずっと頷ける。


「今みたいに変わったのは、バジレに僕たちを集め始めた頃だね」


「何年もバカ王子やってたのに、突然あんな――」


 アメリアが口を噤んで宙を見上げる。

 クラリッサは背後に吹き荒れるブリザードのような空気に気づいて、その視線の先を追うことができない。


「誰が、バカ王子だって?」



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。暗くて狭いところが嫌い。フロレンツが好き。

●アメリア:ギーアスター伯爵家長女。意地悪。父を見限ってクラリッサ派に。

●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。のんびり屋さんで絵描き。家を継ぎたくない。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無愛想でとっつきにくいけど、実は例のあの子だったことが発覚。


名前だけ登場の人

●カトリン:オスヴァルト伯爵家末女。もちもち。ロベルトが好き。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >それならばと、クラリッサも制度の改革に有利になる人脈づくりができないかと考えることにした。 いいですねえ、この割り切り方。 サッパリして清々しい。 次々と暴かれていくフロレンツの黒歴…
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