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第52話 観察、そして勝者を見極める②



「どうして、ここに?」


 クラリッサはそう問うので精一杯だった。

 一連の事件の黒幕であるグンター・ギーアスターの娘で、しかもクラリッサが誘拐されたときに、会いに来ようとしていた人物である。

 犯人を手引きした可能性だってないわけではないと、どうしても疑ってしまう。



「俺に状況を知らせ、迅速に警らへ通報をしたのは彼女だ。ギーアスターの強権で人を動かしていなければ、君の発見はもう少し遅れたかもしれない」


 フロレンツは複雑な表情でそう説明する。

 彼女と話しをするべきか考えあぐねたクラリッサはしかし、彼女の手に包帯が巻かれているのを見て入室を許可した。記憶が確かなら、劇場で見た彼女は包帯など巻いていなかったはずだ。



「クラリッサと話が」


 部屋へ入るなり、アメリアはフロレンツに静かに告げた。逡巡するフロレンツに、クラリッサも頷いて席を外してほしい旨を言い添えた。


 彼女が誘拐犯を手引きしていないのなら、事件の前にした話をする約束が生き返る。アメリアは言いたいことがあってクラリッサを訪ねようとし、クラリッサはそれを了承したのだ。


「部屋の前にいる」


 フロレンツが一言だけ残して退室し、カルラは新たにお茶を淹れてテーブルへ並べた。


「まずは、そうね。ごめんなさい。ギーアスター家として謝らないといけないことは数え切れないくらいあるでしょうし、謝って済むようなことはほとんどないわ。でも、箱に閉じ込めたのは私の問題。ごめんなさい」


 アメリアはソファーに座ることもなく、深く頭を下げた。

 どう返事をすればいいのかわからないまま、クラリッサはその深い礼を見つめる。怖かったとか腹立たしいとか、言いたいことはそれなりにあるのだが……以前ヨハンに語ったとおり、大切な思い出と気持ちを見つけられたのもまた、彼女のおかげなのだ。


「え、と。座って、お茶でも飲みましょう?」


 アメリアがゆっくりと頭を上げるのに合わせてソファーを手で指し示す。まるでお互いの腹を探り合うかのようにしばらく見つめ合ったものの、ふいにアメリアがその目を逸らしてソファーへ座った。


 張り詰めた緊張感が緩んで、クラリッサは小さく息を吐いた。どれだけ探られても、クラリッサの瞳にはきっとどんな感情も見つからなかったはずだ。本人でさえ、自分の感情に迷子になっているのだから。


「あのね、この際だから言っておくけど。わたくし貴女のこと嫌いなの」


「はい、以前にも聞きました」


「五名家に生まれて何も苦労することなく将来が約束されてて。フロレンツといつもベッタリで、優等生な上にイイ子ぶってて、意地悪をしても我が儘を言っても怒らなくて。だから少しくらい恥をかけばいいと思ったのよ。

 ……でもあんなに怯えるなんて思わなかった。許してもらおうとは思ってないけど、謝りたかった。それだけ」


 一息に訴えたアメリアの言葉にクラリッサは頭を捻るが、これは本当にクラリッサについて語っているのだろうか。


(自己評価と他人の評価は違うっていうけど、そっかー、そう思われてたかー)


 没落以降は苦労しかしていないし、優等生だった覚えもイイ子ぶったつもりもない。このバジレ宮へ来てから多くのことを思い出したが、フロレンツを連れ回してナニーに叱られた思い出のほうが多いほどだ。



「アメリアは昔から意地悪な子だと思ってましたけど、もしかして私に対してだけ?」


「そうよ」


「私のことが嫌いだから?」


「ええ」


 部屋の隅でカルラが手をプルプルと震わせているのが見えた。クラリッサは是非落ち着いてほしいと心で願って話を続ける。


「誰に対しても意地悪なのかと思ってました。なんだ、そう聞いたらちょっと腹が立っちゃうな」


「気づかなかったなんて鈍感ね。それとも能天気と言ったほうが?」


「私、たくさん苦労したんです。畑仕事もできるようになってしまったし、お掃除の技術だってそのへんのメイドさんに負けないくらい」


「そう。それは父に文句を言ってくださる?」


 息を呑む気配に視線を上げると、カルラが口を手で押さえていた。よほど文句を言いたくなったのだろう、とクラリッサは苦笑して小さく首を振って見せた。


 カルラが怒れば怒るほどクラリッサは毒気が抜かれて冷静になっていく。実際、アイヒホルンを追い落としたのはグンターをはじめとする当時の大人たちであって、子どもだったアメリアにはなんの責任もない。


「でも、アメリアのこと嫌いになれない」


「だからそういうところが嫌いだって言ってるの。……貴女も、わたくしの立場ならきっと同じことをしたわよ」


「しません」


「なぜ?」


「意地悪するのをフロレンツに見られたくないから」


 アメリアは返事をしない。ただいつもよりほんの少しだけ緩くなった縦巻きの髪を揺らしながら、目の前のソーサーとカップを手に取って優雅に喉を潤した。


 その姿がクラリッサにはとても美しく見えた。彼女が日頃からいかに自分を厳しく律しているのかが伝わる。


「やっぱり嫌いだわ」


「でも、フロレンツがいないときに最初に声をかけてくれるのは、いつもアメリアでした。かくれんぼで一緒に走ってくれたのも」


「たまたまよ」


 たった6歳の女の子が、王子と仲良くすることだけを厳命されていたとしたら。

 そう思うと、クラリッサにはそれ以上何も言えなかった。精一杯、邪魔者を排除しようと奮闘したアメリアの中の小さな女の子を、ぎゅっと抱き締めてあげたい。


 すべて父親のせいにすることだってできるのに、そうしない彼女を責めることもまた、できそうになかった。


「謝罪は受け入れます。でも腹を立てたぶんだけ私も嫌がらせしてやります。それでお互いに帳消しってことで」


「嫌がらせって例えば?」


「んー。んー。……お茶の席で貴女にだけお砂糖じゃなくて塩を用意するとか?」


「馬鹿ね。もう貴女とお茶をする機会なんてこないのに」


 ふわっと笑うアメリアの目尻が光ったような気がして、クラリッサはへにゃりと笑った。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。暗くて狭いところが嫌い。フロレンツが好き。

●アメリア:クラリッサの幼馴染。アウラー家の長女。意地悪。フロレンツが好き。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無愛想でとっつきにくいけど、実は例のあの子だったことが発覚。

●カルラ:バジレ宮におけるクラリッサの侍女。以前はアイヒホルン家で働いていた。


名前だけ登場の人

●ヨハン:ハーパー伯爵家の次男。本の虫。ひとりが好き。

●グンター:ギーアスター伯爵家当主。文部省大臣。アメリアパパ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりアメリアは悪い子じゃなかった。 ξξ*'ヮ')ξξ<巻き髪キャラに、悪い子はいないのですわ! >「わたくし貴女のこと嫌いなの」 このお話後半を読むと、この嫌いはクラリッサの人…
[一言] >「意地悪するのをフロレンツに見られたくないから」 この辺の意識の違いが明暗を分けたんでしょうね( ˘ω˘ )
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